星を見た
数分間、無言で森の中を歩き続ける。道と言われれば道である、くらいのレベルの道をひたすらに歩いていた。
アイルビーズは、とある不安に駆られる。
「ガレウさん」
「ウザいな……なんだよ」
「さっきからガンガン歩いてますけど、こっちで大丈夫なんですか? 街に着けます?」
「空飛んだ時にこっちの方角に街があったはずだ。その点だけは感謝してやる」
「ふん、えらそーに。知ってますか、森ってのは前に進んでいるようで、進んでいない事が多いらしいですよ。木を避けていくにつれて、どんどん見当違いな方向に進んで遭難してしまうとか」
「だったら、テメェがもう一回空飛べばいい。確認しながら行こうぜ」
「飛べませんけど」
「はぁ!?」
「あれすっごい疲れるんで、未熟な私じゃ一日一回が限界です。もっと鍛錬を積めば、ずっと浮遊したりできるらしいですけど」
とにかく、街に着かないと話にならない。野宿をするにもこんな森の中では、いつ野生の動物に襲われてもおかしくない。それに先ほど、猫の亜人たちを蹴散らしてしまった。報復も怖いところだ。
「クソったれめ。こういう時に役に立てよ『スターホルダー』」
「『スターホルダー』はあなたの道具ではありません。万屋でもありませんし、できないことだって多いですよ」
「そう言うセリフは、勧誘中にはご法度だと思うがな」
今後一切、位置が確認できないとなると、街に着くのは今日中には難しいかもしれない。こんな森の中ではなく、街道でも見つけられれば話は変わってくるが、あいにく見当たらない。街道を見つけられれば、ひたすら歩くだけで街に着くのだが。
「あーもう、馬鹿野郎。本当に畜生だよ」
ガレウは、倒れていた大木に腰掛ける。
位置は何時でも確認できると思って歩いていたというのに、これではプランが台無しだ。今更だが、聞くべきだったと反省する。すでに街の位置は記憶から薄れている。飛んだり、襲われたりのトラブルの連続で、ほんの一瞬の記憶は揺らいでしまっている。簡単に言えば、自信がないということだ。本当にこっちに歩いていけば、街に到着するのだろうかと心配になる。
「ガレウさん、そう気を落とすことないですよ。『スターホルダー』みたいに、いつでも自信を持って生きていきましょうよ」
「やかましい」
アイルビーズの言う通り、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。自信はなくても、とにかく移動するしかないのだ。このまま、ここでしょげていても、危険しかないのだ。
「……いくぞ。確かこっちだ。確証はないけどな」
「そんな……さっきまでの自信満々な態度はどこいったんですか?」
「お前のせいで、記憶が揺らいだんだよ」
「私のせいですか!?」
アイルビーズがわめいていたが、ガレウは気に留めない。森の中でも、可能な限りまっすぐ進むことを心がける。すでに方角すら怪しいが、歩みを止める訳にもいかない。消えかけた記憶を頼りに、二人は進んでいく。とにかく、夜までには安全地帯を探さなければならない。
「はぁ……よりにもよって未熟者に助けられ続けるとは……こんなはずじゃなかったのに」
「むぅ……私だってこんなはずじゃありませんでしたよ。もっと簡単に勧誘が成功すると思ってました」
「勧誘に成功したとして、たぶんこの結果になっただろうに。お前が空飛んで、辺鄙なところに着陸したんだから」
アイルビーズはむくれてしまう。ガレウとしては文句を言い足りないが、一回で済むほど量は少なくないため、やめておく。時間があるときに、がっつり文句を言ってやろうという考えだ。
数時間、森の中をさまよい続けることになった。
歩いて最初のほうは、口数が多かったアイルビーズも、歩く時間が長くなるにつれて口数が激減していった。
「ガレウさん……あれ」
辺りは薄暗い。もう夕日も沈みかけているときの事だ。
「あん?」
