第78話 漂流!? 少女が見た世界は未知なる既知? (Bパート)

 昼だというのに日の光がビルに遮られて夜みたいに暗い路地裏だ。

 それだけに人は滅多に通らない。通らないから人目につきたくないものたちが行き交う。

「うへへへ、ちょろいもんだぜ」

 陰気な路地裏に相応しい辛気臭い笑い声が妙に大きく聞こえる。

「金! 金だ! 金だ!! これさえあれば全てが思うままだ!!」

 薄汚い麻袋を天高く掲げる。

「何がセキュリティだ、何が警察だ! 全部出し抜いてやったぞ! 今俺が手にしているのがその証拠だぜ、ハハハハ!」

 静まり返った路地裏に男の哄笑が響き渡る。

 近くにはまだ追手がいるかもしれないというのに、この溢れる歓喜が止められない。

「誰も俺を捕らえることはできない! このチカラががあるからな!!」

「それはどうかしらね」

「誰だ!?」

 男は声のした方を見る。


バァン


 銃声とともに麻袋が弾かれる。

 破けた袋から札束が宙を舞う。

「ああ、俺の金ええええッ!!」

「あんたの金じゃないでしょ」

「だから誰だ、お前らああああッ!!」

 男が叫んだ先にかなみと萌実はいた。

「あんたに名乗る名前は無いわね」

 銃口を吹かして萌実は言う。

「あら、あんたどっかで見たような」

「俺は君みたいな嬢ちゃん、知らねえな」

「うーん、その声、その顔……やっぱりどこかで会ってない?」

「ハハハ、口説き文句かい? 俺の魅力に気づくってことは見る目があるな! 何しろ俺は金を持ってるからな!!」

「魅力? そんなの欠片も感じないけど……あ! 思い出した! あんた、銀行強盗じゃない!」

 かなみの大昔のような、つい最近のような曖昧な記憶からこの男のことを思い出す。

 臭い、汚い、気持ち悪い、3Kの路地裏を走らされて、ようやく追いついて追い詰めたと思ったら、ネガサイドから分けてもらったダークマターで怪人を作り出して抵抗してきた。

 まあ、神殺砲の一撃で倒したのだけど、周囲に被害を出してしまったので報酬ゼロになってしまった。苦い思い出のある男だ。

「は!? てめえ、なんだって、俺が銀行強盗したって知ってるんだ!?」

「っていうか、あんたそれしかやってるとこ見たことないし」

「な、なんだと!? まさか、お前!? 俺、この園田健人様のファンか!?」

「え、あんた、そういう名前だったの?」

「名前も知らなかったのか!? まあいい、サインならくれてやってもいいぞ!!」

「いらないわよ。だいたい、あんた捕まって刑務所に行ったんじゃないの!? もしかして、脱獄してきたの?」

「何言ってんだ? 俺は捕まっちゃいないぜ!! このチカラを手に入れたからな!!」

 園田の身体から黒い霧のようなものが立ちこめてくる。

 魔力だ。それも悪質なやつだ。

「この魔力……! あんた、どうして!?」

「あの会社から貰ったんだよ、力を! おかげでやりたいことがなんだってできるんだぜ!!」

「そんな……!」

「なったのね、人間から怪人に」

 萌実はごく当然のように言う。

「人間から怪人に?」

「人間に魔力を無理矢理流し込んで怪人にする魔法よ。私もきいたことがあるくらいしかなかったけど」

「そんなやばい魔法があったなんて!」

「でもおかしいわね、そういうのはあるみが軒並み潰してるって聞いたんだけど」

「潰す!? このチカラは俺のものだ! 潰されてたまるかぁぁぁぁッ!!」

 園田が叫ぶと身体は緑色に変化して人の形をした蔦へ変化する。

「うわ、気持ち悪い」

「ハハハハ、これでどんなものでもとってこれるぜ! 銀行の金庫だってな!! こんな素晴らしいチカラを潰されてたまるかってんだ!!」

「まあ、それぐらいの歯ごたえがないとね。さあ、変身よ!」

「やるしかないわね!」

 かなみはコインを取り出す。

「「マジカルワークス!!」」

 宙を舞ったコインからの光で、黄色と桃色の魔法少女が姿を現わす。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「暴虐と命運の銃士、魔法少女モモミ降誕!」

 おお!? と、園田は一歩後ずさる。

「な、なんだ!? 魔法少女って、なんだお前は!?」

「あら、魔法少女を知らないの?」

 かなみが訊く。

「魔法少女? アイドルか何かか!? そんなおかしな恰好をして何のつもりだ!?」

「ネガサイドの怪人が魔法少女を知らないなんておかしな話だけど。まあいいわ、ハチの巣にしてやるから」

 萌実は魔法銃を構える。


バァン!


