第91話 書付! 少女は文の上に踊り、章をかける (Aパート)

ドォォォン!!


 オフィスであるみが扉を開く。

「今いる娘は?」

 あるみはオフィスを見回す。

「かなみちゃんと紫織ちゃんだけね?」

「はい、みあさんと翠華さんは郊外に怪人退治に行きました」

 紫織が答える。

「そういえば千歳さんと萌実も珍しく出かけていますね」

 かなみは言うと、あるみは頭をかく。

「タイミング悪かったわね」

「どうかしたんですか?」

「本当ならみんなで対処したい案件なんだけどね」

「そんなにやばい案件なんですか!?」

 かなみは冷や汗をかく。

「やばいっていうより早急に対処したい案件ね。まあ、私とかなみちゃんがいれば大丈夫かしらね」

「なんで私入ってるんですか!?」

「それではお二人におまかせすればよろしいんですね?」

 紫織は遠慮する。

「待って紫織ちゃん、私を一人にしないで!」

 かなみは紫織の肩に手をかける。

「わ、私、お二人の力になれるんでしょうか?」

「ええ、十分にね」

 あるみが肯定する。

「それじゃお願いするわね、仔馬!」

「はい」

 後からやってきた仔馬がかなみと紫織へ古びた一枚の写真を渡す。

「これは……本?」




「都内のどこかの図書館にある法具の本を回収する」

 それが今回の仕事だった。

 しかも、あるみと鯖戸が揃ってもってきた仕事らしい。その時点で嫌な予感がする。

「書いたことが本当に起こる本、そんなものがあるんですね」

 紫織が言う。

「ちょっと信じられない話だけど、社長がそう言うんなら本当なんでしょうね」

「『アーカーシャの断章』、世界のあらゆる事象を記録する概念から切り取られた本……」

 かなみはあるみに言われたことを復唱するように言う。

「その本に私の借金はゼロになるって書いたら、ゼロになるんでしょ?」

「さあ、わからないけど、あんまりそういうことに使うのはよくないとボクは思うよ」

 マニィは言う。

「……ダメ?」

 かなみは本気目に言う。

「手に入ったら試すのはいいよ」

「なんだかそう言われると、上手くいかない気がするわね」

 マニィの物言いにかなみは警戒する。

「でも、物は試しね! 借金がゼロになったらいいわね!」

 そう考えるとやる気が出てきた。

「かなみさんの借金、ゼロになるといいですね」

「そうそう! 紫織ちゃん、祈っててね!」

「はい、お祈りはします」

 ますますやる気が出てきた。

「やる気を出すのはいいことだけどね」

 マニィは苦言を呈しているように聞こえた。

「それよりもう少しで一つ目の図書館よ、気を引き締めていきなさい」

 アリィは促すように言う。

(気を引き締めるって何を?)

