第95話 占星! 揺蕩う未来の行方を少女は追う (Bパート)
ホテルにはすぐ着いた。
高級そうな雰囲気が漂っていて、ちょっと場違いなんじゃないかと、かなみと紫織は緊張する。
「そう縮こまらなくていいわよ。対談するのは私なんだから」
来葉は笑って言う。
「来葉さん、落ち着いてますね。よく来るんですか?」
「政治家によくこういうところに呼び出されるからね。慣れたわ」
慣れたわ、の一言に大人の余裕を感じる。
「かなみちゃんだって、こういうホテルには慣れていると思ったんだけど」
「私が?」
「この前、パーティに呼び出されたって聞いたけど」
「あ、ああ……あれは……」
ヨロズの関東支部長就任のパーティのことだった。
確かにあれも豪華できらびやかだったけど、大前提として人間じゃなく怪人達のせいでここと同じ光景だなんて思えない。
「怪人がいっぱいいたからで、こういうところとは別ですよ」
「どっちが緊張する?」
「え……うーん……?」
かなみは考え込む。
「怪人に襲われないか緊張しなくていい分、こっちの方が気が楽かもしれません」
「そう……かなみちゃんも随分修羅場をかいくぐってきたのね」
来葉は感心したように言う。
「そ、そんな大したものじゃありませんよ!」
「大したものなんだけどね、謙虚なことはいいことよ」
三人はエレベーターで上の階へ上がる。
十一階だ。
その階の一番端の部屋へまで行き、扉をノックする。
「どうぞ」
返事が来て、来葉は扉を開けて入っていく。続けて、かなみと紫織が入る。
「黒野来葉さんですね?」
部屋にいた女性が問いかけてくる。
(来葉さんより年上かしら? 三十? 三十五くらい?)
そんな失礼なことをかなみは密かに考えてしまう。
「はい、そうです」
来葉は名刺を渡す。
「週刊フューチャーの向井(むかい)です」
そして、向井も名刺を渡す。
いわゆる名刺交換の場面であった。
「本日は対談に応じてくれてありがとうございます」
向井は礼を言う。
「いえ、私も彼女に興味があったので機会を設けてくれてありがたかったです」
「それで、セイキャストさんはどこに?」
かなみの問いかけに、向井は疑問符を浮かべる。
「この娘は?」
「ああ、私の助手です」
「なるほど。セイキャストさんならまだ来ていませんよ。そろそろ来ると思いますが」
コンコン
そんな話をしていると、ノックがする。
「噂をすれば……」
紫織が言う。
「影ですね」
向井はそう言って、扉を開ける。
「セイキャストです」
長い銀髪の女性が入ってくる。
ローブを羽織っていて神秘的な雰囲気を纏っていて、とても怪人には見えない。
(どちらかというと、リュミィやコウちゃんに近いような……)
かなみはそんな印象を抱いた。
「――!」
目が合って、ドキッとした。
勘ぐられているのが、バレたかもしれない。そんな後ろめたさがあったからだ。
「あなたが来葉さんでしょうか?」
「ええ、黒野来葉です」
来葉は名乗って手を差し出す。
「セイキャストです。お会いできて光栄です」
「こちらこそ」
パシャ
来葉とセイキャストが手を交わした時、シャッター音がする。
「いいですね! お二方が揃うと画になります!」
女性はテンション高く言う。
「神秘的といいますか、さすがです。ささ、こちらにおかけください」
二人は対面の席に座る。
(神秘的……確かに……)
かなみは心の中で同意する。
二人の空間がまるで神社か神殿の中にいるよう雰囲気になってくる。
「お互い占い師として存在は知っていましたが、こうしてお会いするのは初めてですね?」
来葉は問いかける。
「はい、あなたの噂はいつも聞いております。未来が視えるのだとか?」
「それはあなたも同じではなくて、セイキャスト?」
「私に未来を視るチカラなどありませんよ」
「それではどうやって占いを?」
「私には視た人間の運命が視えるだけです」
「運命?」
「これから辿る道といった方がよろしいでしょうかな。その道を示すことでより良い未来へ導くことが私の使命だと思っています」
「そうですか」
「あなたもそうではなくて、来葉さん?」
「いえ、私はそこまで大それたことをしているつもりはありません」
