第82話 地縛! 少女の霊と母親と、そして少女 (Aパート)

 高層ビルが立ち並ぶ中で、ありふれた高層ビルの一棟。その中にある何の変哲もない一つの応接室。

 そこであるみは待たされていた。

「すみません、お待たせしてしまいました」

 高そうなスーツを着こなした青年が入ってくる。

「コーヒーぐらいは出してほしいところだったけど」

「きらしていましてね、今日来られるのでしたら調達しておきましたけど」

「報告書をすぐに渡した方がいいと思ってね」

「そうですね。目を通させてもらいました」

 青年は涼し気に言う。

「それで、あなた達の所感を聞きたいところなんだけど」

「にわかに信じがたいことです」

 青年は一転して真剣味のある声色で答える。

「ネガサイドの動きはこちらでまったく把握できていませんが、倒されたはずの最高役員十二席の一人がよみがえったという情報が入ってきましたよ」

「よみがえったんじゃなくて、別の平行世界からやってきた、というのが正確なところなんだけどね」

「報告書にはそう書いてありましたね。情報は訂正しておきます」

 青年は苦笑する。

「がっかりしましたか? 我々の情報精度はこの程度なんですよ」

「別に」

 青年の問いかけにあるみはあっさりと答える。期待も落胆もなく。

「その代わりに、全国に情報を張り巡らせている。結構助かってるのよ」

「そう言っていただけるとありがたいです」

「それで、あの報告書を読んだあなた達の見解を聞きたいわね」

「それなら先程申し上げました」

 にわかに信じがたい。

 それもそうね、と、あるみは心の中で呟く。

「信じてくれないと困るわ」

「もちろん、信じますよ。あなた方は私達などよりよほど精通している」

「含みのある言い方ね」

「そう聞こえたのなら謝罪します」

「口だけの謝罪なんていらないわ」

「ごもっともです」

 青年はスーツのポケットから一枚の紙をあるみに渡す。

 この近くの喫茶店のコーヒーチケットであった。

(……せこい)

