7月のメモリア
7月のメモリア:同居人はお年ごろ
やっとじめじめとした季節が終わりに近づいていた。
まったく、今年の梅雨は散々な目に遭った。
とはいえ、自業自得な面もあるので、一概に被害者とは言えないが。
その日は定時で上がれた。
帰ろうとしていると、向かいのデスクから先輩が呼ぶ。
「どうだ。久しぶりに一杯。いい店を見つけたんだ」
クリスマスのことも気になったが、たまにはいいだろう。
それに、おれも外で飲みたい気分だったのだ。
「お供します」
「うむ。ついてまいれ」
駅前のビルに入った居酒屋だった。
おれたちは狭い座敷に通され、とりあえずビールで乾杯する。
「しかし、どうも顔色が冴えんな」
「そうですか?」
「まあ、あんなことがあったばかりだからしょうがないか」
「はは……」
人のうわさも七十五日。
まだ二十日も経っていない以上、おれはいま会社では女をもてあそぶ鬼畜だ。
業務の成績は悪くないはずなのに、胃に穴が空きそうだ。
「アッハッハ。いいじゃないか。おまえは家に帰れば可愛い女の子がお酌をしてくれるんだろ? 羨ましいやつめ。少しは天罰を喰らえばいいんだよ」
「先輩だってお嬢さんがいるでしょう」
「おまえ、娘が酒の酌をしてくれるなんて幻想だぞ」
「そうなんですか? おれが入社したころ、よく娘さんの自慢なさってたじゃないですか」
「あの頃はなあ……」
すると先輩がずいっと身体を乗り出してきた。
「おれの娘な、来年で中学三年生なんだよ」
「もうそんなになるんですか?」
先輩はどこか空しそうな表情で枝豆を口に運んだ。
「中学校に上がったころかなあ。娘が、こっそりあいつに言ったらしいんだよ。お父さんと洗濯、別にしてって」
「それは……」
「いや、わかってるんだ。思春期だからな。帰ったら一人分の夕食が用意してあって、ひとりで酌をして酒を飲む。こう、家族からのけ者にされてるような、そんな虚しさがな……」
「いや、わかります。おれも先月、真紀さんを家に呼ぶときにあいつにアレが見つかっちゃいまして」
「アレ?」
「0,02ミリ」
「……おまえ、なんでそんなもん家に置いてたんだよ」
「ほら、元カノを最後に家に招こうとしたときに買ってたやつが、机の引き出しに残ってて……」
「……やっちゃったなあ」
「えぇ、まあ。そのせいか、最近は妙に警戒されてて」
「どういう意味?」
「いや、なんか家で飲んでると『これ以上は酔いすぎるからダメ』って酒を取り上げられるんですよ。それに最近はあいつの服は自分で別に洗うようになったんで、光熱費もすごいことになるんだろうなあって……」
まったく、おれがどれだけ頑張って働いてると思ってるんだ。
確かに悪いことはしたと思うが、そうネチネチといじめられてはさすがにうんざりしてしまう。
と、なぜか先輩がすごい顔で見ているのに気づいた。
この顔は見覚えがある。
おれの部屋から逃げ出したときの真紀と同じ表情だ。
「あれ。先輩。トイレですか?」
「帰る」
「ど、どうしたんすか?」
「ええい、うるせえ! この性犯罪者め。地獄に落ちろ! ここはおまえのおごりだ!」
「ちょ、先輩!?」
先輩がぷんすか怒って行ってしまった。
なんだ。おれがいったい、なにをしたっていうんだ……。
―*―
そして、一週間後の休日。
「おい、こら」
ソファに寝転がってだらだら漫画を読んでいるクリスマスが顔を上げた。
「オジサン。どうしたの?」
「どうしたの、じゃねえよ! なんだ、こりゃあ!」
会社から帰ると、靴下や鞄がダイニングに放っぽりだされている。
これではもとに戻ってしまっているではないか。
「この靴下! あと洗濯物入れたら畳んどけ!」
「やだよ。いま忙しいの。異世界人の侵略を退けられるかの瀬戸際だよ」
「はあ!? そんなもん、あとでいくらでも読めるだろうが」
「もう、オジサンうるさい! ご飯は冷蔵庫に入ってるからね!」
そう言って、彼女は漫画雑誌を持って寝室に入っていってしまった。
「…………」
仕方なくそれらを拾って洗濯機に放り込む。
見ると、私服に着替えたあとらしきクリスマスの洗濯物も入っていた。
「おい」
「なあにー?」
「洗濯物、別にしとくぞ」
「え。いっしょに洗っといてよー」
「はあ? だって、おまえが別に洗うって言い出したんだろ」
「あー。もういいや。なんかめんどいし」
「おまえなあ!」
がっくりと肩を落とした。
実に短く、そして儚いクリスマスの反抗期だった。
しかしこちらが片付いたら、次はなぜか先輩のほうの機嫌が悪い。
いったいなんだというのだ。
まったく、人生とはわけのわからんことばかりだ。
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