来葉はセイキャストの問いかけを否定する。
その時、セイキャストの目が一瞬曇ったように見えた。
「そうですか。あなたは思っていたより謙虚なのですね」
「身の程をわきまえているだけです」
来葉は冷静に受け流す。
パシャ
シャッター音がする。
「いいお話ですね。それではこちらから質問をしてよろしいですか?」
向井が尋ねる。
「どうぞ」
来葉は許可する。
「もし、お二方がお互いを占ったらどういう結果が出るんでしょうか?」
向井の提案に、来葉とセイキャストは驚きの表情を浮かべる。
「フフフ」
しかし、セイキャストはすぐに笑い出す。
「それは面白いですね」
「依頼以外で未来を視ることは主義に反します」
セイキャストは受け入れ、来葉は拒否する。
「そういう返答がくるのも予想していました。
それでは依頼します。料金は取材費としておちますから、大丈夫です」
向井はにこやかに言う。
「なるほど、わかりました。その依頼をお受けします」
来葉はそう言って、セイキャストを見つめる。
「それがあなたの占いのやり方ですか?」
「いえ……」
来葉は眼鏡をとる。
「これから視させていただきます」
来葉の瞳が虹色に輝く。
未来視の魔法を使う時、未来の情報が光となって雪崩込んでくるので、それが瞳に反射している作用なのだ。
「……キレイな目をしているのですね。未だかつてそのような色の目をした人に会ったことはありません」
「そうですか」
来葉はそっと目を伏せる。
「あなたの正体は……いえ、この場で言うべきでないですね」
「視たのですね、私の未来を」
「ええ……」
「それで私はどうなるのでしょうか?」
「……近いうちに不幸が訪れます」
「「「………………」」」
来葉が告げた一言に、部屋は沈黙する。
「不幸というのは具体的に?」
セイキャストが訊く。
「私のこの発言は記事にしますか?」
来葉は厳かな口調で、向井に問いかける。
「それは記事にしたいところですが、まずい内容なのですか?」
「できれば、しないでいただきたいのですが……仕方ありませんね」
来葉は一息ついて答える。
「ある争いに巻き込まれて大事な腕を失います」
「えぇッ!?」
驚きの声を上げたのは向井だった。
「腕を失いますってどういうことですか!?」
「言葉通りの意味です」
「………………」
来葉の落ち着いた返答に、セイキャストも同様に落ち着いていた。
しかし、その穏やかそうに視える表情からどういう考えをしているのか察することはできない。
「ある争いというのはなんです?」
向井が来葉に訊く。
「……詳しくは言えません」
「そうですか……」
向井は困った顔をしてメモ帳へ書いていく。
「わかりました。それではセイキャストさんは黒野さんを占ってみませんか?」
「はい」
セイキャストはそう言って、用紙とペンを来葉に渡す。
「こちらに名前と血液型、誕生日を書いてください」
「はい」
来葉はすぐに書いて返す。
「黒野来葉、血液型A型、誕生日は十一月二十二日ですか」
「血液型や誕生日で運命を占えるとは思えないですけどね」
「いえいえ、血の巡りと星の巡りによって運命は大まかに決まりますよ」
「……それで、私の運命はどう決まったたのですか?」
「とても数奇な運命ですね」
セイキャストは言う。
「普通とは縁遠い人生を歩んできたようですね。様々な人の生き死にを見て、渡り歩いてきたようですね」
「………………」
セイキャストの語りに、来葉は無言でいる。
それに対してセイキャストは構わず言い継ぐ。
「そして、あなたはこれからも数奇な人生を歩み続ける運命にあるようですね」
「それは承知しています。そして覚悟もしています」
「とても強い目です。先程私の未来を視ていたときよりも強く輝いているように見えます」
「それはどうも」
「何があなたをそうさせているのか、気になります」
「それはあなたが占いで視るべきことです」
「……たしかに、そうですね」
セイキャストは納得する。
「私の占いは以上です」
「ありがとうございます」
向井は礼を言う。
その後、向井からいくつか質問をされて、それに対して来葉とセイキャストが答えていく。
