第93話 復体! 影の標的は本物の少女の座!? (Aパート)

「そういえば、クラスで話題になってるんだけど」

 オフィスでみあが話題を切り出してきた。

 かなみとみあの二人きりで業務に打ち込んでいるうちに、無言が続いていってその雰囲気が重くて耐えられなくなったのだ。

「みあちゃんのクラスの話題、何々?」

「ドッペルゲンガーよ」

「どっぺるげんがー?」

「自分とよく似た人がもう一人いるっていう話よ」

「へえ」

 かなみが普通に興味を示したことで、みあは意外そうな顔をする。

「あんた、こういうの怖くないの?」

「怖いってどうして?」

 かなみは首を傾げる。

「だって、ドッペルゲンガーよ」

「自分とよく似た人がもう一人いるからってどうして怖いの?」

「だって、ドッペルゲンガーっておばけみたいなものじゃない」

「へ……?」

 かなみは硬直する。

「だって、自分とよく似た人なんておばけじゃないと説明しようないじゃない」

「やめて! その話もうやめて!!」

 かなみが冷や汗を垂れ流して止める。

 そんなことで止めるみあじゃないけど。むしろ面白くなってきたところだ。

「そんでね、そのドッペルゲンガーと会うとね。本物の方が死ぬらしいのよ」

「え、えぇぇぇ、どうして!? どうして死ぬの!?」

「詳しいことはわかってないけど、一説によるとドッペルにエネルギーを吸い取られているのだとか」

「ひぃぃぃぃぃぃッ!?」

 かなみは悲鳴を上げる。

「うるさいわね」

 萌実がやってくる。

「萌実?