「うわあ!? ガキが銃なんて持ち出してくるじゃねえ!」

「ガキじゃないわ、魔法少女よ」

「そんなものは取り上げてやるぜ!」

 そう言うと、園田はモモミの銃を見せる。

「え……? いつの間に!?」

「ガキはこんなものじゃなくて、そっちのガキみたいにステッキでもフリフリしてろよ」

 園田はカナミのステッキを指して言う。

「でも、これも似たようなものだけどね」


バァン!


 カナミはそう言って、魔法弾を撃つ。

「わあ!?」

 銃を掴んでいる蔦が撃ち抜かれて、モモミの元へ戻ってくる。

「礼は言わないわよ」

「一つぐらい言ってもバチは当たらないと思うんだけど」

 カナミはぼやく。

「て、てめえら、なんてもの持ち歩いてるんだ! け、けけ、警察に突き出してやる!!」

「警察に突き出されるのはあんたの方でしょ、強盗!」

「誰が強盗だ!? って俺かぁぁぁッ!? ちくしょうがああああッ!!」

 やけくそになった園田は蔦をカナミの腕へ振るう。

「ああ!?」

 蔦は腕に絡まる。

「こんやろおおおおおおおおッ!!」

 園田は気合の雄たけびを上げ、カナミを腕ごと舞い上げて水たまりへ叩きつける。


バシャァァァン!!


 思ったよりも大きな水飛沫を上げる。

 その水たまりは下水管から漏れた汚水で、凄まじい異臭を放っていた。

「くっさ!」

 モモミは鼻を覆う。しかし、どこか楽しげであった。

「うぅ……なんか、前にもこんな感じにやられたような……!」

「ハハハ! せっかくの可愛い衣装が台無しになったな! いくらするんだ、それ!? なんなら俺が弁償してやろうか!?」

「弁償……?」

 カナミはグイッとステッキを強く掴む。

「そんなのいらないから賠償金よこしなさい!」


バサリ!


 腕を掴んでいた蔦があっさり切り捨てられる。

「なッ!?」

「仕込みステッキ!」

 カナミはステッキの刃で園田の蔦を次々と斬っていく。

「ちょ、ちょっとまってくれ!?」

「待つかあああッ!!」

 カナミは激怒し、ステッキを大砲へ変化させる。

「あ~、そこまでやっちゃう?」

 モモミは愉快気に言う。

「ちょ、ちょっと待て! そいつは大砲じゃねえか!? そんなもん、人に向けて撃っちゃいけねえよ!!」

「あんたは人じゃなくて怪人でしょ!!」

 カナミは大砲へ魔力を注ぐ。

 すぐにでも発射できる態勢だ。


――いや、撃ってはいかんな


 カナミの背後から声がする。

「……え?」

 カナミはそれによって発射を止める。


カンカン


 杖を地面をつく音がする。

 そして、路地裏の闇から白い着物を羽織った大人びた少女が姿を現わす。

「そんなものは物騒でいかん。もうちっとスマートにできる術があろう」

「え、すべ……?」

 少女に諭され、カナミは毒気を抜かれる。

「チィ!」

 園田は舌打ちし、一目散へ逃げ出す。

「あんな危ないガキの相手なんてしてられるか!」


バァン!


 ステッキから飛んだ鈴が園田の逃げた先へ回り込んでいた。

「ギャァァァァァ!?」

 鈴から放たれた魔法弾で蔦をズタズタにしていく。

「ギャア!? 待て! まてまてまて、まってくれええええッ!!?」

 園田は悲鳴を上げる。

「ほう、そういったやり方もできるんか。案外器用じゃな」

 少女は感心したようにカナミの戦いぶりを評する。

「あの……あなたは、どちら様ですか?」

「わしか? まあわしのことはあとで話すとして、今はこやつじゃな」

 少女はそう言って、杖をカンカンと突きながら園田の前に立つ。

「え……?」

 あっという間に少女は自分達の間をすり抜けていった。


カン!


