もう一度、ただいまを言うために 1
あれからちょうど、一週間が経過した。シャナディの街を救ったヒーローとして、ガレウとアイルビーズはしばらく街の人々からチヤホヤされていた。
ガレウが人に感謝されることに慣れておらず、奇妙なプレッシャーを感じて体調を崩した以外は、戦いが始まる前と同じような生活をしていた。ミミカの店を二人がいるから割と繁盛した。
「ガレウさん、ちょっといいですか?」
客足も落ち着き、ミミカから休憩を言い渡されたアイルビーズは、ガレウの部屋をノックする。体調が芳しくなく、昨日までは熱があったため、今日は休暇だ。
返事がないため、勝手に開けてしまおうかと考えていると、向こう側から扉が、少しだけ開けられた。
「……なんだ」
血色の悪いガレウが、扉の隙間から顔を覗かせる。
「少し、お話をしたいと思いまして……つらいのは理解してますが、大事な要件ですので」
「……わかった」
ガレウはアイルビーズを部屋に、冷ややかに迎え入れる。自分の部屋よりも整理整頓がきっちりとなされていて、アイルビーズは落胆する。誇り一つ落ちていない。すごく負けた気分になる。
「……じろじろ見て……何用だっつうの」
「あぁすいません」
布団の上に胡坐をかくガレウ。アイルビーズは床に正座をする。妙な緊張感が漂う空間が形成される。自室なのに、居心地が悪く感じるガレウは、頭をポリポリと掻く。
「ガレウさん、この街を離れましょう」
まさかアイルビーズに先に言われるとは思ってもいなかった。というより、アイルビーズがそんなことを言うとは思っていなかった。
「……俺が出てこうとした時、お前反対したよな? 噂では泣いてたとか」
「恩義を返さずに出ていこうとするから、反対したんです。泣いたのは、あなたに失望したからですね」
痛いところを突いてやろう、そう言った思考で質問したが、アイルビーズは表情を崩さない。真剣な表情のまま、ガレウを見ていた。
「私も出ていこうとは思ってました。この街の人たちはすごく良い人達ですが、私は未熟な『スターホルダー』。良い人ばかりのここでは、修行ができません」
「なんだお前、戦いを求めて街を出ようってのか?」
「……なんですかその歪んだ解釈は。私はあくまで、修行の旅を再開しようと思ってるだけです」
アイルビーズの真剣な表情が崩れる。居心地の悪かった雰囲気から解放された気がする。
「……一応、頑張れよとは言っておこうか」
「はい、精一杯頑張る所存です。話はまだ終わってませんから。寝ようとするの止めてもらえますか?」
ガレウは毛布に包まり、横になっていた。
「街を出てくんだろ? 頑張れよ」
「ガレウさんも一緒です!」
「あぁ……俺もしばらくしたら出てく。旅先でまた会ったら、他人のフリをしようじゃないか」
「一緒にだっつうの!」
アイルビーズの口調が荒くなる。アイルビーズは一度咳払いをして、気持ちを整える。
「ガレウさんも、一緒に連れていきます。明日の朝、ミミカさんに挨拶をして街を出ましょう。いいですね?」
「はぁ……」
別に出ていく日は今日でも構わないと思っていた。ガレウもそろそろ、この街から出ていこうと思っていたところで、アイルビーズとは目的が一致している。もう街の復興は軌道に乗っており、後はガレウがいなくても大丈夫だ。礼も飽きるほど言われた。ミミカのいう責任とかそういうのは果たしただろう。
「俺がお前と旅することで、俺に利益は?」
「『スターホルダー』になれますよ」
聞いたのが馬鹿だった。やはりまだ体調が悪いのだと、ガレウは自覚する。
街から出ていく。このことについては、ガレウも賛成だ。ミミカには、いないほうがいいなんてことはない、そう言われたが、ガレウは一週間足りない脳みそで考えに考えて、やはりこの街には、自分はまだ必要ないのだと確信した。
イスカの一件で、もしかしたら『テリトリーポリス』に狙われているかもしれないのだ。また、あんな惨劇を引き起こしてしまうことも、ないとは言い切れない。
また、悲劇が来るかもしれないと怯えながら、この街で暮らすなど、ガレウはできない。だからこの街を出ていくのだ。
ただひとつ。アイルビーズが厄介だ。一緒に旅をするのは、気が引けるのだ。
「なぁ。俺を『スターホルダー』に勧誘するのは、やめてくれないのか?」
「やめませんよ? というか、ガレウさんにとっても『スターホルダー』になるのは有益なことだと思いますけどね」
「有益なもんか。使命に縛られながら生きてくのは御免だ」
「≪アルマ≫の力は、魅力的でしょう?」
「……そうだが、あぁそうなんだよ。ちくしょうめ……この際だから話すよ。正直なところ、≪アルマ≫の力が手に入るのなら、使命を果たすくらいは問題にもならないとは思ってるんだよ。だけど……」
「だけど?」
「しばらくお前に守られながら旅をするのが嫌なんだよ」
≪アルマ≫の力は魅力的だ。この街を守るのにも便利な代物だ。そのためなら『スターホルダー』の使命程度なら守ってやらんでもない。
