第82話 地縛! 少女の霊と母親と、そして少女 (Cパート)

 かなみと千歳は再び駅にやってきた。優の魂を連れて。

「……あそこに礼ちゃんがいます」

 かなみがホームへ指差す。

「あ……!」

 優はホームの壁を見る。そこに立っている礼の姿を見つけて感嘆の声を上げる。

「礼……」

 声を漏らす。

「あ……!」

 礼もこちらに気づく。

「――!」

 礼と優の視線が合わさる。

「おか、あ、さん……?」

 か細い、確認するかのような声。礼と優の距離ではその声は届いていないはずだけど、なんて言ったのか、優にはわかっているはず。

「わたし……わたしは……――おかあさんなんかじゃないわ!」

 礼は弾かれたように逃げ出した。

「あ……!」

 礼は慌てて手を伸ばして追いかけようとした。しかし、実際は手を伸ばしただけで、そこから一歩も動けないでいた。

「礼ちゃん……お母さん……」

 かなみは礼と優を交互に見やって戸惑う。

「私がお母さんの方を追うから、かなみちゃんは礼ちゃんの方をお願い!」

「え、はい!」

 かなみは即返事すると、千歳はすぐに追う。

 多分、千歳が追うなら大丈夫だろうと思った。

「……それで、私は」

 かなみは礼へ歩み寄る。

 手を伸ばしたままで、動こうとしても動けない。そんな礼になんて言葉をかけていいのか。

「おかあさん……おかあさん……」

 近づいたことで何か言っていたことがわかる。

「礼ちゃん……」

 かなみは不憫に思ってしまう。

 それと同時に、なんとかしなくては、とも。

「礼ちゃん、動くのよ!」

「かなみ?」

 どういうこと? といった顔で、礼はかなみを見る。

「待っているだけじゃ、お母さんはいなくなってしまう。自分から追いかけるのよ」

「自分から、追いかける……?」

「そう、礼ちゃんは動き出せるんだから!」

「でも、私はここから動かずに大人しく待っていなさいって」

「そのお母さんが待ってくれないのよ!」

「――!」

「礼ちゃん、お願いだから動くのよ。――ほら、私も手伝うから!」

 かなみは手を差し出す。

 礼は震える目で、かなみの手を見つめている。

 お母さんとかなみの言葉の板挟みになって揺れているのがわかる。

「お母さん、迎えにいこう」

「おかあさんをむかえに……?」

 礼はもう一度復唱する。

「――それは無理ですね」

「!」

 不意に背後からスーツを着た紳士風の男がやってくる。

「あんた、一体何者!?」

 一目見て普通の人間じゃないことはわかった。

 全身から魔力が感じられる。何より、礼の姿をはっきりと見えているようだ。

「ただのしがない怪人ジェントですよ。ただ、人の魂は大好物でしてね」

 その発言に、かなみは身構える。

 ただ、ここでは変身が出来ない。駅のホームは人が多すぎる。

 それに駅でこんな

「あなたに危害を加えるつもりはありません。ただ、その魂を差し出していただきたいだけです」

 その魂とは礼のことだ。

「差し出せるわけがないでしょ」

「無駄な争いは嫌いなんですがね」


ピシ!