 そして、杖をつくと、杖から光が出て園田を包み込む。

「な、なんだこれは!? き、気持ちいい……温泉に浸かってる気分だぜ」

「ホホホ、極楽じゃろう? しかし、天へ昇るにはお主はちと早すぎる」

「いや、こいつは天にも昇る、気分だぜ……」

 しかし、園田の言葉に力が入っていない。

 本人が言っているように本当に温泉に浸かって極楽気分にひたっているかのようなリラックス具合だ。

「あれは一体何なの?」

「私が知るわけないじゃない!」

 モモミは舌打ちして答える。

「これは浄化というものじゃ」

 少女は振り向かず、カナミ達の疑問に答える。

「浄化……?」

「そう、肉体に取りついた悪意を取り除く仙術じゃ」

「仙術?」

 耳慣れない単語であった。

「お主達の言葉で魔法と言い換えてもいいかのう」

 少女は楽し気に言うと、光は消える。

 そこには元の人間に戻った園田の姿があった。

「グーグー」

 園田は呑気にいびきをかいて寝ている。

 とてもさっきまで癇癪を起して暴れていた怪人とは思えないほど、おだやかであった。

「ホホホ、童子のように眠っておる」

「怪人が人間に戻った……!」

 これにはカナミだけでなくモモミも呆然とする。

「ホホホ、これが浄化じゃ。お主達のその呆けた顔を見れて、人の世に出張ってきた甲斐があったというものじゃ、ホホホ」

 少女は愉快気に笑う。

「人の世……? 出張ってきた……?」

 この少女はさっきから何を言っているのか、まったく理解できない。

 しかし、何やらこの少女は見た目通りの少女ではないことが雰囲気から察せられる。あるみや来葉とはまた違うどこか普通の人間とは一線を画す超常現象が人の形をしたような感じであった。

「ここでは何じゃ、茶でも飲みながらゆっくりできる場所で話そうか」

 そんな風に提案されても、お告げのようで断りようが無かった。

 ちなみに、園田はその場に放置された。




 かなみ、萌実、少女の三人は近くにあった喫茶店に入った。

 そこで少女は店員に「茶を三杯じゃ」と注文した。

「さて」

 一息ついたところで、少女はかなみと萌実を見る。

「お主達か。この都の空気が慌ただしくなった原因は」

「空気が慌ただしくなった?」

「うむ。この世界にあるべきものではないものが何かの拍子に混じってきたのじゃな、それゆえに水面の波紋のように世界は揺れて波打っておる。やがて、それは大津波と成り得るじゃろうな」

