破壊掃除 3
「ガレウさん……!」
アイルビーズはイスカと名乗る男とガレウの会話を、黙って聞いていてしまった。助けに行くべき場面だった。加勢に行くべきだったと後悔している。だが、イスカから感じる≪アルマ≫に、気圧されてしまった。ビビってしまったのだ。
「ガレウさん!」
だが、そんなことは言っていられない。『ソード・バーナー』を持っている相手に、丸腰のガレウが敵うはずがない。あっという間に殺されるのが容易に想像できる。ガレウはイスカに喧嘩を売り、イスカは買った。今更、戦いからガレウを遠ざけることは出来ないだろう。だから、少し遅いが加勢することにしたのだ。
イスカの得物は『ソード・バーナー』。近接戦闘ではこれ以上ない、驚異的な代物だ。ナイフ等の刃物とは全く違う。現在、その炎の刃を止める術は存在しない。だから脅威とされている。
それでも、いくつか弱点はある。まず、長時間の使用が不可能なのだ。『ソード・バーナー』は内臓されている極小サイズの専用ガスタンクに貯蔵されている、特殊ガスを燃焼させて刃を構成しているのだ。つまり、ガス欠になれば刃はでない。精々、十分の使用が限界だろう。そして、内部構造が非常に複雑であり、故障してしまう事が多いのだ。あの小さな柄には、ガスタンク、燃焼用の火元、柄の冷却装置。その他、様々な精密機械で構成されているのだ。衝撃に強く作られているとしても、限界値は低い。
「貴様が来い、ゴミクズ」
「言われなくても、そのつもりだ」
ガレウは怯むことなくイスカに近寄っていく。言葉こそ好戦的で、激情しているように聞こえるが、行動は冷静だった。ゆっくりと歩いて、慎重に間合いを詰めていく。
ガレウに得物はない。ナイフもさっき置いてきてしまった。拳が届く範囲まで、どうにかして近づく必要があるのだ。
ガレウは、途中で歩みを止める。この距離では、まだ拳がイスカに届かない。
「どうした? もっと近寄ってこい。私が動くのは、面倒だ」
ガレウが歩みを止めた理由、それは『ソード・バーナー』の存在だ。これ以上、一歩でも足を踏み出せば、『ソード・バーナー』の射程距離に入ってしまう。その時点で、圧倒的不利になってしまう。そして、イスカはビクトンと違い、『ソード・バーナー』の扱いに長けていると考えたほうがいいと思った。敵を甘く見ることは、死につながるからだ。
「どうしたゴミクズ。コレが怖いのか?」
イスカは『ソード・バーナー』を揺らし、ガレウを煽る。ガレウは心を平静に保つ。今、激情に身を任せれば、あの炎の刃に焼き切られる。
「けっ……そんなもんに頼らないと、俺と戦えないか?」
「安すぎる挑発だな。せっかくあるのだから、使わずしてどうする? 貴様は食事の時に、フォークやスプーンを使わないのか?」
「最近まで使い方をよく知らなかったな。飯は手づかみで食うもんだと思ってた」
「野蛮人が」
イスカは一歩踏み出した。『ソード・バーナー』の射程範囲内。振れば斬れる間合いだ。
『ソード・バーナー』を、イスカは振り上げる。ガレウはとっさに後ろに跳んで回避した。『ソード・バーナー』は全てが刃。刃物とは違い、峰などは皆無。相手を確実に殺すことだけが、『ソード・バーナー』の存在意義だからだ。
振り上げる行為も、ガレウからすれば立派な攻撃だったが、イスカは攻撃とは思っていなかった。次の行動こそが、本命だ。
『ソード・バーナー』を勢いに任せて振り下ろす。
ガレウは考えるよりも先に身体が動いた。思い切り横っ飛び。ひどく無様で隙だらけだが、とりあえず回避できた。
「クソったれめ……」
「はっはっは! さすがはゴミクズ。生き残る術には長けているようだ」
追撃がないのは余裕の表れ。ガスマスクで表情は見えないが、さぞ嬉しそうな顔をしているのだろう。
「だが、これ以上生きていられても不快でしかないから、仕留める」
