魔法少女ルーラー、参上だよ!

ペキニーズ

魔法少女ルーラー、参上だよ!

 人を殺すなら、撲殺に限る。

 絞殺だと、人を殺したという感覚がどうも薄くて満足できない。刺殺は悪くないが、簡単に人体を切り裂けてしまうからこれもやはり満足できない。

 だから撲殺だ。

 俺の得物はなんの変哲もない金属バット。何度か新調したりはしたが、やはりこれが一番しっくりくる。

 相手をなぶるときのあの征服感。骨を砕く快感、耳に滑り込む心地よい悲鳴、哀願。金属バットならではの、俺の娯楽だ。

 そう、殺人行為はあくまで娯楽でしかない。娯楽でしかないが、俺の生き甲斐でもある。これがなければ生きていけない。世の中はとにかくつまらん。なにをしても所詮は偽物だ。安全も安心もいらない。俺はリスキーな遊びがしたいのだ。そしてそれが殺人行為の危うさとぴったり合致した。

 これに気づいたのが最近だった。本当にもったいない。これまでの人生が全て無駄だったように思える。それほどに、人を殺すのは楽しくて仕方なかった。

 俺は麻薬中毒者のように、毎晩その行為を繰り返した。ちまたでは殺人鬼出没だとか言われている。大袈裟だ。俺はただ人を殺しているだけだ。それも一日一人だけと決めているし、死体はちゃんと人目のない場所に捨てている。殺人鬼は殺人鬼でも、礼儀正しくマナーのある殺人鬼なのだ。

 俺は玄関の傘立てに差し込んであるバットを手にした。グリップが擦れて滑りやすくなってきたな。それに先の方が少し凹んでいる。そろそろ買い換え時か。 

 これを使うのは今日で最後になるだろうな。



 バットは当たり前だが、ちゃんと専用のバッグにいれて持ち歩いている。とはいえこれも目立つ。なんせ今は撲殺する殺人鬼が蔓延っている。町の人間はかなり神経質になり、人とすれ違うに度に一瞥される。

 俺は獲物を探している。

 酒に酔っぱらった親爺でもいい。警戒心のない子供でもいい。非力な女でもいい。とにかく殺しやすそうなやつを探す。俺はバトルジャンキーとかじゃない。僭称するなら狩人。弱い獲物を狙うのは当然だ。そして俺のそういう嗅覚はここ最近でそこそこには信用できるくらいになっていた。

(……あいつに決めた)

 俺が目をつけたのは、まだ中学生くらいの女子だった。大人しそうな顔立ちに、三つ編みにした黒髪、制服だがスカートの長さは膝下まである。

 コンビニの駐車場でひとり座り込んで、買ったばかりのアイスをぺろぺろと嘗めていた。

 いかにも優等生然とした女生徒が、こんな夜中にこんな場所にいることに違和感があったが、まあいい。

 今日の獲物はあいつだ。

 そうと決まれば、俺はすぐに行動をおこす。まず場所を決める。このあたりで人通りが少ない場所を脳内で検索する。こういうことをするようになって、町の地理はかなり詳しくなった。

 俺は場所を決め、あの少女がまだ立ち去る様子がないことを確認し、早足に決めた場所に向かう。そこにバットを置く。これを持って話しかけてはさすがに怪しまれるだろうという配慮だ。 

