第93話 復体! 影の標的は本物の少女の座!? (Cパート)

 昼休みに入ってからさらにだるさは強くなった。

 それでも、せっかくの食事の機会を逃してたまるかと、かなみは学食を完食した。その姿を見て、貴子と理英は感心した。


スースー


 そして、午後の授業は体力を蓄えておくために寝た。幸いなことに先生には起こされなかった。


キンコーンカンコーン


 終業のチャイムが鳴る。

「かなみ、授業が終わったぞ」

 貴子の声がする。

「ん、ん……もうちょっと、寝かせて」

「だらしないわね……」

 貴子や理英とは違う、女の子の声がする。

「まあそういうなって、今日は体調悪いみたいだからな」

「あなたはかなみが心配できたんじゃないの?」

「誰がこんなやつを。用があるから呼びに来たのよ」

 今朝聞いたばかりの憎まれ口。

 でも、決して教室ここできくことはない、女の子の声。

「萌実……?」

 かなみは顔を上げる。

 貴子と理英が萌実と話をしている。

 以前、休日に顔を合わせて行きがかり上、遊んだことがあるから打ち解けているのだろう。

 というより……。

「なんで、あんたがいるのよ!?」

 かなみは声高に問いを投げかけた。

「――あるみよ」

 萌実はうんざりした顔で、簡潔に答えた。

「あぁ……」

 かなみはその一言で納得した。

 あるみの社長命令だったら、どんな理不尽だろうと従わざるを得ない。

 それにその命令にどんな意図があるのか検討もつかないし、突拍子もないことばかりだ。今回もその一つだろう。

 学校の制服をわざわざ萌実に誂えているなんて、用意周到さを感じる。

(もしかして、うちに転校させる気なんじゃ……? 社長や部長ならやりそう……)