「やれるもんならな……」
ガレウの言葉を最後まで聞くことをしようとせず、イスカは『ソード・バーナー』を構え、ガレウの頭に狙いを定める。後は突きを繰り出すだけだ。それだけで、ガレウの脳は頭蓋骨ごと蒸発する。
突く、という行為をしようとした。さっさと終わらせてしまおうと考えていたのに、『ソード・バーナー』を持つ腕がピクリとも動かない。腕が石化してしまったのかと思えるほど、カチカチに固まっている。
イスカの背後には、アイルビーズの姿があった。
「ガレウさん! 無茶はしないでくださいって言ったでしょう!」
アイルビーズの怒った声が聞こえてくるが、ガレウは気にしない。イスカの目の前を横切り、堂々とジャケットを拾い、ほこりを払ってから着た。
「動けるか? ガスマスク野郎」
「グ……貴様らッ……何をしたのだ!?」
「貴様らじゃない。アイツがやってんだよ」
ガレウはアイルビーズを指さして言う。しかし、イスカは振り向くことはなかった。おそらく≪アルマ≫の力で全身を拘束されているのだろう。
「その『ソード・バーナー』。俺に寄こしてもらおうか」
ガレウはイスカの『ソード・バーナー』に触れる。イスカは抵抗を試みたが、ちっとも体が動かない。ガレウはスイッチを切り、刃を消した。しかし、手のひらも固まっているため、ガレウの力では手を開かせることができなかった。
「おい! 手のひらだけ拘束を解け!」
「一応、確認しておきますが、その人を殺さないですよね?」
ガレウはアイルビーズを睨む。アイルビーズはたじろぐことはなかった。ここで少しでも弱気になれば、立場が弱くなる。
「殺さないですよね?」
「俺は殺しはしない」
ガレウは即答だった。
「なら、了解です」
アイルビーズはガレウの言ったことを信じ、イスカの手だけを自由にする。
「よし、よくやった」
ガレウは抵抗するイスカの手を強引に解いて、『ソード・バーナー』を奪い取ることに成功する。
「貴様……!?」
「なんだよ、もう俺の物だ。さっきも言ったように、俺はお前を殺したりはしないから安心しろ」
ガレウはイスカの顔面を、『ソード・バーナー』の柄の部分で思い切り殴りつける。ガスマスクは派手に破損し、イスカの血が飛び散った。地面に力なく倒れる。勢いよく殴られれたせいで、脳震盪を起こしていた。頭がくらくらとして、意識が朦朧としていた。
「おい、もういいぞ。その拘束を解いてやれ」
「もう解いてます」
アイルビーズはガレウが殴った瞬間に、≪アルマ≫による拘束を解いていた。もし拘束しっぱなしであれば、イスカはそのままの体勢で地面に寝そべることになっていたはずだ。
「いいものを手に入れたな」
ガレウは笑顔だった。『ソード・バーナー』は前から欲しがっていた代物だった。これさえあれば、充分な抑止力になりえる。自分への敵が少しは減ると思っていた。
「絶対に、無益な殺生はやめてくださいね?」
「やらないつってんだろ。しつこいな」
アイルビーズが釘を刺してくる。ガレウが人を殺さない理由を、アイルビーズは知らないから、不安になっているのだ。
「いいか? 俺は暴力こそ振るうが、絶対に殺しはしない。殺しをすれば、ソイツのろくでもない魂を背負い続けるからだ。俺は安心のために戦ってるから、そんな重荷は背負わないと決めてるんだよ」
「だったら、ソレいらないでしょう。安心したいなら、武器を捨てたほうがいいんじゃないですか?」
『ソード・バーナー』を指さして言う。
「これは抑止力になるだろうが。少しは武装してたほうが、ちょっとは敵が減るだろうよ」
アイルビーズはため息をついてしまう。本当に自分の事を考えるのは得意な奴だと、感心さえしてしまう。
「そんなことよりも、あの粘土人形を止めるぞ」
よたよたと追っかけてきていた粘土人形を見て言う。かなり距離を離したつもりだったが、イスカと小競り合いをしているうちにかなり接近されていた。
