震える感情 1
アイルビーズは、声が出なかった。二人の男の戦いに、口出しはできなかった。
「ガレ……ウさん?」
ボロクズのように仰向けで倒れているガレウ。そしてまた突っ伏しているイスカ。相討ちなのだろうか。
「ガレウさん!」
アイルビーズは叫ぶ。ガレウの名を呼ぶ。相討ちは駄目だ。絶対に生きて、ミミカの元に帰らなければならないのだ。あんなガスマスク野郎程度に、殺されていい命ではないのだ。
アイルビーズは、自分の身体に鞭打って、ガレウのもとに駆け寄った。見たところ出血はない。あるのは脇腹の大火傷だけだ。
もはや虫の息。激痛によるショック状態なのだろうか。意識がない。
死んでしまったとは、考えたくなかった。
「ガレウさん……!」
もう自分に、ガレウの火傷を治すだけの体力は残っていない。治せるのなら、治したい。一週間、寝食を共にした友人として、死なせるわけにはいかなかった。もはや『スターホルダー』になってくれなくても構わない。とにかく死なないでいてほしい。そう願った。
「起きて……起きてくださいよ……! あなたに死なれるのは……困るんですから……」
もはやアイルビーズにとって、ガレウの存在はかけがえのない物になっていた。別に異性として好みのタイプだから、とかそういうものではない。そう、家族のような情を抱いていた。親愛というやつだ。
たった一週間。他人からすれば短い間だろうが、ガレウとアイルビーズにとっては、とてつもなく長い、充実した日々だった。
お互いの長所や短所。得意なことも色々わかった。仲良く、和気あいあいと話したことはないし、意見が合致したのも、稀なことだった。
だから、今日ガレウが助っ人に来てくれたことが、嬉しかった。ミミカのために、同じ目的を掲げて行動できたことが、誇らしかった。
一週間の生活が、意味のあることだと証明できたのだ。
「この寝坊助……! ガレウさん!」
死んでほしくない。親愛なる友人に、一週間共に暮らした家族に。死んでほしくないというのは当たり前だ。
何かできる事はないかと、アイルビーズは考える。すでに≪アルマ≫は使用できない。治療するための薬もない。できる事は、必死で呼びかけ続ける事だけだ。
こんなことしかできなくて、何が『スターホルダー』だ。人を助けるのが使命だというのに、目の前にいる青年すら助けることができないとは、『スターホルダー』の面汚しだ。歴代『スターホルダー』に申し訳ない。
アイルビーズは後悔するも、後悔したところでできる事は増えたりしない。
「ガレウさん! ガレウさん!」
だから、必死に呼びかけた。呼びかけ続けた。ガレウの魂を、どこかにやってしまわないように、繋ぎとめておくのだ。
まだ息はある。死んでいない。死なせない。
「ミミカさんが待ってるんです! 私も待ってますから! だから、起きてくださいよ!」
必死な声かけも、きっと意味があると信じている。意味がなくとも、きっと声をかけ続けるだろう。
ガレウの呼吸は、依然として苦しいそうだ。
「お願いだから……そんな。根性、見せてくださいよ。あなたは、ここで終わっていい人じゃありません!」
そう。終わってはいけないのだ。終わらせてはならないのだ。
「……うる」
ガレウの口から言葉が漏れる。
「……うる……せぇ」
普段の威勢のいい声とはまるで違う、か細い声。それでも、意識を取り戻したという事だ。苦しそうな表情は変わらないが、眠っているよりかはいい。
意識が戻ったのなら、すぐに助けを呼ぼうと考えた。意識が戻ったとしても、重傷は重傷。自分の≪アルマ≫では治療のしようがない。
だが、周りには誰もいない。イスカが倒れているくらいで、生き物の姿すら見当たらない。この辺の住民たちは、どこかに避難したか、建物の下敷きになっているかだろう。
「ガレウさん、辛いでしょうが、よく聴いてください」
意識が朦朧としているガレウに、アイルビーズはゆっくりと、聞き取れるように話しかける。普通ならこんなことをしている場合ではないが、アイルビーズの考えでは、この方法が一番効率がいい。
「今から少しだけ≪アルマ≫の使い方を教えます。それで、傷を治してください。うまくいかなくても、今よりはマシになるはずです。だから、言う通りにしてください」
