10月のフェスティバル(3)


 ふたつめの難題。

 そのテーブルの前に立っていた。


 目の前には、ひとりの女子生徒がテーブルについている。

 彼女の前には、白と黒の丸い石がずらりと並べてある。

 そして張り紙には、たった一言。


『この勝負に勝つために、必要な手を答えなさい』


 おれはその石を見つめていた。



 囲碁とか。



 女子高の文化祭で囲碁とか。



「もっとあるだろ!!」


 女の子がびくりと震えた。


「す、すまん」

「…………」


 彼女は泣きそうな顔で首を振った。

 いかん。このままでは勝手に被害が大きくなってしまう。


 慌ててその答えを考えた。

 しかし囲碁などまったく経験がない。

 同じ白黒の石なら、なぜオセロにしなかったのか。

 うんうんと悩んでいると、女の子がおずおずと言った。


「あの、時間切れ、です」

「うっ」


 思ったより早かった。


「……それで、どうなるんだ?」

「この呪いのシールをおでこに貼ってください。次のドラキュラとの対決で勝つと、解毒薬をもらえます」

「なるほどな」


 そのクマちゃんシールをぺたりと貼った。


「ちなみに、答えはなんだ?」


 すると彼女は、困ったように首を傾げた。


「さあ。わかりません」

「え?」

「これ、負けるの前提だって主催者が言ってましたので……」

「…………」


 おれは無言のまま、通路を進んだ。


 ……なんか、無性にあいつをとっちめてやりたいな。


 すると通路の角に、それらしい棺桶を見つけた。

 その脇に張り紙がある。


『ここが最後の難関だ。この中にいるドラキュラが【自分で開いて】対決しよう。勝てば解毒薬を手に入れ、無事にこの城から脱出できるぞ!』


 うん?


 その張り紙に違和感を覚える。

 それは手書きで付け加えられた【自分で開いて】という言葉だった。

 これだけ明らかにマジックペンの手書きだ。

 そして具体的に言えば、その文字にはとても見覚えがあった。


 これ、クリスマスが書いたのか?


 となると、このドラキュラ役があいつなんだろう。

 ようやく見つけた。

 やれやれと思いながら、その棺桶を開く。


「……あれ?」


 中には誰もいなかった。

 そして代わりに、一枚の紙が。


『とっても大事な用事のために外出中。御用の方は恐れ入りますが、無事にゲームが行われたという体でゴールへお進みください』


 その紙を元の場所に戻すと、そっと棺桶を閉じた。


「…………」


 よし。


 ぜったいに許さない。見つけ出して連れ戻してやる。


 ―*―


 ずんずんと廊下を歩いて行った。


 あの小娘はどこだ。

 自分で呼び出しておいて、こんな不毛な追いかけっこをさせるなど度胸があるものだ。

 念のために言っておくが、おれは別に怒ってなどいない。

 こんな悪戯でいらいらしていては、大人として立つ瀬がないからな。


 これはひとえに、あのクラスメートたちのためだ。

 みんなそれぞれ、役割を頑張っているのだ。

 それをサボるなど、ひととして間違っている。

 決して、おれがさっきから恥ずかしい思いをしている腹いせではない。


 しかし、どこにもいない。

 携帯に連絡をしても、相変わらず『電波の届かないところに……』だ。

 外に出ているなら、携帯の電源は入れているはずだが。


 と、向こうにそれらしい影を見つけた。


「いた!」


 ドラキュラのマントを羽織ったクリスマスが、なにやらいろいろなものを抱えて小走りで横切っていった。

 一瞬だったが、あれは缶ジュースとか焼きそばのパックとかだった。


 買い出しか?


 でも、それなら棺桶に交代の人員がいなかったのはおかしいな。

 まあ、いい。おれはそのあとを追った。



 ――が。



「くそ、見失った……」


 体育館付近で、やつを見失った。

 まったく、どこに行ったのか。

 すると体育館裏に人気を感じた。

 こっそりと覗くと、4人の女子生徒がたむろしていた。


 茶髪ロングのクールな印象の女子。


 黒髪ショートの気だるげな感じの長身の女子。


 団子髪の、どこか知的な雰囲気を持つ眼鏡の女子。


 金髪で派手なアクセサリーをつけた小柄な女子。


 この学校は全体的に大人しめだが、やはりこういうのはいるらしい。

 そこにクリスマスはいなかった。


 しかし、おれはその面子から目を離せなかった。

 彼女らが囲んでいる缶ジュースやら焼きそばやらのパックに見覚えがあったからだ。


 あれは、さっきクリスマスが運んでいたものだ。


 ――ああいうイベントのときって、けっこう嫌がらせされるんだよね。


 おれはふと、クリスマスの言葉を思い出していた。


「…………」


 まったく。立場の弱いやつパシリにして楽しんでるなど、人間として終わってる。

 こういうのは大人になっても変わらないのだ。


 そいつらの前に立った。

 その四人はこちらに気づくと、微かに眉を寄せた。


 茶髪ロングが指をさした。


「あ、やくざだ」

「違えよ」

「じゃあ、なにか用?」


 そいつらの前に広げられた飲食物を指さした。


「てめえら。それ、どうした?」

「え、買ってきたんだけど……」

「おまえらじゃねえだろうが! まったく、ひとに買いに行かせるなんざ、やってて恥ずかしくねえのか!」

「な、なに、こいつ……」


 すると、金髪アクセが言った。


「あ。こいつ、あれじゃね?」


 ごにょごにょ。


 すると彼女たちが、にやりと笑って見上げてきた。


「あー。あんた、あいつ飼ってるロリコンだ?」

「な……っ!?」


 おれがたじろぐと、彼女らはにんまりと目を細める。


「うわあ。思ったよりオッサンだねえ。あいつ、こんなの趣味なの?」

「あんたが言うの?」

「……わたしは嫌いじゃないけど」

「え。マジで?」


 キャハハハ、と勝手に盛り上がっている。


「え。で、なに? なに怒ってるの?」

「あれでしょ。うちらがあいつパシッてるのが気に食わないんでしょ」

「うわあ、なにそれ格好いいー。白馬の王子様(笑)みたーい」


 いらいらいら。


 喉のところまで「ふざけんじゃねえ!」が出そうになったときだ。


「こらあー! ここは立ち入り禁止だって言ってるだろがー!」


 おれのうしろから、女性の声が響いた。

 女子生徒たちがびくっと強張る。


「やべ!」

「さとちんだ!」


 彼女たちは缶ジュースやらを抱えると、一目散に逃げだした。


「お、おい!」


 追いかけようとすると、背後から肩を掴まれた。


「そこの男、待て!」


 どきりとして、思わず立ち止まってしまう。


 いや、やましいことはない。

 しかし、ここは女子高だ。

 こんなところで問題を起こしたとあっては、どんな制裁が待っているか……。


 おれはふうっと息を吐いた。

 平常心だ。慌てると、余計に怪しい。


「ここでうちの生徒になにをしてた!?」

「いや、誤解だ。おれは……」


 振り返って、おれは目を見開いた。

 うしろで髪を結った活発そうな女性だった。

 ジャージ姿のところを見るに、ここの教員なのだろう。


 そしておれは、彼女に見覚えがあった。


「……さ、里村?」


 すると彼女も、驚いたように言った。


「……小路くん?」

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