スラム・デイズ 3
エンリを連れて中に入り、『ドールグス』の大人に案内されて到着した部屋は、『ドールグス』の首領の部屋だった。ガレウは中に入るのは初めてだった。
「……ガレウだっけか。貴様」
「はい」
ガレウは跪いていた。その先にはスラムの『組織』でも兄妹な力を持つ、『ドールグス』という組織を率いる首領がいた。老人一歩手前といった風貌の男の名をビクトン・ドールグスという。
周りにはオーディエンスに、『ドールグス』の構成員たち。一堂に会している。ガレウからしたら、なかなか見られない光景だ。彼らからすれば、昼飯の時に毎度顔を突き合わせているだろうが。
今から開かれる集会は、ガレウの運命を取り決める重要な集会だ。
トーネルとベレクがガレウの背後に立っていた。ベレクの傍らには、エンリの姿もある。
「ボス。こいつらは勝手に荷物の中身を使用し、逃げ出そうと試みた馬鹿共です」
しばらくの沈黙を破るように、トーネルが発言した。ベレクが発言と同時にエンリを跪かせる。そして荷物である手提げバッグを、ビクトンに見せつけるようにする。
「見てください。セキュリティーシールが破られているでしょう。こいつらが共謀してやったそうです。そう証言しました」
いや、そんな証言はしていない。ガレウが何かを喋ろうとした途端に、ベレクが思い切りガレウの後頭部を殴りつける。耳元で「勝手に喋んな」とささやかれる。
「こいつらを捕まえるのに、苦労しましたぜ。なんてったって、ゴミ山んなかをネズミみてーに逃げるもんだからよ。だけど、こうして捕まえましたぜ」
ベレクはそれはまぁ見事に、堂々と嘘をついた。演技はばっちりだ。周りの構成員も、理解したような表情を浮かべている。
「こいつらを生かしておけば、また盗みを働くかも。ボス、俺はこいつらを殺して、業者に死体を売っちまうのがいいと判断します」
「そうだそうだ!」
「泥棒野郎なんかやっちまおうゼ!」
周りから同調の声。トーネルとベレクを賞賛する声を聞こえる。よくぞ裏切者を捕えた。素晴らしいことであるという声が聞こえる。
「……ガレウ。『ビカシア』の若造。貴様ら、『ドールグス』を舐めてるみたいだな」
ビクトンの声は、相手にプレッシャーを与えるモノだった。元が渋めの声に加え、怒りが混じっているからだ。
「そんなっ、俺は……」
「黙れ!」
ガレウの弁明には耳を貸さないようだ。ビクトンからすれば、ガレウなど使い捨てのティッシュと同じくらいの価値しかない消耗品。いちいち弁明を聞くなど面倒なだけなのだ。
「貴様は処刑だ、ガレウ。養ってやっているというのに、盗みを働くなどとは、恩知らずにもほどがある。明日の朝、そこの『ビカシア』の小僧と一緒に銃殺だ」
「なっ……待ってくれ! 俺は『ビカシア』の人間だぞ!」
ベレクに両腕を拘束されていたエンリが必死に叫んだ。
「俺は『ビカシア』だ! 俺を殺したら、『ビカシア』からの信用がなくなるぞ!」
「小僧。勘違いをしているようだな」
エンリの声が鬱陶しいのか、ビクトンはエンリを睨みながら言う。
「貴様は使い捨てなんだぞ? 伝書バトよりも価値がないゴミクズだ。そんなクズの有無を、いちいち気にすると思っているのか?」
それは、エンリを絶望の淵に立たせるに足る言葉。
「すでに渡すはずだった荷物も届けてあるから、『ビカシア』からすればお前はもう用済みだ。お前はもう、捨ててもいいんだよ。お前らの命は……軽い」
借りた一枚のティッシュを、いちいち返す人間がいないのと同じ。用が済めば、どうされてもいい人材なのだ。
「わかったら、出てけ。目障りだ」
ビクトンは手下の男たちに、言葉でなく手で指示を出す。ガレウたちは無理やり立たせられる。抵抗すれば殴られることは理解していたため、抵抗はしなかった。