いつの間にか、ガレウはそういう思考になっていた。『スターホルダー』になるのも、やぶさかではないのだ。
ただ、自分と一緒の旅ではしばらくの間、アイルビーズに守ってもらう事が多くなってしまうのだ。野盗に襲われたり、『テリトリーポリス』がガレウを攻撃しようともするだろう。ガレウとの旅は、通常よりも危険度が桁違いに大きい。
その時に、アイルビーズが戦うことになるのが、ガレウにとって心の重荷なのだ。アイルビーズの大切な荷物くらいの位置が、嫌なのだ。
「守られながらって……ガレウさんも戦えるでしょう。『ソード・バーナー』用の手袋も手に入れてますし。自己防衛はできますよね?」
『ソード・バーナー』用の手袋はイスカから押収した物を、自分のサイズにガレウが勝手に作り替えた。これでいつでも『ソード・バーナー』を安心して振れる。
「あぁ、それでも戦闘とかになれば、お前にずいぶんと世話になるだろう。それが俺は気に食わん」
「ガレウさんが無事なら、私は別に構わないんですけど、……何が気に食わないって言うんですか?」
そんなことは照れくさくて言えない。ガレウは毛布に顔を埋める。表情をみて悟られないようにする。
アイルビーズが、もしも自分のために怪我をしたらと思うと、怖くてしようがない。
まさかこんなことを自分が思うようになるとは。しかもよりにもよって、アイルビーズに対してだ。ガレウは自分でも驚いていた。
自分でも気が付かないくらいに、ガレウの中でアイルビーズの存在は大きくなっていたのだ。それはもう、ミミカと同じくらいかそれ以上にだ。
「もしかして、体調が悪化したりとか……?」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
心配そうな表情と声かけをしてくるため、ガレウは即答する。
アイルビーズは一度ため息をついて、真剣な表情へと戻る。
「……お願いです。一緒に一人前の『スターホルダー』になってくれませんか?」
「一緒に?」
「そうです。ガレウさんは自分を過小評価しすぎです。ガレウさんには確かな強さがある。『スターホルダー』になるまでの過程で、私がガレウさんのために怪我をすることはないと思ってます」
アイルビーズは、ガレウをなんだかんだ言って信頼している。自分に足りないものをたくさん持っている。そんなガレウに対して、自分が守ってやるなんて大きな事は言えない。
「もしも……もしもですよ? ガレウさんが、私の身を案じてくれてるとしたら、それは間違いですから。私はガレウさんを守りきれるほど強くないですし、ガレウさんも守られるほど弱くないですから」
「いや、お前は強いだろ。俺はお前が思ってるよりも……」
「過小評価しすぎって言いましたよね? それです」
アイルビーズに遮られる。どうしても、ガレウは自分の事はネガティブに、マイナスに考えてしまう。今までもそうだったため、たぶん癖になっているのだ。
「あなたは強い。でも満足してないように見えます。私もきっと、同じようなもんでしょう。だから、二人で一緒に満足できる強さを目指しましょうよ」
アイルビーズは、毛布に隠れたガレウの手を探し出して、握りしめる。
「充分に強くなったと思ったら、この街を守りながら、安心して暮らせばいいじゃないですか」
「あぁ……」
アイルビーズの言う通りかもしれない。まだ弱いと思っているから、ガレウはどこにも進めないのだ。自ら道を切り開けない。怯えているのだ。こんなことだから、安心できないのだ。
簡単なことだった。何故気が付かなかったのだ。
安心するには、強くなるしかない。物理的にも、精神的にも。誰にも負けない力を手にしてこそ、永遠の安心を得ることができるのだ。
「わかった。お前と一緒に旅をしよう。『スターホルダー』にも、なってやる」
覚悟は決めた。ガレウは被っていた毛布を投げる。
「ありがとうございます。感謝します」
アイルビーズはまた、手を強く握りしめてくる。少し痛いが、これがアイルビーズの気持ちなのだと、ガレウは受け取った。
「……よろしく、アイルビーズ」
「……今、私の名前呼んでくれました?」
「……悪いか?」
「だって、ずっと私の名前呼んでくれなかったじゃないですか。おい、とか。お前、とかそういうのばっかりだったじゃないですか?」
「これからしばらく一緒にいるんだから、名前を呼ぶのにも慣れないといけないだろ」
「……妙にむず痒いですね。今の今までずーっと、会ってからさっきまで、名前を呼んでくれませんでしたから、ガレウさんからアイルビーズって呼ばれるの……なんか照れくさいですね」
にこやかにガレウに微笑みかける。つられて、ガレウも口角をあげてしまう。
「アイル様って呼んでくれてもいいんですよ?」
「調子こいてんじゃない。アイルビーズ」
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