「今までどんな人を占ってきたのか」
「一番印象に残った占いの結果はどういうものだったのか」
「自分自身は占ったことはあるのか」
何個目かの質問かわからなくなった頃、向井が「これが最後の質問です」と前置きして質問する。
「お互いのことをどう思っていますか?」
「「………………」」
しばし沈黙の後、来葉は言葉を発する。
「噂は聞いていましたが、一度お会いしてみたいと思っていました。こうして会ってみて印象が変わりました」
「どう変わったのでしょうか?」
セイキャストは落ち着いた面持ちで訊く。
「人の運命を弄ぶ占い師かと思っていましたが、人の運命を覗き見ることが好きな占い師という印象です」
「そうですか……私は違いますよ」
「私がさぞ傲慢な占い師に見えましたか?」
「いいえ、あなたは思っていたよりずっと強い人でした。人の未来を変えるだけのチカラを持っている人だと思いました」
「そうですか」
「ですが、あなたはそれを避けているように見えます。何故ですか?」
「人の未来を変えるだけのチカラを持っている人……それは思い上がりでしかありません。私にそんなチカラはないですから」
「そうですか。ですが、私はこう思います。未来を変えることができるのは未来を視ている人だ、と」
「……今日初めてあなたの発言に共感しました」
こうして対談は終わった。
「では、私はこれで」
セイキャストは部屋を出ようとする。
「あ、そうそう最後に一つだけ言いたかったことがありました。あなた、お名前は?」
セイキャストはかなみに向かって問う。
「結城かなみ、です」
「かなみさんですね。あなたの運命を失礼ながら視させていただきました」
「えぇ!?」
かなみは戸惑う。
いきなり占い師に占われたのだから当然だ。だけど、それでも結果は気になってしまう。
「あ、あの……私の運命はどんなふうに……」
「来葉さんと同じくらい数奇な運命を辿ってきていますね」
「あはは、そうでしょうね」
そう言われて、かなみは苦笑する。
「これからもそれは変わらないでしょうね」
「えぇ……」
それはかなり残念。
「なんとかなりませんか?」
「なんとかなるのなら来葉さんがなんとかしているでしょうね」
「うぅ……」
それもそうね、と、かなみは思ってしまった。
「本来ならば依頼されていない人の運命を視ることはありませんが、あなたの運命は興味深くてつい視てしまいました。――本当に今生きているのが不思議なくらい数奇です」
セイキャストはそう言ってから部屋を出ていく。
「え、い、生きているのが不思議なくらい……」
かなみは硬直する。
「かなみさん、自覚なかったんですか?」
紫織は不思議そうに言う。
「紫織ちゃん、本当のことでも言わない方がいいわよ」
来葉がそれを諭す。
「今日はどうもありがとうね」
ホテルを出てから、来葉は言う。
「息が詰まる想いでした……」
かなみはそう言って、大きく息を吐く。
「あの、セイキャストって人、何だったんですか?」
「かなみはどう思ったの?」
来葉に聞き返される。
「うーん、人には見えなかったですね……リュミィやコウちゃんに近いような、そんな気がしました」
「まあ、そんな感じがね」
「セイキャストさんは怪人なんですか?」
「かなみちゃん、妖精や精霊と怪人の違いって何かわかる?」
「え……」
かなみは呆然とする。
そして、リュミィをみて確認する。
「精霊はわかりませんが、妖精は自然から生まれる、ですか?」
リュミィが生まれたことを思い出して、そう答える。
「それは怪人も同じなのよね」
「え……?」
「中にはヨロズみたいに怪人が怪人を生み出すみたいな場合もあるけど、大抵の怪人は妖精みたいに自然と生まれるものらしいのよ」
「そうなんですか……」
「私もこの目でみたことはあまりないんだけどね。あくまでネガサイドの怪人から聞き出した情報なのよ」
「それって確かなことなんですか?」
「百パーセントとはまではいかないけど、信頼できる情報よ」
来葉がそこまで言うならそうなのだろう。
「――そうでしょ、仙人さん?」
「名前で読んでくれると嬉しいんじゃがな」
すっと煌黄が唐突に現れる。
「え、コウちゃん!?」