 でも、それが、やめてほしいか、と訊かれたら、わからないと答える。

 萌実とは気が合わない。今朝だって口喧嘩をした。

 でも、この教室には口喧嘩どころか会話することさえあまりない同級生もいる。

 そういういろんな子が集まって、一つの教室に集まって同じ時間を過ごす。

 学校はそういうものだと思う。

 だから、萌実がうちのクラスに転校してきてもいいんじゃないかと。

「あんた、狙われているかもしれないからって」

「――!」

「あるみの言ったとおりだったわね」

 萌実はかなみの様子を見て言う。

「社長はなんて?」

「それだけよ」

 萌実はそっけなく答える。

「それよりあんた大丈夫なの?」

「う……」

 萌実にそう言われて、身体のだるみを思い出す。

「あんたの情けないところをみれただけ、来た価値あったわ」

「またそうやって……!」

 かなみは負けじと萌美に言い返そうとする。

「そういうところもね」

「………………」

 だるさのせいで、言う気力があまりわかない。

 いつもだったら、一つや二つぐらい言い返してやるところなのに。

「……きなさい」

 萌実はかなみに告げる。

 大事な話っぽいので、かなみは貴子と理英に断ってから教室を出た。

「多分、昨日会ったときに目をつけられたんじゃないの?」

「会ったというより、私達が見つけただけで向こうは気づいいてなかったんじゃないの?」

「そう振る舞って、あの場から何食わぬ顔で逃げた可能性もあるわよ」

「……わからないわね」

 かなみの目から何も気づいていないように見えた。

 しかし、萌実が言うように演技だった可能性も捨てきれない。

 どっちにしても、柏原に会ってドッペルの話を聞いてみよう。あまり話をしたくないけど。

「ようこそ、歓迎しますよ」

 柏原は憎たらしい笑顔で出迎えてくれる。

 かなみはさっそく来たことを後悔する。

「……あんたに聞きたいことがあるのよ」

 しかし、話を聞かないわけにはいかない。

「ドッペルゲンガーの話ですね」

「話が早くて助かるわ」

「昨日ドッペルの話をしたとたんに、かなみさんが消耗している。そして、今日もやってきた。ドッペルゲンガーの関係で何かあったと考えるのが自然でしょう」

「昨日、かなみにそっくりのドッペルに会ったのよ」

 萌実が言う。

「ああ、なるほど」

 柏原は納得して、かなみの顔をじっくり見る。

「じ、ジロジロみないでよ……!」

「いやあ、弱ってるかなみさんは中々みないのでレアだと思いまして」

「人を珍獣扱いして……」

「珍獣じゃないの」

「ですね」

 柏原と萌実の息が合う。

 かなみは恨めしそうに二人を見る。

「私が珍獣かどうかはさておいて……今日はドッペルの話よ」

 かなみは言いたいことをグッとこらえて、本題に戻る。

「昨日あんた言ってたわよね?」

「ドッペルゲンガーは変身した人間のエネルギーを吸収するって話ですか?」

「そう、それよ」

「かなみさん、まさにそんな状況ですね」

「やっぱりそういうことなのね」

 柏原にそう言われたことで、半信半疑だったかなみとドッペルゲンガーの関係が、確信になった。

 昨日会ったかなみとドッペルゲンガーに、かなみのエネルギー

「昨日ちょっと会っただけじゃない」

「それでも経路パスがつながってしまったんでしょうね。顔を合わせることが彼の魔法の条件という話ですから」

「向こうが気づいてなくても発動するものなの?」

「そうですね」

 柏原はそう答えたことで納得がいった。

「とはいっても、経路がつながっている以上、向こうは気づいているはずですよ」

「経路っていうのはそういうものだよ」

 マニィが言う。

「目には見えない経路で魔力を送り合うけど、社長やボク達もどこにいるかお互いに位置を把握しているよ。あと目には見えないって言ったけど、魔力を感知できる人間が目を凝らせばなんとか見えるはずだよ」

