第81話 狩猟! 野山を駆ける獣は少女と遭遇する (Bパート)

 山道に歩き続けたけど、怪人やイノシシが出てくる気配は無い。

 のどかに山道を散歩しているような気がしてくる。

「私に探知ができたらよかったんですが」

 紫織はすまなそうに言う。

「仕方ないわよ、私もできないし」

「お役に立てればよかったんですが……」

「そんなことないわよ。こうして話相手になってくれて楽しいし」

「そうですか……」

「あんたも卑屈よね」

 アリィがひょっこり出てくる。

「そんなこと言わないの。紫織ちゃんがいて心強いし、頼りにしてるんだから」

「わ、私を頼りに?」

「そう! いざとなったら、怪人をかっとばしちゃえるし!」

 かなみはバットを振る真似をして見せる。

「そ、そんな上手くいきませんよ。それに怪人退治でしたらかなみさんの方が頼りになりますから」

「そ、そう?」

「だって、この山奥でしたら家やビルを壊してしまう心配もありませんし、思う存分戦えるじゃないですか」

「あ……」

 かなみは気づく。

 確かに山木を倒して、弁償額を請求されたことは無い。思う存分戦えるという意味では間違いない。

「気を遣ってくれてるね」

 マニィが言う。

「そ、そうね……」

「私、何か余計なことを言いましたか?」

「そ、そんなことないわよ! でも、なんだかアリィに似てきたような気もするけど」

「え、そうですか……」

「私にそう言われても困るわね。大体私が余計なことを言うんじゃなくて、あんた達の口数が少なすぎるのよ。口数が少ないということは情報量が足りていないということなのよ。だから私の発言にはあなた達からしてみれば余計なものも含まれているかもしれないし、そもそも」

「いやいや、そういうところだよアリィ」

 マニィが制止してようやくアリィの弁が止まる。

「マスコットのことはマスコットに任せた方がいいわね」

「そうですね」

 かなみの意見に紫織は同調する。


カサカサ


 そこへ草陰から何かが物音を立てて近づいてくる気配がした。

「か、かなみさん……?」

 紫織はかなみを頼りに寄り添う。

「怪人!」

 かなみはそれとは対照的に獲物が出てきたと興味を向ける。


ブウブウ


 鳴き声を上げて姿を現わす。

「い、」

「イノシシ!?」

 野生のイノシシであった。しかも見事な角を持った大の男ぐらいのある、怪人と見紛う程に立派なやつだ。

「か、かなみさん……ど、どうしましょう!?」

「どうしましょうって、言われても……!」

 野生のイノシシと相対するなんて初めての経験だ。

 しかも、向こうはこっちを敵と定めている。

 一歩ずつ歩み寄ってくる姿勢がかなみにそう直感させる。

「逃げるわよ」

 かなみは小声で紫織に耳打ちする。

「……え?」

「ほら!」

 かなみは紫織の手を引く。


ブオオオオオオオン!!


 怒号を上げて、追いかけてくる。

「紫織ちゃん、急いで!!」

「はい!!」

 二人は必死こいて走るけど、イノシシは物凄い勢いで追いかけてくるものだから徐々に差が縮まってくる。

「追いつかれます!」

「こうなったら」

 かなみはコインを取り出す。

「いくわよ、紫織ちゃん!」

「は、はい!」

「「マジカルワーク」」

 二人は揃ってコインを放り投げて、コインから降り注ぐ光のカーテンを受けて、魔法少女へと変身する。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「平和と癒しの使者、魔法少女シオリ登場!」

 野生のイノシシを相手にしても、お馴染みの名乗り口上をつきつける。


ブオオオオオオオン!!


 二人は思いっきり弾き飛ばされる。

「「きゃあああああ!?」」

 山道を転げまわる。

「あいたたた……シオリちゃん、大丈夫?」

 カナミは周囲を見回して、シオリがいないことに気づく。

「シオリちゃん!」

 必死に探す。


ブオオオオオオオン!!


 イノシシが叫んだ方向に、シオリはいた。

 イノシシはそのままシオリに向かって突進する。

「マジカルバット! フルスイング!!」

 シオリはバットを振り抜いて、イノシシへジャストミートさせる。


カキーン!!


