10月のフェスティバル

10月のフェスティバル(1)


 十月。なんとも言い難い季節だ。


 いまだ残暑の厳しい日があったと思ったら、次の日にはぐっと冷え込んでいる。

 慌てて冬服を引っ張り出せば、また次の日にはまるで春のように暖かい。

 もし季節に性格があるのだったら、このころほど天邪鬼なやつはいないだろう。


 どちらにせよ、季節としては冬の準備に入るころ。

 多くの年末イベントの前にある小休憩の期間だ。

 どこか物悲しく、懐かしい。


 そんな季節だが、クリスマスはおれを休ませてはくれない。


「オジサン! はい、これ!」


 彼女に渡されたのは、一枚のプリント。


『〇×女学院。学園祭のお知らせ』


 それをじっと見た。


「……おまえ、本当に高校生だったんだな」

「どういう意味!?」

「いや、だってなあ……」


 おれはいまだにこの娘の素性を知らない。

 むしろ本当にサンタの使いのトナカイですーなんて言われても、それほど驚かなかったと思う。いや、驚くには驚くだろうが。


 まあ、それはそれとして、だ。


 文化祭か。

 もう十年以上も前のことになると、記憶もずいぶんとおぼろげだった。

 おれのころはなにをしていたっけ。

 少なくとも、漫画やなにやらで描かれるような盛大なものではなかった。

 せいぜいクラス展示とか体育館での出し物、中庭のテントでのバーベキューくらいか。


「いまだけのものだからな。楽しんでこいよ」

「え。オジサン、来ないの?」


「はあ?」


 このお嬢さん、また素っ頓狂なことを言い出したぞ。

 いや、確かに文化祭は校外の人間も出入り自由になるだろう。

 それでも、さすがに親族でもない成人男性がうろつくのは気が引ける。


 だいたい、いい大人がひとりで女子高なんぞ入れるか。

 下手すりゃ警備員とか教師に止められてしまうわ。


「やだよ。学校の友だちと遊んで来い」

「お、お願い! オジサン、来てよ!」


 やけに切羽詰まった感じで袖を引っ張られる。


「……なんで?」

「えっと、その……」


 クリスマスは言いづらそうに、目をそらした。


「……わたし、学校でちょっと浮いててさ。ああいうイベントのときって、けっこう嫌がらせされるんだよね」

「そうなのか?」


 それは初耳だった。

 これまで、こいつが学校嫌いという素振りを見せたことはない。

 いや、こいつはこれで空気を読むことを知っている。

 おれに心配をかけまいとそう振舞っていたのかもしれない。


「……それで、おれにどうしてほしいんだ?」


 思わず顔が強張っていたらしい。

 クリスマスは慌てて訂正した。


「いや、別になにかしてほしいってわけじゃなくてさ。むしろ問題が起きるのはダメっていうか」


 まあ確かに、こいつの立場が余計に悪くなるだけだろう。

 おれも問題を起こすのはごめんだ。


「じゃあ、なんだ?」

「文化祭の間、わたしといっしょにいてくれるだけでいいの。そしたら、嫌がらせもされないだろうし。ね?」

「……わかったよ」


 次の週の日曜日、おれはこうしてクリスマスの学校の文化祭に向かった。


 ―*―


 その学園祭は非常に盛り上がっている様子だった。


 お嬢さま学校というから、もっと粛々としたものかと思っていた。

 しかし校門にさしかかった時点で、すでに回れ右欲求がマックスだ。

 道路にまでクレープの甘い匂いが漂ってくる。

 ただでさえ甘いものは苦手なのに、これでは拷問だ。


 いや、自分で約束したことだ。それを破るわけにはいかない。


 ……いかないのだが。


「なんであいつは携帯に出ないんだよ!」


 おれは校門の前で吠えた。

 今朝、あいつが出ていくときに「着いたら電話して!」と言ったくせにこれだ。

 こんなところで成人男性が待ちぼうけなど、いよいよ不審人物だ。


 というか、さっきから校門のところでビラを配っている女子生徒たちが、ひそひそとこちらを伺っている。

 胸のあたりに『〇×女学院学園祭実行委員会』とプリントされたシャツを着ていた。


 ……ええい、こういうときは卑屈な態度だと余計に怪しいのだ。

 それにやましいことなどひとつもない。

 堂々としていればいい。

 ちょっと一年近く匿っている家出少女の文化祭に来ているだけだ。

 うん。これ捕まっちゃうやつだな。


 バレンタインでも連れてくれば、多少は雰囲気も和らぐか?

 いや、いい年した男が猫を抱いているなど、絵面として意味がわからなさすぎる。


「あ、あのう。父兄の方ですか?」


 迷っているうちに向こうから話しかけられてしまった。

 なんだ、近ごろの高校生はずいぶんアグレッシブだな。

 学校の前とはいえ、もしおれが不審者だったらどうする気だ。


「えっと、二年の子のクラスに行きたいんだが……」


 クリスマスの名前を上げると、なぜかその女子生徒の顔が強張った。


 ……なんだ?


「あ、えっと……」


 その女子が、青ざめた顔で友人たちのところに戻った。

 それから、ひそひそとなにかを話し合っている。


「どうする?」

「先生、呼ばないと……」

「は、話しかけちゃったよ」

「でも逆らうと拉致られて風俗に売り飛ばされちゃう」


 なんでだよ!


 ちょっと待て。どういうことだ。

 なぜクリスマスの名前を出しただけで、こんな対応をされなきゃならんのだ。


「あ、あっちの校舎を上がって、すぐの階段を上がってください。あ、父兄の方はそちらで名前とご住所を……」

「……はい」


 さっきの子に涙ぐみながら説明される。なぜだ。

 とにかくわかるのは、さっさとこの場を離れたほうがいいということだ。

 言われた通り、テントの長机で名前と住所を記入する。

 校舎に向かおうとしたら、さっきの子に呼び止められた。


「あ、あの……」

「なんだ?」

「お願いします。家族だけは……」

「だから、なんでだよ!?」


 思わず叫んでしまった。

 彼女たちが、ひいいっと悲鳴を上げてあとずさる。

 いかん。これでは本当に教師を呼ばれてしまうじゃないか。


「あ、あの、そういうことはしないんで。それじゃあ」


 急いで校舎に向かった。

 甘いものの匂いが充満するテントの間を歩くとき、妙に視線を感じた。


 ……文化祭って、こんなにエキサイティングな行事だっただろうか。


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