熱い歓迎と冷たい関係
彼女は腰につけている探検を素早く抜き放ち、身構えた。対して俺は何もしない。いや、何もしたくない。男は笑う。
「はははっ。なかなか勇敢なようだね。準備はできたかい?そのフォークで私を突き刺して、ソテーにしてみよう!」
あいつ、調子に乗りやがって。俺は内心、拳を強く握りしめるほど悔しかったが、何もしない。絶対に動くものか。
「ねえ、何してるの!奴らおそらく大規模な奴隷狩りよ!捕らわれてたまるもんじゃないわ。早く戦う準備をして!警備兵なんでしょ。」
「あーうん。君だけ逃げるといいよ。俺がソテーになるから。」
「ふざけてるの!もういいわ。こっちから仕掛けて相手の不意を突くわ。あんたは勝手にすれば!」
「りょ。」
その時、魔導兵が一斉に彼らが持つ武器、剣や槍などを地面に打ちつけて直立で静止した。そしてソテー男が指を鳴らすと一斉に言った。
「ヨウコソ。シントーキョーヘ。」
「調査使節のあなたを全シントーキョーをあげておもてなしいたします。」
そう男が言うと数百体の魔導兵が隊列を変えて一直線になり、彼らの武器を掲げた。
彼女のために道を作ったのだ。磨かれた重そうな甲冑や剣が日差しを反射するので道の先が見えない。
「なんなのよ、これ。」
彼女がそういうのも当然だ。まず、田舎であるシントーキョーに数百体もの魔導兵がいることがおかしい。次に彼らを指揮している奴の頭がおかしい。最後に、俺がそいつの親友であることがおかしい。
「はあ。また俺の善行を利用したな、お前。」
「何を!僕はただ君が使節を連れてここを通るであろうことを予測し、魔導兵を用意し、歓迎の準備をしたにすぎないさ。むしろ君の善行を手伝ったというべきじゃないかい?」
「ああ、そうだな。ありがとな。お前の策中にはまっていたとしても、久しぶりにいいことをした気分になれたよ。」
「ははは、それは良かった。じゃあ、僕は一足先に行くよ。歓迎の宴の準備をしているんだ。」
「そうか、俺たちもすぐ行く。」
頭のおかしい親友は使節の黒ギャル様に呼びかけた。
「今日からの数日間、私のたてた完璧なプランによってあなたを歓迎します。ひとまずはそこの使いに案内をさせますので、ごゆっくり散策をお楽しみください。では私は一足先に失礼します。では後ほど。」
すっと男は消えた。小走りする音が遠のいていく。そしてその場には数百体と黒ギャルとその使いが残された。そこには静寂があった。
痛い。視線が痛い。全身の毛穴という毛穴から血が吹き出す。街の人々が通りに続々と見に来る。当たり前だ。こんな真昼間に数百体の行列が来たら、何事かと昼寝をしている八十歳のおばあちゃんが百メートル6秒代の俊足で走って来てもおかしくはない。これはまずいな。また、誰かの意思によって踊らされているようだ。しかも今回は大ホールの真ん中でだ。ペアには迷惑をかけてしまったかな、そう思ってふと隣に目をやると、あれ、意外にも彼女は平然としている。いや、今一度見るとそれは、平然というよりむしろ自然だ。無に返ったようだ。無表情で人形のように足を進めている。
後悔。やはり、案内は頼むべきでは無かった。
それは小一時間前。あの男が去って静寂となった場で一番に発言をしたのは俺たち二人ではなく、魔導兵の小隊長だった。
「使節ドノ。我々ハ、コレカラ迎賓館ニ向カイマスガ、少シ街ノ様子ヲゴ覧ニナリマスカ?」
居並ぶ甲冑の中、沈黙が数秒。
「おい、使節ってのはあんたのことだぞ。」
「え、ああ、それくらい分かってるわよ。何?私が動転してるとでも思った?街の・・・何だっけ。とにかく何でも調査させてもらうわ。」
「了解ですよ。小隊長、彼女は街の観光を所望している。少し街を見てから向かう。いいな?」
「承知シマシタ。ワタシガ先導サセテイタダキマス。」
あれ、ちょっと待てよ。俺が案内するんじゃないのか。疑問の余地はなく、号令がかかる。
「規定路Bヲ通リ目的地ヘ向カウ。第六小隊、前進。」
数百体が一斉に動き出す。俺たちもつられて歩き出す。
「おい、コイツらに着いてくのはまずいと俺は思うのだが。」
「そう?やたら長い道を歩かされることは無いと思うわ。街のヒーローさんは少し休憩してたら?」
全く、甘ちゃんだな。まあ、あの男の周到さを分かってないのだ。仕方無いとも言えるか。俺は少し不安だが従うことにした・・・
そして現在である。不安は的中。真昼の街中を闊歩するこの姿はまるでこの街の王が現れたかのように人々には見えているだろう。いや実際にはこの街に王はいないが、もはや一般人ではいられまい。ただの調査のバイトなのに気の毒な事だ。
もう数十分は歩き続けている。この辺になると活気のある商店街からはずれ、空き家の多い街の郊外に入ってくる。さすがにもうそろそろつくはずなのだが。
「いつまで歩き続けるのよ。長すぎるわ。もう十分でしょう?」
「十分って?」
「え、ああ、いや十分観光できたって事よ。それより、あとどれくらいなの?」
「多分、十分かそこらってとこだろう。もうすぐのはずだ。」
彼女は自然体から戻って、不機嫌さを丸出しにしたしかめ面でただ足を進めている。まあ、よく耐えたものだろう。ただ奴はこんなものでは済まない。この街の評価が悪くならないことを祈るばかりだ。そんなことを考えているうちに眼前には白い邸宅が現れた。
大理石の獅子二体が唸る門に、リンゴの木が生える整頓された庭園。そしてその奥に幅数十メートルはあろうシンメトリーの真っ白な洋館が根をはる。
「おい、ついたぞ。」
「えええぇ!?ここなのお?こんなに大きなお屋敷に私があ?」
その少々無理を感じる質問に答えたのは俺ではなかった。
「そうです!お待ちしておりましたのですヨ!」
今朝以来の見慣れた顔だ。すかさず指摘。
「先輩、敬語おかしいですよ。」
「うるさい!君は私を馬鹿にしているのかい?後輩クン!いいかい、私は天才にして秀才、奇才、異才、悠才、熱才、根才のスーパーメイドなのだよ!」
「根菜はもう才能でもなんでもないですよ。」
「あとザーサイ!」
「中華じゃねえか。」
一連の会話の相手は他でもない。俺の永遠の先輩。西宮ゆかり先輩、現時人。紛れもないアホだ。
「さあさあ、中へどうぞ〜」
スーパーメイド(笑)が邸宅の扉を開ける。
使節に休息は与えられなかった。
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