 小気味のいい打撃音が鳴る。

 イノシシにバットを当ててもそんな音は鳴らないはずだけど、魔法なので鳴る。それでジャストミートしたイノシシはホームランボールのような勢いで飛んでいく。

「シオリちゃん、大丈夫だった?」

「は、はい……」

「あのイノシシをかっとばすなんてすごいわよ」

「そうですか、夢中だったもので」

「素振りした成果ね」

 何故かアリィが得意げに言う。

「お前達かあああああああッ!!」

 山の上から誰かが雄たけびを上げる。

「俺の可愛い可愛いイノシシ十五号をかっ飛ばしやがったのはああああッ!?」

 雄叫びのした方を見上げると、イノシシの頭をして、石槍をもった原始人のような風貌の怪人が現れる。

「あれが、今回の怪人ね!」

「イノシシみたいです」

「誰よ、あんた!?」

「俺か、俺は俺はこの山の動物達を静かに支配し、やがて世界中の動物を支配する怪人シシノー様だああああッ!!」

 ちっとも静かじゃない名乗り上げに、カナミ達は一瞬理解が遅れる。

「この山から世界の支配って……」

「一気に飛躍しましたね」

「こんなところで邪魔されてたまるかあああ! てめらをぶっとばしてやる!! やろうども、であえであえ!!」


ドサドサドサドサドサドサドサドサ


 シシノーが号令をかけると、イノシシがどんどんやってくる。

「す、すごい!?」

 その数、およそ二十頭。しかも、その全員がカナミとシオリに敵意を向けている。

 怪人にそんなことがあるけど、大型の獣では初めてだ。

「フフフ、この山中のイノシシは俺の配下だ! お前達にやられた十五号の仇をとれと怒りに燃えているのだああああ!!」

「怒りに燃えてるって……畑を荒らしたのはあんた達なの?」

「畑? ああ、あの野菜のことか? あれは俺達に用意してもらったものじゃねえのかあああ!!」

「そんなわけないでしょ!!」

「なんだっていいんだよおおおお! お前ら、あいつらをぶっとばせえええええ!!」


ブオオオオオオオン!!


 イノシシ達が一斉に襲い掛かってくる。

「ジャンバリック・ファミリア!」

 ステッキから飛んだ鈴達が魔法弾を放つ。


バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!


 魔法弾の雨あられで、何頭かはそれで止まったり、飛ばしたりできた。

 しかし、大半は止まらない。むしろ、怒りでより勢いが増す。

「一旦、退きましょう!」

「は、はい!」

 カナミとシオリは山奥へ逃げていく。

 一度に相手していられないからだ。


バァン! ブオオオオオオオン! バァン! ブオオオオオオオン!


 逃げているうちにイノシシを一頭ずつ迎撃して倒していく。

 そうしていくうちにシオリとはぐれてしまう。

「あと何頭いるか……あいつはどこか……うーん、わからない」

「圧倒的劣勢だね、いっそのこと全部吹き飛ばしちゃったら?」

 マニィは無責任で暴力的な提案をしてくる。

「そういうわけにもいかないでしょ。少なくともあいつがどこにいるのか、シオリちゃんがどこにいるのか把握するまでは」

「よかった。それぐらいの判断力はあるみたいだね」

「マニィ、バカにしてるの?」

 カナミは眉をひそめてマニィに問う。

「いや、確認しただけだよ」

「……そうよね」

 それをマニィに確認したいとは思わなかった。

「どこだあああああ!? どこに隠れやがったああああああ!!!」

 シシノーの怒声が響き渡る。

「あいつ、バカなのかしら?」

「君といい勝負かもしれない」

「……そろそろ、怒っていいかしら?」

「いや、ボクに矛先を向けられても」

「この戦いが終わったら、憶えておきなさいよ」

「うん、そうしておく」

 マニィのその返事だけで今は満足しておく。

「――さてと!」

 一頭のイノシシがこちらに向かっていることに気づく。


バァァァァァン!!


 爆発で粉塵が巻き上がる。

「あそこかあああああ!!」

 シシノーは雄叫びを上げて、粉塵へ接近する。

 そこでカナミの姿を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべる。その様はまるで獲物を見つけた狩人のようだった。

「お前だけか?」

「ええ、私一人で十分よ」

 カナミは不敵に答える。

「自信満々だな! この状況が理解できていないバカか!」

「あなたこそイノシシばかりに戦わせて本当に怪人なの?」

「おう! こいつらに戦わせて、弱ったところを俺が仕留める! これが王者の戦い方だああああ!」

「ひ、卑怯ね……」

「いや、理に適っているというべきかもしれない」

 マニィが耳打ちして同意する。

「さあいけお前達!」

 カナミを包囲したイノシシが一斉に襲い掛かってくる。

「セブンスコール!」

 カナミは空へ向かって、魔法弾を放つ。

 そして、魔法弾は弾けて、雨のようにイノシシ達へ降り注ぐ。

「なに!?」

「ジャンバリック・ファミリア!」

 さらに鈴を飛ばして撃ち漏らしたイノシシへ追い打ちをかける。

「き、貴様! なんて悪魔のような攻撃を!!」

「悪魔はあんたでしょ! イノシシだけで戦わせて!」

「おのれえええ、だったらこいつでどうだあああああ!!」


オオオォォォォォォッ!!