「それじゃ、私とドッペルの経路も……」

 かなみは目を凝らしてみる。

「……見えない」

「君は感知能力ないからね」

「萌実は?」

 マニィの憎まれ口を無視して、萌実に訊く。

「あんたの経路なんだからあんたが見るのが筋でしょ」

「あ~それは見えないってことなのね」

 かなみがそう言うと、萌実はにらんでくる。

「見えないほど細い経路ってことなんでしょうね。ですが、かなみさんのエネルギーは確実に吸収されてるみたいですね」

「な、なんとかならないの?」

 かなみは柏原にすがるように訊く。

 おぼれる者は藁を掴む。かなみはそんな心境だ。

「誰か感知能力に頼るのがいいと思うんですが」

「みあちゃんか千歳さんがいれば……」

 かなみは萌実に視線を向ける。

「頼りにならなくて悪かったわね」

「何も言ってないじゃない」

「私より二人がいてくれれば。そう目が言ってるじゃない」

「そ、それは……」

 少しも思っていなかったわけじゃない。

「人間、弱り目のときに本性が出るっていうけど、あんたもそんなものなのね」

「そういうわけじゃないけど…‥あんたがいてくれるのはちょっと心強いのよ」

「今さらおべっか? そんなんじゃあんたももう終わりじゃない?」

「そんなことないわよ! あんたこそどうしてつっかかってくるのよ!? 自分をバカにして!!」

「私が私をバカにしてるっていうの!?」

「自分なんかよりって言ってる人は、自分をバカにしてる人ってことよ!!」

「自分の卑しさを隠すためにそんなことを言って!」

「あんたこそムキになって!!」

 かなみと萌実はいがみあう。

「まあまあ理科室で争わないでください」

「理科室は関係ないでしょ!」

 かなみがツッコミを入れる。

「ついでにあんたもね!」

 萌実はさらに辛辣だ。

「これはひどいですね」

 柏原はやれやれといった仕草をとる。

「………………」

 そして、二人はしばしにらみ合って、萌実から目をそらす。

「あんたなんかドッペルに殺されればいいのよ。もう面倒みきれないわ」

 萌実は出ていってしまう。

「勝手に来て、勝手に出ていって……勝手なんだから……」

 かなみはぼやく。

「そのわりにはあなたを心配してるように見えましたよ」

「心配……あれで?」

「彼女は相当不器用なんじゃないですか」

「不器用ね……」

 かなみはハァッと息をついて机の方にへたり込む。

「口論したから余計に疲れたんじゃないの?」

「そうみたい……ちょっと休ませて……」

「せっかくですから、お茶とおやつはいかがですか?」

 柏原のいる理科室。

 普段だったら、冗談じゃないわ、と返事して出ていくところだけど、今はとにかくだるい。

「……くれるんならいただくわ」

 元気はなくても、食欲はあるみたいだ

「ういろうと八ツ橋、どっちがいいですか?」

「何その二つ……八ツ橋で」

「はいはい、京都名物八つ橋ですね」

「あんた、京都に行ってきたの?」

「取り寄せたんですよ。かなみさんが来てくれなかったら引き出しにしまいっぱなしでしたよ」

「……大丈夫なの、これ?」

 かなみは八つ橋を手にとって見る。

「マニィ、毒味してみる?」

「見た感じ、大丈夫そうだけどね」

「見ただけじゃわからないでしょ。ほら一口」

「やれやれ」

 マニィは一口食べる。

「賞味期限一日過ぎてるみたいだけど大丈夫だよ」

「それなら大丈夫ね」

 かなみは思いっきり食べる。

 もっちりした皮と甘いあん子が口の中で溶けておいしい。

「よし、元気が出てきた!」

「それはよかったです。それではなるべく早くドッペルゲンガーを見つけましょう」

「……あんまり聞きたくないけど、見つからなかったらどうなるの?」

「死にますよ」

「………………」

 かなみは柏原の笑顔で放たれた残酷な一言に絶句する。

「エネルギーを吸いつくされてね。都市伝説のように」

「私は都市伝説にならないわよ!」

「それでは早く見つけたほうがいいですね。そうでなくても、かなみさんは半ば生ける伝説みたいなものですから」

「勝手に人を伝説にしないで!!」

「それだけ元気があれば大丈夫でしょう」

「グズグズしてられないわ! 萌実と一緒にさっさと見つけるわよ!!」

 かなみは大急ぎで理科室を出る。




 先に理科室を出ていった萌実はすぐにでも学校も出て行きたかったのだけど、足は自然と校舎のいたるところにいってしまう。

 当の本人はそんなつもりはまったくないけど、学校が物珍しくてついつい回ってしまう。……決して迷子になっているわけじゃない。

「これが美術室ね……なんかくさい……」

 インクの匂いだ。

 それもなんだか新鮮に感じられて、足を運んでしまう。

「……………」

 そこで足が止まる。

「何よ、追いかけてきたの!?」

 かなみへ怒鳴り込む。

「………………」

 かなみは黙り込んだまま、こちらへ歩み寄ってくる。

「なに、あんた?」

 萌実は問いかけるも、かなみは何も答えない。

「返事をする元気もないってわけ? そのわりには血色がいいみたいだけど、……つまり」

 萌実は銃口を向ける。

「あんたがドッペルゲンガーね」

 かなみは立ち止まる。

「萌実?」

 そこへ後ろからかなみの声がする。

「あ、本物か」


バァン!