 彼なりの謝罪にあるみは眉をひそめる。

「小切手かと思いましたか?」

「ちょっと期待したわよ」

 あるみは冗談で返す。

「うちは自転車操業だからね。報酬を弾んでくれないと苦しいのよ」

「善処はします。持ちつ持たれつということで」

「それで、あの報告書の情報はいくらなの?」

「こんなもので」

 青年はポケットから一枚の紙を取り出してあるみに渡す。

 今度は本物の小切手であった。

「高かったですか?」

「……安いわね」

「それでも奮発した方なのですが」

「うちの子が命懸けで掴んだ情報よ。この倍はあってしかるべきよ」

「いえいえ、倍はさすがに無理ですよ」

「ということはもう少し出せるわね」

 あるみの目を鋭くさせて言う。

「あなたにはかないません」

 青年は肩をすくめて、もう一枚小切手を出す。

「それでは、今度はあなたの見解を教えてください」

「そうね。かなりまずい状況だとは思うわよ」

「あなたがまずいというからに災害レベルでしょうね」

「災害ね」

「甘い見積もりでしたか?」

「最高役員十二席の問題ともなるとね。核ミサイルみたいな奴もいるしね」

「それは以前の報告書にもありましたね」

「……信じてないでしょ?」

「信じますよ。信じなければ私達の生き残れる道はありません」

 私達の生き残れる道。

 決して誇張した話ではない。渡した報告書にはそのことも書いてあった。

 別の平行世界からやってきた存在がいつまでもこの世界に居続けると世界そのものが異分子をみなして排除しようとする動きが起きる。

 その存在が強ければ強いほど排除する力は強くなり、周囲を巻き込んでしまう。

 その規模は、街か国か……あるい地球そのものか。

 世界の理を知る仙人はそんなことを言って、協力を求めてきた。

 事態は切迫している。にも関わらず、解決策は具体的に見いだせていない。

 だからこそ青年達にも情報を共有して協力を仰いでいる。

 幸いなことに青年は協力的であった。

 とはいえ、今のところは状況を打開する決め手は出てこない。

「ひとまずは地道に情報収集していくしかありませんね」

 地道に……それは少し悠長に思えるけど、それしかないのだから仕方が無い。

「ええ、お互い何かわかったことがあったらすぐに共有しましょう」

「よろしくお願いします」




「ああいう人と話すと疲れるわね」

 応接室から出て、降りのエレベーターで一人キリになったところでドラゴン型のマスコット・リリィに愚痴をこぼす。

「向こうも同じことを今頃ぼやいているだろうな」

「肩がこるとか言ってそうよね。歳だし」

「お前はどうなのだ?」

「私は少女だから、そんなことないわよ」

「そうか」

 リリィはそう言ってあるみの肩に乗る。

「ここが居心地がいい」

「エレベーターが止まるまでよ」


トゥー


 あるみがそう言うとエレベーターは止まる。

「いい時間はあっという間に過ぎる」

「光陰矢のごとし、ってね」

「それは我の言葉だ」

 そう言いながらリリィはスーツケースの引っ付く。そうしているとスーツケースにつけられたマスコットのぬいぐるみにしか聞こえない。

「それじゃ、私の言葉ね」

 あるみはスーツケースを持ってエレベーターを出る。




 用件は済ませたのであとは電車に乗って、オフィスに帰るだけであった。

 駅の改札口の前でふとあるみは足を止めた。

 電車が降りた人、これから電車に乗る人、誰かと待ち合わせしている人、そういった様々な人間が駅に行き交っている。その中では別に珍しい光景ではなかった。

「どうしたの?」

 あるみは改札口の隅で寂しく立っている少女に声をかける。

「お母さんを待ってるの」

「お母さんは?」

「もうすぐしたら来るの」

「そう」

 あるみはそれを聞いてそれだけ答えて、少女から去る。

(……気づいてるか)

 リリィから思念の声が送られてくる。

「もちろん。帰ったら来葉に相談ね」




 オフィスに帰るなり鯖戸にスーツケースを渡して、すぐに来葉の事務所に向かった。

「ってことがあったわけよ」

 あるみは今日あったことを話す。

「なるほどね。わざわざ直接来なくてもメールでよかったのに」

「それじゃ味気ないでしょ」

 そう言って、苦いコーヒーを口に入れる。

「まあ、来てくれて嬉しいのだけどね」

「ええ、来葉の淹れてくれるコーヒーは嬉しいわ」

「そういうことじゃなくて……まあいいわ」

 

「それで来葉はどう思う? その女の子のこと?」

「駅でお母さんを待ってる女の子ね。わかってて、言ってるでしょ?」

「来葉の見解も聞いておきたくてね」

「うーん、会ってみないことにはね」

 そう言った来葉の目は虹色に輝く。

「――多分、地縛霊でしょうね」

「会ってきたのね」

「一目視ただけよ」

 ふう、と一仕事を終えたように来葉は一息をついてコーヒーを口に入れる。

「……苦い」

 と、苦い顔をあるみへ向ける。

「あなたが淹れたんでしょ」

「あるみの好みに合わせると私の舌に合わなくなるのよ」

「そんなに気を遣わなくていいのに」

「……おいしいって言われたかったから」

 来葉は小声でぼやく。

「でも、地縛霊っていうのは難儀ね」

「そう? なんとかなると思うけど」

「彼女、千歳さんに任せていいのかしら?」

 来葉は不安を口にする。

「大丈夫でしょ、あれでも私達より年季入ってるんだから」

「それはそうだけど」

「何か不吉な未来でも視えたの?」

「ううん。厄介なものだからついつい不安がってしまったわ」

「どっちかっていうと私は千歳が抜けたあとのオフィスの方が不安だわ」

 今、オフィスの備品室にはネガサイドの幹部スーシーがいる。一度はオフィスが破壊されたときに逃げおおせたはずだというのに、何故か留まり続けている。千歳はそんなスーシーを魔法糸で拘束して監視してくれている。