「ちょ、ちょっと待って! 何の話だか全然分からないんだけど……そもそもあなたは一体何なの?」

「おお、そうじゃったな。まずは自己紹介が先じゃったな。いやはや、わしはどうにもそのあたり要領がつかめなくてな」

 少女はそこから一呼吸は置いてから引き締まった表情で言う。

「わしは煌黄(こうこう)。見ての通りの童女ではなく幾千の時を生きた仙女じゃ」

「こうこう? せんにょ……?」

「まあ、仙人といった方がはやいかのう?」

「仙人?」

 かなみは首を傾げる。

「おや、あんまり驚かんのか? それとも、こんな童女が仙人といっても信じられんか?」

 「それもよかろう」と言わんばかりに煌黄は微笑んで言う。

 しかし、かなみはただ突然飛び出てきた単語に驚いて理解が遅れているだけだ。何しろ、あるみから仙人はいると断言されたこともあるくらいだ。

 そして、さっきの浄化という仙術を目の当たりにしている。

「本当にあなたは仙人様なの?」

 かなみは確認する。

「ああ、そうじゃ」

 煌黄は当然のごとく答える。

「仙人ね」

「お主は信じられぬか?」

 煌黄は萌実に問う。

「あ~、あんたが普通じゃないのはわかったけど、それでもちょっとね……仙人って人間から神に近い、人間を超えた存在だって噂は聞いたんだけど」

「そうは見えぬか?」

「――もっとやばい化け物の人間を知ってるから」

 あるみのことだ、と、かなみは思った。

「なるほど、わしなどその化け物の人間と比べて大したものではない。ゆえにわしを仙人だとにわかに信じられぬか?」

「ま、そんなところね」

「うむ。わしを信じてくれぬと話は始まらぬのじゃが、困ったのう」

「私は信じますよ」

 かなみは言う。

「ああいや、そんなかしこまった喋り方はいい。人と話すのは久しぶりじゃからな、リラックスして楽しみたいんじゃ、ホホホ」

「そ、そうですか……」

「しかし、わしよりも仙人らしい人間が知り合いにおるのか。そのあたり興味が尽きないところじゃが……まあそのあたりはまたの機会にするか」

 またの機会なんてあるのだろうかと疑問に思った。

「それでお主達はしてくれぬのか?」

「え……?」

「自己紹介じゃ。わしだけやっても仕方ないじゃろ」

「ああ、そうだったわ」

「私メンド―だからパス」

「萌実!」

 かなみは諫めようとするけど、萌実はどこ吹く風かそっぽ向く。

「私が結城かなみで、この子が百地萌実」

「かなみに萌実じゃな。それで歳はいくつじゃ?」

「私が十四で、萌実が……いくつだっけ?」

 萌実に訊いても、答えない。

「萌実、ふてくされてないで答えなさいよ」

「フン!」

「ああもう!」

「まあまあ、答えたくないことなら答えないでいいぞ、ちなみにわしの歳はな、いくつか数え忘れた、ホホホ」

「か、数え忘れた……それだけ長生きってこと?」

「まあ、些細なことじゃ」

「些細……」

 自分の歳を気にしないほど生きるというのはどれほどの時間なのか。

 きっと、かなみが想像つかないほど長いのだろう。

「仙人は悠久の時を生きる。萌実が言ったように人を超えた存在であるからな。不老不死といってもいい」

「不老不死……?」

「老いることも死ぬことも無い。この姿とてこうして街を歩くのに都合がいいからしてるだけで、その気になればすぐ変えられる。お前達、魔法少女とやらの変身のようにな」

 煌黄は杖をコンと叩く。

 すると煌黄はかなみと同じくらいの歳ごろの少女の姿から、大人の女性になる。

「わあ……」

 思わずかなみが声を漏らし、見惚れる程の美貌だ。

 これなら仙人といわれても、一般人にも通じるだろう。かなみがそう思ったところで、煌黄は杖をコンと叩いて元の少女の姿に戻る。

「とまあ、こんな仙術はお手のものじゃ」

「どうしてその子供の姿で?」

「わしがこの姿を気に入ってるからじゃ」

 煌黄はあっさりと答える。

「お主達の魔法少女も中々じゃ。わしもやってみようかと思ったぐらいじゃ」

「仙人が魔法少女に……」

 ちょっと想像がつかない。

「しかし、お主の言う魔法少女とはなんじゃ?」

