破壊掃除 

朝、まだ誰も起きていないはずの早朝の街に、耳をつんざくほどの爆発音が鳴り響いた。

 その音は目覚ましには大きすぎるくらいで、ガレウは跳ね起きてしまう。何事かと思い外に出ようとすると、同じような考えに至ったアイルビーズと鉢合わせする。

「ガレウさんも、今の音が気になりますか?」

「当たり前だ」

 二人は階段を駆け下りて、外に出る。寝間着のままだが、どうせ朝なので誰も気にしない。人々の関心は、爆発音のほうに向いているだろうから。

「二人とも、やっぱ起きたかい」

「ミミカさん!」

 ミミカは二人より一足先に、外に出ていた。毎朝、二人よりも速く起きて料理の仕込みをしているのだ。

「今の音、何なんですか?」

「わからない。でも、あそこから鳴ったのは確かだろうね」

 ミミカがみた方向には、もくもくと灰色の煙が空に向かって昇っていた。あの爆音は、あの煙の真下から鳴ったのだと、察しがついた。

「……あそこは、何がある場所なんだ?」

「あの辺は、『テリトリーポリス』の支部がある場所だね。まさか、支部が爆発したのか?」

 ミミカの予感は的中。支部のある方角からさらなる爆発音。それに加えて、人々の叫び声が聞こえてきた。

「一体に何が……」

「逃げたほうがよさそうだね。二人とも、さっさと逃げる準備をしてきなさい。私はここで様子を見てる。危なくなったら、知らせるから。早く行きな」

 ガレウとアイルビーズは寝間着のままだった。ガレウはともかく、アイルビーズは鎧を着ていたほうがいい。そちらのほうが安全だからだ。

「お言葉に甘えさせていただきます。ガレウさん、行きましょう」

「……わかった」

 アイルビーズの行動は素早いものだった。すぐさま二階へと駆け上がっていった。

「……ミミカ」

 ガレウは思い出したように、ミミカの名を呼んだ。

「なんだい? 早く行けっていったろう?」

「危なくなったら、すぐに叫べよ」

 ガレウはそう言い残して、二階へと昇っていく。私服、ミミカから譲り受けた服と、少しの荷物を取りに行ったのだ。

「なんだ、あの子。ああいうことも言えるんだ……」

 ミミカは少し感激してしまう。出会った当初は、誰も信用していないような、他人を拒絶していたような雰囲気だったが、一週間で軟化していた。心の壁が脆くなっていた。

 ガレウは部屋に入ると、てきぱきと着替えを済ませた。シャツの上に皮のジャケットを羽織る。後はジーンズにベルトをして着替え終了だ。荷物は、下にある包丁くらいでいいだろうと考えていた。他に必要な物はない。

「ガレウさん!」

 廊下に出ると、アイルビーズはすでに着替えを済ませていたようだった。出会った時と同じ服装だった。上半身は頑強そうな鋼の鎧、下はミニスカートという奇妙な恰好だ。

「急ぎましょう、ミミカさんが待って……」

 アイルビーズが言い切る前に、近くで人の悲鳴。絶叫だった。連続する。物が壊れる音と同時に、人々が叫んでいる。

 二人は急いで一階へと戻り、ミミカと合流する。

「ミミカさん、お待たせしまし……た」

 ちゃんとミミカはいた。怪我もしていないようだった。ただ、顔が妙に青白い。いつもの肌色に白をべた塗したように、血の気がなかった。

 アイルビーズは、ミミカの見ていた方向を見て、硬直してしまう。

 緑色の粘土の人形が動いている。赤色の眼をした、正真正銘の化け物だった。

 ガレウも一瞬、動きを止めてしまう。あの粘土人形がいったい何なのか、まるでわからなかった。

 粘土人形は、手当たり次第に建物を破壊していたようだった。

「二人とも……逃げるよ」

 ミミカはガレウとアイルビーズに顔を向ける。表情が強張っている。目の前の異常に、頭が追い付かない。

「逃げるって……どうするんです、お店は?」

「そんなの、どこかでまた再開すればいい。今はとにかく、あれからにげなきゃいけないだろ!」

 ミミカとアイルビーズの声に反応したのだろうか。粘土人形は赤色の光を放つ眼を、こちらに向ける。人型の形をしているが、妙に不自然。子供が遊びで作ったかのように、歪んでいる。

 粘土人形は狙いを定めて、三人のもとに走り出す。破壊の途中だったが、粘土人形は振り向かなかった。優先順位のトップが、目の前に現れたからだ。

「ちいっ!」

 アイルビーズは左手を添えながら、右手を突きだした。そうすると、粘土人形の動きが静止する。ガレウには≪アルマ≫だと察しがついたが、ミミカには何が起こっているのか全く分からない。

「ミミカさん、逃げてください。ここは、私が食い止めます。ガレウさん、ミミカさんを安全なところへ、お願いします」

 粘土人形の力は予想よりも強い。≪アルマ≫による拘束も、長くは持ちそうにない。そして何よりも、この粘土人形からは得体のしれない圧力を感じる。本能が危険だと判断している。

「わかった。ミミカ、行くぞ」

「ちょっと! アイルちゃんはどうするの!」

「すいませんミミカさん。言ってませんでしたが、私は『スターホルダー』の見習いなんです」

 ミミカは『スターホルダー』というのは知っていた。おとぎ話の存在であるという認識だ。現実にいるとは思っていない。

「信じられないかもしれないですが、本当の事です。今、この粘土人形が動かないのも、私の力によるものです……。詳しいことは後ででいいですか? 少し、本気を出さないときついんです」

