第95話 占星! 揺蕩う未来の行方を少女は追う (Aパート)

 株式会社魔法少女のオフィスビルは消灯する。

 かなみが退社したのを機に行われるため、時間は十二時頃の深夜だ。

 つまり、普通ならもうオフィスには誰もいなくなって静寂に静まりかえっている……はずだった。

 物音一つ立てずに影は動く。

 影の目的はあるみ社長のデスクで、丁寧に物色していき、金庫を取り出す。

「目的はそれ?」

 その問いかけとともに、オフィスの照明がつく。

「これはこれは!」

 影は大仰な仕草をとる。

 その様はまるで道化。いや本物の道化だった。

 最高役員十二席の一人・白道化師。

 見つかったというのに、さも愉快げに彼はあるみを見つめる。

「見つかってしまいましたか! 見つからずにやりおおせる自信はあったのですがね!!」

「私がいなかったらやりおおせたと思うわ。事実、千歳の結界から気づかれずにかいくぐってきたみたいだし」

「結界をかいくぐるには骨が折れましたよ! まあ折れたぐらいなんともありませんからね!!」

 白道化師は、体を動かしてバギバギッと骨が折れる音を立てる。

「本当に骨を折りながら言うのね。気分が悪くなるわ」

「それは光栄です。私は道化なので、人を笑わせるのが本分なのですよ!」

「私が笑ってるように見えるなら、あんたの目を疑うわ」

「それはどうも! あ、おひねりは遠慮しますが!」

「あんたにやるおひねりは一銭も無いわよ」

「一銭もいただけなくて結構ですが、これはいただければ結構です!!」

 白道化師は金庫をあるみに見せて言う。

「それは余計にいただけないわね」

「なッ!?」

 あるみは一瞬のうちに、白道化師から金庫をとってみせる。

「あら、今の驚きは素かしら?」

「これは驚きましたね。どういう手品を使ったのですか?」

 白道化師の声のトーンが少し落ちた。

「手品じゃなくて魔法よ」

「なるほどなるほど!」

 白道化師はパンと手を叩く。

「やはり、あなたは規格外ですね! 観覧対象としてこれ以上のものはありません!」

「今度は素直な称賛みたいね」

「私はいつも素直ですよ!」

「そういうのいいから。――それであんたの目的はここに入っている機密書類?」

 あるみは射抜くような視線とともに問いかける。

「ええ、ネガサイド本部の位置が知られると色々困るのでね。判真様も私に勅命を出すぐらいですから。――『本部の位置を記した書類を奪い取れ』って」

「なるほど、それで十二席のあんたがやってきたわけね」

「はい! そういうわけでそれをいただきたいのですが!?」

「一度言ったでしょ、いただけないって」

 あるみはすげなく返す。

「それは残念です! それでは私がこれで失敬するしかありませんね!!」

「勅命が出されてるんじゃなかったの?」

「私は書類がはいった金庫を奪い取りましたが、奪い返されました。そういうことです!」

 白道化師はそう言って、姿を消す。

「そんな屁理屈がまかり通るのね」

 あるみは感心する。