「え、そ、それは……」

 改めて聞かれると、どう答えたらいいのか迷う。

 特に仙人のような偉い人に対して説明しようとすると。

「魔法少女は……魔法を使う少女のことを言います」

「うむ。魔法というのは仙術とよく似ておる。想いの力で世界の理を書き換える様はな」

「世界の理……」

 やたら大げさで、気後れしそうな単語だ。

「例えばこうして何もないところから火をつける」

 煌黄が指先に火をつけてみせる。

「知っての通り、本来火をつけるには燃やすもの、燃えるものが必要じゃ。それが理じゃ。

魔法や仙術はそれら必要とせず火をつけることができる」

「それは確かに魔法よ」

「なるほど、それで魔法を使う少女のことを魔法少女か。そうなると仙女に近いということじゃ」

「え、魔法少女が仙女……? それじゃ、私って仙人?」

「ぷぷぷ、あははははははは!!」

 萌実は腹を抱えて笑い出す。

「あんたが仙人!? そんなわけあるわけないじゃない!! あはははは、おかしい!!」

「そんなに笑うことないじゃない! 例えばの話よ」

「いや、あながちその話、的外れではないのう」

 煌黄が真剣に言うと、萌実は笑いを止める。

「仙人のあんたがそれを言うと、シャレにならないわね」

「シャレは苦手じゃ。それにお主はシャレがあまり通じる女では無さそうじゃからな」

「………………」

 萌実は沈黙して、煌黄を睨む。

「そうそう怒るではない、了見が狭いといっておるんじゃ」

「こいつ、私を挑発してるのかしら? だったら、お望み通りハチの巣にしてやるわ!!」

「だから! 銃を出さないの!!」

「ホホホ、愉快なやりとりじゃのう」

 煌黄は手を叩いて笑う。

 その様を見てかなみはろくでもない仙人だと思った。

「お主ら、でこぼこじゃが、いやじゃからこそ面白いコンビであるな」

「「冗談じゃないわ!!」」

「うむ、息ピッタリじゃな」

「「どこが!?」」

 本人達の意に反して息はぴったりであった。

「お茶をお持ちしました」

 ウェイトレスは営業スマイルでお茶を三つ出す。

「どうも」

「……それで、仙人様のあんたがどうしてこんなところに? 空気が慌ただしくなったとか言ってたけど?」

「うむ、そこじゃな」

 萌実の問いかけに煌黄はニンマリと笑う。

「この世界にあるべきものではないものともいったわね」

「うむ。お主らのことじゃ」

「それってどういうこと」

 かなみが訊く。

「私達があるべきものじゃないって……」

「そう不安げになるでない。別にお主が悪いというわけではないんじゃ」

 煌黄はそう言ってくれているが、不安になるなという方が無理な話だ。

 何しろ、仙人から存在自体を否定されているような物言いだからだ。

「お主達は何らかの事故でこの世界でやってきたんじゃな」

「この世界?」

「うむ。そこの妖精のチカラによるものじゃな」

 煌黄はリュミィを指して言う。

「リュミィが?」

 かなみが見ると、リュミィが首を傾げる。「わたし、しらない」と言いたげなのはわかる。

「みたところ、その妖精のチカラは強大じゃな。文字通り世界を揺るがすほどじゃ」

「世界を揺るがす……」

 リュミィのチカラは強大だと思っていたけど、仙人から世界を揺るがすほどといわれると真実味が増す。

「お主、肌で感じ取るのではないか?」

「………………」

 煌黄の問いかけに、かなみは沈黙する。

 煌黄の顔こそ笑っているものの、突き刺すれたような感覚に陥る。

「わしのみたところ、お主と妖精のチカラが合わさった結果、世界の境界線を打ち壊して、この世界にやってきたところじゃな」

「この世界ってどういうこと?」

「平行世界……ここはお主がいた世界とは異なる次元の世界じゃ」

「……異なる次元の世界? わけがわからないんだけど……」

「まずはそこから説明せねばならんか」

 煌黄は一息ついて、優し気な女教師といった面持ちで話し始める。

「世界は常に生まれ続けている。例えばお主が今日ここで茶を飲むか、コーヒーを飲むか。その選択によって茶を飲むお主がいる世界とコーヒーを飲むお主がいる世界が生まれる」