エンリはすでに抵抗どころか、立ち上がる気力すら失せているらしい。明日の朝、殺されるという事がよほどショックなのだろう。
ガレウはエンリを憎んだ。あいつのせいで、自分もとばっちり。順風満帆では全くないが、少なくとも生活は出来ていたというのに。あいつのせいで生活すら不可能になった。
二人が連れていかれた先は、ガレウが寝床にしていた倉庫だった。押し込められ、鍵をかけられる。それなりに広い倉庫だが、荷物が多い。二人も入ればそれなりに窮屈になる。
ガレウは寝心地悪いハンモックを解き始める。どうせもう、使う事はないのだから、元の荒縄にしてしまおうと考えた。荒縄なら、使い道があるからだ。エンリは壁にもたれかかって、ぶつくさと嘆いていた。
エンリの声は小さく、注意していなければ聞こえないくらいだが、他に誰もいない薄暗い倉庫の中では、注意せずとも聞こえてくる。ガレウはエンリの声をひどく嫌がった。
「おい、黙ってろ。首絞めるぞ」
解いている荒縄をエンリに見せつけて脅してみるも、一向に声は収まらない。聞こえてくるのは後悔と悲嘆の声だけ。聞いているだけでも気が落ち込みそうだ。
あまりに鬱陶しいため、エンリの顔面を蹴飛ばした。それなりの力で蹴ったため、エンリは痛みで悶絶する。ガレウは手に持っていた荒縄で簡易だが、さるぐつわを手早く作る。喋れないようにするだけなら、適当でいいのだ。
「よし」
ガレウはエンリを黙らせることに成功。とりあえず暴れないように手足も縛っておいた。これでエンリは喋ることも動くこともできない。ガレウにとっては存在価値のない置物だ。
うるさいものを処理できたことで、ガレウは今後の事を考える。ガレウに死ぬつもりは全くなかった。何が何でも生きるつもりだった。
今後の事を考えつつ、ガレウは壁にもたれかかって目を閉じる。ある程度の事を考えて、ゆっくり休むことにしたのだ。
エンリの言葉になっていない音が聞こえてきていたが、別に不愉快になるほどうるさい訳ではないため、無視して眠った。
翌朝、ガレウとエンリは広場に連れてこられた。昨日、エンリとトラブルがあった場所だ。大勢のギャラリーが集まっている。そこで二人は、両腕を縄で後ろに拘束され、跪かされていた。
どうやら『ドールグス』だけでなく、『ビカシア』の人間も集まっているようだ。普段は広場にたむろしている『ウエストピッカー』の人々は、ただのひとりもいなかった。
「よう、『ビカシア』のグワジ。久しぶりだな」
「あぁ、久しぶりだなビクトン。景気が良さそうでなによりだ」
『ドールグス』の首領と『ビカシア』の首領が握手を交わす。お互いに見知った仲らしく、笑顔で接していた。
「悪いな。取り引きでゴタゴタしちまって」
「いや、構わんさ。あの程度のクスリなら、いくら遅れてもいいしな。俺んとこにも責任がある」
ガレウやエンリのような下っ端のなかの下っ端に任される仕事が、重要であるはずはない。取引の中でも、最も優先度の低い取引しか任されることはないのだ。
「だが、盗みを働いたとなると、けじめは必要だ。そう思うだろビクトン」
「思うね。だからお前らを招待したんだ。この処刑場にな」
『ドールグス』と『ビカシア』の共同公開処刑。それは裏切り者に対する見せしめの役割も担っていた。裏切ったらどうなるか、具体的にどうされるかを示す絶好の機会なのだ。お互いの組織の、気持ちの引き締めとしての行事だ。
「さて、エンリ。お前の最後の仕事だ。クズ以下のお前に相応しい仕事なんだから、皆の期待を裏切るような真似はしないでくれよ?」
『ビカシア』の首領であるグワジがエンリの顎を撫でるように触りながら語りかける。柔和な風に言っているが、脅迫と何ら変わりはしない。