 本を探すだけなのに、と、かなみは思った。

 その言葉の意味を理解するのはすぐあとだった。




 わかっていたことだけど、図書館は本がいっぱいある。

 そしてその中にたった一冊の本が「無い」ということがわかるのにはその図書館をすみずみを探す必要がある。

 とりあえず本棚を一通り探してみて、無いことがわかったところで一旦外に出た。

「あるってことはすぐにわかるけど、無いってことがわかるのには時間と手間がかかるわね」

 図書館から出て、かなみは言う。

「二つ目はこの近くみたいですよ」

「都内に図書館って何ヶ所あるのよ?」

「今日だけでもあと五ヶ所は回ってもらう予定だよ」

「五ヶ所か……」

 それを聞いて、かなみはげんなりする。

「それで借金がゼロになるかもしれないよ」

「やる気出てきた!」

 マニィの一言で、かなみは元気になる。

「調子いいわね。紫織はああいう娘を見習っちゃダメよ」

 アリィが紫織に忠告する。

「そ、そうですね……」

 紫織は曖昧に返事をする。




 その後、図書館を二ヶ所、三ヶ所と回ってみたけど法具の本は見つからなかった。

「このパターン、最後の五ヶ所目に見つかるってこと無い?」

 かなみはマニィに不満のように漏らす。

「パターンっていうのがよくわからないけど。全部回って見つからないってことの方があり得るよ」

「それはイヤね……」

 かなみはため息をつく。

 ここまで探し回って、日が落ちてきている。

「入館時間は大丈夫なの?」

「その辺りは考慮しているよ。夜でも開いているところがこれから向かう図書館だよ」

「それで今日は最後ね」

「うん、まっとうな手段で探すのはね」

「……まっとうな?」

 マニィは妙に引っかかる言い方をする。

 こういうとき、ろくなことにならない、と、かなみは思う。

「それ、どういう意味?」

「何しろあれは危険すぎる代物だからね。ネガサイドの手に渡ったら大事だ」

「ネガサイドの手に渡る?」

 それは恐ろしいことだと、かなみは思った。

 どうして今まで考えなかったのか不思議なくらい。ひょっとしたら、そんなことありえないと思いたかったのかもしれない。

「ネガサイドのその本を狙ってるっていうの?」

「だから、あるみは焦っているんだよ」

「ネガサイドが本をどんなことに使うつもりなの?」

「そこまではわからないけど、悪の秘密結社が書いたらどんなことでも実現する本を手に入れたらどんな恐ろしいことが起きるのか……」

「………………」

 具体的なことを思いつかないものの、きっと恐ろしいことになるに違いない、と絶句する。

「一刻も早く手に入れなくちゃならない理由がわかったでしょ?」

「そ、そうですね! かなみさん、頑張りましょう!」

 紫織は見るからに焦る。

「そうね。閉館時間になったら忍び込んで探しましょう」

 なるべくはそうしないように早く見つけたいけど、かなみは心の中で付け加える。

「五ヶ所目……ここにあるといいけど」

 かなみはそんなことを言いながら、五ヶ所目の図書館に入る。

 ……目的の本は見つからなかった。




 そういうわけで、真夜中になってしまい、都内の図書館は閉館時間を迎えてしまった。

「でも、どうやって忍び込むのよ?」

「裏口にカギをあけてもらっているんだよ」

「どうして!?」

「あたしが事情を話して開けてもらっていたのよ」

 アリィが得意げに言う。

「いつの間に……」

「私のポケットの中でずっと交渉していましたよ、ものすごい早口で」

 紫織は上着のポケットをさすりながら言う。

「そ、そうだったの……気づかなかったわ……」

 そういうわけで六ヶ所目の図書館に入る。

 電灯を消していて、真っ暗闇の本棚は何か出てきそうな雰囲気がある。

「ほ、本のお化けとか出てこないかしら……?」

 暗い本棚を前にして、かなみはブルッと震える。

「だ、大丈夫だと思いますよ」

「早く探して見つけましょう」

 かなみはそう言って探す。

 しかし、一時間以上探し回っても見つからなかった。




「今日はもう見つからないんでしょうか?」

 七ヶ所目の図書館に向かう途中で紫織が呟いた。

「そんなことないわよ。次で見つかるわ!」

「根拠はないけどね」

「マニィ、余計なことを言わないで」

「はいはい」

 かなみとマニィがいつものやり取りをしていても、紫織は浮かない顔をしている。

 よっぽど疲れているのだろう。もう何時間と図書館を歩き回っているから無理もない。

「ねえ、紫織ちゃん? 楽しいことを考えましょう」

「楽しいことですか?」

「そうそう、本が見つかったら借金はゼロ!」

「それはかなみさんだけが楽しいことでは?」

「あ……そうだったわね。だったら、パーティ! 私がごちそうしてあげる!」

