10月のフェスティバル(2)
「ここか……」
やっと、おれはクリスマスのクラスにたどり着いた。
これまでの道のりを思い出すと、涙なしでは語れない。
確かに顔がいかついのは自覚しているが、それでもまだ常識の範囲内だ。
その証拠に、おれを見た生徒たちは少しびっくりするものの、みな好意的に接してくれた。
やはりお嬢さま学校だ。
全体的に品のよさがうかがえる。
しかし、クリスマスの名前を出すと状況が一変する。
あるものは逃げ出し、あるものは泣き出し、そしてあるものは命乞いをする。
……あいつは、いったいなんだ。
そうして、やっとこさクラスにたどり着いた。
まあ、この疑問は本人に確かめてみればいい。
さて、あいつのクラス。
なんでもお化け屋敷をしているらしいが、この外見は……。
「がおー。ようこそ、お化け屋敷へ」
「ひっひっひー。魔女の館はこちらだよー」
魔女にカボチャに包帯女。
どっちかっていうとハロウィンだな。
いや、今月末だし、それを意識しているのだろう。
受付の魔女のコスプレをした女子生徒に話しかけた。
「あー。このクラスに……」
すると案の定、魔女っ娘は青い顔になった。
「……え、えっと、あの、中でお化け役を、している、はず、です」
予想はしていたとはいえ、さすがに傷つくな。
しかしまあ、これなら携帯の電源を落としていてもしょうがない。
おれが入って探すことにした。
「わかった。いくらだ?」
「だ、大丈夫です! む、無料です!」
「え。いや、そこに一回百円って……」
「お願いします! そのまま入ってください! だから、誰も連れて行かないでください!」
「……了解した」
なぜ入場料を払おうとして泣かれるのか。
もうなんというか、あれだな。
あいつ、今夜のおかずはニンジンだけの刑だ。ぜったいに許してやるもんか。
魔女の館に入った。
すると通路横に、大きな鍋が置いてあった。
なぞの青い液体が、ごぽごぽと気泡を噴き出している。
その横にずらりと並んだ試験管にも、色とりどりの液体があった。
それらが淡い光にあてられて、なかなか背筋が寒くなる。
……けっこう本格的だな。
いや、それよりもクリスマスはどこだろうか。
お化け役というからには、ここを歩いていれば会えるだろう。
『ひっひっひー。ようこそ、魔女の館へ。ここから生きて出るためには、三つの難題をクリアしなければいけないよ』
うお、びっくりした。
ちらと見ると、黒いカーテンの向こうにラジカセがある。
『それじゃあ、ひとつめの難題だ。あんたには呪いがかかっている。その試験管の中に、ひとつだけ回復ポーションがあるから、それを当てるのさ。でなければ、身体が腐って死んでしまうよ』
ほう。お化け屋敷なのに、なぜかクイズが始まってしまった。
しかし、いつ呪いなど受けたのか。
そう思っていると、ふと入口が開いた。
「あ、あの……」
さっきの受付の魔女の子だ。
「こ、これをお渡しするのを忘れていました。これを、額に貼ってください」
渡されたのは、奇妙な模様が書かれた小さなシール。
「これは?」
「えっと、呪いのシールです」
……ぐだぐだな。
というか、おれのことが恐いなら無視すればいいのに。
根が真面目ということだろうか。
まあ、これを貼ることで呪いを受けたということになるのだろう。
それを額に貼ると、試験管を見回した。
しかし、ラジカセからの音はもう流れてこない。
いや、これだけの情報でどうやって当てろというのか。
「なあ」
「は、はい!」
「ヒントとかないのか?」
「いえ、ありません」
「じゃあ、どうやって当てるんだ?」
「……か、勘です」
思ったより雑だった。
まあ、お祭りなのだし雰囲気さえ味わえればいいのか。
さて、どうしようか。
目の前の試験管は三本。右から、赤、緑、黄色。
もし外れを引いたらどうなるのだろうか。
まあ、ロシアンルーレットもどきの定番は「ハズレは不味い」だ。
青汁とか、すごく辛いとかだろう。
おれは試験管をじっと見つめた。
赤。なるほど辛そうだ。
緑。なるほど苦そうだ。
黄色。よし、こいつだな。
おれは黄色の試験管を傾ける。
しゅわしゅわとした炭酸が、乾いた喉を抜けていった。
「……うまい」
「あ、ありがとうございます」
「オレンジジュースか?」
「はい。赤が葡萄ジュースで緑がメロンソーダです」
「ちなみに、どれが当たりだったんだ?」
「え? あ、いえ。どれを引いても当たりです」
「…………」
空になった試験管に目を落とした。
「ど、どうしました?」
「……いや、次に行くから」
「あ、す、すみません!」
その視線から逃げるように、慌てて順路を進んだ。
……まさかこの歳で、高校生に一杯食わされるとはな。
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