スラム・デイズ 4

「もう一度言います! すぐに解散してください!」

 その少女は、一度見れば忘れることができないくらいの美少女だった。サラサラのブロンドヘアをセミロングにしている。上半身は鋼鉄の鎧を纏っているが、下は丈の短いスカート。すらりと伸びた脚が、荒くれ者の男たちの鼻の下を伸びさせる。

「聞いてましたか? 解散してください!」

 その少女は、丁寧な口調で指示を飛ばした。だが、指示を受ける者は一人たりともいなかった。

 ビクトンは『ソード・バーナー』のスイッチを切る。すると、自由に動くようになった。ガレウの右腕は後回しにすることにした。目障りな女から、先に始末することにしたのだ。

「おい、そこの女。なんのようだ? お前みたいな正義のヒーローのいるところじゃないだろ?」

「私はあなた方の悪事が見過ごせません。すぐにその方を解放し、直ちにここから立ち去りなさい」

 話が噛み合わない。暖簾に腕押しとはこういうことを言うのだろう。

「……おいおい。空気を読めってのに。こんなに盛り上がってたのに、冷ました責任はでかいぞ?」

「知ったことではありません。はやく立ち去りなさい」

「……処刑は後回しだ。やっちまおうぜ、お前ら」

 やっちまおうぜ。その言葉の意味は、捕えれば好きにしていい、という意味であり、男たちにとっては常識だった。

 ビクトンにそそのかされ、暴力に身を任せようとする男たちは、一斉にゴミ山を登り始める。女を捕えるためだ。少し汚れるくらい構わない。

「……仕方ありませんね。対処します」

 少女は思い切り、ゴミの山から一気にふもとまで駆け降りる。途中で這い上がっていた男たち数人を叩き落としながら、一気にふもとまで下っていった。

「さて、足場は確保されました。あなた方に勝ち目はありません。すぐに撤退してください」

 少女を取り囲むように、男たちが集まっている。『ドールグス』と『ビカシア』の即興の連合だ。一人や二人が立ち向かえる規模の人数ではない。

 だが、少女は臆さない。

「アイルビーズ・バーク。いざ、尋常に勝負です」

 アイルビーズと名乗った少女はガレウのいる方向に走り出す。当然、先には男たちの壁がある。『組織』として統率された動き。一人一人が、女など軽く一ひねりできる力自慢たちだ。

 その男たちの群れに、アイルビーズは直前で急停止し、右拳を一発。何もない空中で、右ストレートを一発かました。パンチには、距離がありすぎる。誰にも届いていない。

 男たちは、アイルビーズが何をしているのかわからなかった。急に目の前で拳を突きだされたのだ。殴る練習かと思い込み、笑いだしそうになる者もいた。

 笑いだしそうになる直前、アイルビーズの正面にいた男たちは訳も分からないまま空中に浮かび、落ちて地面に背中をこすりつけて、全員が空を見上げることになった。

「何をされたか、わかりますか?」

 アイルビーズの問いに答えられるものはいなかった。誰も、今何をされたのかわからないのだ。倒れた当人たちも、近くで見ていた者たちも、さっぱりわからなかった。

「なら、風圧ってことで構いません」

 アイルビーズはガレウのもとに走り出した。それを止めようと、一瞬だけ上の空だった男たちが走り出す。

「てめーら、拭抜けてんじゃねーぞ!」

 ビクトンの掛け声に、男たちは恐怖する、ビクトンの手にあるモノをみる。そしてエンリというガキのことを思い出す。もしもへまをすれば、彼と同じ運命を辿るであろうと予感した。

「相手は妙な手品を使うクソガキだ! なに、恐れることはない!」

 ビクトンの掛け声だけでは士気が下がるのではと思い、グワジも檄を飛ばした。

「手品とは、なかなか馬鹿にされた気がしますね。では、≪アルマ≫の力を見せてあげましょう」

 アイルビーズは急に立ち止まる。男たちはここぞとばかりにアイルビーズに群がっていく。向かっていかねば、待つのは処刑だからだ。

「制圧します」

 アイルビーズが右脚で地面を踏んだ。アイルビーズの行動はそこで終わり。傍から見れば、ただ一歩だけ歩を進めただけだ。

 たった一歩、足を出しただけなのに、群がってきた男たちはその場に倒れこんでしまう。

「馬鹿な……」

 ビクトンは絶句。グワジは一言だけ言葉を発する。目の前の光景はあまりに衝撃的で、言葉を失うのは無理もない事だった。

「さて、残りはあなた方だけです。そこにいる男を解放して、立ち去りなさい」

 アイルビーズの言葉で、ガレウは我に返る。アイルビーズの姿に見入っていた。

「……盛り上がりに欠けるが、しょうがない。ガレウ、とどめだ」

 ビクトンは『ソード・バーナー』のスイッチを入れる。そして、緑色に光る炎の刃をガレウの首元に近づける。ガレウを先に殺して、あの目障りで癪な女を、ゆっくりと始末してやろうという魂胆だ。別に見せしめなら、誰でもいいのだから。むしろ女のほうが、いいショーになるかもしれないと思った。

 ビクトンがガレウの喉を焼き切ろうと、『ソード・バーナー』を近づけていく。それは一瞬の出来事だ。すぐに殺してしまおうとしているのだから、一瞬だ。

「がっ……!?」

「させませんよ」

 ビクトンの一瞬の動きさえも、見逃しはしなかった。ビクトンの腕は完全に静止。ガレウの喉には焼け跡はない。

「よっと……」

 アイルビーズは思考する。雑念を振り払い、ただ一つの事だけを考えるようにする。

「……かっ」

 ビクトンの意識は強い何かしらの力によって吹き飛ばされる。立ったまま、ビクトンは気絶してしまう。『ソード・バーナー』は手に持ったままだった。気絶してなお、柄を握りしめている。強い思い入れでもあるのだろう。