 アイルビーズは≪アルマ≫の力を強める。ほぼ全力だった。粘土人形を持ち上げる。他人から見れば、独りでにいきなり浮いたようにしか見えない。

「おうりゃ!」

 そのまま地面に叩きつける。べちゃり、というまさに粘土といった音をたてて、粘土人形の形は崩れた。もはや人形と呼べる形ではなかった。ただの粘土の塊だった。

「一丁上がり……じゃないようですね」

 粘土は絶え間なく動いていた。人の形を失っても、まだうごめいていた。赤色の眼は、アイルビーズのみを見つめて動いていた。

 アイルビーズは動きを止めようと、粘土の上から≪アルマ≫による圧力をかける。今、あの粘土は百キロくらいの重さを感じているはずだ。さすがに動きも弱まっている。

「はやく、こいつはまだ動きます!」

 アイルビーズの必死な叫び。ガレウはミミカの手を取って、走り出した。ミミカが何か叫んでいたが、アイルビーズの姿が見えなくなるまで、まともに受け答えをしなかった。

「ガレウッ! 待ちなさい! アイルちゃんが!」

 アイルビーズと粘土の姿は見えなくなった。ここなら、少しは安全だろう。少なくとも、アイルビーズの戦いの邪魔にはならない。

「言う通りにしてくれ! アイツは大丈夫だ。だから、ミミカは逃げるんだ」

「逃げるだなんて、そんなのできないよ! あんな奇妙な化け物を一人で相手にするなんて。アレは化け物なんだよ!」

「あぁわかってる。ミミカならそう言うと思った。だから、俺がいく。ミミカは安心して逃げてくれ」

 ガレウはその場で立ち止まる。まだ、安全とは言えない場所でだ。アイルビーズが足止めに失敗すれば、ここまであの粘土はやってくるだろう。

「もっと走って、遠くまで行ってくれ。安心できる場所まで、止まらないでくれよ」

「何を言っているんだ? ガレウ、あんたも一緒に、アイルちゃんと一緒に逃げるの。みんなで一緒に、あの粘土から逃げるんだ!」

「それは、できない。俺は、あの場所を守るつもりでいる。だから、アイルビーズに加勢に行くんだ」

「どうして!? あそこはもう無理だ。もう壊されちまうよ!」

「壊されない。アイルビーズがいる。アレは『スターホルダー』だ。正義のために戦う戦士の見習いなんだ。安心していい」

 ガレウの言葉に、眼に、嘘はなかった。ミミカは、本当の事なんだと認めた。アイルビーズは『スターホルダー』なんだと、認めた。

「でも、アレは見習いだから。俺が助けにいく。アレ一人だと、少し危ないかもしれないから」

「だったら……」

「ミミカは逃げてくれ。アンタに、争い事はしてほしくない」

 ミミカの言う事を予測した。どうやら予測は敵中だったようで、ミミカは黙ってしまう。

「アンタの場所は、俺たちの場所でもある。絶対に、俺とアイルビーズで守る」

 ガレウの表情は、今までになく凛々しいものだった。

「アンタには、一週間世話になりっぱなしだった。あの家で作る飯、アンタが作る飯。客が来て食べる飯は、どれもこれも美味そうで、実際に美味しかった」

 ガレウは、自分でも妙に饒舌になっていると感じた。

「美味しいもんを食わせてもらって、フカフカの布団で寝かせてもらって。なにより、俺を気にかけてくれたアンタに、俺は……返しきれないくらいの恩を感じてる。だから、アンタの家を壊させない。アンタを傷つけさせやしない。アンタとあの家が、俺の安心だから」

 ガレウはそう言って、ミミカの元から離れていく。すぐに振り返って、アイルビーズのいる方角へと走っていった。

 取り残されたミミカは、ゆっくりと街から離れていく。

「好き放題いってくれちゃってさ……あたしは、アンタたちが心配なんだ。この気持ちがわかってもらえないのなら、これは恩返しとして勘定にいれてやんないから……」

 長年生きてきて、こんなに人を心配したのは初めてだ。アイルビーズもガレウも、自分の子供のように思えていた。たった一人で生活していた中に現れた、自分の孤独を取っ払ってくれる天使だったのだ。

 彼らが怪我するところを見たくないと思うのは、自然なことだ。

 彼らにもう一度、いや、一度では全然足りない。何度も、手料理を食わせてやりたいと思っている。アイルビーズとガレウが嫌になるくらい、毎日手料理を腹いっぱい食べさせてやりたいと思っている。

 ガレウも勝手なら、あたしも相当勝手だな。ミミカはそう思いつつ、街を眺めた。灰色の噴煙が、あちらこちらに現れている。人々が焦っている光景もちらほらと見える。

 自分が助けに行っても足手まとい。もう若くないのだから、お荷物になるのは間違いない。ミミカは街に背を向ける。

 初めて、真剣に神頼みをする。拝むようなことはしなかったが、天に届くように強く念じた。

 どうか、神様。もしもいらっしゃるのなら、またみんなで、楽しく食事をさせてください。あの家で、あの子たちが守り抜いたあの家で。私の手料理を、たくさん食べさせてやりたいんです。

「また、すぐに会おう……アイルちゃん。ガレウ」

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