 ジェントが指を弾いた直後に、魔力の弾が飛んでくる。

 普通の人間には見えないBB弾くらいの弾丸。

 かなみは手を出してそれを止める。避けたら、礼に当たってしまうからだ。

「あいたた……!」

 威力は大したことが無い、本当にモデルガンからBB弾が飛んできた程度のもの……

「避けられませんよね、そうして避けたらそちらの魂にありますからね」

「なんて、卑怯な……!」

「卑怯? いえ、これは私のようなか弱い怪人が生きていくための処世術ですよ。利用できる状況はなんでも利用する、というね」

「それを卑怯というのよ!」

「ですが、この状況はどうしようもないでしょう。見たところ、その魂はその場所に縛られ動けないようですし」

 ジェントは再び指を弾く。

 今度は十数発もの弾丸が飛んでくる。

 かなみは両手を広げて、礼に一発も当たらないようにする。

「くぅぅぅ!!」

 威力は大したことはない。しかし、十数発も一度に受けてはたまらない。

「恐れ入ります。ちゃんと戦えば私など相手にならないほどの魔法の使い手とお見受けします。ですが、この状況のおかげで一方的に私が攻勢でいられます」

「く……!」

 かなみは悔しさで歯噛みする。

 確かにジェントの言う通り、部外者が大勢いる駅でなければ、後ろに礼がいなければ、こんな奴倒せるのに、と思わずにはいられない。

「かなみ?」

 後ろから自分を心配する礼の声がする。

「礼ちゃん、動いて」

「え?」

「礼ちゃんはお母さんを追いかけて……!」

「でも、かなみが……!」

「私は大丈夫だから」

「大丈夫ですか?」

 ジェントはまた魔力の弾を飛ばしてくる。

「あた!?」

「どいていただけませんと大丈夫じゃなくなりますよ」

「どいたら、礼ちゃんを食べるんでしょ?」

「そうですよ。魂を食べることで私はより強くなれます。こんな豆鉄砲ではなく、拳銃並の威力になりますよ」

「それでも拳銃程度なのね」

「なんですって?」

 ジェントから始めて敵意が感じ取れる。

 もうこれ以上後ろの礼は守りきれないかもしれない。

「礼ちゃん、行って! 動いて!!」

「う、うぅ……おかあさんをむかえに……!」


パタ


 その時、足音がする。

 魂に体重なんてものはないから、足音なんてしないはずなのに、確かに背後から聞こえた。

 礼が動いた。

 それが直感でわかった。

「逃がしませんよ」

 その礼にジェントは照準を向ける。

「逃がしなさいよ!」

 かなみは魔法弾でジェントと同じように普通の人の見えない弾を撃ち返す。

「なに!?」

「あ、できた」

 真似てみたら案外簡単に出来てしまった。

「……ちゃっちい魔法ね」

 思わず言ってしまう。

「生意気ですね!」

 ジェントは苛立ちを覚え、二十発もの魔法弾を撃つ。

 かなみはそれをことごとく撃ち落とす。

 駅のホームを通り歩いている人には、二人の間に何故かバチバチと火花が散っているようにしか見えない。

「おまけにしつこいです」

「どっちが!」

「仕方ありません。とっておきを出し、」

 ジェントの声が途中で途切れる。

「な……!」

 急に両腕をピンと伸ばして、ジェントは焦る。

「あ~」

 どうしてこうなったのか、かなみには察しがついた。、

「な、なんで、こんな!?」

 いきなり、腕を振り回したり、足を上げて、ステップまでして、焦る顔とは裏腹に軽快なダンスを刻む。まるで糸に操られた人形のように。

 こんなことさせられるのはあの人しかない。

「鋼の絆の紡ぎ手、魔法少女チトセ参戦!」

 緑髪で法衣のような衣装をまとった魔法少女が神聖な雰囲気を漂わせてやってくる。

「「「………………」」」

 周囲の人々は息を呑んで、沈黙する。

 女神が現世に降り立ったかのように、その場の空気が一変したのだ。

「き、貴様は……!?」

 ジェントは自由になる口で、チトセは敵意を向ける。

「魔法少女よ。もっともあなたの大好物の魂が人形をもらって動かしているんだけどね」

「……あなたを食べたら、食あたりを起こしそうですね」

「フフ、褒め言葉として受け取っておくわ」

 そう言ったチトセの目は笑っていない。

 ジェントは再びステップを刻まされて、ダンスを繰り広げる。

「おお!」

 沈黙した周囲の人々はジェントのダンスを見て歓声を上げる。

「どう、気分が良いでしょ?」

「ええ、最悪ですよ!」

 ジェントは憎まれ口を叩く。

「フフ、最低なあなたにピッタリでしょ」

 チトセは笑って、ジェントを操ってダンスをさせられる。

「ぐ、が……! ごごご! おがあああ!!」

 無理矢理身体を動かされて、悲鳴を上げていく。

「なんて、えげつない……」

 かなみは思わず呟く。

 傍目には華麗なダンスを刻んでいるように見えるけど、無理矢理踊らせて痛めつけている。

 チトセは相当腹に据えかねているらしい。

「私のかなみちゃんにあんな汚いやり方で痛めつけたんだから、タダじゃすまさないから」

「おずごぉ!!」

 もはや意味のある単語を話す余裕すらないようだ。

「フフ、それでは仕上げといきましょうか」

 ジェントにステップに合わせて、チトセも舞う。

 魔法少女と怪人の戦い。

 しかし、傍から見ると巫女と紳士の舞踊のように優雅であった。

「これで終幕よ!」

 チトセのその宣言とともに、普通の人には見えない魔法の糸でジェントの身体を巻き付ける。

「ぐ!」

 ジェントはくぐもった悲鳴を上げる。


バシャァァァァン!!