 千歳が外に出るということはスーシーの拘束と監視を他の誰かに任せるということになる。

 千歳に仕事を任せるということにより、そちら誰に任せるかが迷うところであった。

「そのあたりは適任者もいると思うから大丈夫よ」

「あるみがそう言うならね」

 最終的に来葉はそう言うことにしている。




「私に仕事!?」

 千歳にその話を振ったら、目を輝かせる。

「そう、あなたが適任なのよ」

「適任だなんておだてたって何も出ないわよ、フフ」

 そうは言っても、隠しようがないほどに上機嫌であった。

「でも、不安だから誰かについていってほしいのよね」

「道に迷っちゃうからね」

 あっさり認めているあたり、自分よりも年季が入っているところなのかもしれないと思った。

 そういえば、電車やバスの乗り方や路線図の見方とかもわかっていないと言っていたような気がする。

「みあちゃんに一緒に来てもらおうかしらね」

 千歳は提案する。

 みあとは魔法の相性がいいらしく、よく自分の魔法糸の使い方を教えている。

 その様は自分の知識を孫に優しく教える祖母のようだと、あるみは思っている。

「そうね、それも考えたんだけど」

「だけど?」

「みあちゃんは今回留守番を頼みたいのよ」

「え~、それじゃあ、かなみちゃんは?」

「かなみちゃんなら大丈夫よ」

「私が何か?」

 自分の名前が話題に出たことでやってきた。良からぬことに巻き込まれる、悪い予感か虫の知らせを感じ取ったのかもしれない。

「千歳と一緒に会って欲しい子がいるのよ」

「……どんな子なんですか?」

「それは会ってみてからのお楽しみよ」

 あるみが笑顔で言うと、かなみは青ざめる。

「社長がそう言うと、大抵ろくでもない目にあうんですよね……」

 かなみはそう呟いて、この仕事を受け入れるか悩んでいるところだ。……拒否権なんてないのだけど。

「ちなみにボーナスはいくらですか?」

「うーん、そうね。二人で四万ってとこね」

 今回は客口からの案件ではない。したがって本来ならノーギャラなんだけど、そういう案件はあるみのポケットマネーから出すことにしている。

「す、少ないですね……」

 とまあ、こんなふうにかなみにぼやかれてしまうと少しイラッとする。

「あ、そう……それじゃ、千歳一人に行ってもらいましょうか」

「えぇ~、かなみちゃん一緒にきて~」

 千歳は駄々をこねて、かなみに抱きつく。

 幽霊とはいえ魔法の人形で動いているのでそういうことができるのだ。

「きゃああああああ!!」

 ある程度慣れてきたとはいえ、幽霊が苦手なかなみにとって刺激の強いものであった。

「ね、一緒に行きましょう!」

「はい! はいはい! 行きます、行きますから!」

 そんなわけでかなみの同行が決定した。

「……面白いことになったわね」

 あるみはニヤリと笑った。

 マニィから記録映像をちゃんととっておくように念で指示を送った。




 千歳は長い年月幽霊をやっていて日本中を彷徨っている。それにも関わらず世間知らずだった。


ピー


 千歳は改札口で止められる。

 切符を入れていないから当然だ。

「あら?」

 千歳は何が起きたかわからず、頬に手を当てて首を傾げる。

「千歳さん、キップを買ってください!」

「きっぷ?」

「ほら、こっちです!」

 かなみは千歳の手を引いて購入口の前に立たせる。

「あのかなみちゃん、これどうやればいいの?」

 訊かれてからかなみは気づく。

「私が大人二枚でまとめ買いしておけばよかった……」

「私はともかくかなみちゃんも大人なの?」

「はい、電車は中学生からは大人料金なんです」

「そうなのね。でも、かなみちゃんだったら小学生でもいいんじゃないの?」

「……え?」

 小学生に十分見えるという意味らしい。

「制服でアウトですから!」

 「そこはムキになるところなの?」とマニィの疑問の声が聞こえた気がした。

 大人料金で二枚買った。経費で落ちるだろう。落ちなかったら数日食事抜きになる。

「ほーほー、えい、やー!」

 千歳はつり革に興味を示して、引っ張ったりぶら下がったりしている。

 千歳は魔法人形とはいえ、見た目は高校生といっても差し支えない美少女なので、つり革で遊んでいるとそれなりに人目を引く。

「千歳さん、やめてください! はずかしいですから!」

「いや、これが何かわからなくて! 何なのこれ?」

「えっとこれはですね……」

 かなみがつり革について説明しようとした途端に電車にブレーキがかかる。

「きゃあああ!?」

 千歳はかなみにもたれかかる。