助手席に座っていたかなみの膝の上に現れたのだから、かなみは跳ね上がりそうなほどの驚きだった。
「ホホホ、いつから儂に気づいておった?」
煌黄は愉快そうに笑って、来葉に訊く。
「ホテルを出たあたりね、誰かに見られている感覚があったから」
「カンが鋭いのう。かなみは見習わないのか?」
「なんで、私が?」
かなみは全然気づかなかった。
「鈍いから、ですか」
「紫織ちゃん、そういうこと言わないで」
一応、自覚はあるけど。
「かなみには修行が必要ではないか?」
「遠慮します。それでコウちゃん、なんで出てきたの?」
「いや、かなみの膝の上は心地よいのう」
「コウちゃん……」
「あ、すまんすまん。それで怪人と妖精の違いじゃったな」
煌黄は話を戻す。
「はっきり言うと、そこまで違いはないんじゃよ」
「そうなの?」
リュミィを見ながら言う。
「ああ、身体の大きさなら関係ないぞ、リュミィほどの大きの怪人もおるからな」
「私達みたことないんだけど」
「なあに、いずれ出くわすやもしれんぞ」
「あんまり出くわしたくないんだけど……」
かなみは正直に言う。
「うむ、そうじゃな。お主達、人間と怪人は戦う運命にあるようじゃからな」
「そ、そうなの?」
「なんじゃ? お主は感じたことがないのか?」
「感じたって何を?」
「――運命じゃよ」
そう言われて、かなみは思い返す。
これまで幾度となく怪人と戦い、カリウスや最高役員十二席の面々と浅からぬ因縁がある。何よりも現関東支部長・ヨロズとは運命めいたものを感じずにはいられない。
「そう、ね……」
かなみは自然とそうつぶやいて肯定する。
「私も死神に首を狙われているしね」
来葉は首筋をなぞって言う。グランサーのことだ。
「それで妖精と怪人に違いが無いのは本当なのね?」
改めて来葉は煌黄に訊く。
「うむ。身体はおおよそ魔力で構成されているという点でさほど違いはない」
「そ、そうなの……」
「儂等仙人はもとは人間じゃから、一応人間の身体を持っておるがな。
妖精は自然の魔力の吹き溜まりから生まれる。
怪人もまた魔力の吹き溜まりから生まれる。
じゃが、この吹き溜まりにはいくつか種類がある。妖精は清水のように清い場所から生まれる。人が入らない深緑、あるいは深海だったりな。
怪人は違うぞ。東西南北、どんな場所にも分け隔てなく誕生する。今こうしている目の前に誕生してきても不思議ではないがな。それはさすがにちと大げさじゃったか」
煌黄は冗談交じりに笑って話す。
「……今こうしているうちにも怪人が生まれてるの?」
かなみは真剣に訊く。
「人間が生まれるのと同じくらいのペースでな」
人間が生まれる。それがどのくらいのペースか想像がつかない。
それでも、とんでもない数だということはわかる。
世界の人口は何十億といる。それと同じくらい怪人はいるといわれているような気がする。
スケールの大きさに目がくらみそうになる。
「そんなに一体どこにいるの?」
「隠れ潜んでいるのじゃろう。人に気づかれず、こっそりと。しかし、確実にな」
「急にスケールが大きくなった気がします」
紫織が言う。
「うむ、そうじゃな。ではスケールを戻そう。あの場におった占い師じゃが、――あれは怪人じゃ」
煌黄はいきなり結論を告げる。
「えぇ!?」
「やっぱりね」
来葉の反応だけ平静だった。
「正直決定打がなかったから確信はなかったけど」
「来葉さんは怪人と妖精の違いはないのに、どうしてそう思ったんですか?」
かなみが訊く。
「怪人と妖精ね……その違いは無いとは言っていたけど、違いは二つあると私は思っている」
「二つ?」
「怪人と妖精は魔力によって身体が出来ている。リュミィはわりと周囲の空気に溶け込んでいる魔力だけで存在しているみたいだけど」
「リュミィは何も食べないんですよね」
空気にある魔力だけで十分。そんなことを言っていたことを思い出す。
かなみが食べている物に、たまに興味を示すことはあるけど。
「怪人も魔力を食べるけど、彼らは主に人間の負の感情から湧き上がる魔力を好んでいるわね」
「それは怪人からもよく聞きます」
「ようは動物でいう肉食、草食のようなものじゃ」