「ご、ごちそうですか……かなみさん、お財布は大丈夫なんですか?」

「借金がゼロになるんだから気にしないで。母さんの財布もあることだし」

 いきなり話題に出された涼美は遠い空の向こうでくしゃみをする。

「はあ……それでしたら……」

 紫織は浮かない顔のままだった。

「パーティじゃダメかしらね」

 かなみは他にいい方法が思い浮かばない。

「そんなことないわよ」

 アリィが言う。

「紫織はああみえてパーティが凄く好きだから内心楽しみにしてるはずだから開いてあげてほしいのよ。あと尊敬しているみあも呼ぶとなお喜ぶわね」

 アリィはまくしたてるように言う。

「あ、アリィ……」

 紫織は恥ずかしそうに諌める。

「紫織ちゃんが喜ぶならやりましょう! ね!」

「か、かなみさん……ありがとうございます」

 紫織は礼を言う。

「それじゃ、次の図書館にはりきっていきましょう!!」

「……かなみさん、いつもそうやって元気で私達を励ましてくれて……」

 紫織は前を行くかなみに尊敬の念を抱いた。




 七ヶ所の図書館に入ったところだ。

「――!」

 開いていた入り口の扉から入って、強烈な違和感を覚える。

「な、なにこれ?」

「何か魔力の力場に足を踏み入れたのかもしれないね」

 マニィが言う。

「何かって何よ?」

「そこまで断定できないよ」

「ネガサイドですか?」

 紫織が訊く。

「その可能性は高いね」

「はあ~、なんでこういうときに……」

 かなみはため息をつく。

「法具の本がそういう力場を出してるってことならよかったんだけど……」

「そっちの方の可能性もあるね」

「そっちの方がいいわね」

 かなみはそう言いながら図書館へ入る。

「――!?」

 図書館の異様な広さにかなみ達は絶句する。

 所狭しと並べられた本棚がどこまでもどこまでも広がっている。

「こ、ここの図書館ってやたら広いわね」

「そ、そうですね……」

 今日で六ヶ所目ということで、感覚がマヒしてきた。

「敵がどこに潜んでるかもしれませんね……」

 紫織は緊張でブルブル震えている。

「だ、大丈夫よ。これはきっと法具のおかげよ! この図書館にきっとあるに違いないわ!」

 かなみはあえて大きな声で紫織を勇気づけるように言う。

 決して広すぎて何か出てきそうで怖いから、とかそういう理由ではない、と思う。

「ひ、ひとまず、本棚を調べましょう!」

「は、はい!」

 何かあったらすぐにしらせることを条件に二手に分かれて探す。


シーン


 実際にはそんな音なんてないはずだけど、そう聞こえてきそうなほど静かだった。

 閉館時間が過ぎて消灯しているせいでやたら暗い。

 本棚の間からなにか出てきそうな雰囲気がある。

「……不気味ね。ネガサイドの怪人だったらいいんだけど、おばけだったらどうしましょう……」

「怪人の方が面倒だと思うけど」

 マニィがツッコミを入れる。

「おばけの方がいきなり出てきて、どう対処していいのかわからないのよ。怪人だったら話も通じるし、襲いかかってきてもやっつけられるじゃない」

「君らしい考え方だよ」

「その言い方……バカにしてるの?」

「感心してるんだよ。話が通じてやっつけられるおばけだったら、君も怖くないんだろうね」

「そんなおばけがいたらね……」

 かなみは呆れたように言い、本を探す。

「………………」

 数十分ほど探したところで、かなみは奥の方に魔力を感じた。

「マニィ、感じる?」

「一応ね」

「これって、本が発してる魔力?」

「そこまではわからないよ」

「いってみましょう……って、言いたいところだけど、できればいきたくないわね。嫌な予感がする」

「そういうカンはあたりそうだからね」

 かなみは憂鬱な気分で魔力の感じる方へ向かっていく。

 進んだ先に影がスゥッと現れる。

「――奇遇ね、こんなところで会うなんて」

 影は形を成して、かなみの前に話しかける。

 か細くて美しい少女の姿をして、しかし顔は蜂そのもので間違いなく怪人だった。

「あ、あなたは……?」

 かなみは問いかける。

 フフ、と、妖艶な笑い声をして答える。

「日本局最高役員十二席の一人・嬢王じょうおう。よろしくね、魔法少女カナミちゃん」

「私のことを知っているの!?」

「つれないわね、私は何度もあなたを見ているというのに」

「何度も?」

「最高役員十二席の選抜試験。それにヘヴルとの戦いもね。最高の見世物だったわよ、フフフ」

「見世物……私の戦いはそんなものじゃないわ!」

 嬢王が挙げた戦いはどれも極限まで追い詰められて、力の限り戦ってやっと勝てたものばかりだ。

 決して、ネガサイドの怪人達を楽しませるために戦ったものじゃない。そう思うと、嬢王に対して敵愾心が湧いてきた。

