第10話 相棒を拾う 1

「ふ~ん……ここがタチジャコウ領か……。何かしょぼい土地ねぇ……」

 青空の下、ヨシは誰にはばかる事も無く、生まれて初めて訪れたその土地の感想を素直に述べた。その言葉を嗜める者はいない。周りに特に人影は無く、旅の同行者もいないのだから、当たり前と言えば当たり前か……。

「……にしても、何か全然危機感無いわねぇ……意外と言うか、余裕があると言うか……この土地に入る前に聞いた情報だと、今日辺りが危ない筈なんだけどな~……」

 そう、事情を知らない者からすれば物騒に思える言葉を呟きながら、彼女は呆れた顔で溜息をついた。

「……ま、何とかなるでしょ。折角来たのにわざわざ領外に引き返して野宿なんて、嫌だものね。さ~てと……宿屋は何処かしらね? さっさと荷物を置いて、この辺りの散策をしたいんだけどな~……」

 そう言って気持ちを切り替え、キョロキョロと辺りを見渡す。

「お、少年Aはっけ~ん!」

 そう言ってヨシは、道の向こうからやって来た少年に近付いた。少年は、物珍しげにこちらを見ている。

 そして、ヨシも物珍しげに少年を見た。六~七歳くらいの少年だが、その服装は如何見ても一般家庭の子供ではない。金糸で刺繍が施された青色のジャケット。黒い革靴に、手入れが行き届いている短めに切り揃えられた金髪。如何見ても良いトコのお坊ちゃんだ。

「ま、あんだけ小さな子供だったら関係無いわよね。大人の金持ちだったら、私なんか相手にしてくれないだろうけど」

 そう呟いて、ヨシは少年に近付いた。

「こんにちは~。僕ぅ、悪いんだけど、宿屋はどっちにあるかお姉ちゃんに教えてくれな……」


 ジャキンッ!!


 ヨシが言葉を言い終わらないうちに、白銀の刃が向けられた。

「……」

 たら~り……と冷汗を流して、ヨシは顔を上に上げた。見れば、そこには黒い衣装を身に纏い、漆黒の短い髪を風に靡かせた美人がミッドナイト・ブルーの瞳でキッとこちらを睨みつけ、剣を自分に向かって突きつけている。

 剣は、八十㎝程度の刀身を持つバスタードソード。柄は手で隠れているが、指の隙間から草の模様が掘り込まれているのが見えた。

 あの模様は見た事がある。このタチジャコウ領を治める貴族、タチジャコウ家の家紋で、タイムの紋だ。そのタイムの紋が掘り込まれている剣を持っているという事は、この二人……タチジャコウ家の関係者か……。

 そこまで考えが至った時、少年が驚いたような声で言った。

「ワクァ! 付いて来てたの!?」

 言われて、ワクァと呼ばれた剣士は女性にしては低く、男性にしては高い声で言う。

「いえ……若の姿がお屋敷から消えて、旦那様と奥様が大層心配されまして……俺が若を探してくるよう命じられました」

 それだけ言うと、ワクァは再びヨシに目を向けた。

「それで……お前は一体何者だ? 何が目的でこのタチジャコウ領に入り、若に何をしようとしていた!? 返答によっては、ただでは済まさん!」

 それだけ言われると、ヨシも腹が立つ。ぷーっと頬を膨らませると、噛み付くように言った。

「何よ! 私はただ宿屋の場所を訊こうとしただけじゃないの! 何でそれだけで不審人物扱いされなきゃいけないわけ!?」

 ヨシのとって喰うと言わんばかりの勢いに負けたのか、ワクァは少し身体を後に逸らすと、目を合わせないようにしながら言う。

「……この道をまっすぐ南に行けば宿場町がある。そこならいくらでも宿屋があるから、そこへ行け」

 それだけ言うと、少年の手を取り「さぁ若、旦那様と奥様が心配しておられますから、帰りましょう」と言う。すると少年は、何を思ったかワクァから離れてヨシに近付いた。そして、言う。

