破壊掃除 2

 ミミカを送った後、ガレウはすぐにアイルビーズのもとに到着した。状況は膠着状態のようで、ちっとも変わっていない。

「ガレウさん! なんで戻ってくるんですか!?」

 アイルビーズは怒鳴ってくるが、ガレウは別に怒鳴り返すことはしなかった。そう言われると予想が付いていたからだ。

「お前を助けに来た。未熟者一人じゃ、この家を守りきれないと思ってな」

「言ってくれるじゃないですか……」

 アイルビーズは、口角をあげてニヤリと笑った。正直、一人よりかは心強い。アイルビーズの心の不安は、ほんの少しだが軽減される。

「あいつの正体を探る。少し、力を弱めろ」

「どうやって探るんです?」

「これで、切開する」

 アイルビーズに見せたのは、ミミカが愛用している出刃包丁だった。刃こぼれしないように、手入れは行き届いている。切れ味は抜群だ。

「怒られても知りませんからね……。力の加減が難しいんで、合図したらすぐに行ってください。ほんの少しの間しか持ちそうにないんで、手早く頼みます」

「……理解した」

 ガレウは包丁を握りしめ、アイルビーズの合図を待つ。自分で提案しておいて、割と緊張していた。

「今です!」

 その声と同時に、ガレウは走り出す。瞬発力には自信がある。力が弱まり、赤い光の部分の粘土がうようよと動く。見ていて気持ち悪い。

 粘土の目の前に到着したガレウは、赤い光目掛けて包丁を突き刺す。だが、粘土が集まり光まで突き刺さらない。

「ちッ」

 ガレウは包丁を抜いて、もう一度。だが、結果は同じだった。包丁から光を守るように、粘土が集まってしまう。

「なら……こうか?」

 ガレウは包丁を刺したまま、包丁を動かす。滑らかな動き。刃が粘土を裂いていく。切っているのは粘土、滑らかに動かすのに結構な力がいる。

 粘土もただただ切られるのは、癪らしい。粘土は包丁を包み込むように、動き出した。あっという間に、刃に粘土がまとわりつく。もう切れ味に期待はできない。

「ならこうだ」

 ガレウは切るのを諦める。刺すのも無理だと判断する。包丁にまとわりつくというのなら、きっと人間の手も容赦なく包み込んでくるだろう。

 だが、そんなことをガレウは恐れない。

 包丁から手を離し、光があった部分に両腕を突っ込んだ。両の拳が粘土に沈んでいった。すでにガレウの腕には粘土が這い上がってきている。もたもたしていれば、いずれ顔に到達するだろう。顔に到達し、もしも広がったのなら、窒息死は確実だ。剥がそうにも、その頃には、手に粘土がびっしりだろう。指なんて動かせなくなっているはずだ。

 だから、まだ指が動くうちに勝負を決める。ガレウは指で中を弄る。モゾモゾと動かしまくる。どんどん這い上がってくる粘土を気にしてなんていられない。指に粘土がまとわりついてくる。動かしているからだろうか、なかなかくっついてはこなかった。

 生暖かい粘土の中に、ひやりとした何かを発見。温度から察するに、機械だ。無理やり動かした両手でがっちりと鷲掴み、思い切り引っ張り上げる。

「シャアアアッ!」

 一気に引っ張り上げる。一本釣りのように、得物を引き上げる。両手に持っていたのは、四角い機械。手のひらサイズの、一眼レフカメラのようだった。

「なんだこりゃ……写真でも撮るのか?」

 ガレウが機械を眺めていると、手にこびりついていた粘土が、ぼとぼとと地面に落ちていった。機械にくっついていた少量の粘土は、まだうようよとうごめいている。そして、機械を抜き取られた粘土のほうは、ピクリとも動かなくなっていた。そして緑から、なぜか真っ白に変わっていた。

「ガレウさん!」

 アイルビーズが駆け寄ってくる。そして、ガレウの腕をみて、アイルビーズは鬼のように起こった顔つきへと変貌した。

「ちょっと! これ!」

「あん?」

 アイルビーズはガレウの腕を掴み、ガレウ自身に見せつけるようにする。袖がボロボロだった。丈夫な皮のジャケットが破れかけていた。そしてその下のガレウの腕は、赤色の痣だらけだった。

「マジか……」

「……気が付かなかったんですか?」

「ああ、夢中だったんでな」

 指摘されたことで、腕がようやく痛みだしてくる。荒縄で締め付けられているかのように、腕全体が痛い。両腕、粘土につっこんでいた部分がひどく痛む。

「もう、こういう無茶はしないでください。あなたが怪我をしたら、私も困りますし、何よりミミカさんが悲しみます」

 痛みに顔を歪めるガレウに忠告をし、ガレウの痣だらけの腕をなでる。

「私、あなたの言う通り未熟者なんで、治すのは下手なんです。だから、あまり怪我はしないでください」

 アイルビーズがなでた部分の痣が消えていく。痛みもない。何事もなかったように、腕が自然に動く。さっきまでは、空気に触れているだけでも苦痛だったのに。嘘のように治ってしまった。もう両腕とも、ぴんぴんしている。

