スラム・デイズ 5

 ガレウたちは『ウエストピッカー』たちが集まってくる前に移動することになった。この行動にガレウの意志が皆無で、ほぼアイルビーズが強引にガレウを引っ張っている。

「おい、どこまで行くつもりだ?」

「人のいないところです」

 ガレウには、すでに周りに人はいないように見える。これ以上の移動は無意味ではないかと感じてきた。

「もう、人っ子一人いないだろ。ここで話せ、腕も離せ」

「手を離したら逃げようとするでしょう? あと、まだ人の気配があります。この辺で、人が近寄らないような場所はありますか?」

「そんな場所はないね」

 このスラムのゴミ捨て場は、『ウエストピッカー』の庭であり、宝島でもある。人がいない場所、人が入り込まない場所などない。『ウエストピッカー』にとって、このゴミ捨て場のどこにお宝が落っこちているのかわからないからだ。少しの可能性も捨てられないほど、『ウエストピッカー』の生活は苦しいのだ。

「そうですか……なら仕方がないですね。では、あの辺で構いませんね?」

「俺が構おうが、構うまいが、どうせ反映されないんだろ」

「そうですね。強引ですいません」

 アイルビーズはゴミ山に開いた穴倉に入る。恐らく『ウエストピッカー』の誰かが掘った穴だろう。雨風を一時的にしのぐためのものだと思われる。

「臭いがキツイですね……」

「話をさっさと始めろ。帰るぞ」

「……話をするには前座ってもんがあるでしょうに。まぁいいです」

 両者、臭いを堪える。ガレウは立っているのが疲れるので、地べたに座ることにした。ゴミだから汚れるだろうが、すでに薄汚い衣服だ。今更汚れを気にしても仕方がない。

「では、さっそく本題に。ガレウさん、あなたは『スターホルダー』を知っていますか?」

「あ?」

 ガレウは『スターホルダー』という単語には聞き覚えがあった。ガレウのようなスラムの人間ですら知っている言葉。つまりはほとんどの人間が知っている言葉のはずだ。その言葉が意味するものは、ひどく馬鹿馬鹿しいものだった。

「『スターホルダー』っつったら、大昔の戦争の時にいたっていう、伝説の戦士たちのことだろ? おとぎ話をするようなら、俺は……」

「すぐに帰ろうとするの止めてください」

 『スターホルダー』というのは、ガレウの言った通りの存在だ。ガレウが生まれるよりも前に起きた戦争で活躍したと言い伝えられる、英雄たちのことだ。その存在は、おとぎ話のように嘘っぽい話だ。この時代の人間で信じている人間はほぼいないといっていい。子供ですら、本気にしないくらいのおとぎ話なのだ。

「それで、おとぎ話をするつもりはありませんので、安心してください。『スターホルダー』は実在していましたので……というより、今でもいますので」

「馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿にだなんて、そんなつもりはありません。『第二進撃』の時に、ほとんど抹殺されてしまいましたが、『スターホルダー』の意志を継ぐ者がいます」

 ガレウは最初から真面目に聞くつもりなどなかったが、アイルビーズの発言により、もはや口をきく意欲すら失せた。

「『第二進撃』ってのは、今の『帝国』が建国される原因になった戦争だろう。たしか……『綺羅星騎士団』が、当時の国に反旗を翻したっつーやつだろ」

「その通りです。『綺羅星騎士団』……構成員である『スターホルダー』は≪アルマ≫の力を操って、一人一人が一騎当千の力を持ってましたから、『第二進撃』を起こせたんです」

 食い違っている。ガレウは『スターホルダー』の存在を信じていない。あくまで歴史上の出来事を話してみただけだ。『綺羅星騎士団』と名乗る奴らが、当時の国家に宣戦布告をした。ガレウにとってはそれだけだ。

 だが、アイルビーズにとっては違う。『綺羅星騎士団』の構成員はおとぎ話の『スターホルダー』であるというのだ。

「はぁ……」

「なんです?」

「帰る」

「帰しませんよ。話は終わってません」

 ガレウが立ち上がろうとすると、圧倒的な力がガレウの身体を動けなくしてくる。まるでセメントか何かでガチガチに固められてしまったかのようだ。

 アイルビーズは抵抗するガレウをしり目に、話を続ける。

「『第二進撃』で『綺羅星騎士団』の構成員である『スターホルダー』は死に絶えました。それが事実です。『スターホルダー』は実在します。あなたの知っている歴史は嘘っぱちです」

 ガレウは馬鹿らしすぎて、なにも言えなくなってきた。この女は、頭のネジが何本か飛んでしまっていると思えた。

「さて、『スターホルダー』について信じてもらったところで……」

「信じてないけど?」

「さっきからあなたの身の回りに起こっている不可思議な現象、私の力なんですよ」

 それは何となくわかる。原理はいまだにわからないが。

「『スターホルダー』が使っていた≪アルマ≫と呼ばれる力の応用です。この力が『ホルダー』の証なんですよ」

「……手品だろ」

「仕掛けはありませんよ。種は今言った≪アルマ≫の力ですけど……こんなことできますよ」

 ガレウは立ち上がる。その行動自体は何の変哲もない事。だが、自分の意志で立ち上がっていないという事に、ガレウは戦慄した。今、自分はどうやって立ち上がったのか、わからない。今、自分の身体をピクリとも動かせないことに、恐怖していた。