「寝てられないじゃないの」

「あんた、寝てばっかいてないで少しは働きなさいよ」

「なんであたしが働くちゃいけないのよ」

「働かざる者食うべからず」

「食っていくぐらいの金は持ってるわよ」

「そうなの!?」

 それは初耳だった。

「年がら年中金欠のかなみとはちがうってわけね」

 みあは神妙な面持ちで言う。

「そういうことよ」

 萌実は勝ち誇った表情で応じる。

「みあちゃん、どっちの味方なの!?」

 かなみの必死の問いかけに、みあはこう答える。

「――お金のある方」

 かなみはガクンと項垂れる。

「わ、私だって……今日はカップ麺買うお金ぐらいは持ってるんだから……」

「負け惜しみで金欠アピールするな……」

 みあは呆れる。

「それで何の話をしてたの?」

「あんた、私達の話に興味があるわけ?」

 萌実にみあは質問を返す。

「こいつ、こんだけ悲鳴を上げるんだからどんな話かと思ってね」

 萌実はかなみを指して言う。

「あ~、そういうことね」

 みあは納得する。

「都市伝説よ。ドッペルゲンガーっていうね」

「ドッペルゲンガー? ああ、あのくだらないやつね」

 萌実はあからまさに不快な顔をして言う。

「くだらない?」

「ええ、自分と同じ顔のやつがいるからって何が面白いのよ?」

「その言い方だとあんたは見たところあるの? ――ドッペルゲンガーを」

「――!」

 萌実はキィとみあを睨みつける。

「次にそのふざけた質問をしたら、――撃つわよ」

 殺気のこもった警告だった。

「やめなさいよ」

 かなみがそれを止める。

「ケンカを撃ってきたのはそっちじゃない」

「みあちゃんにその気はなかったでしょ。ただの雑談なんだから」

「雑談? ああ、そうだったわね。ただの雑談だったわね」

 萌実はため息をつく。

「付き合ってられないわね」

 萌実はそう言って、オフィスから寝床である社長室へ戻っていく。

「なんなの、あれ?」

「わからないわね……」

「あたしはそこで立ち聞きしてる人に聞いてるんだけど」

 かなみはみあの視線の先を追った。

 物陰の死角から、あるみが姿を現す。

「全然気づかなかった……」

 かなみは言う。

「気づかれないように気配を消してたつもりだったんだけどね。みあちゃん、探知に長けてきたんじゃない?」

「褒めても何も出ないわよ」

「……私も探知の魔法習ったがいいかしら?」

「それはあんたに向いてないんじゃない?」

 みあにそう言われて、かなみも「たしかに」と思う。

「なんで、そんなことして立ち聞きしてんのよ?」

「穏やかじゃなさそうな話してたからね」

「一番穏やかじゃない人が……」

 かなみが余計な一言を言って、あるみはニコリと笑う。

「……ごめんなさい」

 かなみは黙る。

「穏やかじゃないって、ドッペルゲンガーの話が? 都市伝説じゃないの?」

「うーん、まあそうね。都市伝説なんだけど、あの子にとっては、ね……」

「あの子にとっては?」

 みあは怪訝な評定をする。

「だいたい萌実って一体何者なんですか?」

 かなみはあるみに訊く。

「ネガサイドにいるからってヨロズみたいに怪人ってわけじゃなさそうだし、かといってネがサイドにいるから普通の人間ってこともなさそうですし」

「………………」

 あるみはいつになく真剣な面持ちで沈黙する。

「社長、教えて下さい!」

 かなみも真剣な剣幕で迫る。

「かなみちゃんに話していいものか、ね……判断が難しいわ」

「どうしてですか?」

「また今度ね」

 あるみはそう言って社長室に向かった。

「……またはぐらかされたわ」

 かなみは仏頂面になる。

「珍しいわね、あるみはあんな弱音を吐くなんて」

 みあは言う。




「……まったくあんな話をするから気分が悪くなったわ」

 萌実は一人ぼやく。

「自分とよく似た顔なんてみたくもないわね……よく似た顔、同じ顔……」

 萌実の脳裏に思い出したくない顔が見える。

 それは自分とまったく同じ顔をして、同じ姿をした……。

「――!」


バァン!


 気づいたときには魔法の銃を発砲していた。


パシィ!


 あるみがその銃弾を手で受け止める。

「危ないわね」

「フン!」

 萌実はソファーに顔を伏せる。

「今、あなたには私が何に見えていたの?」

「知らないわよ!」

 萌実は激昂する。

 その目は血走っていて、もう一発銃弾を撃ち放つ勢いだ。

「ドッペルゲンガーね」

「………………」

 構わず話を続けるあるみを萌実はにらみ続ける。

「自分と同じ顔をしてる人間がもう一人いる。気になるわよね」

「――!」


バァン!


