スラム・デイズ 6
「……使えねー」
「……お互いさまでしょうに」
アイルビーズはガレウをじっとりと、不愉快そうに見つめる。
「さっきから、勝手を言いすぎですよ」
「やかましい。俺は、俺が幸せになれりゃいいんだよ」
「おー、清々しいほど自己中心的ですね」
「喧嘩売ってる?」
「安めに売り出し中です」
アイルビーズの丁寧で淑女的な口調は崩れ去っていた。
「さっきから酷くないですかね。私を頼ってたくせに、その言いぐさはあんまりですよ」
「うるせーな。ぶん殴るぞ」
「私を殴ると?」
「容赦なんてしないね」
ガレウはスラム育ち。野蛮なことには絶対的な自信がある。喧嘩だって慣れている。女子供だろうと、油断ならないスラムで育ったのだ。今更手加減の方法など学ぶ気もない。
「勝てると思ってんですか? 『スターホルダー』の力を馬鹿にするのもいい加減にしてください」
「旧時代の懐古主義野郎程度に、いつまでもいいようにされる俺じゃない。今ここで『スターホルダー』の未練がましい意志を断ち切ってやってもいい」
「……未練がましい、ですか。その言葉、撤回してもらえませんかね?」
アイルビーズは激怒一歩手前。火にガソリンがこぼれそうだ。
「『スターホルダー』は、心の自由と平和を守ろうとした正義の英雄たちです。英雄たちの意志を、そんな風に言われるのは我慢なりません」
「それが未練がましいってんだよ。今の時代に正義だとか流行らないね」
アイルビーズの堪忍袋の緒が切れる。『スターホルダー』として愚かなことであるが。ガレウと出会ってから、溜まっていた鬱憤を晴らそうとしてしまう。
≪アルマ≫の力をガレウの首元に集中させ、動きを封じようとする。人間、首を狙われれば誰しも怯むし、掴まれれば動きを制限できる。
「もう何度もみたんだぜ」
ガレウは一歩、後ろに下がる。
「お前の癖はわかった。≪アルマ≫ってやつの、使い方の癖をな」
一歩後ろにずれただけで、アイルビーズの目論見は失敗する。≪アルマ≫の力を集約させた場所をずらされ、空振りに終わる。
「お前は人を気絶させようとするよな。誰も怪我させないように、速やかにやろうとしてくる。それがもう、俺にはわかった」
アイルビーズは空中に拳を突きだす。スラムで『ドールグス』や『ビカシア』の男連中を吹っ飛ばした技だ。
ガレウは予測する。先ほどの光景を、頭の中で思い浮かべる。あの時吹き飛んでいたのはどの位置にいたヤツらだろうか、と。脳をフルに回転させ、一秒も経たないうちに安全地帯を割り出す。
「その攻撃は、真正面だよな」
ガレウは右に一歩だけ動く。ガレウの予測では、アイルビーズの正面にいなければ問題ない。
その予測はドンピシャだった。ガレウの代わりに、背後にあった大木がぐらぐらと揺れ動いた。
「マジ!?」
「予想通りで助かった。これ、まともに当たったら骨折れるんじゃないか?」
「折れねー……折れないように手加減してますから、大丈夫です。というか、見切られるとは思いませんでした。やはり、あなたは……」
アイルビーズは見切られるとは思っていなかったらしく、戸惑ってしまう。動きが止まってしまう。
「ほら、ぼさっとするなよ『スターホルダー』?」
ガレウはアイルビーズに一気に接近する。脚が速さには自信がある。だが、アイルビーズもいつまでもじっとはしていなかった。
「ぼさっとなんか……!?」
アイルビーズは地面に右脚を叩きつける。この技もスラムで使用した。拳を突きだす技は直線的だったが、この技は広範囲を攻撃する代物である、とガレウは認識していた。
≪アルマ≫で、地面に何か細工をしているものだと考え、ガレウが選択した行動はとても簡素なモノだった。
「ほッ」
急停止、そしてジャンプした。アイルビーズが右脚を叩きつけたと同時に、ジャンプした。それにより、≪アルマ≫による詳細不明の攻撃を回避することに成功する。地面に攻撃性があるのなら、触れなければいいだけだ。さっきの光景を思い出すに、持続性はないはずだと予測していた。
「二度までも……」
「ふぅー。こんなとこか」
正直、博打だった。予想よりも攻撃の効果時間が長かったなら、ガレウはここでアウト。意識はさっきの男たちと同じように吹っ飛んでいただろう。
「一度見た攻撃は、通用しない……そう考えるのが妥当みたいですね」
「言い過ぎだ。俺だって人間なんだからな」
ガレウは余裕たっぷりに言う。表情は満面の、悪魔的な笑みだった。表情ほど、余裕はないが、とりあえずハッタリをかましておくのが正解だと考える。
「……じゃあ、あなたに見せたことない技を……じゃないッ!」
アイルビーズは自身の言葉に、ツッコミをいれる。ガレウは何か技を使ってくるのではと警戒していたため、呆気に取られてしまう。
「なんで私達はこんな無意味な戦いをしてるんですか!? 意味不明でしょうに、ただのストレス発散ならもっと違うやり方を考えましょうよ!」