煌黄が補足する。
「なるほどです」
紫織は納得する。
「リュミィ、草食だって」
かなみがそう言うと、リュミィは嬉しそうにする。
「問題は肉食の怪人の方だけどね」
「セイキャストさんはその肉食なんですか?」
「そうね、私は問題にしているのはそこよ」
かなみの問いに、来葉は答える。
「占いによって生まれる人間の負の感情を食い物にしているのなら、しかるべき処置がしないといけないのだけど」
来葉はそこまで言って結論までは言い切らなかった。
それから三日後、かなみと紫織は来葉に呼び出された。
「今日はあなた達も会ったほうがいい客が来る予定なの」
来葉はそう言うと、誰なんだろうとかなみと紫織は顔を見合わせる。
「誰ですか?」
「すぐにわかるわ。それよりコーヒーを淹れるわ」
「アメリカンでお願いします」
かなみは苦笑いで答える。
コンコン
そうしているうちに、入り口の扉をノックする音が聞こえてくる。
「どうぞ」
来葉がそう言って扉を開ける。
「――!」
かなみは入ってきた人物を見て驚く。
――セイキャストだ。そして、続いて入ってきたのは区議員候補の有間邦彦(ありまくにひこ)だった。
「またお会いしましたね」
セイキャストはかなみを見て挨拶する。
「………………」
かなみは驚きのあまり絶句する。
「本日はようこそ」
「突然の来客ですが、まるで来ることがわかっていたようですね」
有間が意外そうに言う。
「視ていたのでしょう」
セイキャストはフフと笑みを浮かべる。
「ええ」
来葉は肯定する。
(来葉さんには今日この二人が来るってことはわかっていたのね……)
だから来葉は落ち着いているのかと納得する。
しかし、だからといって来葉のように動じずにはいられるかどうかはわからない。
未来を視て、あらかじめわかっているとかえって落ち着かなくなりそうだと、かなみは思った。
そんなことを思っていると、来葉はコーヒーを出す。
来葉、かなみ、紫織の三人と有間とセイキャストの二人が対面でソファーに座る。
「今日はどういった御用件でしょうか?」
「ただの挨拶ですよ」
有間は棘のある口調で答える。
「先日、私は彼女――セイキャスト氏の占いを依頼しました」
「え?」
かなみと紫織は驚きの声を上げる。
「そうですか」
「この間はあなたに占っていただきましたが、彼女の方が素晴らしい結果を出してくれましたから」
「鞍替えした、ということでしょうか?」
「そうなりますね」
来葉が訊くと、有間はやはり棘のある口調で答える。
「鞍替えは気に入らないことだと思いますが」
「いいえ、そんなことはありません」
来葉は極めて冷静だった。
「私の占いの結果に満足できなければ、他の方に占ってもらうのは自由ですよ。雑誌の星占いでも結果が気に入られなければ、他の雑誌の星占いを見ればすむように、お気軽に構いませんよ」
それは私がよくやっていること、と、かなみは思った。
「それでは、あなたの面子が保てないでしょ」
「私の面子?」
「高名な占い師としての面子ですよ」
「そんなものが存在しているなんて初耳ですね」
来葉はサラリと受け流す。
「私は自分が高名などとは思っていませんし、それが私の面子と直結などしていませんよ」
「む……」
有間は苦い顔をする。
役者が違う。
傍から見ているかなみにそんな言葉が思い浮かぶ。
もしこれが映画かドラマだったら、来葉が主演女優で、有間はそれを引き立てる脇役、よくて助演男優程度でしかない。
そんな格の違いを見せつけられている気がした。
「フフ」
セイキャストもそう感じたのか楽しげに笑う。
「……それならそれで後腐れなくていい」
有間がそう言うとセイキャストに視線を映す。
「負け惜しみ……」
紫織は呟く。
ボソリといったので隣にいたかなみにしか聞こえなかったようだ。
「このセイキャストさんは私にとってとても良い結果を導き出してくれたのですよ」
「それは一体どんな結果ですか?」
来葉より先にかなみが問う。
「――私の当選だ」
有間は得意げに答える。
「それは良かったですね」
「あなたは私が当選できないと占いました。しかし、セイキャスト氏は当選できると占いました。これはどういうことでしょうかね?」
