星を見た 4
ガレウとアイルビーズは、起きた時間が一緒だったのか、廊下で鉢合わせることとなった。ガレウは何となく気まずさを感じていた。
「おはようございます、ガレウさん」
「……あぁ」
アイルビーズは普通に挨拶をしてきた。ガレウは素っ気なく返事をして、下の階に降りた。
「あ、待ってくださいよ」
アイルビーズも追いかけてくるが、特に気にしていない。ガレウとアイルビーズが一階に降りると、すでにミミカが食事の準備を始めていた。
「おう、二人とも。おはようさん。飯はもうすぐで出来上がるから、座って待ってな」
ミミカは客席を指さす。一人ならキッチンで食べてしまうのだが、今日は三人。せっかくだからゆっくりと座って食べたかった。
「ふあぁ……寝足りないですね……」
アイルビーズは何気ない会話をしようとするも、失敗。ガレウはメニューの欄を眺めているだけで返事をしようともしなかった。
「おい、ガレウ! そんなに何か読みたいんなら、新聞あるから持ってけ!」
ミミカの大きな声にガレウはすぐに反応する。カウンターに新聞紙が置かれていた。その新聞紙をとって、ガレウはまた席に戻る。
「……はぁ」
新聞紙というのは、残骸なら見たことがある。実際に、形を保ったまま読むのは初めてだ。スラムにいたころは、捨てられていた本や新聞紙の切れ端を眺めているだけだった。大人たちに覚えさせられたため、文字はある程度は読めるが、読めない文字のほうが多い。新聞紙を借りたはいいものの、文字が読めなければ話にならない。メニューくらいの文字なら読めたのに、新聞紙は小難しい文字が多すぎる。
「ガレウさん、文字読めるんですか?」
「……関係ないだろ」
「強がっちゃって、読めないんでしょう?」
「……ふん」
「ちょっと見せてもらえます? 私もちょっと気になるんで」
アイルビーズはガレウの横につく。ガレウは新聞紙をテーブルに置いて広げた。これで無理なく、二人で読むことができる。
「……ガレウさん、ヤバ……じゃなくてすごく危険なニュースがありました」
「なんだよ」
アイルビーズの顔から、血の気が引いていた。白い肌がさらに白くなっている。
「この街にやってきていた『ドールグス』が、壊滅したそうです。首領であるビクトンも殺害されたと……」
そんな馬鹿な。ガレウはそう思った。アイルビーズは冗談を言っているのだと思った。
「『ドールグス』はそう簡単に潰れるような連中じゃない。俺がよく知ってる」
『ドールグス』は首領のビクトンを中心に、強固な主従関係でスラムでもトップクラスのギャング集団だ。もちろん、一人一人の構成員の喧嘩もかなりのものだ。そんなやつらを、掃討できるとは思えなかった。ビクトンが直々に出向いたということは、『ドールグス』の中でも精鋭の連中だろう。なおさら、殺されるとは思えない。
「実行は深夜だそうです。たぶん、寝込みを襲ったか……暗闇に紛れて仕留めていったかでしょうね。どちらにせよ、不意打ちだったんでしょう」
そのニュースが本当なら、ガレウからすれば好都合だ。『ドールグス』の追手に怯えずに済むようになった。ビクトンさえ死んでしまえば、もう大丈夫だろう。ビクトンという大物がいなくなれば、『ドールグス』は瓦解する。
「これで、ガレウさんは晴れて自由の身になったわけですね。結末があまりよくありませんが」
アイルビーズからすれば、これでガレウを『スターホルダー』に心置きなく引き込める。だが、人が死んでいるとなると、あまり喜ばしいことではなかった。
「結末がよくない? 大円満だろうが」
「……人が死んでるんですよ? 嫌な思い出しかないでしょうけれど、あなたにとっての育ての親が、みんな殺されたんですよ?」
「笑わせんな。あんな奴らを育ての親とか、ギャグで言ってるのか? アイツらが死んだなら、俺は幸せだね」
あの大人たちから貰ったモノといえば、少しの言葉と、喧嘩の術。一番多くもらったのが、心身の傷だ。そんなものしか恵んでくれなかった『ドールグス』を、ガレウは心の底から嫌っていた。
「……そうですか」
アイルビーズはもう何も言わないことにした。これ以上踏み込むのは、ガレウとしても不愉快だろう。今のを冗談と捉えられているのなら、ここでやめるべきと考えた。それが一番、平和だ。
「朝からなに辛気臭い顔してんだ。ほら朝飯だ。運びな」
ミミカの声にすぐに反応する。昨日だけでずいぶんと鍛えられた。
朝食のメニューは、カリカリに焼きあがった食パンに、ハムエッグ。そしてキンキンに冷えたミルクだった。
「すごい! 美味しそう!」
「そりゃ腐っても飯屋だからね。味には自信があるとも」
ガレウは目の前にある食事を凝視していた。まだ夢の中なのではないかと錯覚を起こしている。こんな贅沢な朝食は、初めてだった。
「じゃあ、いただきますっと」
「いただきます!」
「……いただきます」
ガレウは小さな声だったが、ミミカはそれだけで満足していた。いただきます、と言ってもらえるだけで、料理をしたかいがある。美味しいと言ってもらえれば最高だ。
昨日の晩の食べっぷりが嘘のように、アイルビーズは丁寧な作法で、礼儀正しく食べていた。ミミカですら美しいと思えるほど、綺麗な食事の仕方だった。