 萌実は癇癪を起こすように銃弾を放つ。

 あるみはそれをパシィと手で受け止める。

「私じゃなかったらケガじゃすまないわよ」

「あんた以外にはやらないわよ……バケモノ!」

 萌実は吐き捨てる。

 スキあらば寝首をかくつもりで側にいるものの、まったくスキをみせない。

 人間ではなく、まるで超常的な何かと相対しているような気がする。

「気になるどころじゃなく最悪よ」

「そう、そうよね」

「あんたはあれを潰そうと思わないの?」

「思ってるに決まってるでしょ」

「………………」

「私だってね、気分が悪いのよ」

「私の顔を見てるとそうでしょうね」

 萌実は自嘲すると、あるみは物哀しい顔をする。

 萌実はそんな顔をするんだ、と意外に思った。

「……それと同時に懐かしさと、愛しさを感じるわ」

「あんた、本当にむかつくわね」

 萌実にそう言われて、あるみは微笑む。




「そういえば、かなみ昨日何してたんだ?」

 翌日の学校の昼休み、唐突に貴子が訊いてくる。

「どうしたの、いきなり?」

「昨日の夕方校舎にいるのを見かけてな。何してるんだろと思ってたんだ」

「え……?」

 かなみは面を喰らう。

 学校が終わったらすぐオフィスへ向かったのだから校舎にいるはずがない。なのに、校舎で見かけたとはどういうことなのか。

「私はすぐ帰ったけど、見間違えじゃないの?」

「そうか? あれは確かにかなみだったと思うんだけどな~」

 貴子は首を傾げる。

「それって、もしかしておばけじゃないの?」

 理英が言うと、かなみはビクッと震える。

「お、おば!?」

「おお、そうか! かなみのおばけか!」

 貴子は納得する。

「そんなわけないでしょ!!」

 かなみは猛烈に否定する。

「それじゃ、昨日校舎で何やってたんだ?」

「だから、昨日はずっと事務……」

 事務仕事を、と言いかけた。

「「ジム?」」

 そう言われて、魔法少女のオフィスに務めていることは秘密だったと思い出す。

 なんとかごまかさなければ、と、かなみは必死に考えた。

「す、スポーツジムで汗を流してたのでよ!!」

 かなみは冷や汗を流しながらそう答えた。

「あ~なるほど」

「かなみ、スポーツジムに通ってたのね……それだったら貴子と一緒に運動部に入ったらいいのに」

 理英はそんな提案をしてくる。

「かなみと運動部か、そりゃいいな。二人で全国とろうぜ」

「え、えぇ……全国って……」

「スポーツジムにいってるんなら、十分筋肉ついてるだろ」

 貴子はかなみの腕をプニプニする。

「あれ、筋肉……?」

「あははは……」

 かなみは苦笑する。

「かなみって筋肉がつかない体質なのかしら?」

「そうみたい……」

「おかしいな」

 貴子が言う。

「おかしいって何が?」

「この肉つきでどうやって体育であんなに動けるんだ?」

「え、いや……」

「それに、かなみはいつもはこうやってとぼけてるんだけど、」

 とぼけてる、とは聞き捨てならない。

「たまにとんでもない全国大会に出てくる猛者並みの雰囲気を放つときがあるんだよな」

 貴子にそう言われても、かなみ本人にはそんな自覚は無い。

 怪人と戦いまくったせいでそんな雰囲気が出るようになってしまったのかもしれない。

「かなみって凄いよね。いっそのこと貴子と何かの部活に入ったら?」

「それもいいな。かなみ何やる?」

 貴子は話を振ってくる。

「あはは、貴子と部活もやりたいけど、私はちょっと忙しくて……」

「そうだったな。んで、昨日は校舎で何やってたんだ?」

「それは私じゃないわよ」

 しかし、気になる話ではあった。

 ちょうど昨日ドッペルゲンガーの話をした後なだけに。




 放課後、かなみは理科室へ行く。

「カーシー!」

「ようこそ」

 かなみが呼びかけると、柏原は笑顔で出迎える。

「あなたの方から来てくれるなんて嬉しいですね。お茶を出しましょうか? おせんべいは好きですか?」

「お茶なんていらないわよ。おせんべいは好きだからちょうだい」

「はい、どうぞ」

 柏原はあっさりと答えて、熱々のお茶を出す。