 雄叫びを上げて、大型動物が姿を現わす。

「く、くま!? なんで、くまがでてくるのよ!?」

「何言ってるんだ、ここは山だぜ! 熊が一頭や二頭ぐらい出てきて当然だろ、都会っ子!」

「ええ!? ……って、都会っ子って私のこと?」

「なに、お前地元の人間か!?」

「いや、そうじゃないけど。あ、一応都心に住んでたわ」

 オンボロアパートに住んでいるから自覚が無かった。

「おのれ、都会に住んでいるから都会っ子の自覚が無いとはああああ!!」

「な、なんでおこってるの!?」

「ええい、襲えベアー二号!!」

 ベアー二号と呼ばれた熊はカナミへ襲い掛かる。

「うわあ!?」

 カナミはその剛腕をかわす。


バシャン!!


 避けたら、その剛腕の爪で大木をえぐる。

「ええ!?」

「どうだ、すごいパワーだろ!」

 何故かシシノーは得意げに我が事のように叫ぶ。

「ヨロズのパワーに比べたら大したことない」

 カナミは正直にコメントする。

「なに!?」

「ヨロズだったら、木を吹っ飛ばしてたと思うけど」

「大木を吹っ飛ばしてた、だと? そいつは一体どんな化け物だ!?」

「化け物って言われても……」

「だったら、出まかせだな! 俺は嘘つきは嫌いだあああ! いけ、ベアー二号しとめろおおおおッ!!」

 熊は再びカナミに襲い掛かってくる。


バァン!


 カナミは魔法弾一発撃って、吹っ飛ばす。

「あ、あれ?」

 思った以上に吹っ飛んでしまった。

「熊さん、ごめんなさい」

 ひっそりと謝る。

「な……!? あのベアー二号をいともたやすく吹っ飛ばすなとは……!?」

 その吹っ飛び振りにシシノーは驚愕する。

「わかったぞ! お前がそのヨロズだな!!」

「え!?」

 かなみは面を食らう。

「さも普通の女の子のように振る舞いやがって! とんでもない化け物はお前じゃねえか! さては俺にかわってこの山を支配するつもりだろ、この化け物ヨロズ!!」

「な、何を勝手言って……!」

 カナミはあらぬ疑いをかけられて、怒りでブルブル震える。

「私は化け物でもヨロズでもないわよ!」

「デタラメ言うな! いけ、ベアー一号!!」

 さっきよりも大きな熊が姿を現わす。

「一号?」

「おうとも! 二号がいたら一号がいるのが道理だろが!」

「そ、そうなの?」

「まあ確かにね」

 マニィがそう言うので、そうなのだろうと思うことにした。

「というわけで、行けベアー一号! 二号の仇をとれえええッ!!」

「何がというわけよおおおッ!!」

 カナミはシシノーの号令に負けないぐらいの怒声を上げて魔法弾を撃つ。


バァァァン!


 魔法弾よりも大きな銃声が響く。

「あた!?」

 銃弾が右肩に当たる。

 その銃弾は、シシノーが持っている猟銃から放たれたものだ。

「なんで、銃?」

「これが俺の武器だああああ!!」

「石槍じゃなかったの!?」

 そう問いかけて、いつの間にか石槍を猟銃に持ちかえていることに気づく。

「しるか、時代は飛び道具に決まってるだろがあああ! お前だって飛び道具つかってるだろが!」

「そ、それはそうだけど!」

「これは一本取られたね。彼は思ったより頭脳派だね」

「敵を褒めてる場合? あつぅ!」

 痛みで右肩が上がらない。そんな状態ではステッキを振れない。

「よおおおし、今がチャンスだああああ!! 敵を倒せえええええッ!!」

 シシノーが号令をかけて、残ったイノシシ達が一斉に襲い掛かってきた。

「地獄の千本ノック! イレギュラーバージョンです!」

 シオリが放った打球が次々とイノシシ達に命中する。

「シオリちゃん!」

「すみません、はぐれてしまって」

「助かったわよ、ありがとう」

 カナミはシオリの謝罪をあえて無視して、礼を言う。

「は、はい……!」

「ええい、貴様らあああ!! よくもよくも俺の部下たちをおおおッ!!」

 シシノーは雄叫びを上げる。

「あんたがけしかけるからでしょ」

「うるさい! お前達は来なければこんなことにはならなかったんだ!! こうなったらもう容赦しねえ!」

 シシノーは猟銃をカナミへ向ける。


バァン! バァン!


