――九月七日、水曜日。
「美月も思いきってショートにしなよ。美月ならなにやったって似合うしカワイイしさ」
「やめてよそんな。咲良ならそのベリーショートもカッコイイけど、私じゃ、何かの罰で頭を刈られた悪い子にしか見えないよ」
そう自虐した美月の表情がすごく情けなさそうで、悪いんだけど、あたしは思わず吹き出してしまった。
「何それ、あっはは。じゃあせめてポニテとか。ぶらぶらするのが嫌ならシニヨンにしてさあ。あたしが使ってたのでよければ、中学時代に使ってたクリップやシュシュ、まだ持ってるしあげるよ?」
捨てておけばよかったなと、最近――そう、翔也の姿を見るようになってから、後悔しているんだけど。思い入れがありすぎて、やっぱり捨てられなかったのだ。タンスの奥深くに、紙バッグに入れて封印してある。
「ダメよぅ、やったことあるもん。硬すぎてぶわーって広がって、お父さんに笑われた」
「ひっどい親だね。なんて笑われたの」
「……床屋のシェービングブラシみたいだって……」
シェービングブラシ。あれか、ひげ剃りする時に、泡を立てて顔に塗りたくるブラシ? どんな形かまではピンと来なかったので、ちょっと画像検索してみよう。
「あっこらスマホで検索するな」
「知識の探求って大事だって美月がいつも言ってるじゃん……シェービングブラシっと、うわ、思ってたよりもぶわーっ、だ! そりゃ笑うわーお父さん無理もないわー」
「そこまではならないもん!」
あたしが笑うものだから、美月がすねてあっちを向いてしまった。ごめんね美月。でもそこがいい。
あれ。
そっちを向いたら、翔也が真正面にいるんだけど……まぁ、気付かないかな。
そう思って美月の頭越しに翔也の方を見てみると、こっちを見ていたらしい翔也が慌てたように視線を逸らしたところだった。ハイハイ、あたしはどうでもいいってか。
そうなのだ、翔也はあそこで待つようになって以来、ずっと、あたしがそちらを向くと決まって視線を合わせないように顔を逸らしてしまう。ちらっと目線だけで見てみると、しっかりこちらへ顔を向けているくせに。
ああ、シャクに触る。どうせあたしは『友達』の引き出しですよーだ。いいもん、あたしには美月がいるから。
「ごめんごめん、美月ほら機嫌なおしてー。イチャイチャしたげるから」
わっしと美月に抱きついて、頭も撫でる。
「ししし、しないでいいから」恥ずかしがっちゃって、もー。「危ない危ない、電車来るってば」
「しょうがないなー。じゃあホラ、ちょっとそっち向いてじっとして」
ちょっと思いついて、美月を翔也の方へ向かせ、あたしがその後ろから髪の毛を撫でつけてあげる。こうすると、あたしと美月、二人同時に翔也の方を見るわけだ。
さぁどうだ。
案の定、翔也はドギマギしたみたいに落ち着かなくなった。ざまーみろ。
電車が来たので美月の髪をガードしてあげつつ、列を次発待ちにスライドしていく。
あれ。
翔也がベンチから立ち上がって、あたしたちみたいに、次々発待ちの列の先頭に立った。ああ、そうか。あたしたちがもう次の電車で行ってしまうから、アンタもここで電車に乗ろうってわけなんだ。
待ちながらスマホを見る振りして、チラチラとこっちを見ているみたいだな。あんまり挙動不審だと、美月に見つかって、変なヤツだと思われちゃうぞ? そうなったら、あたしはどうしようかな。弁明してやるか、それとも、アイツはストーカーだって悪口言ってやるか。
あれ。
ちょっと美月の様子が変わった。
「ねえ……咲良」
「なに? この髪型気に入った?」
「鏡も見てないのにわかんないよ……そうじゃなくてさ、あそこにホラ、男の子がいるじゃない?」
美月、鋭いね。もう気がついちゃったんだ。あたしが、こうやって気が付きやすいようにしてるせいなんだろうけど。でも、虚を突かれたとでも言うのだろうか、あたしは、一瞬胸が痛んだ気がして、返事をするのが遅れてしまった。
「……ん? どれ?」
「下りホームの、私の正面」
「あー、それ。そうかー、とうとう気付いちゃったねー、美月も」
言いながら、胸の痛みが広がっていく気がした。
「えっ?」
どういうことだろう? 胸が苦しい。思わず唇を噛んでしまう。そんな顔を美月に見られたくなくて、振り向こうとした彼女の髪を強く押さえて、頭を動かさないようにしてしまった。ごめんね美月。
「はい動かない動かない。……あーほら、電車来ちゃったからさ、詳しいことは乗ってから教えてあげるよ。行こ」
――援護射撃するって決めたからさ、ちゃんとアンタのこと、教えておいてあげるからな、翔也。感謝しろよ。
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