「あなたにとってはそうでも、私にとっては見世物よ。気にさわったのなら、見物料でもあげましょうか?」

 嬢王はそんな提案をしてくる。

 見下されている。

 かなみは直感でそう感じた。

 自分を虫のように小さな存在としか思っていない。そんな嫌な感じがする。

「バカにして……!」

「バカになんかしてないわ。怪人と人間なのだから区別しているだけよ」

「それをバカにしてるっていうのよ! 怪人だからって人間を見下して!」

「怪人だから? 怪人だからよ。人間なんて弱い存在を見下すのは当たり前のことじゃない。あなたは虫を見下ろしたことがないの?」

「む、虫と人間は違うわ!」

「同じよ。私から見たらね」

 嬢王はこともなげに言う。まるで当たり前のように。

 いや、最高役員十二席の彼女の立場からすると虫も人間も大して変わらない、というのが当たり前の認識なのかもしれない。

「だったら、人間の意地を見せてやるわ!」

 かなみはコインを取り出す。

「一寸の虫にも五分の魂とはいうけど、魔法少女の魂はどのくらいのものなのかしらね、フフフ」

 嬢王は嘲笑する。

「マジカルワーク!」

 かなみはコインを投げ入れ、即座に変身を完了させる。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「フフフ、こうして間近で見ると思わずみとれてしまうわね。標本にして飾りたいぐらいよ、フフフ」

 しかし、嬢王は笑みを消さない。

 そのあまりの余裕に、カナミは身震いする。

「標本になるのはどっちよ! えいっ!」

 カナミは魔法弾を撃つ。

「『魔法少女カナミが撃った魔法弾は嬢王には当たらない』」

 嬢王が本を取り出して、指でなぞって言の葉を紡ぐ。


バァン!


 そして、魔法弾はその言葉通りに嬢王からそれて当たらなかった。

「な!?」

「フフフ、当たらないわね」

「そんなはずはないわ!」

 カナミは続けざまに魔法弾を撃つ。


バァン!!


 しかし、やはり当たらない。

「フフフ、どうして当たらないかわかる?」

「あなたがそらしたっていうの!?」

「私じゃないわ、この本のチカラよ」

 嬢王は辞典ほどの大きさと厚さのある本を掲げてくる。

「あれは『アーカーシャの断章』!!」

 マニィが言う。

「それじゃ、私達が探してた書いたことが本当に起きる本って!」

「先にとられちゃったみたいだね」

「とられちゃった……メチャクチャやばいじゃない!?」

「メチャクチャやばいね」

 マニィは深刻そうに言う。

「メチャクチャやばいね、じゃないわよ!! どうするのよ!?」

「取り返すしかないね」

「簡単に言ってくれるわね……!」

 自分には荷が重すぎるように感じる。

 何しろ、敵は最高役員十二席の一人……しかも、あの本の使い方までわかっている。

「今見た限り書いていること、本当に起こっているみたいだけど……」

「どのくらい本当に起こるか試してみたいものね……『魔法少女カナミは宙に浮く』」

「キャッ!?」

 カナミは突然、宙に浮いて戸惑う。

「『しかし、数秒後に宙に浮かなくなる』」

「……あ」

 カナミは一文の通りに床に足がつく。

「『その場で転ぶ』」

「キャッ!?」

 カナミは一回転して転ぶ。

「フフフ、本当に起きてるわね。これはいいものを手に入れたわ」

「私を使って実験しないで!」

「目の前にちょうどいい実験台がいてくれたものだから仕方ないでしょ」

 嬢王が悪びれもせずに答える。

 その傲慢さはまさしく悪の怪人の幹部といっていい。

「さて、次はどうしましょうか……」

「もう好きに書かせないわよ!」

 カナミはステッキを振るう。

 嬢王が書くよりも早く攻撃して、本を取り返すしか無いと考えての行動だ。

「『ステッキが折れて魔法弾が撃てない』」

 しかし、もう書かれてしまった。


バキッ!


 ステッキが真っ二つに折れる。

「く……!」

「フフフ、ダメよ。私に書かせるより速く動かないと到底取り返せはしないわ」

 嬢王は嘲笑する。

(書くのが早い……! さすがに十二席、私の動きなんてお見通しってわけね……! どうしたら!?)

 カナミは途方に暮れる。

「次はどうするの? さすがにもう手詰まりってことはないでしょう?」

 嬢王は試すように言い放つ。

「――そんなことないわよ!」

 カナミはステッキを生成して、鈴を飛ばす。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 鈴から数十発もの魔法弾が放たれる。

(これだけ撃てば一発は当たる! 当たって!!)

 カナミは鈴へ一心に念じる。


バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!


