綺麗好きの夜
ガレウたちが夕食を食べているのと同時刻。街の中心にある『テリトリーポリス』本部。黒と白の縞模様が特徴的な建物の地下で、とある機械が起動準備に入っていた。
「イスカ! ちょっと止まれ!」
ガスマスクの男、名をハッシュ・ロット・イスカという。雪のように真っ白な装甲服を着た彼を呼び止めたのは、『テリトリーポリス』の隊員であるオリバーだった。イスカとは違い、『テリトリーポリス』のみが着用を許される、白と黒のプレイドの制服をぴっちりと着ていた。黒色の官帽子もきっちりと身に着けていた。
「やぁ、オリバーさん。ごきげんよう。やはりいつ見ても、その制服のデザインには驚きます」
「どうでもいいだろう。イスカ。聞かせてもらおうか」
「なにをでしょう?」
「貴様、明日の朝に『ポリスロイド』を起動させるらしいな。何を考えている?」
オリバーは怖い顔をして問いを投げる。イスカは特に物怖じすることもなく、すんなりと答えた。
「ゴミ掃除です」
「ゴミ掃除だと? それはもうやったのではないか?」
廊下を歩きながら、きょとんとした顔でオリバーは再度問うた。ゴミ掃除というのは、一週間ほど前にイスカが行った『ドールグス』の殲滅の事だ。
「まだ完全ではないので。恐らく、『ドールグス』の関係者が、この街に入り込んでいます」
「……本当か?」
オリバーの役目は『シャナディ地区』全域の治安を守ることである。治安を乱す者は決して見過ごしてはいけないのだ。
「スラムのゴミクズが、この『シャナディ地区』に入り込むなど、あってはならないことでしょう?」
「あぁ、そうだな」
二人は、スラムを『シャナディ地区』の一画であると認めてはいなかった。二人だけではない。差別意識の強い人間は大概スラムを『シャナディ地区』として見なしていない。
「ですので、街を調査するんですよ。一つ二つのゴミの掃除に、人員を裂くのは勿体ないでしょう? だから、『ポリスロイド』を使うんですよ」
「だが……『ポリスロイド』は試験段階だ。まだ実践には出したことがない。『エバソルテ・ファクトリィズ』にも許可をとらねばなるまいて」
「とってありますとも。私は顔が広いんでね」
二人は階段で下の階層へと下りていく。三階建てで、二人は今三階にいる。用があるのは地下一階。長い階段をゆっくりと下りていく。
「街の調査といっても、『ポリスロイド』だぞ? 聞き込みなんてできない。アイツらにできるのは、あくまで掃除だけだ。分別はできないぞ?」
「その点はオールオッケーです。ゴミの名称はガレウ・サラピア。そしてもう一人、ブロンドの女です。そいつらに接触したと思われる人間を、片っ端から排除していきます。そうすればいずれ、ガレウと女を駆除できるでしょう?」
ゴミの名称は、『ドールグス』を殺すついでに構成員から聞き出しておいた。目的を洗いざらい吐かせた時に出てきた名称だった。ゴミといえど、しっかりと覚えておいて正解だったとイスカは思っていた。
「ちょっと待て。それでは、罪のない一般人が巻き込まれてしまうのではないか?」
「はい。そりゃもちろん」
「認めるわけにはいかない。中止だ」
イスカの肩を掴み、オリバーは力強く言い放つ。オリバーの役目は治安維持。そのためならなんだってする覚悟はある。だが、罪のない一般人を巻き込むのは、断じて許しておけない。
「他の方法を考えろ」
「残念ですが、中止はできませんね。すでにガレウを、『ポリスロイド』に憶えさせてあります。いやぁ、『ドールグス』は便利ですね。ゴミのくせに写真なんか持ち歩いていたんだから」
はっはっは、と高笑いをしながら階段を降りていく。ガスマスクのせいで声がくぐもって聞こえる。
「……推定では、何人が犠牲になる?」
「さぁ? でも、綺麗になることは間違いないですよ?」
「命令だ。止めてもらおう」
「『テリトリーポリス』の地区監督だからといって、私を止める権限はないでしょうに」
「貴様のような元傭兵を雇ったのが間違いだったのだ。解雇を言い渡す。さっさとデリート・コードを教えて出ていけ」
「上官の判断を間違いというのは、部下失格ですよ。地区監督?」
「黙れ。デリート・コードを言え」
『ポリスロイド』にモノを憶えさせた場合、それを忘れさせるためにはデリート・コードと呼ばれる七桁の番号が必要だった。その晩語が分かるのは、憶えさせた本人だけだ。
「……私の判断は正しい。あなた如きの脳みそでは、判断ができないのだから、大人しく従っておけばいいのだ」
「何?」
瞬間、オリバーの右腕が、肩から斬り落とされる。
オリバーは、赤色に光る炎が自分の腕を斬り落としたことに、一瞬遅れて気が付いた。
「な……ッ!?」
「私に逆らうな。私の目的にケチをつけるな。地区監督程度の中間管理職が、このハッシュ・ロット・イスカに口をきくんじゃない」
オリバーの右腕は地面に落ちていた。血は一滴も垂れていない。切断面は、すでに焼かれて血が止まっていたからだ。『ソード・バーナー』による傷の特徴だ。どんなに深く切り込もうと、斬った瞬間に斬った部分を焼いてしまう。斬ると同時に止血しているのだ。だから、血がでない。
無論、痛くないというわけではない。
オリバーはあまりの痛みに、身体のバランスを崩してしまう。不幸なことに場所は階段だ。オリバーは、そのまま下へと転げ落ちてしまった。
「ふん……」