 萌実は振り向きざまに銃を撃つ。

「うわあ、危ないじゃないの!?」

 本物のかなみは文句を言う。

「ち、外れたか」

「私の方が本物だとわかってて撃ったわね!」

「当たり前じゃない。本物はマヌケだからこうして不意打ちで倒せると思って」

「あんた、私を倒そうとして……!」

「倒せるものなら倒すのが鉄則でしょ」

「何が鉄則よ!?」

 かなみと萌実は火花をちらし合う。

「あ、あの……」

 かなみのドッペルゲンガーがようやく口を開く。

「そこの偽物は黙ってなさい!」

「は、はい……!」

 ドッペルゲンガーは気圧されて後ずさる。

「いい、萌実? 今日という今日ははっきり言いたいことがあるわ!!」

「へえ、何?」

「いい加減、その憎まれ口を直しなさい! いいえ、直してやるわ!」

「へえ、どうやって?」

「実力行使よ! 私と勝負して勝ったら言うこと聞きなさい!」

「あ~それはいいわね。それじゃ戦いましょうか! いっとくけど、そんなダルダルとした状態で勝てると思ったら大違いよ」

「……負けないわよ」

 かなみはジト目で言い返す。

「いや、だからその……」

 かなみのドッペルゲンガーは所在なさげに困惑している。

「さっきから何なのよ、あんた? って、あんた、ドッペルゲンガーじゃない!?」

「今頃気づいたの……」

 萌実は呆れる。

「本物はこんなにマヌケだったとはね」

「マヌケっていうな! 萌実を探してたら会えるなんて運が良いわ。あんた、今すぐ私の姿をやめなさい!」

「嫌よ」

 ドッペルゲンガーははっきりと拒否反応を示す。

「あなたとせっかく経路がつながったんだから、エネルギーを吸い尽くしてやるわ。噂に聞いた魔法少女カナミのエネルギーだったら相当な量なんでしょうね」

 ドッペルゲンガーはとうとうと語る。

「ああ、そういうことね。あんた、人気者じゃない。いろんな怪人から標的にされて」

「……嬉しくないわよ」

 かなみは苦い顔で答える。

「あんたが私の姿をとりつづけたら私のエネルギーをとりつづけるんでしょ? だったら、倒すしか無いじゃない」

「そうなるわね。私も黙って倒されるわけにはいかないわ」

 かなみとドッペルゲンガーはにらみ合う。

「悪いけど萌実、勝負はあとよ」

「はいはい」

 萌実は適当に言う。

「でも、校舎で戦ったら被害出ちゃうから外にでよう」

 マニィが言う。

「だったら体育館裏にしましょう。あそこなら人の目に触れないだろうし。いいでしょ、そこで?」

「……ええ」

 ドッペルゲンガーは大人しく従った。

 そういうわけで、かなみ、萌実、かなみのドッペルゲンガー、三人は体育館裏にやってきた。

「どっちが勝つと思う?」

 萌実はマニィに訊く。

 かなみとかなみのドッペルゲンガー、向かい合っている。まるで鏡合わせのようだ。

「ボクとしては、かなみに勝ってくれないと困るんだけど」

「そう答えるでしょうね。でも、今かなみ弱ってるし」

「さあ。ドッペルゲンガーってどう戦うの?」

「そんなの私が知るわけ無いでしょ」

「興味深いですね」

 柏原が言う。

「あんた、ついてきたんだ」

「いやあ、かなみさんとかなみさんのドッペルゲンガーが戦うなんて面白いこと絶対見逃せないと思いまして!」

 野次馬根性全開であった。

「さあいくわよ、マジカルワーク!」

 かなみはコインを投げ入れて変身する。

「マジカルワーク!」

 ドッペルゲンガーの方も変身した。

「「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」」

 二人同時におなじみの口上を挙げる。

「って、真似された!?」

「私、ドッペルゲンガーですから。本物に出来ることは一通りできるわ」

「ど、どういう理屈」

「あなたのエネルギーをいただけばもっとできることが増えるわ。だからちょうだい」

「あげられないわよ! これ以上エネルギーを吸われたら命に関わるわ!!」

「だったら、大人しくさせてゆっくり吸うわ」

「…‥あんた、意外に強引で物騒ね」

 ドッペルゲンガーの強引さが少し怖くなってきた。


バァン!


 そして、魔法弾を撃ってきた。

「うわあ、私のそっくり!?」

「ドッペルゲンガーだから」

「なんでもありね。じゃあ、この戦いであんたが勝ったら本物の魔法少女カナミになるってわけね」

「そうよ」

 カナミのドッペルゲンガーは断言する。

「だったら負けるわけにはいかないわね!」


バァン! バァン! バァン! バァン!


 カナミとドッペルゲンガーの撃ち合いが始まる。

「戦い方までそっくりね」

 二人の戦い振りを見て萌実は言う。

「ドッペルゲンガーは吸収した人間の性質まで吸収するみたいだからね」

 それに対して、柏原が説明する。

「うっとおしいわ。私が標的にされなくてよかった」

「私としてもこっちの方が面白くていいですよ」

「……あんた、いい趣味してるわ」

「お互い様でしょ」


バァァァァァン!!