≪アルマ≫の力は『スターホルダー』が代々受け継いできた神秘の力。他の人間にほいほいと教えていいものではない。危険なことになるかもしれないからだ。
だが、目の前の命を救うためだ。アイルビーズは歴代の『スターホルダー』たちに、心の中で許しを請う。
「まずは眼を閉じて……ゆっくりと深呼吸をしてください」
ガレウはアイルビーズの言う通りにする。気を抜けばそのまま意識も抜けてしまいそうだったが、助かるためだ。そのくらいはやってみせるつもりだった。
≪アルマ≫の力の使い方を学ぶチャンスだ。気を失ってたまるものか。そう思って自分を奮い立たせる。
「力を抜いて、深呼吸です。身体の隅々まで、しっかりと空気を循環させてください」
≪アルマ≫の力は、自然の力と一体だ。自然とは≪アルマ≫そのものであり、それを操るためには、自然と和解しなければならない。
「ありがとうございます。これで……わかりやすくなりました」
使い方を教える。その言葉に偽りはない。だが、手伝わなくてはならない工程が一つだけあるのだ。アイルビーズがやらなくてはならない、アイルビーズにしかできない工程だ。
それは、≪アルマ≫の排出される場所を探すことだ。
≪アルマ≫は自然そのもの。人間の身体にも入ったり、出たりしている。自然の循環に、人間はしっかりと含まれている証拠と、アイルビーズは学んだ。
呼吸と同じような原理だ。人間は知らず知らずのうちに、≪アルマ≫を取り込んでは出してを繰り返している。取り込む場所も出す場所も、人それぞれだ。
アイルビーズは、ガレウの首の付け根に触れる。ここだ。ここがガレウの、≪アルマ≫の出入り口なのだ。≪アルマ≫が大量に出入りしているのが、アイルビーズには見える。
「少し、痛いかもしれません。意識は、失わないでください」
アイルビーズは、ガレウの首の付け根をなぞる。優しく、赤子をなでるように。
ガレウの≪アルマ≫の吸収量と排出量は、常人よりもはるかに多い。恐らくだが、≪アルマ≫をため込んで、身体の中に保持できるのだろう。何故かは知らないが、とにかくそういうことなのだと、アイルビーズは余計な事を考えないようにする。
アイルビーズは、ガレウの≪アルマ≫の出入り口を、無理やり広げる。それが一番手っ取り早く、≪アルマ≫を使えるようになる方法だ。
「げッ……痛ッ……くッう……」
広げることにより、吸収量と排出量が増える。さらに自然と一体となったといってもいい状態へと変化する。『スターホルダー』においては、邪道とされる方法ということを、アイルビーズは、今だけ忘れる。助けるためだと、自分に言い聞かせる。
充分に広げると、アイルビーズは一呼吸ついて、次のステップへと移る。
「これで、ガレウさんも少しだけですが、≪アルマ≫を使えるようになったはずです。傷の治療方法は……」
「もう……いい」
ガレウの息は荒い。顔色も良くはない。だが、ガレウはアイルビーズの施しを拒絶した。
「何となく……だが、やり方はわかる。お前のを真似れば……できるんだろ?」
顔色はすこぶる悪いが、ニヤついてみせた。余裕があるのだと、アピールしたのだ。
ガレウは自分の脇腹に、手を添える。腕を動かすだけでも、ひどく疲れるが、泣き言は言っていられない。
≪アルマ≫が使えるようになったというのであれば、自分でも試してみたい。そういう願望もあった。
力はいらない。はずだ。
ガレウは手に纏わりついている、この暖かく柔らかな光を、傷に塗るように、手を動かした。きっとこれであっているはずだ。この光こそが≪アルマ≫なのだ。
「すごい……」
アイルビーズは関心していた。ガレウの≪アルマ≫の使い方をみて、驚いていた。まさか一発で、今まで≪アルマ≫を見たこともないのに、傷を癒している。動作は二度見せたが、やり方までは伝えていない。本当に、見様見真似でやっているのだ。
瞬く間に、傷が塞がっていく。皮膚がどんどん作られて、血肉を覆っていく。数秒で、ガレウの脇腹の傷は完治した。
「ふぅ……なるほど。結構疲れるな」
「無理はしないでください。傷は塞がっても、血までは作りきれてませんから。ここで休んでいてください」
