震える感情 2

「あぁ……ちくしょ」

 ガレウは小道の横にある木に寄りかかっていた。街から離れた林道。様々なところに切り株がある。どうやら人通りはあるらしい。主に土木業の人間たちだ。

 この林道をしばらく行けば、この街を出ることができる。門があるはずだ。

 だが、さすがに疲れていた。だからこうして休憩している。

「ちくしょうなぁ……はぁ」

 ガレウは深くため息をついた。今更だが、少し後悔してきた。せめて、ミミカに何か言ってから去るべきだったと。あの状態のアイルビーズでは、きっとミミカが追いかけてくるだろうと、簡単にわかることだ。ミミカのお節介は、よく知っている。

 誰にも迷惑をかけないために、ガレウはあの場所から離れたのだ。ミミカにも、アイルビーズにも迷惑をかけないようにするためだ。

 恩人に、迷惑をかける訳にはいかない。

「ずいぶんと、近くにいるもんだね。ガキンチョガレウ」

 聞きなれた声。ガレウは声のした方向をみる。ガレウの予想通り、そこにいたのはミミカだった。ずいぶんと怒っているようにみえる。

「そんなに近いか? ここ」

「歩いて十分くらいだった。さすがのガレウも、大仕事の後じゃあ逃げる体力もないみたいだね」

 ミミカはガレウに近寄っていく。ガレウは逃げようとするが、座ってしまったが故に足が言うことを聞かない。疲労も限界のようだ。

「強がるのもいい加減にしろよ。そんなに無理してまで、あの街にいたくないのか?」

「あぁ、いたくない」

 ミミカはガレウの胸ぐらを掴む。だが、ガレウは少しも臆することはなかった。

「なんで?」

「俺がいたら、あの街にまた脅威がやってくるかもしれないだろ? そしたら、またミミカの家が壊れちまうかもしれない。他の人の家だって壊れちまう。今回みたいに、うまくいく保証はないから」

 今回は、たまたまうまくいったに過ぎない。アイルビーズは『スターホルダー』の見習いで、それなりに戦えるとしても、ガレウはからっきしの初心者。アイルビーズに比べれば、戦力として大幅に劣る存在だ。だが、今回は『ソード・バーナー』を手に入れることができたり、弱点を早期に発見できた。幸運だったのだ。

「へぇ……じゃあ、あの街の惨状は全部お前のせいだっていうの?」

「そうだ。俺がスラムの出身だから、『テリトリーポリス』だかの化け物が暴れたんだ。だから俺は、いないほうがいいんだ」

 ミミカは思い出す。布で縛り付けられて、地面に転がされていたガスマスクの男を。きっとあの男が主犯格なのだろうと、ミミカは考える。

「責任を感じている……てことでいいのか?」

「きっと、そういうことだろうな。俺もよくわからん」

「だったら、戻ってこい。責任を感じているっつーのなら、戻ってこい。お前のそのやり方じゃ、誰一人として、ちっともお前を見やしない。責任なんて果たせないんだよ」

 ミミカは胸ぐらを掴む力を強める。ガレウの首が絞まってしまいそうになるほど、強く力を込めた。

「……なんだと?」

 ガレウの眉間にしわが寄る。ミミカの言葉が聞き捨てならない。

「お前のせいでああなったのなら、少しは直すくらい手伝え。むしろ全部お前がやれよ。それがお前の役目だ!」

「……俺が直しても、すぐに壊れるだろうから……だったら俺がいないほうが手早く終わるし、誰も不幸にならないだろ!」

「自分勝手なことを言うな!」

 ミミカは思わず怒鳴ってしまう。

「さっきから聞いてればなんだ? お前らしくもない事をペラペラペラペラと。気持ち悪いったらありゃしない。自分がいると迷惑がかかる? 自分がいないほうが街のためになる? 誰も安心できないとか言ったな? スラム出身者だから襲われただと? そんなのは思い込みだ馬鹿野郎!」