「さぁ、逃げてください。今、動けるようにしてあげます」

 アイルビーズはガレウを縛る縄を睨む。すると、するすると頑丈に縛られていた縄がほどけていった。ガレウは何が起きたのかさっぱりわからなかったが、とりあえず立ち上がった。足が痺れて、立ち上がるのに少し手間取った。

「おい! 待ちやがれこのガキども!」

 怒号が響く、その主はグワジだ。手に持っているのは、拳銃。今ではなかなかお目にかかれない骨董品の拳銃だ。

「そこを動くな。手品を解いて、ビクトンを自由にしろ。さもないとガレウを……」

「さもないと? どうするってんだよ」

 グワジの視線は、アイルビーズにしか向いていなかった。動けるようになったガレウよりも、警戒すべきはアイルビーズだと判断したのだ。所詮はガキ。ガレウなど脅威として認識していなかった。

 だが、それが誤りであったことを身をもって知ることとなる。

 ガレウは一気にグワジの懐まで飛び込む。瞬発力には自信があった。距離も近かったこともあり、グワジが気が付くより前に飛び込めた。

 グワジがガレウの接近に気が付いた時には、ガレウはグワジの顎を殴打していた。下から上への殴打。アッパーカットと呼ばれるパンチの一種だ。

「ゲッ!?」

 グワジは舌を噛んだ。だが痛みはすぐに途切れた。強烈な殴打を顎に受けたため、脳がグラグラと揺れ、身体が動かなくなる。その場に倒れて気を失ってしまった。

「……ふん」

 ガレウは息を吐く。アイルビーズのほうをちらりと見て、お礼の言葉もなしにそのまま立ち去ろうとする。

「ちょっと、待ちなさい!」

 アイルビーズはガレウを呼び止める。もはやこの広場に正気を保っているのはこの二人だけ。先ほどとはうってかわって、とても静かな場所になっていた。

「あなた、ガレウ……っていう名前なのよね?」

「それがどうした?」

 アイルビーズは気を付けの姿勢をとる。そしてから口を開いた。

「私はアイルビーズ・バークという者です。よろしくお願いします」

 お手本のような綺麗なお辞儀。そのお辞儀を見ても、ガレウは何も思わない。

「さっき名乗ってたのを聞いた。よろしくはしないけど」

 ガレウはアイルビーズを視界に入れない。ガレウの興味はビクトンの持っている『ソード・バーナー』に向いていた。スイッチを切って、安全を確保。ビクトンから取り上げようと試みた。がっちり掴んでいる手を、解こうと必死になる。アイルビーズのことなど頭に入らない。

「あの……?」

「何? 今忙しいんだけど」

「話を聞いてくれませんか?」

「お断りだ」

 断固として拒否する所存だ。意味不明で理解不能な奇妙なパワーを持ってる人間と、お近づきになろうとは思わなかった。さっさと『ソード・バーナー』を回収して、どこかに雲隠れしようと考えていた。

 もう『ドールグス』に戻るのは不可能。一度殺されかけて、生き延びてしまった。ノコノコ戻ったりでもしたら、今度こそ間違いなく殺される。否応なく、あの世行きは確実だ。はやくこのスラムを出ていかねばならない。見つかったりでもしたら面倒だ。どこか、安心できる場所を探しにいかねばならない。

「あの……少しだけでもいいんですが」

「忙しーって言ってんだろ。向こうへ行け」

「あのー」

「ぶっ飛ばすぞ?」

 ガレウはだんだんと苛立っていった。作業しているのに、近くでどーたらこーたら言われるのが不愉快で仕方がないらしい。

 だが、苛立っているのはアイルビーズも同じだった。

「いい加減に、話を聞きなさい!」

 ガレウの脳天に、何かが落っこちてきたような痛みが走る。実際には何も落ちてなどいない。ガレウは痛みの原因がさっぱりわからなかった。

「さっきから何なんだよ……おっと失敬。少しくらい話を聞いてくれてもいいでしょうに」

 アイルビーズは涙目になっていた。頬を膨らませて、ぷんすかと怒っていた。

「ちっ……マジシャン女が。なんだよ、礼でも言ってほしいのか?」

 ガレウはもう、謎の痛みについて考えるのを止めた。考えてもわからないことをいつまでも考えるのは時間の無駄だと考えているからだ。

「そんなものは求めてません、一人救えませんでしたから……」

 アイルビーズが言っているのは、おそらくエンリのことだろう。ぽろぽろと涙を流している。間に合わなかったことを後悔しているようだ。

「とにかく、私の話を聞いてください。でないと、もう一発お見舞いしますよ?」

「……はいはい」

 ガレウはいやいやといった表情で、ビクトンから離れる。腹いせにビクトンの頭を小突く。すると、ビクトンの身体は地面に力なく倒れてしまった。

「こら!」

「すまん。だけど、お前が気絶させたんだろ? 俺は押しただけだぜ」

 謎の力を行使されたのでは、逆らう方法すらわからない。素直に謝っておくに限る。本心からではなく、形だけでも誤っておこうと考えた。

「ここから離れましょう。『ソード・バーナー』は諦めてくださいね?」

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