8月のプア:クリスマスのアルバイト日記


 吾輩は女子高校生である。

 名前はまだない。


 ……冗談はこの辺にして。


 わたしは今日もコンビニでアルバイトの真っ最中だった。

 家ではオジサンに馬鹿だの餓鬼だの阿呆だのと罵られるけど、これでも学校では才女として通っていたりするのだ。


 つまり、わたしはできる女なのだ。


 その証拠に二週間足らずで業務は完璧だし、いまでは店長の代わりに発注もしたりする。

 こんなのはなかなかないと店長さんたちも言っていた。


 ただしオジサンにいくら自慢しても「へえ」とか「ほう」しか言わないので、こっちが空しくなるけど。


 それにしても、働くのは案外、楽しい。


 でもまあ、それはわたしが趣味の範囲でやっているからなんだろう。

 実際に生活がかかってくると、きっと見える風景も違うんだろうな。

 そう考えると、ちょっとはオジサンのビールも許してやらないこともないかと思ってしまう。


 ……んー、でもなあ。

 オジサン、酔いすぎると記憶飛ぶもんなあ。


 前に一回やらかしてから、わたしはあのひとが飲み過ぎないように注意しているのだ。

 まあ、オジサンは忘れてるから蒸し返すことはしないけど。


 ただ、いくら楽しくても嫌になるときはある。


 たとえば裏のゴミ置き場のドアを開けたら黒いアレがわしゃわしゃ動いているのを見たりだとか、よく知りもしない常連さんからラインの連絡先を書いたメモの切れ端を渡されたときとか。


 まとめて殺虫スプレーぶっかけてやろうか、とか口が裂けても言えないけれど。


 そもそも、本気でナンパする気があるならあんな汚い切れ端なんぞ渡してくるなよ。

 正直、まだレシートの裏面に書かれたほうがいいわ。

 ま、おれべつに本気じゃねえし? みたいな格好つけが本当にイラッとする。

 そもそも、こっちがバイトで下手にしか出られないことを利用するような男に惚れるわけないだろうが。


 ……ハア。


 オジサンがちゃんと愚痴でも聞いてくれれば、ちょっとは溜め込まずに済むんだけど。

 まあ、どうせあのひとのことだから、


「ほう。おまえみたいなちんちくりんに惚れるなんて奇特だな」


 とかイラッとすることを言うんだろうな。そうに違いない。


 そりゃこっちの台詞だっつーの!

 このむっつり大魔神!


 ――ガンッ!


 店の入口が開いて、店長が困った顔で言った。


「……きみ、ゴミ箱を蹴っ飛ばすのやめてね?」

「す、すみません!」


 慌ててゴミ箱の中身を空にした。

 満杯になったゴミ袋のほうは、いつもの裏のゴミ置き場へ。

 そしてわたしはドアの前で構えた。


 風遁。疾風放り投げ!


 説明しよう。疾風放り投げとは、ゴミ置き場の中を見ないようにゴミ袋を放り込む技なのである。


 これは意外に難しい。

 なぜならすでに積まれたゴミ袋を横目で確認して、それを避けるように投げなくちゃいけないからね。

 里でも上忍しか使えない技なのだ。


 ……こんなこと言ってるから、オジサンに小娘とか餓鬼とか言われるんだろうな。


 自分だってときどきバレンタインを「貴様の命運もここまでだ」とか言って窓から放り投げて遊んでるくせに。

 それに買い物に行ったときに昔のアニメの主題歌とか口ずさむのやめてほしいよね。

 いっしょに歩いてるこっちが恥ずかしいもん。


 ……いけないいけない。バイトに戻んなきゃ。


 無事にゴミを処理したわたしは、エアコンの利いた涼しい店内に戻った。


「店長。ゴミ箱に靴が入ってたんですけど……」

「あぁ、たまにあるんだよねえ」


 たまにあってたまるかい。


 そもそも、靴を捨てたならそのひと裸足で帰ってるの?