 魔法弾がぶつかりあって、炸裂する。

「ハァハァ……」

 かなみの方が疲労の色が濃く、息が荒い。

 こうして戦っている間も、エネルギーが吸収され続けている。戦いが長引けばこちらがどんどん不利になってくる。

(本当は使いたくなかったけど)

 体育館や校舎を巻き込んじゃうかもしれないから、できることなら使いたくなかったけどやむを得ない。

「神殺砲!」

 カナミはステッキを砲身へと変化させる。

「神殺砲!」

 そこからワンテンポ遅れて、ドッペルゲンガーが真似をしてステッキを砲身へと変化させる。

「まさか、そこまでマネするなんて!?」

 かなみは驚愕する。

「おお、カナミさんの代名詞『神殺砲』まで吸収してしまうなんて!」

 柏原は興奮気味に食い入る。

「さ、さすがにこれは驚きだわ」

 萌実も同意する。

「でも、あの魔法はカナミの桁違いの魔力量があってこそ。さすがにそこまでマネができるのかしら?」

「それは撃ってみないとわかりませんね」

 柏原が言うと、二人は互いにステッキを構える。

「「ボーナスキャノン発射!!」」

 二人は砲弾を同時に発射する。


バァァァァァァァァン!!


 砲弾が二人の間に激突して、大爆発が巻き起こる。

「威力が本物ですね」

「っていうより、あいつの方がバテてんじゃないの?」

 柏原が言うと、萌実は眉をひそめて言う。

 神殺砲の撃ち合いはほぼ互角で終わった。

「ハァハァ……」

 かなみはますます疲弊していく。

 決めの必殺技をマネされた上に、威力もほぼ同じだった。その事実で疲労が積み重ねっていく。

(神殺砲がマネされた……神殺砲じゃ倒せないから他の手を考えないと……! でもどうしたら!?)

 カナミが迷っているうちに、ドッペルゲンガーは神殺砲の二発目を撃った体勢に入っていた。

「まずい!」

「ボーナスキャノン!!」

 ドッペルゲンガーは即座に撃ち込んできた。


バァァァァァァァァン!!


 カナミはとっさに神殺砲を撃って相殺した。

「ドッペルゲンガーの方が迷いない分、強いかもしれませんね」

「っていうか、そのまま倒してくれていいんじゃないの?」

「……萌実、聞こえてるんだけど!」

 カナミは萌実へぼやく。

「悔しかったら、さっさと倒しなさいよ」

「言われなくても!」

 カナミはステッキを構える。

「カナミさんの力はあの意志の強さかもしれませんね。ボクだったらあんな状況に放り込まれたら挫けてそうですもの。

――あなたはどうでしょうか?」

 柏原は萌実に問いかける。

「知らないわよ」

 萌実はそっぽ向く。


バァン! バァン! バァン! バァン!


 再び魔法弾の撃ち合いが始まる。

「ハァハァハァ……!」

 魔法弾を撃つごとに息が詰まる。

 こうして戦っている間にも、ドッペルゲンガーにエネルギーを吸収されている。

 こんな魔法弾を撃ったところで、仕留められない。

 戦いが長引けば長引くほど、ドッペルゲンガーが有利になる。

「――これは私の勝ちね」

 ドッペルゲンガーが勝ち誇った笑みを浮かべる。

 カナミと同じ顔をしている。

 しかし、あれは自分が決してしない表情だと直感した。

(私は……あんな見下した顔はしない……!)

 それを見て、ますます負けられなくなった。

 もしカナミが負けたら、あのドッペルゲンガーが本物になってしまうのだから。

「負けられない!」

 カナミは意地を見せる。

「「ジャンバリック・ファミリア!!」」

 二人はまったく同時にステッキから鈴を飛ばす。


バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!


 さっきまでの魔法弾の応酬とは桁違いの爆音が鳴り響く。

「……くッ!」

 一見、互角の撃ち合いを演じているように見える。

 しかし、カナミの方が徐々に押されていった。


カァン!


 一つ鈴が弾き飛ばされた。

 それが綻びとなって、次から次へとカナミの鈴が弾かれる。

(……まずいッ!)