「ガレウ、お前もだ。『ドールグス』のメンバーとしての誇りがあるなら、精々気持ちよく最期を迎えろ」
ビクトンはニヤつきながら、ガレウを見る。ガレウの眼光は鋭いもので、ビクトンの機嫌を損ねるのに十分だった。
「『ドールグス』としての誇りなんてねーな。俺の人生の薄汚い埃にはなっているけどな」
「薄汚いのはお前だろう。ドブネズミ以下のお前に、死ぬ前の時間を与えるのは惜しいな」
ビクトンは部下にあるモノを持ってこさせる。部下が持ってきたモノは、金属の柄だった。ただしブレード部分は見当たらない。ただ柄だけ。金属である柄だけしかないモノだった。
「これ、なんだかわかるか? 手に入れるのに苦労したし、試し切りの相手を探すのにも苦労したんだ」
ビクトンは分厚い手袋をはめて、柄頭の部分にある小さなスイッチを押す。押した直後に、金属の柄から緑色の炎の刀身が現れ出た。ガスバーナーの炎が大きくなったような代物だ。
「『ソード・バーナー』……高い買い物だった」
「ほぉー。ビクトン、そんなものを手に入れていたのか。羨ましいな」
「ふっふっふ。『エバソルテ・ファクトリィズ』から仕入れておいた。最新型ではないが、使うには問題ない」
『エバソルテ・ファクトリィズ』が開発した対人戦用兵器。スイッチを押して起動すれば長さ1メートルほどの炎の刀身が出現する。その炎の刀身は、分厚い鋼鉄を容易く焼き切る。金属溶断用の切断機を戦闘用に改造したのが始まりとされる兵器だ。
「これなら、いい感じに拷問に使えるだろ。炙ってもいいし、手足を斬り飛ばしてもいい。一思いにやってしまうのもありだ」
ビクトンは邪悪な笑みを浮かべる。エンリの恐れおののいた表情が心地よくてたまらないのだ。ガレウは仏頂面で気に食わないが。
「はっはっは、面白いな! お前らよく見ておけ。裏切り者の公開処刑だ!」
ビクトンはグワジが周囲の人々の注目を集めたと同時に、『ソード・バーナー』をかかげて見せた。『ドールグス』も『ビカシア』も双方かなりの盛り上がりだ。緑色に光り輝く炎が、そこはかとない恐怖を演出させる。
「さぁさぁ、お立会いだ。『ドールグス』のリーダー、ビクトン・ピクロがこの若造共を切り伏せてごらんに入れよう」
ビクトンは『ソード・バーナー』の刃先を、ガレウの喉元ギリギリまで近づける。ガレウの喉が、じりじりと焼かれていく。だが、ガレウは焼かれる痛みをこらえていた。
「これから見せる処刑は、裏切り者への罰と心得ろよ。こんなふうにならないように、『組織』のためにより一層奮起することを誓え!」
ビクトンの言葉が火種となり、広場の人々の熱気がぐんぐんと上昇していく。
「ビクトン! ビクトン! ビクトン!」
「『ドールグス』最高ッ!」
「俺たちは無敵だ!」
「『ビカシア』も負けちゃいねーぜ!」
「さわげ! 祭りだ!」
周りの『ドールグス』、『ビカシア』の構成員たちがはしゃぎ出す。もはや誰にもとめることができない、しばらく冷めない熱気が、広場を支配した。
「よし、ではさっそくメインイベントといこうか。もったいぶるのは好きじゃないんでな」
にやりと笑うビクトンをガレウは睨みつけていた。
まだ終わりじゃない。メインイベントは、まだまだ時間を開けてからだ。そう言わんばかりの眼光だった。
ビクトンは『ソード・バーナー』の刃先をガレウの喉元から離した。
「そうだな。まずはこっちの『ビカシア』の小僧からでどうだ? ほら、貸してやるよ」
「おう、悪いな」
ビクトンは『ソード・バーナー』の炎を止めて、グワジに渡した。グワジは興味深そうに眺めた後、スイッチを押して『ソード・バーナー』を起動させる。