 猟銃から放たれた銃弾はカナミが撃った魔法弾に撃ち落とされる。

「な!?」

 シシノーは驚愕する。

「さっきは不意打ちだったからね!」

 ステッキは右手じゃなくても左手に持ちかえれば十分対応できる。

「くそ! くそ! くそおおおッ!」


バァン! バァン! バァン!


 シシノーはやけくそになって猟銃を乱発してくる。

 カナミはそれをことごとく魔法弾で撃ち落としていく。

「ええぇぇぇい、なんで倒せないんだあああああああッ!!?」

 シシノーの怒声が響き渡る。

「うるさぁ~い」

 その怒声の中で妙に間延びした呑気な声が、何故かはっきりと聞こえてくる。


チリリリリン


 鈴の音が響く。

 その直後に、巨大な鈴が現れてシシノーを押しつぶす。

「ぐべえ!?」

 カナミとシオリは呆気にとられた。

「そんなにぃ大声を出さなくてもぉ、位置はわかってたのにぃ~」

 スズミが姿を現わす。

「なんで、母さんが!?」

「あんなにあっさり……」

「ちょっとおもしろぉい、依頼を受けてねぇ~、」

 スズミは楽しそうに言う。

「面白い依頼?」

「ちょっとぉ、イノシシとぉ熊さんをぉいただいていくわねぇ」

「イノシシと熊? どういうことなの?」

「秘密よぉ」

 スズミはそう言って去ろうとする。

「あぁ、そうそう、これもやらないとねぇ」

 何かに気づいたように振り向いて言う。

「鈴と福音の奏者・魔法少女スズミ降誕!」




「結局なんだったんでしょうか?」

「しらないわよ……」

 紫織に訊かれて、かなみは諦めきったように答える。

 急に現れて、一発でぶっ飛ばして、さっさと去ってしまう。まるで地震か台風だ。

 怪人も災難だったと同情したくなる。

「と、とにかく、これで依頼達成でボーナスが貰えますね」

「ありがとう。気を遣ってくれて」

「え、そ、そそ、そういうわけじゃ」

 紫織は困惑する。

「というわけで、報告ね」

「見事、退治してくれたんじゃな」

 畑に戻ると、おばあちゃんがやってくる。

「は、はい……実際倒したのは私達じゃないんですけど」

 かなみは遠慮がちに答える。

「ええじゃろ。わしが依頼して、退治されたのは事実じゃから」

「は、はあ……」

「ボーナスは会社の方に渡しておく。それとは別にお礼の品を用意しておいたんじゃ」

「お礼の品!?」

 かなみは目を輝かせる。




「かなみさん、お持ちしましょうか?」

 紫織は心配そうに申し出る。

「いや、いいわよ。私が貰った物だし」

 おばあちゃんから貰った物をかなみはリュックに入れて担いでいる。

 それで電車とバスを乗り継いで、かなみのアパートの部屋に帰るところであった。

 しかし、このリュックの中身は十キロ以上の重量があって、小柄なかなみにはかなりきつい。

 山を歩き回った上で、怪人と戦ったあとに

 ようやく、アパートの目前まで辿り着いて、体力を振り絞って階段を一段一段上がっていく。

「あの……やっぱり、私はこれで帰りましょうか?」

「何言ってるの、紫織ちゃんも頑張ったんだから一緒に楽しむべきよ!」

「そうですか……」

「遠慮しなくていいから、母さんだって歓迎するから」

「涼美さんってもう帰ってるんでしょうか?」

「それはわからないけど……」

 かなみはそう言って、部屋へのドアノブに手をかける。

「あ、開いてる?」

 ということは、涼美が先に帰ってきているのだろうか。

 だったら、今日のあれはなんだったのか問い詰めてやろうか。そんな想いでドアノブを回して部屋に入る。

「ただいま」

「おかえりなさいませ!」

 沙鳴が出迎えてくれる。

 事前に連絡しておいたので部屋で待機していたのだろう。

「お待ちしていましたよ」

「待っていたのはあんたじゃなくてそっちの荷物でしょ」

 みあが沙鳴の陰から現れて言う。

「みあちゃん、素直におかえりって言えばいいのに」

 翠華は苦笑して言う。

「みあちゃん、翠華さん、ただいま」

「お疲れ様。思ってたより大荷物ね」

「はい、重かったです」

 かなみはリュックを下ろす。

 そして、中身を開く。

「おお~~~!!」

 沙鳴は歓喜の声を上げる。

「これは思ってたより凄いわね」

 みあも感心する。

 リュックに入っていたのは、牛肉、豚肉、鶏肉のセットに新鮮な野菜の数々が敷き詰められている。

「さあ、これでみんなで焼肉パーティよ!!」

 疲れが吹き飛ぶような宣言であった。

 おばあちゃんからの報酬で大量の肉と野菜を紫織は受け取りを辞退した。自分にはボーナスを半分受け取るだけで十分だと言って。それでかなみは一人でリュックに入れて運んできた。