半面、ガレウはまるで獣のように貪り食べていた。食パンを食いちぎり、ハムエッグを丸呑みにして、ミルクを一気飲み。ここまでワイルドに食べられると、もはや清々しい。
「アンタたち、これからどうするか決めてるのかい?」
食事を終えて、食器も片づけた。店の開店までは時間があるため、三人でちょっとしたティータイムを嗜んでいた。ティーといっても、飲んでいるのは水だが。
「決めてないですね。これからどこにいこうか、迷ってるんですよ。一度、『ホシツナギ』に帰ろうかとも思ったんですが……ガレウさんを連れていくわけにもいかないんで」
「そうか、ならしばらくここにいてもいいよ。働いてくれるならね」
その言葉は、アイルビーズには天使のささやきにしか聞こえなかった。ガレウと出会うまでも、そこそこ長い距離を歩き続けている。しばらく歩くのは御免だし、野宿も飽きた。
「すいません、お世話になります!」
アイルビーズは頭を下げる。ミミカは満足そうな表情をした後、ガレウを見る。
「ガレウ、お前も一緒にいるんだろ?」
「はぁ? なんで?」
「なんでって……お前、行くところあるのかい?」
「別にないが……」
「なら決まりだ。お世話してやるよ」
「勝手に決めてんじゃ……」
「文句あるの?」
「……ない」
ガレウはすっかり、ミミカに逆らえなくなってしまった。弱みを握られたというほどではないが、色々と内面を炙り出されている。これ以上、何か探られるのは避けたかった。
それから一週間。ガレウとアイルビーズは何事もなく、ミミカの店を手伝いながら充実した生活を送った。
連日の新聞による報道と、店に来るお客の話から察するに、本当に『ドールグス』は潰されたようだ。『ドールグス』のプレッシャーは完全に消えた。もうガレウを縛るものは何もなかった。
二人の客からの評判もそこそこいい。アイルビーズは男性客から人気を得ており、ガレウは女性客の一部から妙に気にいられている。慣れない環境だったが、ガレウはすぐに順応した。みんなが優しくしてくれることもあって、馴染みやすかったのだ。
「ガレウ、アイルちゃん。今日もありがとね。今日の晩御飯は、何が食べたい? 何でも好きなもん言ってくれ」
「んー、悩みますね……」
ミミカのところに世話になり始めて一週間、すっかりアイルビーズはミミカと仲良しだった。暇さえあれば常に喋くっている。
「ガレウは何食べたい?」
アイルビーズが決められないことに業を煮やし、ミミカはガレウに問いかける。
「……おにぎり」
ガレウはポツリとつぶやいた。小声だったが、ミミカにはしっかりと届いた。
「あぁ、そんなんでいいのかい? もっと欲張りなよ」
「おにぎりがいいんだ。俺は。塩むすびで頼む」
「……そっか。なら作ってやるよ。前よりもでっかいのをね」
「あ、私もおにぎりで!」
「わかったよ」
ガレウとアイルビーズは席につく。すっかり馴染んだ光景だ。居候させてもらってから一週間しか経っていないが、二人はもう我が家のように落ち着ける。少し図々しいが。
「ほい、お待たせ」
皿に乗せられた大きなおにぎり二つ。一週間前と同じだ。初めて食べた、ミミカの料理だ。
「いただきます」
「……いただきます」
二人にとっては印象深い料理だ。ただの塩をまぶしたおにぎり。それが何よりも美味しく感じられる。ミミカの料理はどれも絶品ではあるが、ガレウは塩むすびがお気に入りだった。
「いやはや、ガレウもすっかり丸くなったね」
「……どういう意味だ?」
「性格が少し柔らかくなった。一週間前までは、誰に対してもツンツンしてて可愛げなかったのに、今じゃすっかり削られてる。いい傾向だよ」
「そういえばそうですね。初めてあった時よりも、会話量が増えてます。初めてあった時は無視されまくりましたけど」
何故だか、急に居心地が悪くなってたまらなくなるガレウ。自分でも驚いている。アイルビーズに対して申し訳ないと思ってしまっている自分に、ビビっている。
「俺はそんなに変わってない」
「いいや、変わってきてる。少しづつだけれど、人に気遣いができるようになってきてるよ。ここに来る客と接してきて、人との関わり方が分かってきてるんだろう」
「……そうか?」
ガレウに自覚はなかった。一週間、何事もなく生活してきただけだった。店に来る客から妙に応援されたり、話しかけられたりもしたが、それで何かが変わってきてるとは思えなかった。
「人なんか、簡単に変われるんだよ。周りの環境が変わるだけで、人の気分も性格も、ガンガン変わる。人と接すれば、嫌でも接し方が身についてくるんだ」
そういえば、最近『ドールグス』のことを思い出すことが少なくなったように感じる。ちょっと前までは、鬱陶しいことに夢にまでビクトンやらがでてきたのだが、最近はない。これが変化しているという事なのだろうか? ガレウはわからなかった。
「まぁ、自覚できないのは仕方ないことだろうけどさ」
ミミカはそう言って、おにぎりを食べる。自分で作ったものでも、なかなかの出来だと自負していた。
その夜、ガレウは自分が変わったことについて考え続けたため、就寝がかなり遅れてしまった。
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