破壊掃除 4
少し休憩して、体力もそこそこに戻っていた。全快ではないにしろ、こちらには『ソード・バーナー』がある。負ける要素はない。
「おい、動けるか?」
「動けはします。でもさっきみたいに≪アルマ≫での拘束とかはできないですね」
「なら動けないのと同じだな」
「どういう意味でしょう?」
アイルビーズは戦力として数えることはしない。ガレウはアイルビーズを、≪アルマ≫が使えるかどうかだけで判断しているためだ。
「とにかくお前は、そこでじっとしてろ。お前が死ぬと、ミミカが悲しむ」
「そっちこそ、怪我は無しでお願いしますよ。ミミカさんが悲しみますので」
二人の間には、奇妙な信頼関係が生まれていた。一週間、寝食を共にして、互いの性格も何となく掴めてきたのだ。
「おいゴミクズども。勝手に何を喋っている? すでに勝った気でいるのか?」
ガスマスクで表情はみえないが、クスクスと笑い声が聞こえてくるから、きっと表情も笑っているのだろう。
「貴様らに勝ったと思わせてしまうとは、私としたことが、何たる不覚だろうな。思わず笑えてしまうよ。私はここまで落ちぶれていたっけか? なぁ?」
「知るか、テメェとは初対面だ馬鹿タレ」
「ハッハッハッハ! 調子に乗っているな、図に乗っているな! 良くない! 良くない! 良くないぞォォォ! 貴様らが好調なのが、驚くほど不愉快で仕方がない!」
イスカは奇声を発する。笑い声。その笑い声が、ガレウは不快だった。
「だから、すぐに貴様らを始末するよ。躊躇はしない。虫を脚で踏み潰すように、あっさりと終わらせてやる。さっきみたいなことにはならないさ」
「テメェにはもう勝機はないだろ? 正気も失ってるみたいだがな」
ガレウは『ソード・バーナー』を見せつける。ジャケットで包んでいるため、少し取り回しがしにくいが、丸腰の人間からすれば充分に脅威だ。さっきと立場が逆転していた。
「一本しかないとでも思ったか?」
イスカはガスマスクの下に手を突っ込む。ガレウは、顔がかゆくなったのかと思ったが、違った。ガスマスクの下から出てきたのは、『ソード・バーナー』だった。
「予備は常に用意しておくものだ。切り札は特にな」
その『ソード・バーナー』はガレウが今持っている物よりも小型だった。小型なぶん、刃の持続時間も短い。そして刃そのものも短い。『ソード・バーナー』としての利点は、持ち運びが便利くらいの代物だ。だが、『ソード・バーナー』であることには変わりはない。
「そんなミニサイズで、何ができる?」
「貴様にそれが、使いこなせるとでも?」
ガレウとイスカは睨みあう。お互いに嫌味を言ったが、お互いに気に留めない。冷静に、クールな気持ちでいなければならない。
『ソード・バーナー』同士の戦いは、ほぼ一瞬で決着する。それが普通だ。
お互いに刃を受けるものは存在せず、一撃が致命傷になりうる武器。だから、勝負は一瞬。一瞬の判断と度胸が、決着を左右するのだ。
アイルビーズは固唾を飲んで見守る。自分にできる事は、今は何もない。とにかく体力を元に戻すことだ。そして≪アルマ≫による援護をする。今だけは、ガレウを信じるほかなかった。とにかく生きていてくれれば、それで構わない。
ガレウとイスカは、ほぼ同時に走った。お互いの有効な間合いまで、全力疾走。
間合いに入った瞬間に、イスカは炎の刃を横に払う。おそらく一番、効率のいい殺し方だ。しかしガレウには当たらなかった。
しゃがんでいた。
間合いに入ったのは、刃の長さの関係でガレウのほうが速かった。しかしイスカのほうが足が速かったのだ。ミニサイズの間合いまで詰められていたのだ。
結果的にしゃがみは正解だった。振りかぶるのはイスカのほうが速かった。きっとガレウの攻撃は、間に合わなかっただろう。
ガレウはイスカの足元に目をつける。ガレウはイスカの脛の部分を、思い切り蹴り飛ばした。
イスカはバランスを崩す。予想外の一手に、コンマ数秒反応が遅れた。
倒れるのは受け入れる。だが、斬られるのは御免被る。
イスカはガレウに向けて、『ソード・バーナー』を振りかざした。殺傷目的ではない。プレッシャーを与えるためだ。
少しでも刃に触れれば、人間なら痛みで怯んでしまう。そうなれば万々歳だ。
転びつつも『ソード・バーナー』を振ってきたイスカから、ガレウは逃げるように後ろに下がる。バランスを崩しかけたが、どうにか尻餅はつかずに済んだ。
ガレウが後ろに逃げたと同時に、イスカも体勢を立て直す。
お互いに地面に伏せるような体勢になっていた。
「くぅ……!」
「ふぅ……!」
一瞬の出来事だった。時間にしてわずか五秒ほど。その間に、数度の命の駆け引きが行われた。一瞬のミスが命取りになる。ガレウは痛感していた。下手をすれば、最初の一撃で終わっていたのだから。