「あの機械で止められますかね?」
アイルビーズは地面に転がっている、イスカの持っていた粘土人形の頭部パーツを見ていった。
「不可能だろうな。アレはただのパーツだ。操るモンじゃないらしい」
「なら、その『ソード・バーナー』を使いますか」
「あぁ、だけど多勢に無勢すぎる。お前の≪アルマ≫の力で、アイツら一斉にこかすことはできるか?」
「……できますよ」
アイルビーズはガレウの考えを察した。アイルビーズが予想するに、危険な作戦ではない。自分がミスをしなければ、ガレウは無傷のはずだ。
「なら、早速やろうか」
ガレウは『ソード・バーナー』を起動する。初めて起動した。やたらと熱く、手放しそうになるが、我慢する。手のひらの火傷は避けられそうにない。
ガレウは火傷の痛みをこらえながら、粘土の大群に向かって全力疾走。アイルビーズも後に続く。
アイルビーズは広範囲に、≪アルマ≫の力を制御する。まるで一本の縄のように構成された≪アルマ≫は、のたのたと歩いている粘土人形の脚に絡みつく。粘土人形は≪アルマ≫の縄に足を引っかけてしまい、転倒してしまう。そのまま進もうとした粘土人形たちも、覆いかぶさるように倒れていく。瞬く間に粘土の山が完成した。
アイルビーズにしか見えない網であるため、転んだ瞬間にすぐに消した。ガレウも転んでしまう可能性があるからだ。
ガレウは粘土の山に突進する。赤い光の位置を確認。その位置に『ソード・バーナー』の炎の刃を突き刺していく。無数の赤色の光が、ガレウが突くたびに消えていく。滅多刺しだった。
粘土による防御は不可能。粘土ごと焼き切れるこの『ソード・バーナー』は、粘土人形を倒すのには非常に便利な代物だった。
あっという間に白色の粘土の山が完成する、所々に焼け跡が残っている。
「お疲れ様です」
終わったのを確認し、アイルビーズはガレウに近寄る。ガレウは『ソード・バーナー』のスイッチを切り、ジャケットのポケットにしまう。
「あぁ、この手の火傷……治してくれ」
ガレウの手のひらは、高熱により焼けただれていた。出血もあった。それを見たアイルビーズは、何故だか手がひりひりと痛んできた。見るだけでも痛みが伝わってくるのだ。
「ひッ……今度使うときは分厚い手袋してくださいね?」
「するに決まってんだろ」
ガレウの両手を≪アルマ≫の力で治癒していく。先ほどの痣のように触れることなく、傷が塞がっていく。治してもらっている身だが、ガレウは不気味に思った。焼けただれた皮膚がぽろぽろと地面に落ちる。剥き出しになった血肉に、皮膚が覆い隠していく。
「……もう二度とこんな火傷はしないでください。あと、ちょっとだけ痛みが残るかもです」
手は元通り。水ぶくれなどもない。火傷の後もない。だが、アイルビーズの言う通り、少しひりひりとした痛みが残った。このくらいなら許容範囲だと、ガレウは思うことにする。
アイルビーズは火傷を治療すると、少しふらついてしまった。目がくらくらする。頭がボーっとする。立ちくらみに似た症状だ。
「どうした?」
「いえ……≪アルマ≫の力を使いすぎて疲れただけです。それと、あんなグロテスクなモノを見たので、精神的にクタクタです」
治療が苦手というのはこういうことらしい。一日に何度も使えるわけではないようだ。
「そうか。まぁ粘土人形は片付いたみたいだから、もう休んでいいだろ。出てきたとしても、コイツがある」
ガレウは『ソード・バーナー』をジャケットで包んでいた。熱くて持てる状態ではないからだ。使うときは、取り回しがしにくいが、包んだまま使うことにした。ジャケットが焼けそうだが、気にしてはいられない。
「そんなに疲れたのか?」
「おぉ……心配してくれるんですか……?」
「いや? ≪アルマ≫について知りたくてな」
