第3話 晴れ渡った天空の星々

 ベチーン! 風車小屋に平手が響く。

「いってえな! すぐ菊は暴力する。少しは女らしくしろよな」

「お、女らしくって何よ! あんただって男らしくなんて全然ないじゃない」

 まぁまぁとラン太郎が間に入る。

「ランだってあたしのこと女らしくないと思ってるんでしょ」

「そんなことないって、なぁ葉一?」

 矛先が向けれらるのは不味いと思い葉一に問い返す。

「な、なんで俺に聞くんだよ。まぁ、黙ってれば? それなりには見えんじゃねえの?」

「あれ、葉一なんか顔赤くないか?」

 冷やかすようにラン太郎が言う。それを聞いてなぜかお菊まで顔を赤らめた。

「お前面白いな」

 はははと笑ってみたがラン太郎だけで、二人はただ俯いている。

「そ、それよりよ!」

 がばっとお菊は空気を割るごとく立ち上がり言う。

「輝喜のことどうすんのよ」

 三人は唸っているうちに話題が脱線し、いつの間にやら男らしさや女らしさなどという話になってしまっていた。

「どうするもこうするも、一発ぶん殴ってだな――」

 鈍い音がして葉一が倒れる。

「だから蹴るなよ! キックマン」

「女だからマンじゃないわよおだっ」

 やれやれ、とラン太郎は二人のやり取りが納まるのを見届けることにした。

 二〇分くらい経っただろうか。小屋の中もだいぶ寒くなってきており、時刻も亥の刻を回っていた。

「そろそろ父ちゃんたちの方も終わっただろうから、今日は一端解散してまた明日にしよう」

「そうね。埒が明かないわ」

「それはこっちのセリフだっつうの」

「何よ――」

 二人の間に手を割りこませる。

「はいはい、そこまで。お開き。また明日」

 そう言ってラン太郎は二人の背を戸へと押す。

 空気は冷え切り澄んでおり、冬の星座がペガススを追ってきらめいていた。空は高い。

 夜霧が湧きだすように通りを満たす。

「うーさむっ」

 葉一は腕を擦りながらもらす。

「そんな薄着で来るからよ」

「仕方ないじゃろ急いできたんじゃからよ」

 結局二人の言い合いを聞きながら、いつものように三人並んで家へと帰るのだった。

 ラン太郎だけ、冬の星座の清々しさを少し寂しく感じていた。


「ただいまあ」

 ラン太郎は戸を開けると見知った顔があることに気付いた。

「こんばんは」

「おう、ラン太郎でっかくなったな」

 顔を赤くして父と葉太郎が呑んでいた。

 電気屋の件を聞きたいと思ったが、おそらく葉太郎が来て事を治めたのだろう。

「昨日会ったばかりじゃないですか」

 そうだったと二度繰り返し、豪快に笑う。葉一の父親らしい笑い方だと自然と感じた。

「あの人は?」

 父に聞く。

「まだ帰ってないよ」

「そう」

そう言ってラン太郎は奥の部屋へと行ってしまった。

「まだ帰ってないって?」

 葉太郎がそのままたずねる。

「ああ、家内だよ。実家に戻ってるんだ」

「へえ。まあお前のことじゃからな。でもこれだけは言っておくけどよ、あんまり一人で抱え込むなよ」

 そう言いながら盃を飲み干す。

「ヨウちゃん、私も人の親ですから。我慢しないといけないこともひとつやふたつくらいありますよ」

「昔からお前はひとつやふたつじゃないから言っておくんだよ。友人の言葉だ、ありがたく受け取っておけ」

「それじゃあ受け取っておきましょう」

 そう言ってにこりと笑うと、空いたとっくりを傾けもう一杯いるかという素振りを見せる。葉太郎はそれを手で断り、

「そろそろ体も温まったしお暇するか」と、よっこらせと気分良さ気に立ち上がる。

「気を付けてくださいね」

「ああ。また飲もうや」

 じゃあと片手をあげて見せ、つま屋を後にした。

 夜道は霧に包まれ前方は見えなかった。ただ、晴れ渡った天空に宇宙の彼方の星々までがはっきりと見えるような気がしていた。

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