――一月二十二日、金曜日。
中学校に入学した時に、隣のクラスだった彼がもう気になっていた。
当時からもう『ノッポ』だったあたしには、自分よりも背が高い男の子というだけで、物珍しい存在だった。物珍しいのでよく見てしまううちに、自分が、違う気持ちで彼を見るようになったことに気が付いたのだった。
付き合うとかそういうことは、まだ実感はなかったけれど、どうしても彼の近くで長く過ごしたいと思ってしまって、彼と同じ部活を選んでみた。でも彼は、どうやら飽きっぽいところがあるらしくて、一学期だけでバドミントン部を辞めてしまった。あたしはなまじ女子には珍しい高身長だったので先生に期待されてしまい、辞めるに辞められず、結局一年生の間だけは、部活を続けることになってしまった。
二年生になった時は、彼が学習塾に通い始めたと聞いて、親にねだって同じ塾に通わせてもらった。おまえもやる気を出したんだなと喜ばれたけど、あたしは、彼と同じ教室で、斜め後ろから彼を眺めるばかりであんまり成績は上がらなかった。
その塾さえ、一学期の間だけで彼は辞めてしまった。飽きっぽいのじゃなくて、自分のペースを越えて何かをすることが出来ない人なんだなと、一年間の観察であたしにはわかった。
いずれ三年になって受験勉強が本格的になってしまったら、とても好きだ嫌いだなんて話には乗ってくれなくなるんじゃないかと焦ったあたしは、そういう話が得意な仲の良い友達に頼み、彼を恋バナに巻き込んでもらった。それは二年の終わり頃。彼はやっぱりマイペースなヤツで、その時の話は、好きとか恋とか実感しないな興味ないな、で終えられてしまった。
そして今。
二月に入ればすぐに私立の一般入試だ。災い転じて福となすっていうのかな。あれ以来通い続けた学習塾が効いたようで、志望する女子高に行けそうな気配を感じてる。
でも受験前に、大きな心の引っかかりを取り除いてしまいたい、と思うようになった。
あまりに素っ気ない態度、脈のなさそうな様子にすっかり消沈していた一年間だけど、受験が近付くにつれて、なぜだか気持ちが再びざわついてきてしまったのだ。
自分勝手かもしれないけど、このままではすっきりと試験を受けられない気がして。残り少ない登校日のどこかで、彼と二人だけになれる時間を探していた。
ついに、チャンスが巡ってきた。いつもは何人もつるんで学校から帰る彼が、珍しく一人で帰っていくのを見たあたしは、さりげなさを装って近付いていき、校庭を横切るまでまったく気付かれなかったので、校門を出たところでこちらから声をかけた。
「や、翔也も今帰り?」
顎を隠すように巻いたマフラーの隙間から、息が白く立ち上る。
「おう、咲良。ちょっと家で用事あって、遊んでもいらんねんだ。参るよな、受験も目の前だってのにさ」
彼の背は、棒みたいなあたしよりも、頭半分くらい高い。たいていの男の子と同じくらいの身長があるあたしには、目線を上げて話をするのが、なんだか嬉しいんだ。
「いいこと教えてあげよっか。真面目に受験する人はね、そういう時に『遊んでもいられない』なんて言わないの」
「やべ、バレた」
こういう会話には普通に付き合ってくれる翔也は、でも誰に対しても『友達付き合い』しかしてくれない。マイペースな彼に、外から『片想い』というボールを投げても、ちっとも気付いてもらえないんだ。三年間、見ていてそれはわかった。
だから今日は、出来るだけ近くに寄ってから、ボールを投げつけてやりたい。
フられようがなにしようが、とにかく今日、あたしは、翔也に、告白したい。
他愛ないことや、深刻な進路のことを織り交ぜて話しながら、あたしはそのタイミングを真剣に探っていた。でも、そのタイミングが上手くやって来ない。違う違う、友達の誰かの話題じゃなくて。あたしの話をして欲しい。あたしは翔也の話をしたい。
そろそろ二人の帰り道が分かれるというところになって、あたしは、タイミングなんてものを捨てて思い切ってストレートに告白しようと決めた。
でも運命って、とても残酷だった。
風の冷たさがさっきから気になっていたんだけど、あたしは、最悪のタイミングで大きく一つ、くしゃみをしてしまった。
「おっ、なんだよ咲良、風邪? そういうのは運動して身体あっためればいいんだぜ。ホラ、あそこの交差点まで駆け足な!」
翔也はおどけて、駆け足で走り始めてしまった。
「ちょっ……コラ、待って!」
ばかばか、馬鹿。その交差点は、あたしたちの帰り道の、分岐点じゃないか。そこまでいったら、道が分かれちゃうじゃないか。
遅れてあたしも駆け足になったけど、大きなストライドで飛ぶように走る翔也においつけるはずもない。先に交差点についた翔也は、あたしが渡らない信号を、点滅が終わらないうちにと駆け抜けていってしまった。
「おーう、咲良! じゃあまた月曜な!」
道の向こうで大声を上げて、ぺしゃんこの鞄を振り回す翔也。あたしはようやく交差点まで辿り着き、翔也が振り返って見せた背中に向かって、
「こンの、クソ馬鹿ーッ!」
人目も気にならず、思わず叫んでしまっていた。
「……ばーか。これ着ろよとか、手を握ってこうすれば暖かいだろとか、しろよ。ばーーか」
参った。脈がないとかそんな話じゃないことは、一応、わかっていたはずなのに。
なんだよ走って運動とか。馬鹿じゃないの。男同士でやるならわかるけど、女の子相手にもそれやるのか。ばーかばーか。マイペースにも程があんだろ。周り見ろよ。あたし見ろよ。
本当にアイツ、友達としか思ってないんだな、あたしのこと。女の子だと思って接してるわけでもないんだな。アイツの中には、人をしまっておく引き出しが『友達』しかないんだ。『好きな人』どころか、たぶん『女の子』って引き出しさえ存在してないんだ。
あたしでは、翔也の中に新しい引き出しを作ってもらうことが、出来なかったんだ。
好きになってもらえなくてフられるのは、覚悟してたけど。
それ以前に『友達』の枠からはみ出すことすら出来なかったというのは、さすがにショックだ。
これでも『女の子』なんだからな。
チクショウ。
でも、でもね。
やっぱり、好きだよ。
――好きだったよ。翔也。
「バイバイ。また来週」
アイツに聞こえるはずもない声でそう言ってから、あたしは、来週の月曜日が登校する日ではないことを思い出していた。
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