 そのまま糸で身体は見えないほどに小さく細切れになった。あとには紳士服しか残らなかった。

「イリュージョン!」

「すごいマジック!」

「巫女と紳士のマジックって斬新!!」

 拍手喝さいを受ける。

「かなみちゃん、よく頑張ったわね」

「チトセさん、やりすぎですよ」

「あははは、これが一番いいかと思ってね」

「何が一番いいですか!? そんなことより、礼ちゃんとお母さんは?」

「ああ、あっちよ」

 チトセは変身を解きながら、かなみを案内する。




 そういうわけで、千歳とかなみは駅を出る。

「この交差点よ」

 千歳が言う。

「あ……!」

 交差点は駅から近かった。目と鼻の先といっていい。駅から出て一分としてしないうちに着く文字通りの駅前の交差点。その真ん中で礼と優は見つめ合っていた。

「お母さんは言ってくれたわ。礼ちゃんを見捨てていったことを後悔してるって」

「千歳さん、引き留めてくれたんですね」

「私はただ引き留めただけよ。後悔してるならあとに引きずらないようにってね。私よりかなみちゃんよ。よく礼ちゃんを動かしたわね」

「私は何もしてませんよ」

 かなみは言って、感慨深げに二人を見つめる。

「……ごめんなさい、礼」

「おかあさん、おかあさん」

 礼はただただ母を呼び、一歩ずつ歩み寄る。

「会いたかった……ずっと、待ってた……」

 道の真ん中で抱き寄せ合った。

 待ち続けた娘と行ってしまった母の再会。

 未練と後悔を引きずったままだった二人が魂となって再会を果たせた。

 幸福感と充足感によって魂は光になって消えていく。

「成仏したんですか!?」

 かなみは不安になる。

「成仏じゃないわよ、二人とも生きてるでしょ」

「そ、そうですか」

 かなみは安堵する。

「それじゃ、どこへ」

「生きているなら魂の還る場所は決まってるでしょ」




 うっすら少女は目を開ける。

 布団にくるまっている。すごく長く眠っていたと思う。

 夢を見ていたと思う。すごく長い夢だった気がするけど、あまり憶えていない

――ここで待っていて

 母の言いつけを守って駅のホームにずっとずっと待っていた。

 現実ではその言いつけを守ることができなかった。

 怖くて不安で心細くて耐えきれなくなって、駅を飛び出して母を探した。道路に出た後のことはよく憶えていない。

 ここはどこなのかわからない。

 だけど、母がどこにいるのかはなんとなくわかる。

『隣の部屋よ』

 頭の内から誰かが囁いてくれたような気がする。

「となりのへや……」

 少女は隣の部屋にいたる壁を見つめる。

『お母さん、迎えにいこう』

 夢の中でそう言われたことを思い出す。

 自分を守ってくれた優しくて温かくて強い少女の声。その声に後押しされて、歩き出した。

 そして、歩き出した先に母はいた。

 あれは夢じゃない。

「おかあさん、いくよ」

 少女はベッドを出て、病室の扉を開ける。

「おかあさん、むかえに、いく……!」

 起きたばかりでおぼつかない足取りで、壁に手をついて膝をついて、それでも諦めずに歩く。

 ほんの数歩程度の距離しかない隣の病室を必死の想いで歩き抜く。

 扉を開けて、隣の病室へ入る。

 表札には母の名前が書かれていたけど、それを見なくてもわかった。声が教えてくれたからだ。