「おはようございます」

 かなみはオフィスへやってくる。

「かなみちゃーん、きいてよ!」

 千歳が泣きつくようにかなみにすり寄ってくる。

「千歳さん、どうしたんですか!?」

「昨日、侵入者が現れたんですって」

 みあが言う

「侵入者!? 何かとられたの!?」

「ううん、あるみがいてくれたおかげで何もとられずにすんだのよ!」

 千歳がぐずるように言う。

「ああ、なるほど……」

 かなみは納得する。

「でもでも! そいつは私の糸の結界をかいくぐって侵入したのよ!」

「千歳さんの結界を!? それはすごいですね!!」

 かなみは驚嘆する。

「そいつがすごいっていうより、私が結界がザルなのかもしれないと思って!」

「それで泣きべそかいてるってわけよ」

 みあが付け加えて補足する。

「この人形じゃ涙が出ないのよ!」

「ハハ、それじゃ泣きべそかきようがありませんね!」

「笑いごとじゃないわよ!」

 千歳はくってかかる。なんだか少女のように幼い。

「私がザルだったら、ここにいる意味ないのよ!」

「そんなことないですよ。千歳さんがいてくれて頼もしいんですから」

「本当?」

「本当ですよ。落ち込むなんて、千歳さんらしくないですって!」

 かなみは精一杯励ます。

「お、落ち込んでないわよ! でも、ありがとうかなみちゃん!」

 千歳はかなみに抱きつく。

「千歳さん、苦しいです……」

「よおし! それだったら、糸の結界を強化してやるわ!」

 千歳は大いに張りきりだす。

「まずは出入り口から!」

「……え?」

「糸結界!!」

 千歳は気合たっぷりのかけ声で、魔法を発動する。

「あ、あぁ……」

 瞬く間に出入り口の扉が真っ白に染まる。

「何やってるんですかぁッ!?」

「どんな奴の出入りも許さない、純白の結界よ!」

「どんな奴も、って私達も出られなくなっちゃったじゃないですか!」

「あら、そうね」

「あらそうね、じゃなくてどうするのよ。これ?」

 みあは呆れて訊く。

「気合入れすぎちゃったから解除は難しいかもしれないわね」

「えぇ……私達閉じ込められちゃったってわけですか?」

「あはははは」

「「笑ってごまかそうとしないで!!」」

 かなみとみあは異口同音に申し立てる。

「あの……これなんでしょうか?」

 扉越しから翠華の声が聞こえる。

「あ、翠華さん! 千歳さん、はりきって結界を思いっきりはっちゃったんです」

「はりきりすぎたのよ」

 みあが補足する。

「なるほど、結界ね……これはちょっと入れそうにないわね」

「どうしましょう?」

 紫織の声もする。どうやら翠華と一緒に来たみたいだ。

「こりゃ、派手にやったわね」

 あるみがやってきたみたいだ。

「社長! 千歳さんが、結界を! なんとかしてください!」

「わかった、なんとかするわ」

 かなみの懇願に、あるみは二つ返事で応える。


パリーン!


 ガラスが割れたような音がして、糸が扉から剥がれ落ちてくる。

「ほら、開いたわよ」


ドン!