アイルビーズが指で示した方向を、ガレウは見てみる。しょうもないものだったらぶん殴ってやろうと思っていた。しかし、指さされたものは、決してしょうもないものではなかった。
街だ。光が見える。明かりだ。
「やっほーい! 見つけましたよ! 街!」
「騒ぐな……ようやくか」
街の光が、暗闇で馴れた眼には痛いくらい眩しい。
ガレウは内心で高揚していた。今までこんな量の光を見たことはなかったからだ。スラムとは大違いだ。あの街には、何があるのかワクワクしていた。外の世界のことは、『ドールグス』の保有していた本などでしか学んでいなかったからだ。
街の入り口は、大きな関所で塞がれていた。警備の人間が周囲を見張っているようだった。門を開けてもらわねば、街に入れない。
「あのぅ……すいません。街に入りたいんですが……」
アイルビーズが警備員の一人に話しかける。警備は三名ほどしかいなかった。この辺は平和な方なのだろう。スラムで育ったガレウからすれば、これで警備が足りているのかと思えてしまう。
「あ? あぁそうか。嬢ちゃん、通行証とか持ってるか?」
「通行証?」
「持ってないか。なら、発行してやる。この街に入るには、通行証が必要なんだよ。一応警備だからな。正体不明の奴を入れる訳にもいかんのでね」
警備員の男はポケットから一枚のカードとペンを取り出し、アイルビーズに手渡した。
「それに氏名と年齢、ここに来た目的を書いておいてくれ」
アイルビーズは言われた通りに名前と年齢を記入し、目的は観光と書いて警備員に渡した。警備員の男は所定の欄に日付とハンコを押して、アイルビーズに渡した。
「ほい、オッケーだ」
「あ……私だけじゃなくて、彼のも」
アイルビーズはガレウのほうを向く。ガレウはアイルビーズが呼んでいると判断して、近づいていった。
「……小汚いな。お前、スラムから来たのか?」
露骨に嫌な顔をされる。ガレウはイラッとするが、表に出さないように努力する。
「はい、スラム出身ですけど」
「なら、通すわけにはいかないな」
その眼差しは、まるで道に落ちている犬の糞を見るかのような目だった。ガレウを、人間として見ていなかった。
「……何故でしょう?」
「お前みたいなゴミクズを中に入れると、『テリトリーポリス』の連中にどやされちまうからな」
スラムの人間は、他の地域の人間からすれば負け犬以下。ゴミ捨て場に住んでいるのだから、そう思われるのも仕方がないのかもしれない。虫けらも同然なのだ。その差別意識は非常に強い。
「その年だと、あれか。スラムのギャングの下っ端か、『ウエストピッカー』だったっていう感じか。でも痩せぎすじゃないな……ギャングの下っ端か」
ガレウの身体を見回し、警備員の男はそう判断した。
「そうだとしたら、荷物検査が必要だな。ボロ布みたいなそれに、隠せる物なんてないだろうが……」
ガレウの着ていたつなぎ服をボロ布呼ばわりし、ぺたぺたと手袋をした手でポケットなどを触れていく。警備員の男も、あまり乗り気ではないようで、触れるたびに嫌そうな顔をする。
ガレウの気分は、触られるごとに害されていった。いちいち嫌そうなリアクションをとられるのが癪に障るのだ。ガレウも仕方のないことだとは思っているのだが、どうにも腹が立ってしまう。
「……この鉈はなんだ?」
猫の亜人から奪い取った鉈を見られた。ポケットに入るくらいのミニサイズだったため、すっかり忘れていた。ナイフくらいの大きさだが、切れ味は最低であるため、あまり脅威ではない。
「こんなもんをポケットに入れやがって。何を企んでる?」
「いえ、別に何も企んじゃいません。猫の亜人に襲われたときに没収した奴ですよ、それ。切れ味も悪いですし。それを使って人を殺すなら、直接殴ったほうが速いでしょう? そんなんじゃあ、リンゴの皮もまともに向けないですよ」
