第9話 祭り? 祭りって何だよ、何が始まるんだよ

 菊屋の言葉を反芻しながらどう通りを歩いていたのか気付くと家の前まで来ていた。

「おかえりなさいませ、喜助様」

 ああと顔も見ずに返してから、ふとたずねた。

「なあ、町のために何をしたら皆笑顔でいられるのだろう」

 出迎えた者は少し不思議そうな顔を見せ、すぐ考える仕草をした。

「笑顔はやっぱり嬉しいことや楽しいことがあればいいんじゃないでしょうか。私にはこの町の人々が何を一番楽しく思うかわかりませんが、祭は好きですよね。そういうのでいいのではないでしょうかね。参考にならなければすみません」

 ありがとうと例を言いまた歩く。書斎に着くまでに何人かとすれ違っては同じことをきいた。

 ある者は、私が笑っていれば皆も笑顔だと言っていた。だが私は不器用だ。何もなしににこにこしていられる性分でない。私が笑顔になれて、それが人のため、町のためになること。そんな都合のよいことがはたしてあるのだろうか。

 椅子に座っても落ち着かずに部屋を出る。思考は一向に進まずに家の中の周っているとちょうど玄関の戸が開き輝喜が帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり。そうだお前にも聞きたいことがあるんだ。町の人が笑える、笑顔になれることとはどんなことがあると思うかい」

 輝喜も不思議そうな顔を少し見せた後考えだす。

「みんなに聞いているのだが、祭がいいと言う者もあれば、私が笑っていればいいと言う者もいたんだが、どうも具体的でしっくりくるのがないんだ。参考でいいよ、聞かせておくれ」

「今のままで十分だと思うよ。ただあえて上げるなら、もっと自由であるべきだと思う。勉強も、遊びも、仕事も――。できるできないは別としても、そういう小さなことで家どうしがいがみ合うのは嫌だとは思うね」

 輝喜は今朝のことを気にして言っているのだと容易に分かった。

「――そうだな。私も今朝菊屋に行って話したが、返って私の方がいろいろ言われてしまったよ。そう、ずっとこの町で生きる仲間なのにそんな小さなことでいがみ合うよりもっとやるべきことがあるはずなんだよな」

 ありがとうと喜助は言うとくるりと背を向けて行った。小柄な背丈の父の背が、今日は少し違って感じた輝喜だった。


 ラン太郎が家へ帰ると父はおらず、母もやはりいなかった。

 今朝家を出たときケンカしたことが一昨日くらいのようだった。輝喜が抱えていた想い、頑なに拒んでいた親父が菊屋へ出向いたこと、戻ってきた四人の時間、――ただひとつを除いてすべてがうまく巻き戻っていた。何がこうもうまくいかせたのか思い返してみてもわからなかったが、それでもラン太郎にはもう少し自分が、この町が、良い方向へと向かっているように思えた。


 顔を洗う前には瓦割をする武術家のように気合いを入れなければならない朝。葉一は朝食を済ませ何の気なしに表へ出たところ、町の気色がいつもと違うように感じた。初期微動を感じるような、何かが起こる予感だった。

「俺が勉強なんかしたからか?」

 予感に理由を当て、いってきますと通りを歩きだした。

 いつもなら賑やかな町は人が少なく、店番をしている人すらいない。ということは町のどこかで何かが起こっている。そう考えるのが妥当だろう。

 交差点に差し掛かる度に左右を確認して事の起こっているであろう場所を探す。

 案の定というか、当然というか、その人だかりは電気屋の前にあった。

 その人だかりの中に、神輿にでもまたがっているかのように輝喜の父の姿が半身分高い位置にあった。葉一はその祭りのような賑わいへ近づいた。

「我々は宇宙に在り! この濁世の亀裂の深きは、億万の絶叫である!」

 電気屋が何か言う度に人の群れがうねる。繰り返し訴えていることはだいたい次のようなことだった。

「何屋であれ子どもに才能があるならその道を極めさせてやることが親の役目であり、それが世のため人のためになるのではないか。(喝采)このまま同じことを繰り返していてはいつまでも変わらない。(大喝采)代々続けてきたことに皆が誇りをもっていることは私も知っている。私もそうだ。だが我が子でなくともいいのではないだろうか。有望な者が継ぐことでその技術はさらに洗練されていくだろう。――って言ってたんだけど、電気屋は何を始めるつもりなんだろう」

 葉一は今しがた見てきたことを父に話して聞かせた。

「祭りじゃな」

「祭り? 祭りって何だよ、何が始まるんだよ」

 神妙な顔で答えた父に問う。

「祭りは祭りさ。町中が盛り上がってんじゃろ? 踊らにゃ損じゃ。葉一、この祭りよう見ておくといいぞ」

 神妙な顔をしていたかと思えば、にんまりと笑って見せる父の考えが見えず、うんと返事だけしておいた。

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