「びびりましたね? まぁ無理もないでしょう。≪アルマ≫の力を体験しまくれば、今の私の言葉を信じてもらえるでしょう。では……『スターホルダー』の力をもっと、身を持って体感していただきます」

「お……おいっ!?」

 ガレウの身体が宙に浮かびあがる。今まで体験したことのない感覚だ。さっき殺されかけたことを、忘れてしまうほどの体験だ。

「ほらほら、凄いでしょう?」

「わかった! わかったから降ろしてくれ!」

 ガレウの必死な声に、アイルビーズは少し笑ってしまう。さっきまでぶっきらぼうで不愛想な人間らしさの希薄な男だと思っていたが、ちゃんと恐怖という感情があるし、人にものを頼める、人間らしさがあることがわかったからだ。

 アイルビーズはゆっくりとガレウの身体を地面に落とし、問いかけた。

「信じる気になりましたか?」

「ぜぇ……ぜぇ……少しな」

 ガレウは無駄に強がった。内心では信じてしまっている。ここまでされて、信じられないというのは難しい。『スターホルダー』は伝説上の存在ではなく実在する。≪アルマ≫という訳の分からない超常現象を自由自在に扱うことができる異常な集団だった。そう思えてきている。

「その≪アルマ≫とかいう力を使えるお前が……さっき言ってた意志を継ぐ者なのか?」

「お、たった一言をよく覚えてますね。その通りです。私は一応の『スターホルダー』です。まだまだ未熟で若輩者ですが、先人たちの意志を継ごうと思っています」

「そうか、頑張れよ」

 『スターホルダー』が実在した超能力集団であることは認める。≪アルマ≫の力の圧倒的な力も理解できた。『綺羅星騎士団』の構成員が全員、≪アルマ≫の力を使用できる(スターホルダー』であるという事も信じておく。

