第9話 命を拾う 6
「ふはぁっ! 良いお湯だった~! ワクァ~、お風呂空いたわよ~!」
バタァン! と音を立てて扉を開け、中からヨシが出てきた。湯上りでほのかに紅くなった頬からはほんの少しだけ湯気が立ち上り、ライオンの鬣色をした髪は今は下ろされて含んだ水滴を時折ポタリポタリと床に落としている。
宿は全ての部屋に風呂が付いていて、女性には嬉しい造りになっていた。ヨシ達が泊まった部屋は、扉から入るとすぐそこにベッドが二つ備え付けてある。窓からは庭が見えて、中々良い部屋だ。入ってすぐ右手の所にもう一つ扉があり、そこから中に入ると清潔なトイレと風呂が設置されていた。勿論、洗面台もある。
今まさにそこから出て来たヨシは、ご機嫌な顔付きでワクァに声をかける。……が、返事が無い。
「……ワクァ?」
ヨシは、もう一度ワクァの名を呼ぶ。
「……」
やはり、返事は無い。
姿が見えないわけではない。すぐそこの、ベッドの上にいる。山登りだの戦闘だので流石に疲れた、と言いながらリラの手入れをしていた筈だ。
「ワクァ~? お~い??」
声をかけ、目の前で手をヒラヒラと扇ぐ。しかし、やはり返事は返って来ない。代わりに、すぅすぅという寝息が薄っすらと聞こえてきた。
「あら珍しい。完全に寝入ってるわよ」
目を丸く見開いて、それでも誰かに話し掛けるようにヨシは呟いた。勿論、小声で。
それでも、普段のワクァなら目を覚ます筈だ。傭兵奴隷だった頃の名残なのか……彼は眠る時ですら神経を尖らせているらしかった。だからこそ、いつでも何かが起これば瞬時に反応できるのだろうが……。
そのワクァが、これだけ近付いて、更に声をかけていると言うのに目を覚まさない。よっぽど疲れているという事か。
「ま、仕方無いわよね。あんなキツイ山を登ったんだし。戦闘も多かったし、山賊に気絶するぐらい殴られたんだし。オマケに、捕まってあんなに山賊達に嫌な事言われ続けてたんだしね……精神的に参っちゃっても、おかしくないわ……」
ぽつ、ぽつ、と言葉を続ける。ワクァが目を覚ます気配は無い。
「……」
ヨシは、何を考えたかワクァが眠っているベッドに腰掛けた。枕元には、きっちりと手入れをされたリラが立てかけてある。それを見ながら、ヨシはワクァに語りかけるように呟いた。
「……けど、今回は本当に危なかったわよね……。色町に売られそうだった、とかそういう意味じゃなくて。……アンタ、死のうとか思ってたでしょ? 山賊達の言葉や、長い間苦労を共にしてきた
実はその通りなのだが、眠っているワクァは当然答えない。
「……」
ヨシは、深く溜息をつくと言った。
「ま、終わった事をくどくどと言っても仕方無いわね。結果として、アンタは命を捨てずに済んだわけだし……良い? 私がアンタの命を拾ってやったんだからね!? 口に出して言う必要は無いけど、ちゃんと感謝しなさいよ!?」
一気に捲し立て、フーッと息を吐く。そして、一息つくと呟くように言った。
「……本当、ワクァの考える事だけはわからないわ……。行動自体は昔っからこんなに単純なくせに……」
それだけ言うと、ヨシはワクァの前髪をサラ……と手で掻き揚げた。その寝顔は、本当に美人の少女にしか見えない。
「信じられないわよね……こんな綺麗な女の子みたいな顔してるのに、実は男で、しかも貴族達をその剣技で守る傭兵奴隷だっただなんて……」
そう呟いた後、ふ、と思い出したように呟いた。
「そう言えば……私も初めて会った時にはワクァの事、女の子と間違えたんだっけ……」
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