 まるで、かなみが来ることがあらかじめわかっていたかのようだ。

「いただきます……って、違うわよ!」

 かなみはツッコミを入れる。

「毒なんて入っていませんよ」

 柏原は冷静に受け流す。

「そういうことじゃなくて! あんたに聞きたいことがあるのよ!!」

「なんですか? 兄さんとは今絶縁状態なので訊かれても何も答えられませんよ」

「へえ、絶縁状態なのね。今日はその件じゃないんだけど」

「それではなんでしょうか?」

 柏原は訊きながら、せんべいを出す。

 正直言って食べたいけど、「毒が入ってない」と言われても嘘をついていない保証がないから我慢しなければならない。

「ドッペルゲンガーよ」

「へえ、面白そうですね」

「私のそっくりさんが、昨日の夕方校舎にいたみたいなのよ」

「かなみさんのそっくりさんですか。それは是非会ってみたいですね」

「あんたが何か知ってるんじゃないの?」

「いえ、何も」

 柏原がそう答えると、かなみはジィっと見つめる。

「本当に?」

「本当です。信じてくれませんか?」

「信じられないわね」

「仕方ありません。ですが、知らないのは本当なのでこれ以上言及されても答えられないのは変わりませんよ」

「まあ、あんたから素直に教えてもらえるとは思ってなかったけど」

「それでも聞きに来ずにはいられなかったんですね。嬉しいです」

 柏原は笑顔でそう言う。

 かなみはその笑顔を見ておちょくられているようで苛立つ。

「まあまあ、そうむくれないでください。かなみさんのそっくりさんについては知りませんが、ドッペルゲンガーについて知ってることは話しますよ」

「本当?」

「信じるか、信じないかはあなた次第ですが」

 そう言って、柏原はお茶とせんべいを指す。

「……わかったわよ」

 いったん信じる、そういう意思表示のため、かなみはお茶とせんべいを口に入れる。……お茶はすっきりしていて、せんべいは安心感のある味がした。

「喜んでいただけて何よりです」

「よ、喜んでないわよ!」

 そう言いつつかなみはもう一枚せんべいを食べる。

「それでドッペルゲンガーなんですが……変身という能力を持つ怪人自体は珍しくありませんよ」

「そうなの!?」

「驚くほどのことでもないでしょ。あなた達、魔法少女だって変身するじゃないですか」

「そ、それとこれとは別じゃないの。相手の姿になる変身魔法って……私には出来ないわよ」

「はあ、そうなんですか。不器用そうですものね」

「な!」

 馬鹿にされて、かなみは拳を握る。

「怒らないでください。褒めてるつもりなんですよ」

「どこが!?」

 かなみはツッコミを入れる。

「それで変身魔法なんですが」

 柏原は急に話題を切り替える。

「それ自体は心当たりがいくつかありますが、ドッペルの特性を持つとなるとボクが知っている限り一人しかいませんね」

「一人いるのね! っていうかドッペルの特性って何?」

「本物からエネルギーを吸い取ることです」

「えぇ!?」

「驚くことじゃないでしょ、ドッペルゲンガーの都市伝説は御存知でしょ?」

「自分とよく似た人がもうひとりいる」

「それともう一つ」

「たしか、本物とドッペルゲンガーがあったら本物は死ぬって……」

「そういうことです」

「――!」

 柏原がそう答えると、背筋がひりつく。

「それってどういうことなの?」

「簡単なことですよ。彼は変身することで元の人間のエネルギーを吸収することができるんです」

「か、簡単っていうけど、恐ろしいわね……って、ちょっと待て、それって私に変身する怪人が現れたってことは!?」

 かなみは自分の身体の感触を確かめる。

「ああ、大丈夫ですよ。そういうときは自覚症状なくいきなりいくそうですから」

「全然大丈夫じゃない!!」

 こうしちゃいられない。

 かなみに変身したという怪人が、もしもドッペルゲンガーだったら知らず知らずエネルギーを吸い取られているかもしれない。

「私、そのドッペルゲンガーを探すわ!」

 かなみはそう言って、カバンを持って理科室を出る。

「またいつでも来てくださいね」

 柏原はニコリと笑って見送った。