イスカは『ソード・バーナー』の刃を引っ込めて、懐にしまう。オリバーは転げ落ちた際に怪我をしたようで、階段には無数の血痕が残っていた。
「ぬぅ……場所が悪かったな……」
イスカは、血が嫌いだった。だから、高価な『ソード・バーナー』を使用している。ナイフや刀では、思い切り血が噴き出る。『ソード・バーナー』なら、その心配がなくて安心だった。
イスカは地下一階へと到着する。先に転げ落ちていたオリバーを踏みそうになる。暗がりでよく見えなかったためだ。暗くてよく見えないが、オリバーの近くには血だまりができているのだろう。イスカは近寄らないように、血を踏まないように慎重に歩いた。
オリバーはすでに虫の息。だが、瞳だけはしっかりとイスカを見ていた。
「と……めろ……!」
「そんな状態で、まだ言いますか」
『ソード・バーナー』を起動する。赤色の光がオリバーを照らす。周囲には、イスカの読み通り、血が飛散していた。
「少し踏んだ……? ああもう、いやだいやだ。なんで落っこちるんですか? 痛みに耐えてくれてさえいれば楽に死ねたし。第一、私が血を見ることも踏むこともなかったんですよ!」
照らさなければよかった、そうイスカは後悔する。そうすれば、血みどろのオリバーを見なくて済んだのだ。血を踏んだという事実は変わらないにしろ、嫌なモノは嫌なのだ。
「階段にもいっぱい付いてるし……はた迷惑な人ですね。避けてくるのに苦労したのに、最後の最後で踏んじゃうし……ああもう! 我慢してくれさえいれば、あそこで蒸発させてあげられたのに!」
ガスマスクのせいで、表情が見えない。ガスマスクの裏ではどんな表情をしているのだろうか?
「あなたのこと、嫌いになりました。蒸発して逝きなさい」
イスカはゆっくりと、脚から『ソード・バーナー』を当てていく。斬るのではなく、死焼却させているのだ。脚からゆっくりと、血痕を残さないように。地面に焼け跡が付くくらい、丁寧に焼いていった。
およそ数十分。作業は終わった。オリバーの呻き声がひどく不愉快だったが、もう聞くことは二度とない。それでも気は晴れない。靴に血が付着しているからだ。
イスカはイライラしながら、『ポリスロイド』の保管庫に向かう。保管庫の明かりをつけると、そこには数十体の『ポリスロイド』が並べられていた。
『エバソルテ・ファクトリィズ』が誇る最新鋭の機械。古の技術を再現した未来的な兵器だ。その姿は、粘土で作られた人形のようだった。眼と思われるカメラ部分以外は、機械が使われているように見えない。詳しい構造はイスカも知らなかった。
粘土細工のような機械たちに、イスカは命令する。
「起きろ! 『ポリスロイド』諸君」
その一声で、粘土の人形たちは一斉に起動する。機械音が、保管庫に鳴り響く。結構うるさかった。
「ターゲットはさっき憶えさせた男と、その周辺にいる人間すべてだ。全員抹殺。この町一つ潰すくらいの勢いでかかれ」
粘土人形の頭部と思われる部分には、カメラのレンズのようなものがあった。それが『ポリスロイド』の眼であり、口である。レンズが赤く光る。肯定の意味だ。一斉に赤く光り出したため、暗かった部屋が赤色に染まる。
「よし……いいぞ。エネルギー充填完了は、やはり明日の朝か」
手元の電子端末をみる。そこには各『ポリスロイド』の詳細なデータが記されていた。現在はエネルギー充填中。表示されていた時間をみて、イスカはさらに待ち遠しくなった。明日の朝には、目障りなゴミたちが一斉に消し飛ぶことを想像すると、わくわくが止まらない。
「ははっ……」
改めて、イスカは目の前の光景に満足する。この粘土の兵士たちを手に入れるまで、かなり苦労した。傭兵業を一時的に取りやめて、『テリトリーポリス』に入隊した。その後はコツコツと、しかしスピーディに権力を得てきた。約半年間、ずっと『テリトリーポリス』として働いてきた。だが、それも今日で終わり。この掃除用具さえ手に入れば、もう『テリトリーポリス』に用はない。
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! 素晴らしい!」
ハッシュ・ロット・イスカは、極度の潔癖症だった。汚れやほこり、ゴミはもちろん。空気も綺麗に保ちたがる。汚い空気をできるだけ吸わないためのガスマスクだ。
「これで、この街も綺麗になる……私を含めて皆、幸せになるのだ」
これもすべて、世のため人のための行動だ。自分が幸せに感じるならば、他人も同じように幸せに感じるに違いない。そういう考え方をする。
少し街から人をなくしてしまうが、それはそれで出てくるゴミの量が減る。ゴミが減れば皆が幸せだ。ゴミこそが、イスカにとっての怨敵。この粘土の兵士たちを使って、そのうちスラムも根こそぎ消滅させるつもりでいた。今回のゴミ掃除は、試運転だ。
「失望させるなよ……? 便利な人形たち」
イスカは地下を後にする。掃除が始まり次第、つまり明日には除隊するつもりだが、『テリトリーポリス』として、果たすべき仕事はまだ残っている。
日誌の記入だ。やるべきことはその日のうちにきちんとやらねば、気が済まないタイプなのだ。
少しハイになりつつ、階段を上ってオフィスへと戻る。
明日のためにも、今日は早めに就寝するつもりだった。
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