webで書くということ

それまで、ホームページとは人々にとって有益な情報を載せるものだと思っていた。だが、とあるサイトを見て「己の思うこと、考えること、体験したこと」などを書いても良いのだと、つまり自己表現の場としても使えるのだと知った。そして思った。


あたしはこれまでリアルに於いて己のことを語ることがほとんどなく、それはもし語ったとしてもまともに取り合ってもらえないからだったのだけど、ネットなら、自分の周囲の人間だけでなくネットでつながるその向こうには、あたしの話に耳を傾けてくれる人がいるかもしれない。


当時、これほど明確に言語化できたわけではないが、それまで押し込めて来た「己を語りたい」という欲求が強い衝動となり、あたしはwebで語り始めた。6年ほど前のことだ。


そして。


なぜwebで書くのか、何のために書くのか、書くとはどういうことなのか──結構な期間webで書き続け、一時ひたすらにこだわりそれについて考えた。結果、あたしの場合単純に「楽しいかっら」というのもあるが、もうひとつ重要なのは、それは「他者とのコミュニケーション手段である」ということだった。それは意思の疎通という意味だけでなく、自分という人間を理解してもらうだけでなく、言葉を通じて他者の心にふれること、それを受容すること、人間関係を築くことも含まれる。


webで書き始めた当初、あたしは自分のことがまったく肯定できなかった。己は誰からも必要とされていない人間だと思い、しかしその原因がわからず、ゆえに己の欠点をあげつらって責め立てることで「だから誰からも必要とされないのだ」と安心した。さらに他者も自分も信じられなかった。誰からも必要とされない人間に、本当の心、本当の思いが向けられることなどあり得ないと思ったし、そのすべてを疑った。


けれど、そんなあたしをも受容してくれる人、受容しようとしてくれる人はいた。一時仲良くなったものの今ではその関係を断ってしまった人も何人かいるが、何年も読み続けときには反応してくれる人もいて、そういう人々のお陰であたしは「己の言葉にきちんと耳を傾け、理解しよう、あるいは受け入れようとしてくれる人はいるのだ」という実感を持つことができ、「自分に好意を持ってくれる人はいる、自分を必要としてくれる人はいる」と、他者をそして自分を信じることができるようになった。


そして、それらはもちろんずっと読み続けてくれた人々のお陰でもあるんだが、自分自身のお陰でもある。馴れ合いを厭い、表面的なだけの関係を避け、ひとりであることが寂しいからといって楽な方へ逃げ込まないこと、自分で発した言葉に責任を持ち、他者ときちんと向き合うこと、何より自分自身から逃げ出さず己の心と向き合い、そこで見えたものがどんなものであっても目を背けないこと。決して簡単ではないそれらのことを貫いてきたからこそ、あたしは他者の言葉や心を信じることができ、それらが自分自身を肯定することへとつながっていったのだ。


真面目に言葉を交わすなんて格好悪い、という風潮があるのは知っているし、それらを馬鹿にする人々がいることも知っている。実際、真剣に語った言葉が冗談にされたりはぐらかされたりするとその衝撃は小さくないから、馴れ合って角が立たないようその場をやり過ごす方が利口だろう。けれど何のためにwebで書くのかを考えたとき、それが「自分を理解して欲しい」あるいは「自分を受け入れて欲しい」なら、馴れ合いほどそれから遠いものはない。


もちろん馴れ合いだからこそありがたいと思うこともあるが、表層的な言葉ならかわされてもはぐらかされても傷つかないし、逆に「受け止めてもらえた」という実感も得られない。何のために書くのか──その理由は人それぞれだろうが、そこにコミュニケートを求めるとき、他者と向き合うことや傷つくことから逃げていたのでは、いつまで経っても本当に欲しいと願っているものなど得られないだろう。


あたしはネットを通じて“確かな他者との関係”が欲しいと思った。そして、自分のすべてを理解してもらうことや受容してもらうことなど無理だと知ったけれど、だからこそ人は言葉を使って己を理解してもらおうと努めるのだし、互いにそうできる他者というのは存在して、それらの人々と関係を続けることができることをうれしく思っている。


ときどき、web上に綴られた言葉は消費されることを前提としているんだな、と憂鬱になったりはするが、しかしそれでもそこに希望はある。本当に言いたいこと、人に伝えたいことを書き続ければそれに応えてくれる人はいる。そしてそういう人に巡り逢えたら、何より「自分自身から逃げてはいけない」と思う。

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こころの問題 ひりか @hirika

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