 結局、放課後の校舎を隅々まで探したけど、かなみのドッペルらしき人を見つけることはできなかった。

 仕方がないので、あるみに事情を電話で話してオフィスへ出社した。

「かなみちゃんに限ったことじゃないけど、最近ドッペルの目撃例がちょこちょこあってね」

 あるみはそう言って、ホワイトボードに地図を張り出してマーキングしていく。

「そんなにあるんですか?」

「このかなみちゃんの学校と合わせて十件ばかしね」

「そんなに!?」

「でも、まあ全部かなみちゃんに化けてるわけじゃなくて老若男女問わずね。六歳の男児から八十歳の老婆で様々よ」

「幅広いですね……被害はないんですか?」

「今のところはね、ドッペルの狙いが何なのかわからないけど愉快犯ってセンもあり得るわね」

「そんなこと……ありそうですね」

 怪人は特に理由もなく暴れまわったりすることもあるし、いたずらすることもある。

 そのせいで、予測がつかないことをすることだってある。

「でも、もしそれがドッペルゲンガーだったら誰かを殺してしまうことだってありうるんですよね?」

「確かにドッペルゲンガーなら野放しにしてちゃまずいわね」

「すぐに見つけて退治しましょう!」

 かなみは提案する。

「仕事として頼んでもいいけど、……そんなに出せないわよ」

「私も当事者ですからお願いします。何かあってからじゃ遅いですから」

 かなみがそう言うと、あるみは満足そうに微笑む。

「オーケー、こっちもできる限りサポートするわ」

「ありがとうございます!」

 かなみは礼を言う。

「それと今回は二人でやってもらうわ」

「二人? 誰とですか?」

「萌実とよ」

「……え?」

 かなみはキョトンとする。

 その直後、あるみが嫌がる萌実を無理やり引っ張り出してきたときは憂鬱になった。




 萌実と一緒に街に出た。

「なんで、私がこいつなんかと……」

 さっきからずっとこんな感じなものだから、かなみの方だって気分が悪い。

「私だって社長命令じゃなかったら、あんたなんかと一緒にいかないんだから」

 かなみはぼやく。

「あんた、あいつの言いなりなのね」

 萌実の言いように、かなみはムッとする。

「そういうわけじゃないわよ! 今回のことだって私がやらせて欲しいって」

「ふうん……あんたって損な性分だからね」

 いちいちつっかかる言い方だ。

「一体何が気に食わないの?」

「全部」

 萌実は吐き捨てるように言う。

「ケンカしてる場合じゃないよ」

 マニィが諌める。

「わかってるけど、向こうがケンカ腰だから」

「付き合うこと無いよ、マイペースで」

「うん」

 かなみはマニィに言われて注意しようと思った。

「んで、どこに向かってるの?」

「この先の商店街よ」

「そりゃまた人通りが多い場所ね。どいつがドッペルかわかるの?」

「ドッペルだったら漏れ出てる魔力で見分けがつくんじゃないの?」

「問題は君に見分けがつくかどうか、だけど」

 マニィの言い方に、かなみはムッとする。

 とはいえ、感知能力に自信はないのも事実だから言い返せない。

「一応今までドッペルゲンガーが今まで変身したと思われる人間の顔はインプットしてあるよ」

「そ、それは頼りになるわね……」

「まあ新しい顔に変身してたら意味は無いけどね」

「うぅ……」

 改めてドッペルゲンガーを見つけることの難しさを思い知る。

 自分と同じ顔になっていたら……と思うけども、そうなったら自分が死ぬかもしれない。

「で、ドッペルゲンガーを見つけたらどーすんの?」

「退治するに決まってるでしょ。もし、誰かが死んじゃったら取り返しがつかないし」

「そうね。だったら、あれ退治するの?」

「え?」

 萌実の視線を追うと、少し先に二人の女の子が見える。

 その二人は全く同じ背丈、同じ顔をしている。

「……どっぺる?」

「退治してさっさと終わらせましょ」

 萌実は魔法銃を実体化させる。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! よく確かめてからにしなさい!!」