「ふっはっはっはっは! では最初にエンリ。貴様から見せしめにしてやろう! 安心しろ、一思いにやってやる!」
エンリは恐怖で顔を歪ませていた。股間の辺りが湿っている。あまりの恐怖に漏らしてしまったのだ。
「くたばれ!」
『ソード・バーナー』の輝かしい炎が、エンリの胸を貫いた。
「かッ……が……あッ」
心臓部とその周囲。肉が焼けて使い物にならなくなる。内臓ではなく、灰になる。炎の刃は貫通し、背中にまで緑の炎の光が伸びていた。出血は一切なかった。傷口は、『ソード・バーナー』の炎で焼かれているからだ。
あまりにあっけない。あまりに抵抗のない死だった。両腕を後ろで拘束され、跪かされているとはいえ、死ぬまでの間に少しは動きがあっても良かっただろうに。炎の刃はそれを許さなかった。
エンリの死について、ガレウは悲しむなんてことはなかった。ざまみろと思えたくらいだ。実に気分がいい。ガレウにとっての疫病神が死に絶えたのだから。
「む……本当に手早く終わってしまうな。盛り上がりに欠けてしまうぞ」
「イイ実験台になったと考えろ。こいつを見世物にすりゃあいいだけだ」
妙にシラけてしまった広場に、活気が戻る。エンリの死に様はあっけなさすぎたのだ。まだまだ広場の荒くれ者たちは満足できないようだった。
ビクトンはグワジから『ソード・バーナー』を返してもらい、スイッチを押して起動させる。それを高らかに掲げて、広場の者たち全員にみえるようにした。
「予行演習は終わりだ! これより本番、メインディッシュ! どこから切るか、投票で決めよう!」
その一言で、広場は湧き上がる。熱気は最高潮。ちょっとした暴動のような騒ぎとなった。様々な声が、足だの手だの叫び散らしている。
ガレウからすればふざけるなとしか言いようがない。どこも切られていいところなどないのだから。
ガレウとしては、予想外の展開にもほどがあった。昨日の晩、考えていたことは全く試しようがない。まさか『ソード・バーナー』を持ちだしてくるとは思わなかった。想定外だった。
ちなみに考えていたことは、死んだふりのみ。それだけだったため、何をされようと死は免れられなかっただろう。ガレウはあまり考えるのが得意ではないのだ。一発逆転の策なんて思いつけないのだ。さっきまで睨み付けていたのも、ただの強がりだ。何も考えなんてつかない。
「さて、そこまでだ。皆の意見を参考にすると、最初に斬るのは右腕に決定した。さて、近くでみたけりゃ好きにしろよ?」
『ソード・バーナー』の刃先がガレウの右肩に触れる。じりじりと肩を焼かれる、激痛に耐えて、せめて彼らを楽しませないようにと尽力した。
「さぁ、まずは一本!」
あまりに声をださないガレウに飽きたのか、ビクトンは『ソード・バーナー』を振り上げる。狙いは肩の付け根。右腕をバッサリと切断するつもりだ。
ガレウは覚悟を決めた。右腕を失うのはもう確定した。命がなくなるのも時間の問題。生き延びることはもう不可能に近い。なら、せめてこいつらの熱気を冷ましてやろうと考えた。自分から安心を奪い去ったこいつらの気分を、少しでも損ねてやろうと考えたのだ。
「そこまで!」
振り下ろされる『ソード・バーナー』が途中で止まる。ガレウの右肩の真上あたりで静止する。ビクトンが止めたわけではない。止める道理もない。誰かに止められているのだ。
「弱い者いじめはよくありません! すぐに解散してください!」
ビクトンは声のする方向を見る。ビクトンだけではない。周りにいる者たちもだ。
声のする方向は、広場に積み上げられたゴミ山の上。てっぺんに一人の少女が立っているのが見えた。
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