 しかし、さすがにリュックいっぱいの量だとかなみと涼美だけだと少し多すぎる。

 都合がいいことにこれらを焼くためのホットプレートは涼美が購入済みだ。

「早く焼きましょう」

 そのホットプレートは既にテーブルにセット済みである。

 よっぽど待ちかねていたのだろう。

「そうね、私もお腹ペコペコだし」

 かなみはお腹をさすって言う。

「かなみ様、お肉とお野菜なら私が切りますね」

「沙鳴、できるの?」

「はい。お仕事の一環でやっていましたから」

「沙鳴のお仕事って、運び屋じゃなかったの?」

「色々やってますよー」

 沙鳴はそう言いながら、包丁を持って手際よく切り分けていく。

「はい、どうぞ!」

「ありがとう」

 肉と野菜を切り分けた皿をかなみが受け取る。

 そして、電源を入れたホットプレートへ入れる。

「ただいまぁ~」

 そこへ涼美が帰ってくる。

「母さん、お帰り」

「パーティに~、間に合ったぁ?」

「うん、ちょうど今始めるところだったから」

「グッド~タイミングねぇ~」

「それより、母さん! 今日はなんだったの? 何の仕事してたの!?」

 かなみは山で怪人を倒していったことを問いただす。

「それは秘密よぉ~」

「秘密って……」

「でも、ボーナスがよかったのよぉ」

「ボーナス!?」

「こぉれ~」

 涼美はそう言って、リュックを下ろして見せる。かなみと同じおばあちゃんからもらったリュックに視えた。

「ん~?」

 かなみは訝し気にリュックを開けてみる。

「お肉!?」

「ボーナスで~もらったのぉ」

「ボーナス? これって何のお肉なの?」

 そういえば、涼美は去り際にイノシシと熊を持っていった。

 ひょっとして、あれなのか?

「さあぁ、よく聞いてなかったからぁ」

「母さん、地獄耳でしょ! なんで聞いてないのよ!?」

「地獄耳だなんて~、人聞きがわる~い」

「そこは気にするところじゃなくて……んで、何のお肉なの?」

「わからなぁい」

「わからないって……」

「ま、かなみが食べればいいんじゃない」

 みあが適当に言う。

「こいつ、なんでも食うし毒見役にぴったりでしょ。ほら焼いて焼いて」

「毒見ってひどいでしょ! って、みあちゃん、勝手に焼かないで!!」

「だいじょーぶ、多分ちゃんと食べられるお肉だとぉ、思うからぁ」

「多分とか思うとか曖昧な言い方やめてよ! だったら、母さんが毒見してよ!!」

 多分自分よりも頑丈そうだから食べても大丈夫だろう。

「少しぐらいお腹を壊した方がちょうどいいかもしれないし」

「かなみ~、本音が漏れてるわよぉ」

 小声で囁くように言ったのに、涼美は聞き逃さなかったようだ。

「やっぱり母さん、地獄耳よ」

「そういうかなみはぁ、悪い子だからぁ、えぇい!」

 涼美は焼き上がったお肉を即座にとってかなみの口へ突っ込む。目にも止まらぬ速度で。

「もぐもぐ」

 そのまま、噛み締めてゴクリと飲み込む。

「どう?」

「……おいしい」

 何のお肉かわからないけど、それだけは確かなようだった。

「よし、食べられるお肉か!」

 みあは安心てお肉を食べる。

「みあちゃん、ひどい! そんなことだとお腹壊すわよ! あと、それ生焼けじゃない?」

「んげ!?」

 本当に生焼けだったようだ。

「でも、本当に何のお肉なのかしら……?」

 そんな疑問を抱きつつ、身体は正直であった。

 一度味わったお肉の味を求めて、もう一度はしを伸ばす。

「ホットプレート、買っておいて~よかったわぁ」

「母さん、このために買ったの?」

「さぁねぇ~」

 涼美はとぼけてみせる。

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