警備員の男は鉈を眺める。ガレウの言う通り、錆びついて刃もボロボロ。こんな状態では、確かに人を殺すのも容易ではない。こんなになるまで手入れをしていないとなると、猫の亜人に襲われたというのも本当だろう。警備員の男はミニサイズの鉈をガレウに渡す。
「ふん、これは没収だ」
「はぁ?」
「錆びついて使い物にならなかろうが、武器は武器だ。お前のようなスラムのゴミが武器を持ちこむなど許さん」
警備員の男は、ミニサイズの鉈を懐に隠す。ここまで切れ味がないのなら、怪我などしないと踏んだからだ。
「これでよし。じゃあ、回れ右して帰れ」
「……武器は渡したでしょう。通行証をくださいよ」
「通すとは言っていないだろう。お前を通したら『テリトリーポリス』にどやされるってのは言ったよな。好き好んで怒られるような真似はしない主義でね」
ガレウの怒りは頂点、の一歩手前。次に男が言うセリフによっては、怒りは爆発するだろう。
「大体、お前みたいなクソガキがどうやってゴミ捨て場から出てきたんだ? ずっとスラムで慎ましく過ごしていればいいものを。身の程をわきまえろってんだ」
「……もう一回言ってみろ木偶の坊」
ガレウはすこぶる短気な性分で、売られた喧嘩は可能な限り買う主義の男だ。スラムへの差別意識に対して怒っているのではない。自分を馬鹿にされたことに怒っているのだ。
「お、やる気か?」
「ああ、やってやるよ木偶。どうする? よーいどん、でスタートするか?」
「スラムのゴミが。舐めてんじゃねえぞ」
警備員の男は、腰にぶら下げていた警棒を掴み、ガレウを脅す。頼りないにしろ、武器を奪われたガレウのほうが、圧倒的に不利な状況だ。
「ちょっと、やめてくださいよ」
二人の間に割って入るアイルビーズ。度胸がある。それなりに肝が据わっているようだ。
「警備員さん。とにかく、通行証を渡してください。差別なんかせずに……ね?」
アイルビーズは笑顔だった。行動は表情と一致していないが。
アイルビーズは警棒を握る手を≪アルマ≫の力で攻撃する。攻撃と言っても小突くくらいだ。警備員の男は、何もなかったのに警棒を落とされたことを、不思議に思ってしまった。それが隙となる。アイルビーズは警備員の男の頭部をがっちりと掴む。
「渡しなさい」
アイルビーズの言葉はその一言のみ。それで男は跪いてしまう。
「げっ……があ……通ッ行証……だ」
アイルビーズは微量の≪アルマ≫を警備員の男に流し込み、意識を掌握する。
この技術は非常に難易度が高く、アイルビーズも真剣な表情だった。冷や汗をかきながら、慎重に≪アルマ≫を操作していく。
アイルビーズの操作により、警備員の男は通行証とペンを胸ポケットから取り出した。ガレウはそれを乱暴にとって、名前と目的を記入する。
「……ガレウ・サラピアさん、ですか」
「見るなよ」
通行証に日付を書き込み、男のポケットからハンコを奪い、勝手に押した。これで通行証は完成だ。
「お疲れ様です。すいませんね。こんなことして」
アイルビーズが手を離した瞬間に、男はその場に崩れ落ちる。木を失ってしまったようだ。汗をびっしょりとかいたまま、地面に寝転がってしまった。
「おい、どうすんだよコイツ。向こうにまだ警備員はいるんだぞ」
幸い、門の近くの警備員はこちらを向いていないようだった。街のほうを眺めて、二人で談笑していた。まだ、仲間がひとり倒れたことに気づいてはいないようだ。
「あの二人の死角に寝かしておきましょう。私達は、この通行証で堂々と街に入りましょうか」
「……いい案だ」
ガレウとアイルビーズは協力して、警備員の男の身体を持ち上げる。近くにあった茂みの中で放り込んだ。ここなら、近寄らないとわからないだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
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