――九月五日、月曜日。

 土日は続けて、悪夢にうなされた。

 ようやく今の自分が嫌いでもなくなってきたのに、とっくの昔になくなった後ろ髪を引っ張るような夢だった気がする。

 アイツのせいだ。翔也があたしの心をかき乱すから、中学時代のことを思い出してしまうんだ。

 偶然会ったあの時、本当は心が踊った。呼び止めてくれて嬉しかった。好かれても、『女の子』扱いすらされていなくても、記憶には残していてくれたんだとわかったら、それだけでも嬉しかったんだ。

 でも、その時のことを思い出してわかってきた。

 煮え切らないみたいな、マイペースのアイツらしくない様子。こっちの登校時間を聞いてきて、それに合わせて自分も電車待ちするってこと。

 あたしにも、ようやくわかったよ。ついに、翔也のマイペースをぶち壊す存在が現れたんだね。それがよりによって、あたしの隣にいる美月だなんて、本当に運命というか、おまえって残酷なヤツだよ、翔也。

 今日もアイツは下り線のホームで、ベンチに座っている。あたしはもうあれが翔也だって確信してる。いくつかの仕草が、中学時代にいつも見つめていた仕草とおんなじだったから。例えば――隣の椅子に置いた荷物に、それとなく手を置いてそこにあるのを確かめるようなあの仕草。ファミレスで、教室で、河原の土手でだって見た仕草だ。

 まあ、美月がカワイイのはわかるけどさ。あたしも強く同意するよ。そして、こういうのが好みなんじゃ、あたしのことなんか目にも入らなかったのも、わかるよ。全然タイプが違うもんね。

「……なに? 頭にゴミでもついてる?」

 あたしの視線に気付いた美月が、髪に手をやりながらそう言った。

「んーん、違う。美月はカワイイねって思って見てた」

「やめてそういうの」

 美月は照れたように顔を伏せてしまった。そういうところがカワイイんだってば。

 そりゃ翔也も、偶然会ったあたしに『あの時いっしょにいた女の子、誰?』とか訊いちゃうよな。

「あーん美月うらやましーなー」彼女の頭の上に顎を乗せて、グリグリしながらぼやいてやる。

「なーにーがーよー」

 あたしが、たくさん想ってもどうにもならなかった恋を、ただそうしているだけで手に入れちゃったところが、だよ。

 美月はまだ、翔也の存在に気付いてない。元々、接点のなかった二人だから、美月が気付いたって、それが翔也だとわかるはずもない。

 あたしが味わってた、届かぬ想いの苦しみってものを、アンタも味わっときなさい。

 いつかアンタが美月に会いに来た時は、援護射撃ってやつをしてあげる。でもそれまでは、ざまーみろだよ、翔也。




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