「占い師の力量とおっしゃりたいのですか?」
「より良い結果が出た方を信じてみたくなるものですからね」
「それはとても自然なことです。私がとやかくいうことはありません」
「そうですか。まったく動じないとはさすがです」
有間は素直に称賛する。
「あなたは本当に不思議な方です。占い師とは仮の姿だと思っていたのですが、――まあいいでしょう」
有間は立ち上がる。
「今日はお別れを言いに来ました。もうあなたに依頼することはないでしょう、と」
「……承知しました」
来葉はあくまで冷静に言う。
取引先から断られる。これはそういう一大事な場面かと、かなみは思ったのだけど、どうにも来葉は動じない。
凛とした佇まいで、冷静に構えている。
「そういうことなので」
セイキャストは言う。
形としては、来葉の客を奪ったというのに、憎たらしさを感じない。セイキャストの神秘めいた雰囲気のせいだろうか。
「あなたがどうやってその占いの結果を出したのか、気になるところではあるけどね」
「それは企業秘密です。あなたと同じように、ですね」
「私のは……そんなに大したものじゃありませんよ」
謙遜している、と、かなみは思った。
「ご謙遜を」
セイキャストも同じ気持ちのようだ。
「我々はこれで」
有間は立ち上がり、そのまま出口も
「黒野さん、もうお会いすることはないでしょう」
捨て台詞のようにそんなことを行って、セイキャスト共々出ていった。
「……かなみちゃん、どうだった?」
二人が出ていって少しして、来葉が訊く。
「奇妙な取り合わせ、だと思いました……」
かなみは素直にそう答える。
「私もそう思いました」
紫織も同意する。
「まあ、そうね」
「来葉さんは視ているから知っていたんですか?」
「一応ね。それでもこの『目』で確認するまでは半信半疑だったのだけどね」
「そんなことあるんですか?」
「かなみちゃん、経験ない? この目で見たけど信じられない、ってこと?」
そう言われて、かなみは納得する。
実際に目でみても信じられないようなものを目の当たりにすることは何度もあった。来葉が未来視で有間とセイキャストの二人がやってくることを視たのは、それにあたるのだろう。
「ありますね、社長が戦うところ、とか」
かなみは苦笑いで答える。
「あとで、あるみに報告しておくわね」
「来葉さん、やめてください!」
「君は学習しないね」
マニィが呆れて言う。
「大丈夫よ、あるみはそう言われて喜ぶところあるから」
「その喜び方、問題あると思うんですけど……」
是非とも来葉さんから注意して欲しい案件だった。
「でも、有間さんとセイキャスト……この組み合わせはちょっと問題あるわね」
来葉は真剣な面持ちで言う。
「来葉さんは当選しないと占って、セイキャストさんは当選すると占いました」
「どちらが本当なんでしょうか?」
紫織が訊く。
「そりゃ、もちろん来葉さんの方に決まってるでしょ。来葉さんは未来が視えるんだから」
「フフ、ありがとう」
かなみは、褒めたつもりはないのに、と思った。
お礼を言う来葉はとても嬉しそうで、さっきまで区議員候補を気圧すほどの冷静さを見せていた人にはとても見えない。
「とはいえ、未来が視えるからといってそれが的中率は百パーセントじゃないわ」
「未来は変わるってことですか?」
「そういうことよ。私達の行動一つでね」
「それじゃ、あの有間って人も?」
「ええ、今のところ当選する可能性も当選しない可能性もあるわ。確率としては当選しない可能性の方が高いんだけどね」
「そ、そうなんですか? 一応当選する可能性はあるんですね」
「一応ね」
来葉は補足する。
「だから、セイキャストが当選するって言っているのもいい加減な占いで導き出したものともいいきれないのよ」
「セイキャストはいい加減な人には見えませんでした」
「ええ、そうね。どういう占いでそういう結果になったのか気になるところ……だけど」
来葉は電話を取り出す。
「今はそれより気になる事があるわ」
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