 そして、相変わらずけたたましい開閉音を上げて入ってくる。

 ドアとしてはあのまま結界に守られていた方が幸せだったかもしれない。と、かなみはちょっとドアに同情した。

「す、すごい手並みでした……!」

 感心したように紫織は言って入ってくる。

「どうやって破ったのか見てみたかったわね」

 みあは素直に言う。

「私の純白の結界をああも簡単に破るなんて……」

 千歳は神妙な面持ちで言う。

 自慢の結界だったらしく、簡単にあるみに解除されたことにショックを隠しきれないようだ。

「あ、あの……社長は異常ですので、気にしないほうが……」

「気にするわよ、こうなったらかなみちゃんとみあちゃんを実験台にして」

「「なんで私(あたし)達が!?」」

 かなみとみあを合わせて不満を漏らす。

「私が異常って話?」

「しゃ、社長きいてたんですか!?」

「狭いオフィスの中だものね」

 正直それほど狭いわけでもないのに、とかなみは密かに思った。

「まあ、かなみちゃんの処罰は千歳に任せてもいいけど」

「や、やめてください……!」

「じゃあ、私が……」

「か、勘弁してください……!」

「仕事もってあげてきたのに」

「なんでもしますから許してください!! って、仕事!?」

「嫌なら断らないといけないわね」

「し、仕事なら喜んで引き受けます!!」

「そうね、あちらさんも喜ぶはずだし」

「あちらさん?」

 かなみは首を傾げた。




 かなみと紫織はその場所にやってくる。

「来葉さん、こんにちは!」

 来葉の事務所だ。

「ああ、かなみちゃん! よく来てくれたわね!! 紫織ちゃんも!」

「はい、かなみさんの付き添いということできました」

「歓迎するわ! コーヒーがいい? それとも、紅茶がいい?」

「あ、いえ、お構いなく!」

「遠慮することないわ。これから来客だからついでだしね」

「ついでって……」

 かなみは苦笑する。

「それじゃ、コーヒーをお願いします」

「はいはい」

 来葉は瞬く間に沸かしたコーヒーをカップに注いで渡す。

「「いただきます」」

 かなみと紫織はコーヒーを口に含む。

「うすいですね……」

 紫織は正直にコメントする。

「まあ、社長の濃いやつと比べられたらね……」

 かなみは苦笑する。

「あれは正直私もどうかと思うのよね」

「もっとアメリカンにできませんかね?」

 かなみは来葉に提案する。

 何度かあ、あるみへ進言したものの聞き入れてもらえなかった。来葉ならそれを説得できるかもしれないと希望をもってのことだった。

「それは無理ね」

 その希望はあっさりと打ち砕かれた。

「あるみはああいう濃いやつが好きだから。……昔はそうでもなかったのに」

「そうなんですか!?」

 それは意外なことだった。

「そのあたりはゆっくり話したいところだけど」

「仕事ですか?」

「そうね。今日はそれで来てもらったから」

「何の仕事ですか?」

「助手をしてもらいたいの」

 そう言われて、かなみに緊張が走る。

「もしかして、またグランサーに会うんですか?」

 かなみは訊く。

 来葉は最高役員十二席の一人・グランサーに狙われている。以前彼女に呼び出されたことがあって、かなみは同席した。

 とてもじゃないけど行きた心地がしなかった。できれば二度と会いたくなかった。


――それでも、来葉さんを狙ってくるなら。


「違うわ」

「そうなんですか」

「ええ、今日会うのは普通の人よ」

 来葉が否定したことで、かなみは一安心する。

「もうすぐ来るわ」

「普通の人が何をしに来るんですか?」

「私の未来視の話を聞きたくてね」

「ああ……」

 かなみ達は納得する。

 来葉は未来を視る魔法が使える。その魔法で依頼人の未来の情報を与える仕事をしている。政治家や大企業の重役にも客がいると聞いたことがある。

 とはいっても、魔法少女の来葉からしてみれば大物であっても普通の人とひと括りにしているかもしれない。

「どんな人が来るんですか?」

「有間邦彦(ありまくにひこ)。今度の選挙で区議員に出馬する人よ」

「区議員!?」

「すごい人がくるんですね……」

「大したことないわ」

 謙虚にしているのやら、本当に大したことないと思っているのか、自然体で穏やかな来葉にはわからない。


ピンポーン


 入り口のインターフォンが鳴る。

「来たわ」

「あの、私達は?」

「そのままにしていいわ」

 同席していい話なのだろうか、と思った。でも、今回は仕事で来ているのだから、これも仕事の一環なので大人しく座ることにした。

 そして、来葉は立ち上がって出入り口の扉を開ける。

「どうぞ、こちらに」

 畏まった口調で、その客を入れる

 そうして、自分達が座っているソファーに案内する。

「……この娘達は?」

 やってきた青年は、かなみ達に目を移す。

 青年は精悍な顔立ちをしていて、青年というよりおじさんといった方がいいかもしれない。と、思ってしまう出で立ちだ。

「私の助手です」

「ふむ」

 来葉の一言で納得してくれたようで、かなみ達の対面のソファーにかける。

 来葉はコーヒーカップを渡す。