 カナミはそう思って、鈴を戻して特大の魔法弾を撃つ。

「セブンスコール!!」

 特大の魔法弾が弾けて、雨のように降り注ぐ。

 ドッペルゲンガーの鈴はその雨の魔法弾に撃ち落とされる。

「しまった!?」

 ドッペルゲンガーは驚愕する。

 カナミはそのスキに、一気に踏み込んで接近戦に持ち込む。

「ピンゾロの半!」

「キャッ!?」

 カナミの斬りこみに対して、ドッペルゲンガーはステッキを前に出して防御する。

 ドッペルゲンガーの顔に傷が入る。

 自分の顔に傷がつくというのは、奇妙な感覚だった。

 自分で自分を傷つける。その行いに関して逡巡が生まれる。

「――ッ!」

 カナミの目の前にステッキの刃が飛んでくる。

 ドッペルゲンガーが自分と同じ戦い方を取り入れてくる。

「私のマネしないでよ、偽物!」

「私が本物になるんだから、偽物はあなたよ!」


キィン! キィン! キィン! キィン!


 お互いのステッキの刃が衝突し、金属音が鳴り響く。

 どんどんドッペルゲンガーの動きがよくなってくる。

「くッ!」

 反対に、カナミの動きは重く悪くなってくる。

「神殺砲、仕込みステッキ……次は何がくるのかしら?」

 ドッペルゲンガーの嘲笑が聞こえる。

 もう勝ったつもりでいるのだろうか。

 こっちはまだまだ戦えるというのに――!

「はあああああああッ!!」

 カナミは魔法弾を撃つ。

 ドッペルゲンガーは距離を取る。

「もうすぐね、もうすぐあんたを倒して、私は魔法少女カナミになるのよ!」

 それは勝利宣言に聞こえた。

「あんた、私になりたいの? 苦労多いわよ、借金あるし、学校にいかなくちゃならないし、仕事あるし、魔法少女やって戦わなくちゃならないし、借金返さないといけないし! っていうか、言われなくても代わってほしくなってきたわ!!」

「……そんなに苦労してるのね」

 ドッペルゲンガーから哀れみの視線を向けられる。

「でも、それだったら私がカナミに成り代わったとしてもいいわね」

「――冗談じゃないわ!」

 カナミは力強く言い返す。

「カナミは私よ。どんなことがあったって、それは譲らないわ!」

「だからもらうのよ!」

「とられるか!!」

 カナミとドッペルゲンガーは魔法弾を撃ち合う。


バァァァァァァァァン!!


 二人の叫びに呼応して爆発が巻き起こる。

「こんなにてこずったのは初めてよ。それだけに本物の座のいただき甲斐があるわ」

「いただかせるかってのよ!!」

 カナミは力強く撃ち返す。


バァン! バァン! バァン! バァン!


 さらに魔法弾の撃ち合いは続く。

「……もう相当奪ったはずなのに、もうとっくに私に本物を明け渡していいはずなのに!」

 ドッペルゲンガーに焦りを見せる。

「神殺砲!」

「まだ撃てるの!?」

 カナミが砲身へ変化させると、ドッペルゲンガーは驚愕する。

「三連弾!!」

「しかも三連弾!?」

「イノ・シカ・チョウッ!」

 カナミは身体に残る魔力を振り絞って、神殺砲を三連射する。


バァァァァァァァァン!!


 一発目が直撃してから、容赦なく二発、三発と叩き込まれる。

 さすがにここまで来るとドッペルゲンガーが自分と同じ姿形をしていることなんて気にしていられない。

 やらなければやられる。

 やられたらあいつが本物の魔法少女カナミになってしまう。それだけは絶対はダメだ。

「ど、どうよ……?」

 爆煙からドッペルゲンガーが姿を表す。

「よ、よくもやってくれたわね……!」

 ボロボロになった魔法少女だった。

 戦意はあるものの、ちょっと押しただけで崩れ去りそうなほどだった。

「まだ戦うっていうの?」

「当たり前よ、ドッペルゲンガーの私が本物になるには本物に勝つしか無いのよ!」

「そんなこと言われても、本物は譲れないのよ。どうして、あんたは偽物から本物になろうとするの? あんた自身が本物になればいいじゃない?」

「私自身が、本物……?」

 ドッペルゲンガーは呆気にとられる。

 そんなこと考えたこともなかった。そういう顔をしている。


バァン!!