 かなみは目を凝らして二人を見つめる。

「そんなんでわかるの?」

 萌実は茶化すように言う。

「……わからないわ」

 かなみは正直に答える。

「役に立たないのね」

「そういうあんたはわかるの!?」

 かなみは声を荒げる。

「……魔力はどっちも感じられないわね。ドッペルというより双子なんじゃないの?」

 萌実は真剣な眼差しで答える。

「双子ね、たしかにそうかもしれない」

「おねえちゃん、まってよ!」

 女の子はそう言って、同じ顔の女の子へ向かっていく。

「双子……」

 二人のやり取りを見てて、そう思った。

「私の辺りみたいね」

 萌実は得意げに言う。

「そうみたいね」

「この仕事、あんたに向いてないんじゃないの?」

「……たしかに」

 かなみは小声で肯定する。

 感知能力は自分より萌実の方が優れている。それは確かな事実みたいだ。

「っていうか、わかってたんならどうして撃とうとしたの!?」

 かなみは萌美の手に持っている魔法銃を指摘する。

「普通の人に銃を向けるのはダメだって、わかってるでしょ!?」

「さあ……」

 萌実はとぼけてみせる。

「あんた…‥まさか腹いせに撃つつもりだったの?」

「だったらどうするの?」

「――!」

 かなみは萌実を睨みつける。

「フン……」

 萌実はその睨みを鼻を鳴らして、そっぽ向く。

「何をそんなにイライラしてるの? 八つ当たりで撃とうとするなんて!」

「うるさいわね、イライラしてるのはそっちじゃないの?」

 萌実は言い返す。

「「………………」」

 かなみと萌実は睨み合う。

「苛立ってるんなら、私に撃ちなさいよ!」

「へえ、それはいいこと聞いたわ」

 萌実はニヤリと笑う。

「なんだったら、ここで撃ってやろうか?」

「ちょ、こんなところで撃ったら他の人に巻き添えが!?」

「そんなヘマしないわよ。ちゃんと眉間に当てるから」

「……それはそれで腹立つわね」

 萌実は銃を出して、かなみへ向ける。

「ん?」

 萌実はそこでかなみの後ろへ気を取られる。

「どうしたの?」

 かなみは背後を振り向く。

「――!?」

 かなみは驚愕する。

 自分と同じ顔をした人間が一人、何食わぬ顔で歩いている。

「私の、ドッペル……」

 確認するまでもなく、ドッペルゲンガーだった。

「あいつなら遠慮なく撃っていいわよね」

 萌実は銃をかなみのドッペルゲンガーへ向けだす。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 かなみが止める。

「なに、撃ちなさいって言ったのはあんたじゃない」

「撃ちなさいって言ったのは私でしょ! ドッペルゲンガーじゃないし、まだドッペルだって決まったわけじゃないでしょ!!」

「いや、あんたみたいなアホ面したやつがこの世に二人といるわけないでしょ」

「アホ面!?」

「褒めてるのよ」

「どこが!?」

「って、そんなこと言ってるうちにどっか行っちゃうわよ」

「あ!?」

 かなみは振り向くと、かなみのドッペルはどこかへ行ってしまっていた。

「追いかけないと!!」

 かなみと萌実はそれを追いかける。

 幸い、向こうはこちらに気づいていないみたいで尾行は簡単だった。

「自分と同じ顔の人がいるなんて奇妙ね」

 毎日鏡で自分の顔を見ているけど、それが現実に目の前に立って歩いている。

 奇妙な感覚だった。やっぱり鏡を見ているみたいだ。

「あんた、やっぱりむかつくわね

 萌実は言う。

 そして、銃をかなみのドッペルへ向ける。

「ちょ、やめなさい!」

「私はさっさとこんな仕事終わらせたいのよ。面倒くさいからチャチャッとやってやるわよ!」


バァン!!


 かなみの制止も聞かず、萌実は発砲する。

「ちょッ!?」

 弾丸は一直線へかなみのドッペルに向かっていく。


チリン!


 鈴が鳴る。

 そして、鈴が飛んできて、銃弾と衝突する。

「あ……!」

 銃弾は弾かれて、空へ飛び上がる。

「本当にむかつくわね――母娘(おやこ)揃って!」

 萌実が憎らしげに見た先に、涼美が立っていた。

「母さん!」

「かなみ、どうしたのぉこんなところで~」

「母さんこそどうして?」

「今日の夕食のぉお買い物に決まってるじゃなぁい」

「こんなところにまで?」

 この商店街とアパートの部屋までそれなりに距離がある。

「だって~お肉が特売だって~」

「え、お肉!?」

 かなみは通りの先にある肉屋を見る。

「豚肉が半額!?」

 かなみは飛びつく。

「三人分買っておいたわよぉ」

「母さん、ナイス!」

「えへへ、褒められたぁ」

 涼美は笑顔で照れる。

「バカ言ってんじゃないわよ! そんなことしてるから逃がしたんじゃないの?」

「えぇ!?」

 かなみはドッペルを探す。

 見渡すとどこにもいなかった。多分もう商店街から出ていったのだろう。

「あらぁ、どうしたのぉ?」

「母さんのせいで逃しちゃったじゃない! 私のドッペルゲンガー!!」

「かなみのどっぺるぅ~?」

「あんたが邪魔しなければ、私の弾で仕留めてたはずなのに……!」

 萌実がぼやく。

「ぼやかなぁい、ぼやかなぁい。こんな人いっぱぁいのところで~戦いになったらぁ危ないからねぇ」

 涼美がそう答えると、かなみは辺りを見回す。

 商店街には涼美のように夕食の買い出ししてる主婦や、部活帰りの学生、帰宅途中のサラリーマン、パッと見ただけでこれだけの人が商店街にいる。

 もし、萌実が撃った弾がドッペルに当たって、それで倒せないでそのまま戦いになったら、ここの人達が巻き込まれる。

「……母さん、そういう気を回してくれたのね…‥」

「そんな風に見えないけど」

 萌実がそう憎まれ口を言うものの、かなみはちょっと同意する。

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