10月のフェスティバル(4)


 里村いおり。


 高校のころ、一度だけ同じクラスになったことがある。

 卒業してからはすっかり疎遠だったが、まさかこんなところで再会するとは思わなかった。


「え。ほんとに? 小路くん?」

「あ、あぁ。里村も、久しぶりだな」

「わあ、ほんとにね。小路くん、変わってなさすぎ」

「どういう意味だよ」

「冗談だよ。ほんと恐いんだから、睨まないで」


 笑いながら、彼女はバシバシ背中を叩いてくる。

 痛い、痛い。さすが元バレー部のエース。

 その本気のサーブは体育館を揺らすほどだったと聞く。


 いや、マジで痛い。

 すぐにやめてほしい。


「さゆりは元気?」

「あ……」


 おれは言葉に詰まった。


 里村はさゆりを知っている。

 というか、おれはさゆりを介して彼女と知り合ったのだ。

 つまり説明すると、里村はさゆりの親友だった女性だ。


 まあ、この言葉だと、いまもつき合いがあるという様子ではなさそうだ。


「えっと、別れたんだ」

「あー、そっか。そりゃそうだよねえ。もう十年も経ってるんだもんね」


 まあ、実は別れて一年も経っていないのだが。


 おれは内心を悟られないように、わざとらしい笑みを浮かべた。

 すでに乾いているとはいえ、古傷を根掘り葉掘りえぐられるのは御免だった。


「それで、どうしてこんなところに?」

「……えっと、この学校にな。姪っ子がいて、それで、な?」

「そういえば、お姉さんがいたっけ?」

「そ、そうなんだよ。姉貴が来れないから、代わりにな」


 いくらなんでも高校生の姪がいるほど離れてはいないが、それは黙っていよう。


「里村、ここで働いでるのか?」

「そだよ。体育と教育指導やってるの」

「へえ、確かにそれっぽいな」


 物腰は柔らかいが、根は真面目なたちだ。

 そういえば、高校のころに教師を目指していると聞いたこともある。


「……ちょっと聞いていいか?」

「なに? あ、可愛い子を教えろってのはナシね」

「ち、違う!」

「アハハ、ほんと変わんないねえ。小路くん、からかい甲斐があるわー」


 そういえば、高校のころもよくこんな会話をしていたような気がする。

 たいがい、さゆりが丸く収めてくれていたのだが。


 っと、それよりもだ。

 過ぎ去りし日の思い出に浸る前に、おれには聞かなければならないことがある。


「さっきの女子生徒たちだけど……」

「あぁ、なんか揉めてたね。なんかあったの?」


 改めて言われると、どう答えたものか。

 まさかありのままを話すわけにもいくまい。


「……いや、ちょっと道を聞いててな」

「……小路くん、ほんと嘘が下手だねえ」


 一瞬でバレた。


「べ、べつにやましいことがあるわけでは……」

「いや、小路くんにそんな疑惑は持ってないけどさ」


 ……なんか、ここまで警戒されていないと逆に空しい気もする。


 里村は少し考えてから答えた。


「いま、うちでいちばん厄介なグループかな」

「厄介? ここにも不良みたいなのがいるのか?」

「そりゃいるよー。よく外でも問題を起こすし、教師の言うことなんて聞きゃしないもん。本人たちも反省しないし、生徒たちの間では堅気じゃない人間と交流があるなんてうわさも流れてる」

「……その、いじめとかは?」


 里村は沈黙した。


「……ないとは言い切れないかな。あの子たち、頭がいいからね。あんまり尻尾を掴ませないんだ」


 と、なにかを察した彼女の顔が曇る。


「もしかして、小路くんの姪っ子さんが?」

「…………」

「もしよかったら、名前を教えてくれないかな。わたしも力になるし」

「あぁ、それは……」


 ぎくり。


「い、言えないんだ」

「なんで?」

「えっと、その、名前を言ったら死んでしまうんだよ」

「……小路くんのお姉さん、悪魔と結婚したのかな」


 言えるものかよ。

 言ったが最後、先ほどの嘘がばれてしまう。

 となれば、どうしておれが身内もいない女子高の文化祭にいたのかと問い詰められることになる。


 下手をすれば腕がうしろに回るのはおれのほうだ。

 その場しのぎが完全に裏目に出た。

 この場をどう切り抜けようか考えていると、ふと校内放送が響いた。


『里村先生。至急、職員室に……』


 里村は舌打ちした。


「あぁ、もう。ゆっくり話せやしない。……あ、そうだ」


 そう言って、彼女は携帯を取り出した。


「これもなにかの縁ってね。よかったら連絡先、交換しない?」

「あ、あぁ。そうだな」


 ラインのIDを交換すると、里村は慌てて校舎のほうへと走っていった。


「まあ、あの子たちには近々、探りを入れてみるよ。じゃあ、また連絡して。あと、そこから先は立ち入り禁止だからね!」

「わかった。またな」


 そうして、彼女が去っていくのを見送っていた。

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