もっと素早く動かなければ。この『ソード・バーナー』を落とさない、ギリギリと速度を、自身の身体に求めなくてはならない。
イスカは立ち上がる。ガレウも同時だ。お互いに気は抜かない。立ち上がる時も、一切緊張感は解かなかった。ガレウは隙あらば飛び込んでやろうと思っていたが、とんだ期待外れだった。
「やはり、こんなもののようだな」
「あ?」
「貴様では、その武器は扱いきれないと言っているのだ」
『ソード・バーナー』同士での戦いは、一瞬の判断と度胸で決まる。故に、精神状態に左右されることはあってはならない。少しでも気を乱せば、それは隙となりえる。
これは挑発。イスカはガレウの精神を乱そうとしていた。
「後手に回っては、勝てないぞ?」
イスカは『ソード・バーナー』を握りしめる。ガレウとは違い、専用の手袋を着用しているため、握りしめることができるのだ。
「勝負は、常に先手を取り続けたほうがいいに決まっている。それがわからないような貴様に、私が負ける道理はない」
傲慢とまでいえるほどの自信が、目に直接入り込んでくるようだ。
「道理も何も、全部まとめて吹っ飛ばす」
気合いで負けるわけにはいかない。相手を威圧することも、充分勝負に関係する。
お互いに一歩を踏み出す。あと五歩は接近しなければ、お互いに刃は届かない。
両者ともに、相手の出方を見るつもりはない。ただ、二人とも心を落ち着かせているだけだ。これ以上の戦いは、無意味で無価値だから、手早く終わらせる。それだけだ。
一瞬だった。二人同時に、足を動かした。
ガレウは真正面から、突きの構えで突撃する。もしも横に回避されれば、そのまま横なぎに、バックステップなら、『ソード・バーナー』を投げてやるつもりだった。
対するイスカは、動かなかった。だが足は動かした。
足元にある土を蹴り上げるためだ。
「なッ!?」
目つぶし。それはあまりに地味。だが、あまりに効果的な戦法だった。
ガレウに生まれる致命的な隙。動きが止まったその瞬間を、イスカは見逃さない。
イスカの『ソード・バーナー』は、正確無比にガレウの腕部を狙う軌道を描く。どうせなら頭を斬り落としてやりたいところだが、長さの関係上仕方がない。
土が目に入ったガレウ。一瞬の隙を生んでしまったことを、後悔する。
一瞬でも、思考が巡る。ごくわずかな時間で、ガレウは今できる最大限の答えを導き出す。それは本能的な行動に近かった。
イスカの位置はよく見えない。だから、適当に振り回した。腕の力を使い、乱暴に。剣術もへったくれもない、子供のチャンバラ以下の動作だ。
触れれば大ダメージ確実の『ソード・バーナー』。それが眼前で振り回される。その脅威に、イスカは太刀打ちできなかった。
無理やり脚を動かし、後ろに下がる。ガレウの『ソード・バーナー』の間合いから離れる。勝負が決まるチャンスだったが、仕方がないを割り切った。
「汚いんじゃないか? 綺麗好き」
顔についた土を払いつつ、イスカを鋭く睨む。
「ゴミに汚れがくっついたところで、誰も何も言わん。気にもしない」
イスカとしては、『ソード・バーナー』を振り回されるのが一番厄介だった。だから、ガレウが振り回す前に、自分の有利な間合いに突っ込む。
ものすごいスピードだった。ガレウが動いたと認識した時には、イスカはすでに動いていた。それほどまでに素早く突っ込まれた。
イスカの『ソード・バーナー』は短い。長さの調節に関しては、短くしかできない。だが、それがいい。
『ソード・バーナー』をナイフのように短くする。威力は変わらない。刺せば充分だ。
ナイフのような『ソード・バーナー』を、ガレウの胸部に向けて突き刺そうとする。
ガレウはもう『ソード・バーナー』に頼ることはしなかった。すでに間合いが悪い。
ガレウは『ソード・バーナー』のスイッチを切り、炎の刃を消す。普通に殴るよりも、金属で殴ったほうが威力が高い。当たり前の事だ。
そして狙うのは、イスカの頭のてっぺん。頭蓋骨をカチ割らん勢いで、思い切り殴りつけた。
「がッ……!?」
イスカは避けられなかった。脳震盪が引き起こされる。頭の上が、妙に暖かい。くらくらする。
だが、攻撃は絶対にやめない。
「グゥ……!?」
イスカの『ソード・バーナー』は、狙いの場所からはズレていた。当たったのは、ガレウの脇腹。掠った程度だが、激痛には変わりない。あまりの痛みで気をやりそうになる。
二人とも意地で気を保っていたが、ほぼ同時に、地面に倒れ伏した。
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