「≪アルマ≫って、なんなんだよ……死人だって生き返りそうだな」

「『スターホルダー』の≪アルマ≫の力の源は、慈愛と勇気。善の心です。もっと訓練を積めば、そこに命がある限り、どんな傷でも治るみたいです」

「へぇ……」

 やはり、ガレウにとって魅力的なことには変わりない。純粋な欲望は、一週間程度で消え去るものではない。恐らく、一生だ。一生、ガレウの欲望は尽きることはないだろう。

「ガレウさん、見てください」

 アイルビーズは、ガレウの背後を指し示す。ガレウが振りむいてみた光景は、まさにこの世の荒廃そのものだった。

 粘土の人形たちが、街の建造物を手当たり次第に破壊している。何の目的があって破壊活動をしているのかはわからないが、人は死んでいるのだろう。死ぬ理由もわからないまま、人は死んでいるのだろう。

「まだ、あんなにいるんですね……」

「怖気づいたのか?」

「……ガレウさんは、怖くないと?」

「怖いさ。お前ほど怖がってはないけどな」

 今の泥人形と同じのが、目で見えるだけで十体ほど。そして、こちらを見ている。赤い光を煌かせながら、一つ目がジッと見つめてくる。

「いったん、逃げるぞ。この機械が弱点だろうが、うまく引っぺがすいい方法を考える」

「賛成」

 アイルビーズとガレウは粘土人形たちに背を向けて走り出した。お互いにお互いを気遣うことなく全力で走った。

「その機械、何なんです?」

「さぁな。ただのカメラじゃ、ないよな」

 走りながら会話をする。後ろからは粘土人形の群れが迫る。粘土人形の数は時間が経つにつれて増えていっている。集合しているようだ。

「まぁ、弱点だってことはわかった。こいつを抜き取るか、破壊すればあいつらは真っ白の粘土になって固まるってな」

「あいつらの目的はなんなんでしょうね?」

「そんなのは、どうでもいいだろ。今はとにかく、逃げる。そんで考えるだけだ」

 ガレウが手に持っている機械は、今だに赤色の光を発し続けている。だんだんとガレウは持って走るのが億劫になってきた。

「これ持っててくれ」

「いいですけれど、何故?」

「走ってるときに目元がチカチカしてウザったいんだよ。妙に点滅が速くなってるし」

「そうですか?」

「あぁ。そうだよ。走り出してからずっとだ。鬱陶しいことこの上……ちょっと待てよ。俺たち今、どこに向かって走ってんだ?」

「えーっと、あっちがスラムで、向こうが『テリトリーポリス』の本部があった場所なんで……」

 ガレウは『テリトリーポリス』の本部があった場所を眺める。この街からならどこからでも見える。『シャナディ地区』で、今最も目立つ場所だ。噴煙が上がっているから、すぐにわかる。

「『テリトリーポリス』の本部の方に向かうぞ」

「なんで粘土人形が出てきたような場所に行かなきゃいけないんですか?」

「出てきたような場所だからだ」

 実際に見てはいないが、あそこから最初に噴煙が上がったらしい。ミミカがそう言っていた。恐らく最初の被害を受けた場所なのだ。

 それなら『テリトリーポリス』の本部は、この粘土人形たちと何かしらの関係がある。そう考えたのだ。

「マジに……じゃなくて、本当に行くんですか?」

「マジだ。スタミナが切れる前に、粘土人形に追いつかれる前に到着できればいいな」

 あの粘土人形の脅威は、身を持って体験している。あの粘土に包み込まれでもすれば、圧死もしくは窒息死だろう。相当に苦しい最後になるのは簡単に想像がつく。

 足が遅いのが、唯一の救いだ。ガレウたちは少しペースを落とす。少し休憩だ。だからといって止まるわけにはいかないので、歩きながら二人は話した。

「あの粘土人形たち……何も壊さなくなりましたね」

「そういや、そうだな。俺たちを狙ってんのか?」

「この機械じゃないですか?」

 アイルビーズは赤く光る機械を眺めて言う。

「そうだとしても、そう簡単にぽいっとは捨てられないな」

「貴重なサンプルですからね」

 二人の意見が合うのは、なかなか珍しい。追いつかれないように慎重に、粘土人形たちから逃げる。少し距離を詰められたため、ちょっとだけ走る。しかし、粘土人形たちがこちらを視認できるように、調整しながら逃げる。自分たちを見失えば、粘土人形は無差別に破壊行為に勤しんでしまう可能性が捨てきれないからだ。逃げているが逃げきれない、絶妙な距離を保つことを意識する。