「ふんぬううううう!!」

 かなみはつり革をもち、倒れまいと踏ん張る。

「……とまあこんな風に急ブレーキがきても倒れないようにするためのものなんです」

「おお! すごいわね!!」

 本当に凄いのは一人分の体重でもたれかかっても倒れずに耐えたかなみの方かもしれない。

 そしてしばらくして電車を降りる。

「ここの改札口前に立っている女の子に会って欲しいってことでしたよね?」

 かなみは千歳へ確認する。

「ええ、地縛霊みたいだからずっとそこにいると思うわよ」

「……え?」

 かなみはそれを聞いて硬直する。

「い、いま、なんて言いましたか!?」

「だから、地縛霊らしいって」

 あるみは千歳にだけ耳打ちしておいた。千歳としてはかなみにもしらされているものとばかり思っていたのだけど。

「じ、じばくれい? あ、あの、それって、じばくって、れい的なやつですか!?」

「何を言ってるのかわからないけど、地縛霊っていうのは幽霊の一種で生前の思い入れの強い場所に一ヶ所にずっととどまり続けている幽霊のことよ」

「そ、そそそ、そんなことは知ってます! なんで地縛霊とあわなくちゃならないんですか!?」

「仕事だからよ」

 シンプルにしてまっとうな返答がくる。

「それで四万じゃ割りに合いません!」

 かなみは回れ右して千歳に背を向ける。

「はい、逃げない」

「むぎ!」

 かなみの歩みが止まる。

 千歳の見えない魔法糸で動きを止められたのだ。

「大人しく行きましょう」

「い、嫌です!」

 今度は千歳がかなみの手を引く。……ように傍目には見えているけど、実際は魔法糸で無理矢理引っ張っていた。


ピー


 そのまま引っ張っているとまた改札口で止められてしまった。

「かなみちゃん、これどうやってやればよかった?」

「知りません!」

「そう……教えてくれなかったら、――どうなるかわかってるかしら?」

 千歳は低めのトーンで問いかけてくる。

「……え?」

「かなみちゃんがダダをこねるなら、罰としてとりつきましょうか?」

「えぇぇ!?」

 生きている人間にとりつく。

 幽霊としては定番の技が、千歳は当然のようにできる。以前、やむを得ぬ事情があったとはいえ経験済みである。

「そ、それだけは勘弁してください……」

 かなみは涙目になって訴える。

「このキップを、こう持って、こういれる」

「おお!」

 これを見るのは初めてじゃないのに、初めて見たように目を輝かせる。年齢的に忘れやすいのだろうか。

「これ面白いわね!」

 改札口でここまではしゃぐ人も珍しい。恥ずかしい。

「そ、それで、地縛霊の子ってどこにいるんですか?」

 かなみは覚悟を決めて、千歳に訊く。

「あっちみたいね」

 千歳が先導してくる。

 どこにいるかも詳しく聞いていない。初めて来た駅のはずなのに訳知り顔で歩く。

 それは同じ幽霊だからなのか、魔法少女としての直感なのかまではわからない。

(……いた)

 かなみにもそれがわかった。

 駅の角にそれはただポツリと立っていた。

 駅で人を待っている。それ自体ありふれすぎていて普通に歩いていたら見落としてしまいそうな光景。なのに違和感があった。

 女の子の存在感が希薄で、透けてしまいそうな儚さが感じられた。半透明人間、といった方が正しいかもしれない。

「………………」

 かなみはなんて言っていいのかわからなかった。

「こんにちは」

 戸惑っているかなみをよそに千歳はごく普通に話しかける。

「こんにちは」

 女の子は丁寧にお辞儀する。

 良い子ね、とそんな印象を受けた。

「私は千歳。あなたの名前は?」

「なまえ?」

 女の子は首を傾げる。

「この子はかなみちゃんっていうの」

 千歳は気にした素振りも無く、かなみの紹介を始める。

「あ、うん、かなみよ」

「ちとせ? かなみ?」

「ええ、そう。だから、あなたの名前を教えて」

(千歳さん、よく幽霊相手に話せるわね……あ、千歳さんも幽霊だった)

 かなみは一人感心する。

「……わからない」

 女の子は少し迷った後に、そう答える。

「わからない?」

「おもいだせない、わたしのなまえ?」

「幽霊になるとよくあることね」

 千歳は慣れたように思い出す。

「死んだショックとかで自分のことが曖昧になって記憶が定かじゃなくなってしまうの」

「記憶が定かじゃない」

 以前、千歳と一緒に会った幽霊も交通事故で死んだのだけどその時のことはよく憶えていないという。幽霊というのはそういうものなのか、とかなみは不本意ながら幽霊の知識を深めてしまった気がする。

