第2話 必殺の少女 2

 シャワーを浴び制服に着替えると、今日の朝食は和食が良いという巫扇さんの意見に従い、焼き魚、味噌汁、ほうれん草のおひたし、白米などを作った。

 卓袱台に置かれた朝食をゆっくりとテレビを見ながら食べる巫扇さんの向かい側で、僕は正座をして黙々と機械的に飯を口へ運んでいた。


「神憑君、そろそろ新しいクラスに慣れたかい?」


 唐突の質問をされ、今入れたばかりの白米をゴクリと飲み込み「はい」と返事をする。

 クラスに馴染める馴染めてないというカテゴリで言えば馴染めているとは言えるけれど、人と馴染めているか否かと問われるとそれはどうも答えにくいものがある。


 巫扇さんから目を逸らしテレビを見ると天気予報が流れており、この地域は今日一日中晴れのようだった。


「…そうかい。そりゃあよかった。」


 そう言って巫扇さんもテレビを見つつ残りの朝食を食べる。

 暫くの沈黙が訪れニュースキャスターの声だけがお茶の間に響く。

 僕は早々と残りの朝食を食べ終え、横に置いてある鞄を手に取り「行ってきます」と一言告げ、巫扇さんの「いってらっしゃーい」という声を背中に受けつつ家を出た。


 境内の桜並木の中にある石畳の階段を降り、道へ出ると、すぐ横に作られた車庫を開け自転車を出す。空気が入っているかを確認した後、自転車に跨り出発した。

 この海枷うみがせ町は、生粋の田舎町で、辺りを見渡しても田畑に山と目に優しい緑色が広がっていた。

 自転車で暫く山方面の坂道を登ると山から下る川があり、逆方向にある森を抜けると海がある。

 旅行などで稀に来るには心地よく、地元の学生には少し退屈な、そんな町だった。

 僕はこんな自然が気に入っているので、ここの方が心地良いのだけれど。

 暫く田畑に囲まれた道を自転車を漕いで行くと、次第に家の数が増え、ちょっとした住宅街がある。次第に登校する生徒の数も増え始めた。

 以前は僕もここに住んでいた。

 この住宅街に入ると、もう直ぐで僕の通う高校──市立海枷中央高校がある。

 大きな校門を前にして、自転車を降りた。

 校舎へ続く後の坂道は押して通る。

 門前では生徒会が朝の活動として、ゴミ拾いやら挨拶やら風紀チェックやらをしていた。

 生徒会が囲む道の中を自転車を押して通ろうとした、その時。


「おい、そこの自転車を押す男子生徒」


 凛とした女性の声がかかる。

 それは、間違い無くこの市立海枷中央高校の生徒会長──宵ノ原蓮魅よいのはらはすみの声音だった。


「…はい。何でしょう」


 振り返り見ると、そこにはやはり生徒会長の姿があった。

 肩まで伸ばした黒髪に美しく整った相貌。

 登校するその他の生徒がこの人を際立たせる背景の有象無象に見えてしまう程、綺麗な人だった。


「自転車通学する者は、学校の裏門から通学するように──ん?君には前にも注意した気がするのだが」


 そう言い僕の顔を、まじまじとジト目で見る生徒会長。

 …そう言えば前も注意されたな…完全に忘れていた。

 混雑を防ぐ為に学校はわざわざ裏口に新しく駐輪場を設立した。


「…気の所為じゃ、無いですかね」

「そういう者は大抵嘘をつく。自分じゃないと否定すれば良いものを、その人の気の所為だと言い張りその人が間違いだと言う。よって君は今、嘘をついている」


 …断定された…!?

 いや、生徒会長の言う言葉もあながち間違いではないのだろうけれど。というか嘘をついているか否かという問題については正解だし。


「すみませんでした」


 軽く会釈をし、引き返して行こうとすると背中に、


「君の名は、神憑永弥というのか。覚えたぞ」


 と、声がかけられた。

 名乗った覚えはないけれど、多分後輪の泥除け書いた名前を見られたのだろう。

 最早脅しにしか聞こえないので、わざわざ言ってくれなくても良いのに…。

 そう思いつつ肩を落としながら僕は坂を下り、裏口へ回った。



ーーー



 …その後、何でもない一日が始まり、何でもなく昼休みになった。

 僕は昼食を摂ろうと、食堂へ向かった。


 食堂にはやはり人が多かった。

 この学校の食堂は、三階につくられたため景色が良い。そのため食堂に食べに来る者が大半を占める。

 食券機の列に並び野菜炒め定食を買った。

 いつも頼むはずのうどん定食は、珍しく売り切れてしまっていた。

ㅤ受け取り口で食券を食堂のおばさんへ渡す。暫く待つと、お盆に乗せられた野菜炒めと白米と味噌汁がやってきた。

 辺りを見渡しても空席が見つけられず、右往左往していると一席空いていたのでそこに腰掛け、一息ついた。


「奇遇だね、神憑くん」

「…!」


 向かいからした聞き覚えのある声に驚き、声の主を見るとやはりそこには生徒会長がいた。


「…おおう」


ㅤ人見知りの激しいと自他ともに認める僕は、そんな返事をぼそぼそとしていた。

 皮肉な事に生徒会長は、うどん定食を頼んでいたようだった。


「そういえば、君も三年生だったのだな」

「…ああ、まあ」


 まるで巫扇さんのような微笑みを浮かべ、生徒会長…宵ノ原蓮魅は僕に話しかける。


「おお、野菜炒め定食か。私もいつも食堂に来る時はそれを頼んでいるのだがな、今日は試しにうどん定食を頼んでみたのだ」


 何も知らない無垢な表情で宵ノ原は話す。

 凄く皮肉な話だ。


「へぇ…」


 適当に返事をしながら一味唐辛子を野菜炒めにかける。

 宵ノ原もそれを見てか、残り少ないうどんに七味唐辛子をかけた。


「ああ、そういえば──」


 再度宵ノ原はうどんへ息を吹きかけた後、箸を置いて思い出した様に口を開く。


「君のクラスに太刀洗凛夜たちあらいりよ、という女子生徒がいたはずなのだが」

「…」


 確かに大刀洗は僕のクラスメイトだが、新学期が始まって以来一度も学校に来てない。


「ああ、いるけれど。今は学校にきてないんじゃないか?」

「そうか。まだ、来れないか…」


 寂寥感を滲ませ、宵ノ原はそう呟く。

 なるほど。太刀洗が不登校になったから、宵ノ原は心配しているのか。


「生徒会長ー、先生が呼んでます」


 その後、丁度宵ノ原が食事を終えたのを見計らったかの様なタイミングで二年生の生徒会と思しき女子生徒が、後ろから宵ノ原へそう告げた。


「ああ、悪いな。今から行く」


 そうやって、宵ノ原はいつも通りに凛と返事をし、


「いつか、また話そう。神憑君」


 なんて言葉を残してお盆を持つと颯爽と生徒会長はこの場を後にした。

 僕は食堂を後にする生徒会長の背中を見届け、食堂の窓の外へ目を視線を移す。

 広がる緑の先にある、大海原。水平線の向こうには島があり、中学生一年生の頃はそこで研修旅行などをしたものだ。と、そんな記憶を想起させた。

 その後、辺りの生徒が疎らになっている事に気付き僕は急いで残りのご飯をかき込んだ。

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