「あぁ、ごもっとも。だが、お前が最初にけしかけてきたんだろうが」
「あなたも挑発してきてるでしょうに」
「はっ……ご先祖様馬鹿にされただけでキレるお前が悪い。俺は何一つ悪かない。全部お前のせいだ」
「もう挑発には乗りません。先ほどの言葉も、聞かなかったことにしましょう。『スターホルダー』は人との信頼を大事にする英雄だったといいますし。もうあなたの言葉のほとんどを戯言と思う事にします」
アイルビーズはため息を一回ついてから、ガレウにある提案をする。
「一時休戦……というか、とりあえず中心街に向かいましょう。こんなところじゃ、休める場所もありません」
「……異議なし」
ガレウはとりあえず了承する。アイルビーズの言う事はもっともだ。こんなところでは身体を休めようにも休めない。辺り一面、木と草ばかりの森だ。
「だが、中心街に行ってみるとなると、『ドールグス』とかの追手に捕まるかもしんねーな」
「彼らが来ても、返り討ちにするだけです。まさか全員が、あなたほどの適応力を持っているわけではないでしょう」
アイルビーズの自信は少し崩れかけていたが、さすがに何回も一般人に負けるつもりはなかった。当然のように返り討ちにするつもりだった。
ガレウとアイルビーズはゆっくりと歩く。空を飛んでいるときに町が見えた方向へと、とぼとぼと歩いていく。幸い、まだまだ昼間。トラブルがなければ夜までには到着できるはずだ。
「ガレウさん……『スターホルダー』はいいものですよ?」
道中の森林のなかで、ほとんど会話がない事に落ち着かないアイルビーズは、ガレウに話しかける。沈黙が苦手なタイプなのだ。
「お前は勧誘がド下手だよ」
ガレウは正直言って、アイルビーズが嫌いだ。おそらく……否、絶対に気が合わないと感じているからだ。
「大体、俺が『スターホルダー』になって、何の得があるってんだよ」
「あなたにとって、≪アルマ≫の力は魅力的でしょうに」
「それだけのために、『スターホルダー』の奇妙な使命やらを押し付けられるのは御免なんだよ」
「もっと、理由が欲しいと?」
「理由じゃない。俺の貴重な時間を割くに値する対価が欲しいんだ」
「欲張りなことで……。≪アルマ≫を得て、『スターホルダー』になれば、大勢の人を助けることができるようになりますよ?」
「俺が人助けをする人間に見えんのか? 理由がないとやらないね」
「人助けは見返りを求めない、他人と自分の名誉のために行うものです」
「はッ……馬鹿らしい」
ガレウは『スターホルダー』になるつもりはなかった。ただ、≪アルマ≫の力だけは魅力的だった。ちょっとしたジレンマに陥っている。
「馬鹿らしいくなんかないでしょう。人を助けるということの素晴らしさを、知ってくださいよ」
「エンリの野郎を助けられなかったお前が、よくそんなこと言えるな。恥ずかしくないのかよ。そのセリフは、絶対に人を助け出すことができる奴がいうセリフだ」
それを言われると、アイルビーズは言葉に詰まってしまう。あの時救えていればと思うことは、なにも今初めて思ったことではない。何度も後悔したことがある。
「そうかも……いやそうですけれど」
アイルビーズは言葉を紡ぐ。
「私は、助けられないことを恥じたりしません」
「そいつは、無責任だな。助けられないことを、助けられなかったことを反省もしないのか?」
「反省はします。あの時こうしていれば助けられた……だとか。もっと強くならなくては、とか。でも、後悔とか、恥だとか……自分を貶めるようなことは考えません。いつでも自分に自信を持っているのが『スターホルダー』……いや、私の流儀なんです」
アイルビーズは自信を持って答えた。ガレウは何も言い返さない。言い返す言葉が見つからない。ただ、コイツと仲良くすることは、今のところ出来そうにないと、そう思った。
「……いつでも自分に自信満々でいることが流儀か……。そいつは結構だ」
ガレウは、茂みの中に何かがいることに気が付く。ガサガサと物音が聞こえる。アイルビーズも気が付いているようだ。
「じゃあ、俺らを包囲しているこいつらを追っ払え。大丈夫だ。自信を持てよ」
「あなたに言われるまでもありません……。えーっと、そこにいる方々、隠れているのはわかっているんで出てきていいですよー?」
アイルビーズの呼びかけに答えるように、茂みからぞろぞろと這い出てくる。
「人じゃなかったのか……亜人族だったか」
ガレウたちの前に姿を現したのは、二足歩行の、三毛猫だった。体長は猫と同じくらい。猫が二足歩行をしているため、見るからに不気味で気色悪いが、毛並みだけは見惚れてしまうほど美しかった。
「猫の亜人かよ……『ドールグス』かと思って警戒しちまっただろうが」
「めえっちゃカワイイィィィィィィィですね!」
ガレウは不気味だとしか思わなかったが、アイルビーズは違ったようだ。
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