第8話 命を拾う 5
「いや~……危なかったわねぇ~。アンタそこらの女の子よりも可愛いから、一人で出歩いたら変な男にかどわかされるんじゃないかーって心配になっちゃって……それで喧嘩してた事も忘れて追いかけてきちゃったんだけど、本当、追いかけて正解だったわ。まさか本当にかどわかされて、しかも色町に売られかけてるとはね~」
「……それにしても……あの錘は一体どうしたんだ?」
山を降りながら、そして話題を逸らすように、ワクァはヨシに問う。
因みに、山賊の手下達は、塞に置き去りにしてきた。放って置いても、頭を失った集団というのは脆いものだし……あの山賊団の壊滅もそう遠い話ではないだろう。
ヨシは、ワクァの疑問にさらっと答える。
「あぁ、あれ? 前に拾った石があったでしょ? あれよ、あれ」
「……あれが……!?」
少し驚いたような声で聞き返すと、ヨシは自慢げに言う。
「そ! あの石を少しだけ削って、紐を結び付け易くしたのよ。で、ワクァと喧嘩別れする原因になった紐で繋いで、錘にしたの。どう? 捨てられてる物だって、考えて組み合わせれば使える物になるってわかったでしょ?」
まぁ、私みたいに器用じゃないと難しいかもしれないけどね、と言うヨシの顔に少々呆れながらも、ワクァは舌を巻いた。まさか、あの如何見ても使えなさそうな石が武器に変わるとは思ってもいなかった。
それに、あの紐もだ。あの二つを組み合わせて使おうなんて、誰が考えただろうか? 考えたとしても、中々思い付きはしなかっただろう。
そう思うと、ヨシが「捨てられてる物だって、考えて組み合わせれば使える物になる」という言葉をサラッと言えるのは凄い事のような気がしてきた。
「……あぁ、そうだな……」
今回ばかりは素直に認め、ヨシの言葉に同意する。そして、ふ、と気付いてヨシに問う。
「だが……いくら捨てられている物から武器や道具を作れても、それを使えなければ意味は無いだろう? 特に武器は、人並みに使えるようになるのだって相当の訓練が必要なんだからな……」
自分が昔、随分と厳しく剣の特訓をさせられた事を思い出す。相当の訓練を積んだからこそ、今のワクァの剣技があるのだ。それを踏まえながら、ワクァはヨシに言う。
「振るえば一般人でもそれなりに使える剣なら兎も角……お前が作った錘はそうそう簡単に扱えるような物じゃないだろう? なのに、お前は一発でそれを当ててみせた……錘を使った事があるのか?」
「……」
ワクァの問いに、ヨシは暫く考えると、答えた。
「錘だけじゃないわよ~。この世に現存する武器だったら、一通り使った事があるわ。あ、けど別に傭兵奴隷だったってわけじゃないわよ?」
「言われなくてもわかる」
ヨシの言葉に、ワクァは即答した。肯定の言葉だけだが、その言葉には説得力がある。流石は本当に傭兵奴隷だった人間とでも言おうか。
ワクァは、言葉を続ける。
「傭兵奴隷はそんなに何種類もの武器は使えない。主人を守れればそれで良いからな……基本的に傭兵奴隷が扱える武器は剣だけだ。剣術と学問だけ学び、共に主人を守る剣を唯一の友として生きるような人種だからな……」
「あぁ、それで戦闘時に剣とお話する痛い人になっちゃうのね……」
「…………黙れ」
ヨシが哀れみを込めた目で言った。黙れと言うが、実際戦闘中に剣と話すワクァは痛い人以外の何者でもないのだから仕方が無いだろう。ワクァも何となくそれは理解しているのか、「黙れ」以上の反論は無い。
「……それで、何で全種類の武器を使えるんだ? 普通の旅人に現存する全ての武器を扱う機会が訪れるとは考え難いんだが……」
話を逸らすな、とでも言いたそうな顔でワクァが言う。すると、ヨシは明るい顔で言う。
「ほら、私って天才だから! どんな武器でもちょっと練習すれば使えるようになっちゃうのよね~」
「……」
ヨシの言葉に、ワクァは黙る。何かを、隠しているな。そう思ったからだ。
しかし、同時に思う。これは、ヨシの心に関係する事だ。恐らく、現存する全ての武器を使えるというのは嘘ではないのだろう。それに、初耳ではあるが「天才」であるという事も。
武器の……いや、戦いの天才なのかもしれない。そう考えれば、拾った石や紐程度で作った錘であそこまで戦えたのも納得できる。
そして、いくら天才でも一朝一夕で全ての武器を使いこなせるようになるわけではない。ここまでなるのには、ひょっとしたらワクァ以上の苦労をしたのかもしれない。ひょっとしたら、ワクァ以上に辛い事もあったのかもしれない。それを乗り越えたからこそ、今のヨシがあるのかもしれない。身分も何も気にせず、誰とでも対等に付き合おうとするヨシが。
そう考えると、「あまり問い詰めてはいけない」という声が己の内から聞こえてくる気がした。
「? どうしたのよ、ワクァ。急に黙り込んじゃって~」
ワクァの表情に気付き、ヨシが覗き込むように問うてきた。恐らく、ワクァがヨシの言葉に疑問を感じている事には気付いているだろう。それを、あえて気付かないフリをしている。気にしていないフリをしている。
……やはり、問い詰めるべきではないな。そう思ったのか、ワクァは言う。
「……何でもない。それよりも、早く山を降りて宿を探すぞ。日も暮れそうだし、腹も減ったからな……」
そう言って、足早に山を下る。ヨシの正体は、いずれヨシが話したくなった時に聞けば良い。それよりも、今は今日の宿の心配をした方が良い。日が傾き沈んでいく様が、はっきりと見えた。
それが何故だか異様に、哀しく見えた。
それが何故だか異様に、美しく見えた。
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