 まあ、わたしには関係ないからいいんだけど。


「じゃあ、上がります。お疲れさまでしたー」


 名札をスキャンしてバックルームに戻ろうとすると、ふと店長に呼び止められた。


「きみ、今週の日曜日は出られない?」

「日曜日ですか?」


 わたしは平日にしかシフトを入れていない。

 なぜなら、土日はオジサンが休みだからだ。


「今度の日曜日、近くで花火大会あるでしょ? なかなかシフト埋まらなくてねえ」

「は、はあ」


 そういえば、そんなポスターを貼っていたな。

 特に用事があるわけではないから、出てもいいんだけど。


 でも、花火大会かあ。

 本音を言うと行きたい。

 でも、ああいうのはだれかと行くから楽しいのだ。


 オジサン、花火大会なんて行くわけないしなあ。

 どうせ「なんでわざわざ人ごみに行かにゃならんのだ」とか言って、ぶーぶー文句を垂れてわたしをイラッとさせるに違いない。


「時給もちょっと上げるから。ね?」


 ……うーん。


 ―*―


「なあなあ。おっちゃん。うち飽きたわー」


 天使が買い与えたアイスをぺろりと平らげると、さっそく文句を垂れ始めた。

 その頭をわしゃわしゃ撫で回した。


「べつについて来いなんて言ってねえだろ」

「せやかておっちゃん、家におってもひまやもん。こんないたいけな幼女を置いて心が痛まへんの?」


 自分で言うなよ、自分で。


「バレンタインと遊んでればいいだろ」

「あの猫ちゃん、うちのこと格下に見とるから嫌いやねん」


 驚きだ。幼女と猫の間にも、ちゃんと上下意識ってのはあるんだな。

 まあ、それでもこいつらはよくいっしょに遊んでいるけど。


「あーぁ。おっちゃんが外に出たからついて来てみたけど、まさか女の迎えとは思わへんかったわ。ほんと、自分の女に過保護やねえ」

「だから妹だって言ってんだろ」

「妹がお兄ちゃん呼ぶときオジサンって無理あるやろ」

「…………」


 今度、クリスマスにはその辺ちゃんと言い含めなきゃいかんな。


「……頼むから、おまえの母ちゃんには余計なこと言うなよ」

「言わへんよー。ま、おっちゃんの態度次第やけどな」

「…………」


 ポケットから財布を取り出すと、近くのコンビニに入った。

 そしてヤクルトを買うと、天使に握らせる。


「うっひゃあ。おっちゃん、わかっとるわあ」


 くぴくぴ。

 ぷはあ。


「やっぱこれが最高やなー」


 ……こいつ、本当にろくな大人にならんぞ。


 と、そんなことをしているうちにクリスマスが駅から出てきた。


「あ。オジサーン」


 こちらに駆け寄ってくると、同時に脇の幼女に気づいた。


「ああん! らぶりーまいえんじぇる!」


 クリスマスの抱きしめ攻撃!

 しかし天使はひらりとかわした!


「……いけずー」


 天使はそっとおれのうしろに隠れた。


「オジサン。もしかして今日も迎えに来てくれたの?」

「んなわけねえだろ。ほら、あれだ。こいつがヤクルト飲みたいって言うからな」

「えー。おっちゃん、ひとをだしに使うのは感心せえへん……」


 その手に、隠してあったもう一本のヤクルトを握らせた。


「うちなー、おっちゃんとお散歩するの大好きやねん」


 ……本当、どうやったらこんな小学生ができるんだろうな。


「えー。オジサン、ずるいー」

「いいから帰るぞ」

「ねえねえ、今日の晩御飯はー?」

「適当な惣菜買ってきた」


 アパートまでの道すがら、ふとクリスマスが言った。


「あ。オジサン、今度の日曜なんだけど……」


 日曜?


「ああ。花火大会に行こうと思ってたけど、なんか用事あったか?」


 もしかして、友だちと予定でもあっただろうか。

 まあ、そうだな。いくらこいつが友だちが少なさそうって言っても、さすがに夏休みのメインイベントを逃すはずはないか。


 まあ、それならおれは家でビールでも飲んでるか。

 花火なんぞ、ひとりで観てもおもしろくねえしな。


「……どうした?」


 クリスマスの返事がないと思ったら、なんかすごくびっくりした顔でおれを見ていた。にへらっと笑う。


「んーん。なんでもない。わたしもオジサンと花火大会行こうと思ってたんだー」


 んー?

 なんだ。なんでこんなに機嫌がいいんだ?

 まあ、いいか。女の機嫌なんか、いいに越したことはないからな。


「えー。じゃあ、うちも行きたいわー」

「夜に小学生は出歩いちゃダメだろ」

「そらないでー。お母ちゃんに聞くからー。後生やわー」


 駄々をこねる天使の向こうで、クリスマスがご機嫌な様子で鼻歌を口ずさんでいた。

 しかし、アニメの主題歌なんぞ外で歌うなよな。いっしょに歩いてるこっちが恥ずかしいもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る