「あぁ、そうっすか……」
アイルビーズの顔色はすこぶる悪かった。まるで熱でもあるかのようにぐったりしていた。だが、ガレウは別にアイルビーズの体調は気にしていなかった。どうせ治るだろうとたかをくくっていた。
「私が治癒が下手なだけですよ、この症状は。どうしても≪アルマ≫の制御に精神をすり減らされてしまいまして……あんな傷をみるのも苦手ですし」
じっとりとした、怨みがこもったような視線をガレウに送る。ガレウはその視線の一切を無視し、少しの間で分析する。
「慣れの問題だな。≪アルマ≫の操作も、生傷にも慣れてないから、そうなるんだよ」
「いや……慣れで一括りにされるのはちょっと……」
「じゃあ、原因はなんだっつーんだよ?」
「……悔しいですが、思いつかないですね。でも、≪アルマ≫の制御は慣れるでしょうけれど、傷をみるのに慣れるのは時間がいります」
ガレウとアイルビーズは少しだけ休憩した。座るのに丁度いい瓦礫をみつけて腰掛ける。中々尻が痛くなりそうだが、露出した地面に座るよりも、ちょっとは衛生的な気がしたのだ。まぁ変わらないだろうが。
「アイツ、どーするよ?」
ガスマスクをつけたまま倒れているイスカを親指で指さして言う。アイルビーズは横目でみる。
「ガレウさんは、どうするつもりなんです?」
「どうするも何も、ほっとく」
「はい。そう言うと思いましたそうはさせませんからね!?」
ぐったりとしていたアイルビーズが、唐突に元気に叫んだ。ほんの三分くらい前までは、臨終一歩手前のような表情をしていたというのに、顔にはすでに血の気が戻っている。
「少しお話合いをしましょうか? あの人のためにも」
「嫌だ。ほっとくに決定だ。お前に意見を聞くのが間違ってた。すまん」
「そんな謝罪はいりませんから。とにかく話し合いましょうよ。ほっとく以外の提案をしてください」
「そんなら、森に捨てよう」
「それなら、ほっとくほうがいくらかマシですね」
ガレウの提案では、イスカという男の罪が償われないと考えた。この街を滅茶苦茶にした責任を取らせる必要があると、アイルビーズは感じていた。
「じゃあどうすんだよ。お前がアイツを街の奴らのとこまで運ぶか?」
「無理です。体力的に」
「俺は運ぶつもりない。じゃあもう決定じゃないか」
このままでは、すべての会話の結果が、すべて同じ結果になってしまう。どうにかして、ほっとく以外の結論を探し出さなければならない。アイルビーズは言葉をとにかく喉からひねり出す。
「彼は街を破壊したんですから、相応の罪を償ってもらわないと……。ほっとくのは、あまりに軽すぎる罰だと思いますが」
「え、何? アイツに罰を受けさせろっていってんのか?」
「そうですけど、変ですか?」
「あぁ変だ。意味もないしな」
「意味がない? 罪を償うことが意味ないって言うんですか?」
「あぁ。罪を償うってのは、ソイツが本当に罪の意識を感じていればこそ、意味がある。俺の予想だが、そのイスカって野郎は、罪を犯しただなんて、髪の毛一本分ほども思っちゃいないだろうぜ」
「そんなことは……」
「ないな」
突然だった。イスカの声が聞こえた。倒れているのに、力強い声だった。
「私は罪など犯していない。だから罪の意識など感じるはずがない。むしろ私は、善行を積んでいるのだ」
まるで機械のように、スムーズに立ち上がった。ふらつきもせず、堂々と地に足をつけて立っている。
「なんだテメェ……まだ動けるのかよ」
「当たり前だろう。私は貴様らとは違い、崇高な信念がある。この街をクリーンにするという、誰よりも崇高な信念があるのだ。倒れているわけにはいかない」
「綺麗にしすぎなんだよ」
ガレウは立ち上がる。
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