「『魔法少女カナミの魔法弾は一発も当たらない』、一発たりともね」

 鈴から放たれた魔法弾は一発も当たらない。

「当たって!!」

 カナミは声に出して念じるものの、魔法弾は当たらない。

 当たろうとしてもそれてしまう。

 何かわからないチカラが働いていることだけは感じる。

 これが、かわされているとか、バリアで弾かれているとかならまだ理解できる。しかし、得体のしれないもののせいでそれてしまうのだからどうしたらいいかわからない。

「素晴らしいわ」

「何が?」

「この本のチカラは期待通りだったわ。このチカラを突きつけられてなおも諦めていないあなたに感心してるのよ」

「……感心って、バカにしてるの?」

「ええ、そうよ」

 嬢王はあっさり肯定する。

「あなたが必死にあがいている姿はとても見応えがあるわ。

さあ、もっと見せてよ。見物料ははずんであげるわ」

「――!」

 カナミは憤慨して歯ぎしりする。

 ここまで侮辱されて黙っていられるか。と、意地で睨み返す。

「ええ、はずんでもらうわ! 神殺砲!!」

 カナミはステッキを砲台に変化させる。

「ボーナスキャノン!!」

 そして、発射する。

 これなら当たらないにしても一泡ふかせることぐらいはできるかもしれない。そんな期待をする。

「『魔法少女カナミが放った神殺砲はコントロールを誤って自分の方にはね返る』」

「なッ!?」

 嬢王が書いたとおりに砲弾がカナミにはね返ってくる。


バァァァァァァァァン!!