「どうぞ」

「ふむ」

 来葉はかなみの隣に座る。

「さっそくだが」

 有間という青年は、前置きして話題を切り出してくる。

「先日占ってもらいました結果ですが」

「『今度の選挙であなたは当選しない』という結果ですね?」

 そう来葉から問いかけられると、有間は眉をひそめる。

「ええ」

 有間は肯定する。

「ご不満でしたか?」

「そうですね」

「このままでは対抗馬の山羽(やまばね)議員に負けます。それはあなた自身にもわかっていることじゃないですか?」

「ですから、不満なのですよ。このままでは負ける。そのことはわかっていたことです」

「それをなんとかする方法をご教授願うためにあなたに依頼したのですが」

「――私は選挙活動を教授する人間ではありません。あくまで占い師ですから」

 来葉ははっきりと言い放つ。有間が口をつむぐほどの強い口調で。

「占って出た結果をそのままお話しただけです。その未来を変えるのはあなた次第です」

「……衆議院の野原さん」

 有間は神妙な面持ちでその名を口にする。

「随分とあなたに占ってもらっていると聞きました」

「依頼を受けたので占っただけです」

 来葉は一切の動揺を見せず、自然体で話す。

「あなたが占ったことで、彼が議員の座につき、今度は次期党首にまで上り詰めた」

「私は彼の未来を占っただけです。ですが、上り詰めたのは彼のチカラです」

「それを信じろと?」

「占いに政治を動かす力はありません」

「あなたにそのチカラがあるとしたら?」

「……」

 来葉は一瞬沈黙したあとに答える。

「買いかぶり過ぎです」

「……そうですか」

「私が視た占いの結果は、変えられます。あなた自身が今とは違うアプローチで選挙に挑めばですが」

「わかりました。それだけ聞ければ十分です」

 有間は納得したように立ち上がる。

「黒野来葉さん、あなたは不思議な人です。占い師だというのにまるで自分の占いが外れるのを望んでるように見えます」

「………………」

「では、これで」

 有間は事務所を出ていく。

「「「………………」」」

 しばし事務所にいる三人は沈黙する。

「もう楽にしていいわよ」

 来葉がそう言ってくれたことで、「あ~!」と大きく息を吐く。

「息がつまりました~」

「フフフ、私も疲れたわ」

 来葉はそう言うけど、全然そんな様子はない。

「来葉さん、凄いです。あんな人の前で堂々と話をするなんて!」

「いつものことだからね。それにあるみより怖くないでしょ?」

「あ、言われてみれば……社長の方がちょっと……いいえ、遥かに迫力がありました」

「フフフ」

「あ! 今の話は社長には内緒でお願いします!!」

「大丈夫よ。ちゃんと話しておくから」

「ええぇ!?」

 来葉は笑って言う。

「口に戸板は立てられぬ……」

 紫織はボソリと呟く。




「まあでもあるみの方が迫力があるのは同意よ」

 来葉はそう言って、エンジンをかける。

 かなみ達三人は残ったコーヒーを飲み干して、車庫に停めてある黒い車に乗り込んだ。

「来葉さんがそんなことを言うなんて」

「長年の付き合いだからね。それにこんな稼業をしていると大抵のことには動じなくなるわ」

「……年の功、ですか」

「紫織ちゃん、失礼よ」

 かなみが諌める。

「フフフ、いいのよ」

「来葉さんは優しいですね」

「……尊敬します」

「ありがとう」

「ところで来葉さん。今度はどこに?」

「ホテルよ」

「ホテルに?」

 かなみは首を傾げる。

「今日の本題はそれなのよ」

「ホテルに何の用があるんですか?」

「雑誌の取材があるのよ」

「取材!? 来葉さん、そんなこともしてるんですか?」

「雑誌の占いコーナーとか、でしょうか?」

 紫織が訊く。

「そうじゃないわ。ある占い師と対談を申し込まれてね」

「ある占い師?」

「占星術師セイキャスト」

「えぇ、セイキャスト!?」

「かなみさん、知ってるんですか?」

「よく当たるって評判の占い師よ。選ばれた人にしか占わないって話を聞くけど」

「そのとおりよ。彼女が雑誌に提案して私に取材の依頼を持ちかけてきたそうよ」

「それを来葉さんは受けたんですね?」

「ええ、彼女に興味があったから」

 かなみの問いに来葉は肯定する。

「同じ占い師としてですか?」

「違うわよ、紫織ちゃん。彼女は人間じゃないかもしれないと思って」

「「人間じゃない!?」」

 かなみ達は驚く。

「なんとなくね」

「それじゃ、ネガサイドの怪人ということですか?」

「さあ、そうと決まったわけじゃないわ。会ってみないことにはわからないもの」

「だからこれから会うんですね」

「ええ、向こうから話を持ちかけてくれてちょうどいい機会だと思って」

「それはわかったんですけど、どうして私達を連れて?」

「かなみちゃん達も一緒に見極めてほしいと思って」

「私達にそんな事ができるんでしょうか?」

 紫織は不安を口にする。

「必ず見極めろってわけじゃないから気楽にね」

 来葉はそう言って、車を走らせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る