 そして俺はまた少女のいる場所へ向かう。

 彼女はまだ、同じ場所にいた。アイスのなくなった木の棒を名残惜しげに嘗めている。俺は少女に話しかけた。

「君、こんなところでどうしたの?」

 少女が顔を上げた。近くで見ると、その野暮ったい格好に反する綺麗な顔立ちに少し驚かされる。

「……人を、待ってます」

「へえ、もしかして彼氏とか?」

「いえ……、そんな人いません」

「えー、こんなに可愛い女の子を放っておくなんて、君のクラスの男子は見る目がないね」

「はあ、そうですね」

「彼氏じゃないなら誰を待ってるの?」

 そこで少女は首を傾げ、

「さあ……」

 と吐息のような声で答えた。

「それにしてもさ、危ないよ。こんなとこで。知ってるでしょ? 最近殺人鬼とかが出てるの」

「そうですね、知ってます」

「家に帰らないのかい?」

「帰りますよ。待ってる人が来てくれれば」

 待ち人というのは親か。

 こんな時間に娘を放っておくとは、ばかな親だ。なにが起きても文句は言えないな。娘が死ぬのは俺の責任ではない。娘を放っておいた親の責任だ。

「ねえ、家はどこ? 送ろうか」

「いえ、いいです」

「アイス、買ってあげようか?」

 反応はない。だが見上げてくる視線が少し熱を持った気がする。俺は苦笑する。

「うまいアイスがあるところを知ってるんだ。良ければどうかな」

「…………行きます」




「あの、本当にこんなところに美味しいアイスがあるんですか?」

 後ろからついてくる少女の質問を無視して歩き続ける。道はどんどん暗くなっていく。俺は心中で、無警戒な少女を笑った。

 そしてしばらく歩き、俺は立ち止まった。足元にあるバットを拾った。

 少女に振り向き、

「ここだよ」

「アイスありませんが」

「アイスっていうのは嘘」

 俺は手にあるバットを掲げてみせる。

「ちょっと殴らせてくれないかな」

「……なるほど。あなたでしたか」

 そう言って少女は胸元からピンク色の、似合わないスマートフォンを取り出した。

 電話する気か!

 俺は即座に走りより、それを奪い取ろうとする。だが遅かった。操作を終えたスマートフォンが光輝く。光輝く!?

 俺は強い光に視界を奪われ、目を覆った。まずい、逃げられる! そう思ったが、足音は聞こえない。逃げていないのか? なにをしている?

 頭が疑問で埋め尽くされる。光が薄くなってきたため、俺は覆っていた目を開き、仰天した。

「るんるん♪ るんるん♪ わたしは悪を裁く正義の乙女。逆らう悪には死を。従順な悪にも死を。正義の味方、正義は味方! 魔法少女ルーラー、参上だよ! るんるん♪」

 ゴスロリ姿の美少女がいた。

 なんだ? なにが起きた? なぜゴスロリ? いつ着替えた? 俺は煽られているのか?

 疑問につぐ疑問に、俺の頭は弾けてしまいそうだ。

 ……もういい。俺がすることはひとつだけだ。こいつを殺す。その行為を行うのはとても簡単だ。一振り。それだけで片がつく。

 俺はゴスロリ姿の少女ににじりより、渾身の力を込め、遠心力をフルに活用して、バットを振り切った。

 つもりだった。

 金属が弾ける音がして、気がつくと俺の手から愛用のバットが消えていた。これはおかしい。たしかにグリップは少し滑りやすくなっていたが、使い慣れた得物だ。こんなミスが発生するはずがない。

 そして気づく。目の前の少女が拳を振り抜いた姿勢で俺を見ていた。

 ……馬鹿な。まさか、殴り飛ばしたのか? 俺が振ったバットを。バットだけを。あり得ない。人間業じゃない。幾つもの現実との齟齬が脳裏に浮かぶ。だがそんな考えは無駄なのだと思えた。

 俺が最期に見たのは、少女が静かに拳を後ろに引く姿だった。

「……アイス食べたかったです」

 そんな言葉が聞こえた気が、 



◆●



 翌日。

 新しい殺人鬼の犯行が見つかる。

 被害者は五十嵐淳太(20)。

 彼は頭部が消えた状態で死亡しているところを見つかった。

 頭部は目下捜索中である。


 それをニュースで見た魔法少女がひとり呟いた。

「アイス美味しい」

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魔法少女ルーラー、参上だよ! ペキニーズ @asahi_tuki

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