「ガレウさん、『テリトリーポリス』の本部の前!」

 アイルビーズが指で指示した場所に、白と黒の色合いが特徴的な建物が見えた。しかし、至る所が破壊されており、灰色の煙が目立っている。

「人か?」

「なんであんなとこに……!?」

 粘土人形が一体。そしてその真横で、何かしらの機械を弄っているのが一人。顔は大きなガスマスクで全く見えない。体格と服で、男性としか判断できなかった。

「そこの人! 危険です!」

 アイルビーズは叫んだ。粘土人形の恐ろしさを知っている。だからこそ、他人を心配できるのだ。

「ん? 貴様らは……」

 男が二人に気が付く。機械いじりに夢中になっており、呼ばれるまで気が付かなかったようだ。

 そして、二人をみた粘土人形が、急に走り出した。二人をターゲットに、まっすぐに走り出す。前から一体。だいぶ離したが、後ろからは無数の粘土人形。逃げ場がない。

「おい!」

「わかってます!」

 とりあえず目の前の粘土人形の動きを≪アルマ≫で封じる。やはり力が強い。どの個体も同じなようだった。

「その機械寄こせ。あと、ちょっとの間そのままだ」

 ガレウは走るのを止めなかった。アイルビーズの静止の声も無視して、粘土人形に向かって走る。ジャケットを脱いで、アイルビーズから取り上げた機械を手に握りしめる。

 ガレウの予想では、この機械が眼であり、本体である。粘土が動くのは、機械があってこそなのだ。だから、守るための行動をしていたのだ。

 機械の赤い光は眼。なら、それを塞ぐことにした。

 ジャケットを広げて、赤い光の部分にぶん投げる。ジャケットは広がって、赤い光を遮った。粘土人形は攻撃と判断しなかったようで、ジャケットがかぶさるのを受け入れた。

 ガレウは赤い光があった、頭部と思われる場所に向かって、手に持っていた機械を投げつける。肩が壊れるのではないかと思えるほど、全力で投げた。

 赤い光は、迫る同族の本体らしきものを、粘土で防御しなかった。受け入れたのだ。ジャケットでよく見えない赤い光と、赤い光がぶつかり合い、ジャケット越しに砕かれ合う。

「……物は試しだな」

 ガレウは白く固まっていく粘土人形を見て呟く。とっさの思い付きにしては上出来だった。やはり予想通り、この機械は眼で、粘土を操る核となっているのだ。

「おい、そこのお前。何してんだ?」

 ガレウはガスマスクの男に話しかける。ガスマスクの男の表情はわからないが、こちらを敵視しているのだけは、雰囲気で伝わってきた。

「やるではないか……スラムのゴミクズの分際で」

 ガスマスクの男、ハッシュ・ロット・イスカは驚愕していたと同時に、怒りに満ちていた。苦労して手に入れた掃除用具が、目の前で壊されたのだ。

「テメェが、この粘土操ってんのか? その機械使ってんのか?」

 ガレウは疑いの眼差しを向ける。目の前の男は、どう見ても一般人ではない。真っ白な鎧で身を包んでいる一般人はいない。

「これは『ポリスロイド』の核だ。一つ拝借して、観察していた。まぁ、貴様には関係のない事だ。スラムのゴミクズが」

 『ポリスロイド』が、この粘土人形の名前ということをガレウは知った。だが、ガレウにとってはどうでもいいことだった。それよりも、ゴミクズと呼ばれたことがひどく気に障った。

「……ガスマスク外せよ。今からテメェを、ぶん殴る俺の顔が良く見えるようにな。そんでもって、テメェの面を拝ませろ」

「拒否する。こんな場所の空気など吸えない。身体に悪いからな」

 そんな拒否をしてくるとは思わなかった。ガレウの怒りは、ほんの少しだけ冷めてしまった。そのかわりに、目の前の男がどんな男なのか、好奇心が湧いてしまう。

「変な奴だな」

「私からすれば、貴様らのほうが変だ。何故貴様らはガスマスク無しで生活できるのだ? こんな薄汚れた空気を吸って、よく平気な顔して生きてられるものだ」

「スラムよかマシだ。お前、一回でもいいからスラムに行ってみろ。あそこが空気が汚れてる本場だからな」

「あんな汚染地域、近寄りたくもない。あそこから来た貴様を、私は見逃しはしない」

 イスカは『ソード・バーナー』を取り出し、起動する。その炎を見たガレウは、ビクトンの事を思い出してしまう。殺されそうになった、あの時の事が頭の中にフラッシュバックしてしまう。

「私の名は、ハッシュ・ロット・イスカだ。礼儀として名乗っておこう。スラムのゴミに、礼儀が伝わるとは思えないがな」

「礼儀を口にするなら、そのガスマスク外して頭を下げろ馬鹿が」

 ガレウから明確な敵意が発せられる。純粋な怒りが、ガレウの心を包んでいた。『ソード・バーナー』への恐怖心を思い出させたこと、安心を奪われたことによる怒りだ。

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