ガレウにそう伝えると、アイルビーズはイスカのもとに近づく。今は気絶しているだけ。起き上がれば、また襲ってくるかもしれない。だから、自分のスカートの端を少し破り、その布でイスカの手足をガチガチに縛り付けた。ちょっとやそっとでは解けたりしないように、きつく締めあげた。
もうガレウもアイルビーズも体力は限界。アイルビーズは慣れない≪アルマ≫の使い方をして、体力がすり減っている。ガレウはきっとそれ以上の疲労だ。怪我を治し、命の危機を越えたが、初めて≪アルマ≫を使ったのだ。アイルビーズ以上に慣れないことだったため、クタクタになっているだろう。
「おい」
「なんですか」
アイルビーズはガレウの横に、膝を抱えて座る。
「これで俺も、≪アルマ≫を使えるようになったのか?」
「いいえ。一時的に≪アルマ≫を使えるようにしただけです。あと二分くらいで元通りになりますから、安心してください」
少しだけって言ったじゃないですか、とアイルビーズは笑って言う。
「なんたるドケチだ。そんなんじゃ、人生損ばかりするぞ?」
「フッ……もうガレウさんの煽りには乗っかりませんから。『スターホルダー』になってくれるというのなら、考えてやってもいいですけど?」
「断る」
「≪アルマ≫の力が魅力的でないと?」
「魅力的だとも」
「ならどうして?」
「『スターホルダー』ってのは、世のため人のために生きなくちゃいけないからだ。俺にそんなつもりは毛頭ない。だから、≪アルマ≫だけ教えて、お前は失せろ」
「おう、ぜってー失せないですから」
よかった。そういうことを二人は口にしない。周りは何一つとしてよくなっていない。街は破壊の限りを尽くされてしまっている。そしてこの惨状は、イスカが自分たちを殺そうとしたために、このようなことになってしまったのだから。アイルビーズは責任を、ガレウは焦燥を感じていた。
「ガレウさん」
「あ?」
「これから、どうしますか? この街の復興を手伝って、ミミカさんのところにお世話になりますか?」
ガレウは少し悩む。この街の惨状は自分たちの責任。ミミカの家は守ることは出来ただろうが、こんなことでは、ミミカに合わせる顔がない。ミミカの住む街を危機に晒してしまうというのなら、答えはひとつだ。
「この街から出ていく」
「……復興は手伝わないんですか?」
「俺がいる限り、いくら直そうが壊れちまうかもしれない。だから、とっとと出ていくに限る。ミミカにはそう伝えておいてくれ」
ガレウは立ち上がる。まだふらつきがあるが、立って歩けるくらいには回復した。スラムで培った体力のおかげだ。
「じゃあな」
「え? 今すぐですか?」
突然すぎることで、アイルビーズは困惑する。戦闘が終了して、すぐの子のタイミングでこの街を去ろうとするとは思わなかった。せめて一晩くらいは、この街で過ごすものだと考えていた。
「じゃあせめてミミカさんに、別れの挨拶くらい……」
「断る。さっき言っただろう。ミミカに伝えておいてくれと」
「別れの挨拶くらいは、自分でしてください!」
抗議するアイルビーズに、ガレウは何も言わずに背を向ける。
「俺はガレウ・サラピアだぜ? そういう性格の奴じゃないってのが、わからないのかよ?」
自分とアイルビーズとミミカ、三人で一緒に過ごした一週間。それはガレウにとって濃密な時間だった。初めての事が沢山あった。感動というものを初めて体感した。
あの場所にいれば、ガレウは幸せに暮らせるだろう。
ガレウは、幸せになれるだろう。
それじゃいけない。そうであってはならないのだ。
「俺は、ミミカに迷惑はかけたくない。ミミカの住むこの街を、これ以上俺のせいで壊させるわけにはいかない。俺がここにいる限り、この街は安心できないんだ」
この街にいたら、自分のせいで不幸になる人が多くなる。まさか自分が、他人の心配をするとは思わなかった。奇妙なことになったものだと、ガレウは苦笑する。
ガレウはそのまま、アイルビーズに背を向けて歩きだした。アイルビーズの声が聞こえてきたが、ガレウはそれを無視して歩いていった。
アイルビーズが、ガレウを追うことをしなかったのは、体力的な面に加えて、心の問題もあった。
この街をこのままにして、ミミカに何も言わずに出ていくなんて、自分にはできないと思った。ガレウを野放しにしておくのは、ひどく不安になる。
できることなら追いかけて、引き留めたかった。だが、アイルビーズにはガレウを追いかけるだけの体力は、なかった。