 ガレウは何も言い返すことができない。ミミカの剣幕に気圧されてしまう。

「いないほうがいい人間なんて、それこそいないほうがいい。というか、いないんだよ。どんな人間にだって、そこにいる以上は、何かしらの役目がある。いつ何時も、役目は必ずあるんだよ」

「俺の役目があるってのか?」

「ああ、あるとも。まず、あの街を元通りにしろ、手伝え。そしてアイルちゃんに謝ってこい。それが嫌なら、堂々と何もするな。街を守ったっていう栄誉に浸っていればいい。アイルちゃんと一緒に、飯でも食って、感謝の言葉を貰いまくる。それが今のアンタの役目だ」

 ガレウはアイルビーズを思い出す。そういえば、さっき別れを告げた時、涙目になっていた気がする。

「あんたを必要としている人がいる。それでも、アンタは何も言わずに離れるのかい?」

「俺を必要としてる……?」

「そうだよ。街全体が、お前を必要としている。みんながガレウに、アイルちゃんに、ありがとうって言いたがってるんだ。街のみんなが、ありがとうって言うには、お前がいなきゃいけないだろう」

 ミミカはガレウの胸ぐらから手を離す。

「出ていくにしても、役目を果たしてから。責任を果たしてから出てけ。ありがとうって言われるのも、役目であり責任だ」

 そんなのは、ガレウにとっては役目とか、責任とかというのとは違うものだった。そんなのはただの言葉で、意味のないものだと思っていた。言われても言われなくても、たいして変わりはないものだと、そう思っていたのだ。

「俺は……アンタの店を守ろうとしただけだ」

「ついでに街が助かった。大勢の人が、街の破壊を止めてくれたアンタらに感謝してる」

「それなら、救えなかった人だっているだろう」

「お前は何も悪いことはしていないだろ。救えなかったのはお前のせいじゃない。あのガスマスクのせいだ。お前が気に病むことじゃない」

 街が壊れたのも、人が数人死んでしまったことも事実だ。ガレウは救いきれなかった。

 ミミカからすれば、ガレウが気に病むことなど一つもない。ガレウはあくまでも一軒の家を守るために戦ったのだ。街は、ついでなのだ。

「ガレウ。充分だ。もう、無理するな。あたしの店を守るために戦って、結果的に町が救われた。それだけなんだから。いつのまにか、目標がでかくなってたようだね」

 ミミカは諭すように話す。ガレウの眼には、うっすらと涙がみえる。今にも零れ落ちてしまいそうになっている。

「ほら、おいで。一緒に食事をしよう」

 そういう風に、言ってくれるのは、素直に嬉しく思った。

 自分はミミカの家を守るために戦った。その結果、街の破壊を食い止めた。

 なまじ食い止めたことで、自分の中で欲望が湧いて出てきたのだ。もっとうまく戦えれば、街の被害を無くすことができたんじゃないだろうかと。人が死ぬようなこともなかったんじゃないかと、そう考えてしまう。無意味な反省だと知りつつも、後悔してしまう。

 ミミカの言う通り、目的が肥大化していた。だから、自分は、あの街に害をもたらす悪だと思いこんでしまったのだ。いないほうがいい。必要ないと、思いこんでしまったのだ。

 ガレウは、差し出されたミミカの手を取り、歩きだす。もう二度と帰るつもりのなかった街に、再び向かうのだ。情けない、自分の意志すら貫けないのかと、心の中で自身を詰る。

 その後、連れ戻されたガレウはアイルビーズと再会する。街の人々からも歓迎され、感謝の言葉をうるさいくらいに言われた。誰もガレウを責めない、誰もアイルビーズを責めたりしない。二人は、悪いことは一切していないのだから、当たり前のことだ。

 ミミカの家の食堂で、二人はぐったりとテーブルに突っ伏していた。もう周りに人だかりはない。あらかた感謝され切ったのだろう。

「ガレウさん……」

「なんだよ」

「戻ってきてくれて、ありがとうございます。出ていくって言われたときは、悲しくって。戻ってきてくれた時は本当に、嬉しかったんですよ?」

「……もう、しない」

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