 ベッドで母は横たわっていた。

「おかあさん……!」

 再び出会えた喜び、眠りについている不安。それがないまぜになった呼びかけの声で呼ぶ。

「……ゆう」

 母も少女の名前を呼んだ。




 帰りの電車でかなみはハンカチで涙をふき続けていた。

「よかった、よかったです」

「もう、いつまで泣いてるのよ」

「だって、だって、……グスグス」

「まあ、私も人形じゃなかったら涙が出ていたところだけどね。不便よね」

 千歳は笑いかける。

「……千歳さん」

 かなみは同じ感情を共有できる人が嬉しいと思う。

「糸で声かけした甲斐があったわ」

 千歳は笑顔で言う。

 魔法糸で声を飛ばして目覚めたばかりの少女に助言した。だからこそ、少女は起き上がって隣の病室へ母を迎えに行けた。

「かなみちゃんの声もきいたわよ」

「私が?」

「多分、よく憶えてないでしょうけどね」

「え、なんでですか?」

「幽体離脱すると、その前後の記憶が曖昧になることが多いみたいなのよ。あと魂から肉体に還ったときは多分長い夢をみてたぐらいしか感覚はないわよ」

「長い夢……それじゃ、私のことも憶えてないんでしょうか?」

「多分ね」

 その返答にかなみは落胆する。

 せっかく知り合えたのに、と思わずにはいられない。

「かなみちゃん、でもね」

 千歳は諭すように言い継ぐ。

「あの子の魂にはかなみちゃんの言葉は刻まれたわよ」

「……千歳さん」

 今の千歳の言葉に救われたような気がする。

 今回の仕事、千歳と一緒にやれてよかった。

 たとえ忘れてしまっていたとしても礼と会えてよかった。

 心からそう思えた。

「さて、あとは鯖戸に任せましょう」

「部長? 部長が何を?」

「あの母娘に仕事と住む場所を用意してくれるそうよ」

「……えぇ、そんなことを部長が!?」

「あの母娘を引き裂いた状況を取り除いてあげれば、もう引き裂かれることはないわ」

「……よかった」

 かなみはまた涙ぐむ。

「あ、ところで気づいたことあるんですけど」

「ん、何かしら?」

「礼ちゃん、幽霊じゃなかったんですね」

「うーん、まあ生きているんだから違うわね」

「だから、怖くなかったんですね!」

「ん?」

 千歳は首を傾げる。

「ほら、礼ちゃんと楽しくおしゃべりできたけど、あれは幽霊じゃなかったから出来たんですね。幽霊だったら怖くて出来ないはずですから!」

「ごめんね、かなみちゃんが何言おうとしているのか私は全然わからないわ」

 千歳は優しく言う。




 しばらくしたある日の朝、かなみはいつも通り起きた。

「いってきます」

「いってらっしゃぁーい」

 笑顔で見送る母に笑顔を返して、部屋を出る。

 今日はいつもより早く起きて早く出たから時間に余裕がある。

 足取りは軽く、周りをよく見る。

「おかあさん、おそいよ!」

「待って」

 道端の保育園に向かうある母娘を見かける。

「ごめんね、おかあさん遅くて」

「おかあさんがおそくても私まってるから! それでもこなかったらむかえにいく!」

 娘の方は笑顔で元気よくそう言った。

 かなみはその様子を見てから、学校へ向かう。

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