ガレウと別れて三十分後。遠くから人の声が聞こえてくる。
「アイルちゃん!」
人々の声に混ざって、ミミカの声が聞こえてくる。
「アイルちゃん!」
ミミカは思わず、アイルビーズを抱きしめた。
「ミミカさん……苦しいですよ」
「あはは、ごめん。でも、もう少しだけこのままでいいかい?」
自分の家族のように思っていたアイルビーズに怪我はないようで、ミミカは安心した。無事だったというだけで、本当に嬉しかったのだ。たとえ街が全滅していても、二人が無事であれば構わなかった。
「……ガレウは?」
ミミカはふと気が付いた。周囲にガレウの姿がなかった。ミミカは妙な事を考えてしまいそうになるが、頭の中で湧いて出た妙な可能性を無理やり打ち消す。
「……どこか行きました。これ以上、この街にいると迷惑がかかるからって。この街を出ていくそうです」
「はぁ!?」
アイルビーズは涙をこらえている様子。ミミカはガレウに対して、少しだけ怒りを覚えた。
「あのバカ……どっちに行った? 追いかけてみるから、教えて頂戴」
「向こうの……森のほうに歩いていきました」
「ありがとう。それだけで充分だよ。……誰か! この娘をあたしの店に連れてってくれないか!」
ミミカの声に反応した若い男の二人組が、こちらを向く。主に土木作業を生業としている男二人だ。街の被害がどのくらいなのか、自分たちの住居は大丈夫なのかと様子を見ていたのだろう。反応したという事は大丈夫だったようだ。大丈夫でないなら、反応する余裕はないだろうからだ。
「どうしたんですか、ミミカさん」
「どうしたもこうしたも、この娘を店に連れてけって言ったんだよ。任されてくれるかい?」
「ミミカさんの頼みなら、よほどのことがない限りは」
「いつもうまい飯を食わせてもらってますからね」
男たちは快く快諾してくれた。アイルビーズに肩を貸し、ゆっくりと歩いていく。アイルビーズも二人の事を覚えている。何度か店で会ったことがあるし、喋ったこともある。
「ミミカさん……」
「心配いらないさアイルちゃん。店でゆっくり休みな。すぐにガレウも連れてくから。おいお前ら、店に戻ったら適当にあるもんで食い物で作ってやって」
「俺たちがですか!?」
「俺ら、料理できないからミミカさんの店に行って食べてるんすよ?」
「やかましい。この娘はこの街を守ってくれたヒーローなんだよ。何もできなかったあたし達が、この娘にしてやれるのはそのくらいだろうが!」
アイルビーズがこの街を救った。きっとそうだと信じていた。周りに粘土人形はいない。そしてアイルビーズとガレウは生きている。それだけで、容易に想像がついた。
二人が、この街を救ってくれたことを、この街の誰もが、わかっていた。直接見た者は少ないが、そう考えるほかない。
「わかりました。俺たちなりに頑張ってみますよ」
「アイルちゃん、不味いと思っても声に出さないでくれよ?」
男二人はアイルビーズを介抱して、ミミカから離れていく。とにかく、アイルビーズには休息が必要にみえた。この街の人間ならミミカはある程度知っている。あの二人は真面目で気のいい奴らだってことも知っている。だから、任せたのだ。
だが、アイルビーズを完全に安心させるには、まだ足りない。あの店に、もう一人いなければ、まだ安心できない。
「待ってろよ……」
ミミカのその言葉は、二人に向けて放った言葉だ。
ミミカは早足でアイルビーズの指し示した方向を歩きだす。アイルビーズと同じように戦っていたとすれば、相当に疲れているはずだ。アイルビーズと同等かそれ以上に。だから、まだ遠くには行っていないと予想する。
たとえガレウがどんなに疲れていようとも、死にかけていようとも、ガレウに対しての態度は決まっていた。。
とりあえず一発、拳を叩き込んでやろう。そのくらいの気概で会いにいく。
ミミカは、ガレウに対して怒っている。アイルビーズの心を泣かせたこと。自分に黙って出ていこうとしたこと。その他もろもろ、様々なことが重なり合って怒っている。
ミミカの歩みは、ガレウに対する怒りで加速していった。
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