第2話:レイジング

「がああああああああああっ!!!!」


 ゼータの居城に、その主の断末魔が響き渡る。


「クソがクソがクソがクソがクソがクソがっ!!!!」


 ゼータは我を忘れていた。

 彼の愛機――昔、大会優勝の賞品として入手した鉄板入りの特製キーボードだ――を両手で斧のように振り上げると、ディスプレイを両断するように振り下ろす。


 バッキ! メッキ! ゴッ!


 パネルが砕け、血糊のように飛び散った。

 画面は七色の光を帯び、乱れながらも明滅する映像はまるで走馬灯だ。


 それでも、容赦なく、繰り返す。


 ゴッ! ブゴッ! ベキッ!


 何億という打鍵をともにしたディスプレイは、で終にその光を喪った。


「クはっ! クははっ! フハハハハハハッ!!」


 光源を失い、完全なる暗闇と化した聖域の中、主はなおも哮け狂う。

 もはやどこを打ち付けているのか、わからぬままに。


「ああああああッ!! ああああああッはははは!!」


 タイピングのために鍛えぬかれた腕の力で、キーボードを振るう(物理)。

 その皮肉を嗤いながら、いや嗤うために、暴れ続ける。

 己の無力を、己の無様を、己の無能を、ひとときでも忘れられるよう。


 しかし、そのような狂気は。


「ちょ、ちょっとサトシどうしたの!? 何があったの!? 開けなさいサトシ!」


 封じられた扉の外からの声で、儚くも打ち止めとなる。


「ハァ……ハァ……、ハァ…………」


 まだ整わぬ呼吸とは逆に、頭の中だけがスッと冷えるのをゼータは感じた。


 現実など、自身が最強でない現実など、認めてはならない。

 現実というのはゼータが最強最速で、ゼータに賞賛が集まり、絶対に敗北せず、絶対に無双し、未来永劫謳い上げられる。そういうものでなければならない。そう決まっていた。


 キーボードを膝の上に下ろして、打鍵する。


俺は神だOREHAKAMIDA


 直後、下から上へ振り上げて、


 ベキョッ……


 長年彼と連れ添った鉄板キーボードが、ゼータの頭部にめり込んだ。

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