「ねぇ、お姉ちゃん! 僕が宿場町まで案内してあげるよ! その方がわかり易いでしょ? ね!?」

 その言葉に、ヨシもワクァもギョッとした。

「え!? いやいやいや、道はもうわかったんだし、案内までしてもらう必要は無いわよ!」

「そうですよ、若! それに、宿場町には一般の旅人をカモにしようとするガラの悪い連中も大勢います! そんな危険な場所に若を行かせるわけにはいきません!」

 そう言うワクァに、少年は反論する。

「けど! 僕もう屋敷の中で遊ぶのは飽きちゃったんだよ、ワクァ! たまには良いじゃない、外を散歩するくらいさぁ! お父様とお母様とワクァが心配性なだけなんだよ!」

 しかし、ワクァも引き下がらない。

「心配性でも構いません! 若に何かあってからでは遅いんですよ!? 若に何かあっては、旦那様と奥様が悲しまれます! お願いですから、わかってください!」

 すると、少年は言う。

「だったら、ワクァも一緒に付いて来てよ!!」

「……はい?」

 怪訝な顔で、ワクァが聞き返した。

「ワクァが一緒に付いてきてくれれば、全く問題無いじゃない! すっごく強いんだからさぁ! 良いでしょ!? ね、ワクァ!!」

 そこまで言われると、仕える者の性なのか……これ以上反論する事はできない。ワクァは「わかりました……」と言って渋々少年に従った。

 しかし、ヨシとしては冗談じゃない。何となくこのワクァなる人物、ヨシの苦手とするタイプのようだ。真面目で、頑固一徹。こんな人物と宿屋までご一緒だなんて、はっきり言って光栄過ぎてご遠慮申し上げたいところである。

 そこで、やんわりと断るべくヨシは少年に言った。

「あ……あのねぇ、僕? 悪いんだけど、お姉ちゃん、一人で歩くのが好きなんだぁ~。だから、一人で行かせてくれないかなぁ? ね?」

「えー……」

 明らかに不服そうな顔をする少年。それを宥めるように、ワクァは言う。

「断られたんですから、仕方ないですよ、若。ほら、諦めてお屋敷に戻りましょう?」

 しかし、少年は諦めきれない。ジッとワクァの顔を見ると、こう切り出した。

「じゃあワクァ。今から僕と散歩しようよ! それなら良いでしょ!?」

「え!? ……えぇ、まぁ……それくらいなら……」

 控え目ながらも、肯定するワクァ。その顔に、一瞬迷いが見えたのは気の所為だろうか?

 そんな事を考えながらも、これ以上関わり合いにならないよう、走り出しながらヨシは言う。

「話はついたみたいね。それじゃあ、私は宿屋に行くから。道を教えてくれてありがとね! ……あ、それと僕! お手伝いさんだか何だか知らないけど、あんまりそのお姉さんを困らせちゃ駄目よ!?」

 そう言った瞬間、ワクァの目がカッ! と見開かれた。

「俺は男だ!!」

 その返答に、走りながらもヨシの目は真ん丸く見開かれた。

「え!? そうなの!? そんな美人なのに!?」

「美人と言うな!!」

 驚いて問い返したヨシの言葉に、またも素早くワクァの反論が返る。この反論の素早さ……反論慣れしてしまっているとしか思えない。きっと今までに何度も女性と間違えられ、美人とからかわれ続けてきたのだろう。少しだけ同情しながらも、ヨシは走る足を止めない。

「ゴメンゴメン! じゃあ、また縁があったら会いましょ! じゃあね~!!」

 そう言う間にも、ヨシの姿はどんどん小さくなっていく。その素早さに呆れながらも、ワクァは少年に向かって言った。

「じゃあ……若の要望通り、散歩に行きましょうか。若の気が済んだら、お屋敷に帰りますからね?」

「うん!」

 そう言って、ワクァと少年は暖かく日が照る中を歩き始めた。

 日は未だ天高い。絶好の散歩日和であると示すかのように、鳶が一声、ピーヒョロロ……と鳴いた。

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