 正直どこかで聞いた話だと思った。

「それ、来葉さんの未来視の魔法の話みたいです」

「なんと? 未来視とな……!」

 煌黄は驚愕する。

「そのような魔法を使える者がお主の仲間におるのか」

「え、はい……仲間というより先輩なんですけど……」

 かなみがそう答えると、煌黄は息を呑む。

「なんと……! それは仙人でも中々持っているものがいない……あるい神の権能ともういうべきか……」

 そこまで言って煌黄は我に返る。

「すまん、わしとした取り逃がした。それでどこまで話したかのう?」

「お茶を飲んだ私のいる世界とコーヒーを飲んだ私のいる世界が生まれる、というところです」

「ああ、そうじゃったな」

「そんなに簡単に世界って生まれるの?」

「ホホホ、例えばの話じゃ。世界はそう簡単な選択はできん。

とはいっても、時に人一人の生き死にによって世界は生まれることはある。例えば、億単位の国民の命運を握る国王や大統領といった人間の生死はな」

「……それじゃ、ここは」

「うむ、お主達がいた世界とは何かが決定的に違う平行世界じゃ」

「何かって」

「わからん。お主がどこからやってきたのかわからんからな」

「っていうか、あんた。違う世界にいるっていわれて信じるの?」

 萌実に問いかけられる。

「それは……」

 かなみは思い出してみる。

 今朝から他所他所しいクラスメイトや教師、いない柏原。空き地になっていた会社のオフィスビルと来葉の事務所。まるで別の世界に彷徨いこんでしまったような感覚があった。

 それが仙人から別の世界に今いる事実を突きつけられて腑に落ちてしまった。

 ようは、彷徨いこんでしまったような、ではなく本当に彷徨いこんでいただけのことだった、と。

「なんとなく、そうだったんじゃないかなって思ってて……」

「まったく、あんたの順応力には呆れるわね。宇宙空間に放り出されても平気というか」

「それは無理あるわよ……」

「ホホホ、そうとも限らんぞ。お主は見所がありそうじゃしな」

「変なこと言わないでよ、煌黄さん」

「あ~、煌黄さんというのはやめてほしいな。気軽にコウちゃんというのはどうじゃ?」

「え……そんな、仙人をそんな呼び方……」

「本人がいいと言っておるんじゃ、さあさあ」

 煌黄にそう言われて、かなみは弱り果てて観念する。

「……コウちゃん?」

「おお、そうじゃ! いいのう、その気安い呼び方!」

 煌黄は御満悦のようだ。

「のう、かなみ? ――元の世界に帰りたいか?」

 そこから一転して真剣に持ち掛ける。

「え……それはもちろん!」

「じゃったら、方法はあるぞ」

「本当!?」

「おお、平行世界の行き来は普通の人間にはできんが、お前さんなら可能じゃ」

「それって、私が普通の人間じゃないってこと?」

 そう訊かれて、煌黄はキョトンとする。

「なんじゃ、普通の人間のつもりでおったのか?」

「アハハハハハ!!」

 萌実は腹を抱えて笑い出す。

「萌実! なんでそんなに笑うの!?」

「あんたほど普通じゃない奴がどこにいるってのよ!? アハハハハハ、おかしい!!」

「えぇ、私は普通の女子中学生……」

「アハハハハハハ、これ以上笑わせないでくれる!? アハハハハハ、お腹いたーい!!」

「もう、笑いすぎよ!!」

「まあまあ、笑いたくなる気持ちもわかるがそのくらいにしておけ」

「コウちゃんまで!」

「おっと、すまなんだ」

 煌黄は作り笑いでごまかす。

「それで、元の世界に帰る方法じゃがな」

 萌実の笑いがひとしきり笑い終わったところで、話は戻る。

「ええ、それを聞きたいんだけど……」

「その方法のうちの一つじゃが……

――かなみ、お主仙人になるつもりはないか?」

「仙人? 私が??」

「こいつが仙人って、そんなの無理でしょ! 変人の間違いじゃないの!」

「萌実! あんたの方が変人じゃないの!!」

 かなみと萌実は睨み合う。

「そろそろあんたと決着をつけようかと思っていたところなんだけど」

「私が勝ったばかりじゃないの?」

 ホテルでの一勝負を指して言う。

「フン、あんたが死ぬまで私の負けじゃないわ」

 萌実は鼻で笑ってそう答える。

「無茶苦茶……なんか萌実らしいわね」

 それが好ましく感じられる。

「私がどう無茶苦茶言おうと勝手じゃない」

「まあ、そうなんだけどね」

「ああ、それで話の続きなんじゃが」

 煌黄は言う。

「私が仙人になりたいか、ですって……そもそも、私が仙人になれるものなの?」

「わしのみたところ、見込みは十分にある」

「仙人の見込みって……」

「わしとて元々人間じゃ。数千年前に修行を積んで仙人となった」

「……私も同じように仙人になれると?」

「なれる」

 煌黄は断言する。

「そもそもあの魔法少女とやらも仙人の一つの姿ではないんか?」

「魔法少女が仙人の姿……?」

 そんなこと考えたこともなかった。

「うむ、今はまだ仙人と呼ぶ階梯には至っておらんが、修行を積めば必ず……」