 だから何だ。ガレウはそう思わざるを得ない。

「ちょっと、話はまだ終わってません!」

 後ろを振り向こうとしたガレウの身体を、≪アルマ≫の力で拘束する。抵抗しようにも仕方がわからないため、ガレウはどうしようもなかった。

「おい、ずるいぞ」

「ずるくないです。話を聞いてください」

「……やだけど」

「強制です」

 ガレウは諦める。身体に力をどれだけ込めても、少しも身動きができないのだ。

「≪アルマ≫を使える『スターホルダー』見習いの御方が、俺に何を話すってんだよ」

「あなたからは、私が今まで見てきた中で、一段と高い≪アルマ≫の力を感じられます。だから提案します」

 アイルビーズはガレウの拘束を解く。

「あなたも、『スターホルダー』になるつもりはありませんか?」

「ないね」

「即答!?」

 ガレウは話は終わりだと言わんばかりに、歩きだす。できるだけアイルビーズから離れるためだ。

「ちょっと、待って! もうちょっとよく考えてみましょうよ」

「一切合財考えない。俺はそんな奇妙なモンになるつもりはない。とりあえず、急いでこのスラムから出てかなきゃいけないんだ。邪魔すんな」

 ガレウはさくさくと歩いていく。アイルビーズも頑張ってついていくが、慣れない足場に苦戦を強いられている。

「ガレウさん! 待って!」

「待たない。これ以上縛り付けられるのは御免被る」

 ガレウは振り向きもしない。アイルビーズの必死の呼びかけは続くが、何の意味もなさなかった。アイルビーズは、あまり使いたくなかった手段を講じることにした。

「このスラムから、安全に外に連れてってあげますから!」

「自分でや……いや、ちょっと待て。考えさせろ」

 恩を売るような、モノで釣るような、アイルビーズ的にはあまり好ましくない手段だったが、とりあえず引き留めることには成功した。

「……本当に、スラムから脱出できるのか?」

「保障します。任せてください」

 ガレウは安全にこのスラムから逃げ出したい。そのためにアイルビーズの魔法のような力が味方になってくれるというのは、実に心強く都合がいいのだ。

「……脱出できたら、考えてやるよ」

「約束ですよ?」

「あぁ、約束だ」

 アイルビーズは握手を求めてくる。ガレウも快くその握手に応じる。本心をできるだけ表にしないように気を付けていた。

「では、さっそくここから離れますか。手、このまま握っててくださいね?」

「あ?」

 ガレウの手が、接着剤で固定されたようにアイルビーズの手から離れなくなる。

「おい、何するつもりだ?」

「少し、揺れるというか、刺激が強いかもしれません。お覚悟を」

 ガレウが返答する前に、アイルビーズは行動を開始する。

 グンッと浮遊感を感じる。腕が千切れるかと思った。ガレウは浮遊感を感じた途端に、眼を閉じてしまった。そして浮遊感が、妙に長いなと思って目を開いてみる。

 空中。さっき浮かんだばかりだが、やはり慣れない。ビビる。さっきよりも高いところまで飛んでいた。

「飛んでッ……うおっ!?」

「飛んではいません。ジャンプしただけです。このまましばらく、こんな感じのが続きます。気をしっかり持っていてくださいね。吐かれたりしたら困るんで」

 アイルビーズにとっては何の問題もない、日常なのだろうが、ガレウにとっては新体験真っ最中だ。何といっても、宙づりの状態だ。アイルビーズが手が離れないように固定してくれているが、怖いものは怖い。

 ただ、飛行していれば誰にも邪魔されずにスラムから抜け出せる。スラムに空を見上げる人間はほぼいない。死角なのだ。スラムの人々は、空よりも地面を眺めなければ、前に進むことができないのだ。

「そーれっ!」

 アイルビーズの掛け声。ガレウには謎だったが、アイルビーズにとっては必要なことだった。声をださなければ、落っこちてしまうかもしれないからだ。

 アイルビーズは、空中を勢いよく蹴る。空中だから何も蹴ることは出来ないはずだった。ガレウはそう思っていた。こんなことをしても、前に移動したりはしないと。

 だが、しっかりと移動した。空中にはなにもない。ガレウは目で確認した。何もないはずだ。それなのに、アイルビーズはまるでそこに何かがあるかのように、空中を蹴って前に進んでいるのだ。

「どうです? 凄いでしょう! ガレウさんも『スターホルダー』として鍛錬を積めば、こんなことができるようになりますよ!」

 ガレウは何も言い返せなかった。アイルビーズには言えないが、ちょっと感動していた。言えば間違いなく勧誘の嵐だろうから。

 自分でどこへでも行ける。どこにでも住める。都合が悪くなれば、トンズラし放題。金だって不必要になる。夢にまでみた自由と安心を得られるのだ。空を飛べるということだけでも、『スターホルダー』になる価値はあるかもしれないと思えてきた。

「どうです? 考えるまでもなく、決めてくれてもいいんですよ」

「お断りッ……だッ!」

 ガレウは『スターホルダー』の力は魅力的に感じている。しかし、『スターホルダー』になったからには、それなりに面倒なことに巻き込まれ続けることになるのは明白。アイルビーズの言葉を思い出していた。先人たちの意志を継ぐ。それがどういう意味なのかはよくわからないが、少なくともガレウの求める自由と安心はないだろう。意志を継ぐというのは、縄で縛られて動けなくなるのと何の変りはないのだ。

「そうですか。でも、諦めませんよ」。あなたほどの逸材は、なかなか出会えないんですから。あなたが『スターホルダー』として成長すれば、私を簡単に凌ぐほどの大物になるはずですから」

「どんッ……なにッ褒めてもォォォ……ぜってー……嫌だからな!」

 アイルビーズは平然としているが、それなりの速度で空中を移動しているため、風圧が凄まじい。ガレウは息をするのも精一杯だ。

「この辺でいいですかね」

 アイルビーズは空を蹴るのを止めて、重力に身を任せる。

「うああああああああああああああああああああああああ!?」

 アイルビーズが動かなくなれば、落っこちるのは必然。重力に身を任せきった自由落下という、なかなか体験できない貴重なイベントだ。ガレウは自由落下なぞ、まったく望んでいないが。

 ガレウの絶叫をBGMに、アイルビーズは慎重に≪アルマ≫を操作する。間違えば、地面に叩きつけられて粉微塵だ。

 アイルビーズは地面ギリギリで減速。舞い落ちる花びらのように、静かに着地した。ガレウも同じように、着地する。アイルビーズとは違い、優雅な着地ではなかった。寝そべるように着地したため、腹を打ちかけた。

「はい。スラムから脱出完了。えーっと、街はずれの森林みたいですね」

「……あぁ、こんなところまで」

 ガレウはゆっくりと立ち上がって、周りを見回す。木と草ばかり。スラム特有のゴミの匂いはない。確かに移動してきたようだ。

「『シャナディ』の……どのへんだ?」

 スラム以外の場所には、ガレウは非常に疎い。スラムで育った彼にとって、スラムから外の世界はほとんど未知だった。

「『シャナディ・スラム』からはかなり離れたと思いますよ?」

 『シャナディ』というのは、現『帝国』が支配する地域の一角だ。それなりに広く、繁栄している地域。ただ、スラムの存在により治安はよくないと、ガレウは聴いたことがある。

「お前、この辺は詳しかったりしないのか?」

「残念ながら、『シャナディ』に来たのは最近ですので。街の中心部くらいならまだしも、こんな辺境までは知りません」

 この状況は、間違いなく道に迷った。というか、スタート地点を迷ったともいえる。

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