「キャアアアアアアアッ!!?」

 周囲の本棚までをも吹き飛ばして爆発が巻き起こる。

「クー、アハハハハハハハハ!!」

 嬢王は腹を抱えて大笑いする。

「く、や、やられた……!」

 カナミは倒れた本棚の本に埋もれていた中から手を出す。

「私のチカラを利用するなんて……!」

「利用できるものはなんでも利用する主義なのよ。それが人の得意なものだったら格別よ」

「さ、最低の主義よ……!」

「人間からしてみればそうね。でも、それが私の考えなのだから否定されても変節はしないわ」

「だと思ったわ。性根がねじまがってそうだもの!」

「それは挑発のつもり? だったら呆れるほどね、ヘタクソね」

「私は正直に思ったことを言っただけよ」

「だと思った。だったら、その正直な口を塞ごうかしら?」

「――!」

 カナミは絶句する。

「その顔、悟ったわね? 今この本にあなたの口を塞ぐと書けば呼吸ができずに、――死ぬ」

「だったら書かれる前に!」

「さっきからそれができなくて苦労してるのに、まだ理解できないのね。バカのひとつ覚えというけど、ひとつぐらい覚えたらどうよ?」

「あんたがその本を持ってちゃいけないってことは覚えたわよ!!」

 カナミは立ち上がって、ステッキを構える。

「それは上々ね。本はここよ、取り返したかったらがんばりなさい」

「く……!」

 嬢王は本を見せびらかしてくるけども、カナミはどうしようもない。

 うかつに攻撃しようものなら、さっきと同じようにはね返される。神殺砲をもう一発受けて無事でいられる気がしない。

 そうでなくても、今言ったように口を塞がれて息を止められたら一巻の終わりだ。

「『魔法少女カナミは口を開けることができなくなる』」

「はううううッ!!?」

 考えた矢先に書かれてしまった。

「うぐ……くうううううッ!?」

 開かない。

 口がどうやっても開かない。

 口が開かないせいで呼吸ができなくて窒息しそう。……というわけでもなかった。

「鼻で呼吸すれば窒息することはないでしょ」

「んん、んんおッ!(ええ、そうよ!)」

「口が開かなくて必死に言葉を話そうとするあなたは可愛いわね。でも、不便だから取り消してあげるわ。『魔法少女カナミの口は再び開くようになる』」

「ぷはあッ!?」

 カナミは口にはられていたガムテープが外れたかのように勢いよく口が開く。

「ハァハァ、なんてことするのよ!!」

「おもちゃで楽しむのは当然のことでしょ」

「私はおもちゃじゃない!」

「じゃあ、その口をもう一度塞ごうかしらね」

「やめなさいって!」

「フフフ、冗談よ。同じ遊びは二度しないわ」

「だったら、神殺砲をもうはね返したりしないってことね!!」

「そう思うんだったら、もう一回撃ってみなさい」

「く!」

 そう言われて、はいそうですかと撃つわけにはいかない。

 ここまでのやりとりで、嬢王は平気で嘘をつき、前言撤回してくる性格だとわかっているからだ。

 それだけに一刻も早くなんとかしなければならないのに、どうしようもない。

 どんな攻撃を仕掛けても、攻撃が届く前に本に書かれてしまって返り討ちに遭う。

「次は何をしてくるのかしら? 手詰まりかしら?」

「く……!」

 本当に手詰まりだった。

「だったら、私がしてあげるわ」

 嬢王はわざとらしく本を開いてみせる。

「――!」

「そんなに身構えても意味ないんだけどね。そうせずにはいられないのが人間の可愛いところね」

「な、何をするつもり?」

「遊ぶつもりよ」

 嬢王は楽しげに答える。

「『魔法少女カナミの前に本の怪物が現れる』」

「本の怪物?」

 周囲の本棚から本がひとりでに出てきて、積み重なって天井に届かんばかりの怪物が形成される。

「なにこれえええええッ!」

「本の怪物だから、本怪物とでも名付けましょうか」

「そのまますぎる! せめて、ブックモンスターとかにしなさいよ!」

「……どっちもどっちだよ」

 マニィがツッコミを入れる。

「じゃあ、それでいいわ。やりなさいブックモンスター」

「テキトーね!?」

 しかし、ブックモンスターはカナミへ襲いかかってくる。

 本の角でできた拳で本棚が粉砕される。

「本の角って結構痛いよね」

 マニィが言う。

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 カナミは嬢王の方に見やる。

 本に何か書き足すようには見えない。その気になれば目にも止まらない速さで一瞬で書き込むことができるはずだから油断はできないけど、なんとなくこれ以上追記することはなさそうに見える。

「とにかく、今はこいつを倒さないと!!」

 カナミはステッキで魔法弾を撃つ。


バァン!!


 魔法弾が直撃したブックモンスターはよろめく。

「ちゃんと通じる!」

「だったら、『ブックモンスターは鉄よりも固い紙でてきていて、魔法少女カナミの魔法弾を弾き返す』」

「なッ!?」

「さあ、撃ってみなさい?」

 おちょくられているとカナミは思い、腹が立ってきた。

「やってやるわよ!」

 カナミは魔法弾を撃つ。


パキン!


 魔法弾がブックモンスターに当たると金属音がして弾かれる。

「この! この! このぉぉぉぉぉッ!!」

 カナミはムキになって、魔法弾を撃ち続ける。


パキン! パキン! パキン! パキン!


 しかし、魔法弾はことごとく弾かれる。

「本に書いたことはやはり絶対みたいね」

「く……ッ!」

「それだったら、戦闘力はどのくらいかしら」

 嬢王はそう言うと、ブックモンスターにカナミへ殴りかかる。


バシャーン!!


 カナミはかろうじて避けて、本棚がなぎ倒される。

「なるほどね。書いてない部分は書いた者の魔力に応じて補完されるようになってるようね。ブックモンスターの戦闘力は私の子供程度ね」

「私の子供?」

「聞いていたのね。魔法少女カナミは盗み聞きが趣味なのかしら?」

「聞こえるように話してるくせに!」

「それじゃ、聞かれた報いを受けなくてはならないわね」

 ブックモンスターはカナミへ襲いかかる。


バシャーン!!


 本棚がなぎ倒される。

 倒れた本が洪水のように押し寄せてくる。

「ぶわあああああッ!?」

 カナミはそれに飲み込まれる。

「なんだったら、今の十倍は強くしてもいいかしらね」

 嬢王は言う。

「十倍……?」

 本から這い出てカナミは嫌な言葉を耳にする。

「これで十倍になってしまったら手に負えないわ……! 神殺砲!!」

 カナミはステッキを砲台に変化させる。

「ボーナスキャノン!!」

 砲弾をブックモンスターに向かって撃ち放つ。


パキィィィィィン!!


 しかし、砲弾は当たった途端に弾かれる。

『ブックモンスターは鉄よりも固い紙でてきていて、魔法少女カナミの魔法弾を弾き返す』

 本に書かれた一文は忠実に起こった。

「なるほどね。この一文は絶対なのね」

「そんな……!」

「フフフフフフ、面白いわ。さあ、どんどんあがいてみせなさい。あがく限り見続けてあげるわ」

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