「死んだショック?」

「あ、ううん、なんでもないの。こっちのお話」

 女の子は自分が死んだ幽霊という自覚が無い。

「教えるとどうなるかわからないのよ。成仏するかもわからないし、地縛霊としてより強固に根付いていてしまうかもしれない」

「それは……どっちがいいことなんでしょうか?」

「それは幽霊によりけりね。成仏が必ずしもその人にとっていいものとは限らないし」

 幽霊になっていつまでも成仏しない千歳が言うと説得力があるように聞こえる。

「まあ、まずは名前からね」

「でも、わからないって」

「思い出せないんでしょ? だったら、思い出せばいいのよ」

「そんなに簡単なものなの?」

「ものはためしよ。さ、思い出してみて」

 千歳は女の子へ促す。

「………………」

 しかし、女の子は戸惑うだけで一向に思い出せる気配が無い。

「仕方ないわね」

 千歳はため息をついて、女の子を見つめる。

「……なるほどね」

「何かわかったんですか?」

「かなみちゃん、ちょっとこの子をお願い」

「え、お願いって?」

 千歳は詳しく言わずに行ってしまう。

「ちょっと待ってください!」

 千歳はあっという間に駅のホームから姿を消してしまう。

 追いかけようかと思ったけど、この女の子を一人にしておくわけにはいかない。何よりも一方的ながらお願いされたのだ。

「あ、あの……」

 とりあえず声をかけてみる。

「私、かなみっていうの。千歳って人が言ってたでしょ」

「……かなみ」

「そう、私はかなみ。この子はマニィ」

 かなみはカバンからマニィを見せる。

「……マニィ」

「うんうん」

 言葉はちゃんと通じる。

 これなら幽霊ではなく、ちゃんと人として接することができる。

「マニィは可愛い?」

 かなみの問いかけに、女の子は首を横に振る。

「可愛くないって」

 人前だからマニィは喋るわけにはいかない。だけど、もし話せていたら「ショックだね」と少し落胆していたかもしれない。

「私、十四歳。あなたはいくつ?」

「……わからない」

 女の子はいくつか指を折って数えてみたけど、やっぱりわからないようだ。

「小学生みたいだけど」

「小学生?」

「私の仲間に小学生がいるんだけど、あなたその子達より小さいわね」

 多分小学一年生か二年生ぐらい。そんな子が幽霊になってしまうなんて物悲しくて仕方が無い。

「お母さん、来るといいわね」

「……うん」

 その返事に、期待の色が感じられる。それと共に寂しさも。

「………………」

「………………」

 会話が続かなくなった。

「千歳さん、どこまで行ってるのかしら?」

 もしかしたら、もう戻ってこないんじゃないか。そう不安になってくる。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

 急にもよおしてきたので、この場を離れようとする。

「待っててね」

「うん」

 女の子とそれだけ言葉を交わして、トイレに向かった。

 トイレをすませてすぐ戻る。

「あ!」

 すると、高校生ぐらいの男の人が女の子のいる壁にもたれかかっていた。女の子は男の人の足の間にいて窮屈そうにしている。

 男の人には女の子が見えていないし、さわっているわけでもない。女の子を困らせようとしているわけではなく、ただ壁にもたれかかっているだけだ。

「あの~」

 かなみは声をかける。

「すみません、ちょっといいですか?」

「何かな?」

 勢いで話かけてみたけど、困った。

 まさか、そこに幽霊がいるからどいてもらえませんかなんて言えない。かといって、他になんて言えばどいてもらえるのかわからない。

「そこ、わたしのお気に入りの場所なんですよ」

「お気に入り?」

「そ、そうなんです! あとここで人を待ってるんです」

 これは嘘じゃなかった。

「待ち合わせ……?」

「そ、そうなんです! ですから!」

「…………はあ」

 男はため息をついて、どいてくれる。

「話が分かる人で助かった……」

 かなみは安堵の息をつく。

「……かなみ」

 男の人の足から解放されて、女の子はかなみを見る。

「ありがとう」

 そうはっきりとお礼を言ってくれた。

「私の方こそごめんね」

 そばを離れてしまって、寂しくて心細かったに違いない。

 女の子はかなみへ寄り添ってくる。

 幽霊で、ふれられるはずがなく、人肌の温かみなんて感じられるがないはずなのに。

 そこに女の子はいる。確かにここに感じられる。

「あなたの名前がわかったら、呼んであげられるのに」

 口惜しいとしか言いようがない。

 せめて、名前がわかったら……。

「わかったわよ」

 千歳がそう言ってやってくる。

「千歳さん、どこ行ってたんですか?」

「ちょっと、糸を辿っていてね」

「糸を、辿る……?」

「この子から見えない?」

 そう言われて、かなみは女の子を見つめる。糸なんて見当たらない。

「見えませんよ」

「みあちゃんなら見えたかもしれないわね」

 そう言われて、ちょっとだけ悔しい。

「その子、糸を引いてるのよ。生前での繋がりがまだ残っていると思って、その糸を追ってみたの」

「それでどうだったんですか?」

「その子はね」

 千歳は指を差して告げる。

「――幽霊じゃないわ」

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