 その時、銃声が響く。

「ガァッ!?」

 ドッペルゲンガーは撃たれて倒れる。

「萌実!?」

「ち、ドッペルゲンガーの方だったか」

 萌実は舌打ちする。

「って、私を狙ってたの!?」

「当たり前じゃない。あんた、ムカつくから」

「当たり前って……!」

 カナミは文句を言う。

「クゥゥゥゥッ!」

 その間に撃たれたドッペルゲンガーは唸り声を上げる。

「よくもやってくれたわね……! せっかくのチャンスを、邪魔をぉぉぉぉッ!!」

 怨嗟の声を萌実に向けて放ち、襲いかかる。


バァン!!


 萌実は二丁の魔法銃で迎撃する。

「ガァァァァァァァッ!!」

 銃弾を受け続けるのも構わず、萌実に突進してくる。


ガシィ!!


 ドッペルゲンガーは萌実の手を掴む。

「ああ、あなたもそうなのね……!」

 ドッペルゲンガーは萌美を冷笑する。萌実は怒りで顔を歪ませる。

「わかった気になるなぁぁぁぁぁッ!!」

 萌実は激昂し、ドッペルゲンガーを蜂の巣になる。

「も、萌実、そのへんにして!」

 カナミが止めに入ろうとする。

「こいつは、バラバラにしないといけないのよ!!」

 萌実の怒りに圧されて、カナミはたじろぐ。

 一体何が萌実をそこまで駆り立ててしまったのか、カナミには知るよしもない。

「アアァァァァァァッ!!」

 銃弾を思いっきり浴びたドッペルゲンガーは悲鳴を上げる。

「この姿は、もう、保てないわね……」

 ドッペルゲンガーはそう言って、カナミの姿から、顔がない、服を着ていない、ただの白い影になる。

「それがあんたの本当の姿なのね」

「……この姿を見られたからには、必ずあなたに成り代わってみせるわ」

 ドッペルゲンガーはカナミへ指差して宣言する。

「えぇ、わたし!?」

 カナミは理不尽だと思った。

「憶えておきなさい」

 ドッペルゲンガーは捨て台詞を残して、校舎の奥へ逃げていった。

「待ちなさい!」

 萌実は追いかけていった。

「……なんで、私が標的にされたの?」

 カナミも追いかけたかったのだけど、もうヘトヘトでとてもそんな気力は残っていなかった。

「はあ……」

 ひとまず、ドッペルゲンガーに倒されて本物の魔法少女カナミの座を明け渡さずにすんだことに安堵する。

「お疲れさまです」

 柏原はパチパチと手を叩いてねぎらう。

「なんで、あんたがいるのよ?」

「いや、面白おもしろ楽しい見世物でしたよ」

「私の戦いは見世物じゃないのよ」

「でも、動画はとってるんでしょ?」

「うん、バッチリとね」

 マニィが言う。

「防音の結界を張ってくれて助かったよ」

「マニィ、それどういうことなの?」

「いくら人が通らない校舎裏だからってあんなに派手な爆音がなったら騒ぎになると思わないかい?」

「あぁ……」

 戦いに夢中で気づかなかった。

 激しい爆音を上げているにも関わらず、生徒が誰一人来ていない。あらかた生徒が帰っ他放課後で、いくら人が来ない校舎裏でも、これは異常なことだった。

「あんたが結界を張っていたから、誰も来なかったのね?」

「言ったでしょ。面白楽しい見世物だって」

 柏原は得意げに笑みを浮かべて言う。

「一人で特等席で観れる快感を味わいたかったんですよ」

「……あんたの」

 しかし、助かったのは事実だった。

 こんなところを誰か生徒に見られでもしたらまずいところだった。

 特に――理英や貴子にでも見つかったら……


タッ


 足音がした。

 誰かが来てしまったものだ。

「すみません、結界はもう消していました」

 なんてことを柏原は言った。

「――!」

 目が合った。

「かなみ、か?」

 それは部活が終わって、偶然通りがかった貴子だった。

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