「私が仙人になる、と?」

「うむ」

 煌黄は嬉々として肯定する。

「仙人になれば平行世界をまたぐことはできる。元の世界に帰れるぞ」

 その言葉に魅力を感じる。

 しかし、どうしても聞いておきたいことがある。

「修行ってどのくらいかかるの?」

「ふむ」

 煌黄は顎に手を当ててかなみを見据える。

「そうじゃのう……お主はわしよりも素質があるからのう……早くて三年じゃな」

「三年……」

 かなみにとって、それは途方も無く長い年月に感じた。

「他に方法はないの?」

「ふむ」

 三年は長すぎるというかなみの気持ちを察して、煌黄は言う。

「危険な方法じゃがな。お主の力を借りるんじゃ」

 煌黄はリュミィを指して言う。

「え、リュミィ……?」

 かなみがリュミィを見ると、リュミィは「わたし?」と首を傾げる。

「そもそも、世界の境界を越えてしまったのは、お主と妖精のチカラが合わさったからじゃ」

 煌黄にそう言われても、にわかに信じがたい。

 あの時、怪人との戦いで無我夢中になってチカラを出した。そのチカラで別の平行世界に辿り着いてしまった。

「もう一度そのチカラを使えば元の世界に帰れる」

「そのとおり」

「なーんだ、簡単なことじゃない。さっさとチカラ使いなさいよ」

 萌実に言われてムッとする。

「それが出来たら苦労しないわよ」

「その苦労をしてもらうという話じゃ」

 かなみの愚痴に煌黄は言う。

「その苦労って、どんな?」

「まずは妖精とチカラを合わせることじゃな」




 かなみと萌実は煌黄の案内で、ただ広いだけで何もない原っぱにやってきた。

「ここならば少しばかり暴れても大丈夫じゃろう」

 なんて物騒なことを言い出す。

「ここで何をすれば?」

「お主と妖精のチカラを見せてくれ」

「見せてくれって……」

 そう言われても、と弱った顔でリュミィと見合わせる。

 以前、涼美にもそう言われて試してみたけど、ダメだった。

 前と比べて何かが変わったわけでもないから、今回も失敗する気がしてならない。

「かなみよ、今失敗すると思ってないか」

「う……!」

 心の内を見透かされて、たじろぐ。

「月並みな言葉じゃが、失敗すると思うから失敗するのではないか?」

「そうなの?」

「うむ、そうじゃ。まあ、ダメでモトモトともいうな。いきなり成功するに越したことは無いが、何しろ三年分の修行を要するような高度な仙術じゃ、できるとは思えん」

「ダメモトね……よし!」

 なんだか気が楽になった気分だ。

「単純バカ……」

 萌実は呆れたようにぼやく。

「リュミィ……?」

 かなみはリュミィへ語り掛ける。

 うんうん聞こえてるよ、と言いたげに、リュミィは頷く。

「よし! 行くわよ!!」

 かなみは魔法少女カナミへと変身する。

 尺の都合で、変身シーンと名乗り口上はカットであった。

「ふむ、やはりその衣装は素晴らしいな。わしもやってみようかのう?」

 などとカナミを眺めて、煌黄は言う。

 仙人が魔法少女……この場合だと魔法仙女ということになるのだろうか。と、カナミは考えてしまう。

「魔法仙女コー、なんてどうじゃ」

「……どうじゃ、と言われても」

 考えていることは同じだった。

「需要はあるかも……」

「おお、そうか!」

 曖昧な返答でも、煌黄は満足そうに眼を輝かせる。

 これはそのうち真似しそう。仙人なんだから魔法少女の真似事ぐらい軽くできるだろうし。

「とまあ、そのことはおいおい考えるとして、今は妖精の方じゃな」

「ええ、リュミィおねがい!」

『うん!』

 リュミィは応じて、光になってカナミを包み込む。

「フェアリーフェザー!!」

 名乗りを上げる。

 しかし、光は消えて再びリュミィが姿を現わす。

 チカラの顕現の証である羽は背中にはない。いうまでもなく失敗だ。

「うむ、いきなりうまくいくとは思っておらん。もう一回じゃ」

「はい!」

 しかし、夕暮れまで試すこと数十回。

 何度やってもリュミィと一つになって、妖精の羽を顕現させることは出来なかった。

「今日はこれまでにしておこう」

 落ちる日を眺めて煌黄は言う。

「私はまだ……!」

 そう言うカナミは肩で息をしていた。

 リュミィと一つになるために、魔力を集中しているせいでかなり疲労がたまるのだ。

 それでも昼前から夕暮れまでぶっとおしで試し続けただけあって恐るべき体力だと萌実と煌黄は密かに感心している。

「そんな疲れ切った状態では良い結果はでんぞ。今日はしっかり休むことじゃ」

「はい……」

 煌黄にそう言われて、カナミは変身を解く。

「まったく役立たずね……」

 萌実はぼやく。

 かなみはボッとする。

「何よ、リュミィに選ばれなかったくせに!」

「ムッ!」

 実は気にしていたようだ。

「これこれ仲良くせい」

「「無理!」」

 やはり息が合っていた。

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