第78話 漂流!? 少女が見た世界は未知なる既知? (Aパート)

 果てしない海をひたすら漂っているような感覚がする。

 流れに逆らえず、ただ流されていく。

 このままじゃいけないと思い、手を伸ばそうとする。しかし、思うように身体が動かない。

 流されてどうなっているのかわからない。何しろ周囲は赤、青、緑と様々な色が交じり合ったよくわからない場所である。

(あ~これ、夢だわ)

 なんてことを考えてしまう。

 夢なら早く覚めて欲しいかなと思うんだけど、ここには時計が無い。

 一分経ったのか、一時間経ったのか。さすがに一日は経ってないだろう。

 でも、こんなにのんびりしているのはいつ以来だろうか。

 このままずっと漂っているのもいいかもしれない。




「あ……」

 思わず声が漏れた。

 夢でもこのまま覚めない方がいいかもしれない。と思った矢先なのであった。

「宇宙遊泳も悪くないわね……」

 それが夢の感想だった。

 しかし、そんなまったりなひと時を時間が許してくれなかった。

 時間はもう登校時間を過ぎていた。

「ああ~、遅刻だわ!!」

 かなみは大急ぎで支度をする。顔を洗って、朝ごはんはいつも通り食べない。制服は着たまま眠ってしまったみたいなのでこのままいける。ドタバタしながら部屋を出る。

「まったく、うるさいわね……」

 隣で寝ていた萌実はぼやく。

「おちおち寝てられないじゃないの」

 起き上がって、辺りを見回してみる。

「……なんで、私こんな部屋で寝てたんだろう?」




 思いっきり走ればまだ間に合う。

(間に合え! 間に合え! 間に合ってええええッ!!)

 学校が見え、校門をくぐり、土間で上履きに履き替える。

 まだ始業のチャイムまで一分、いや三十秒はあるはず!

 今にも「キンコーンカンコーン」のキの字が聞こえてきそう。

「おおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 思いっきり叫びながら走って、教室の扉を開ける。


キンコーンカンコーン


 その直後に、チャイムが鳴る。

「ま、間に合った……」

 フラフラの足取りで自分の席へ向かう。


ヒソヒソ……


 何やら話し声が聞こえる。

 それになんだかクラスメイトの視線が気になる。

(派手に扉開けて、滑り込みセーフだったからなあ……目立っちゃったな……)

 気恥ずかしさを覚えつつも席に着く。

 ただそれでも自分への視線はそのままだった。

 まるで見知らぬ他クラスの生徒が入り込んできた、みたいなそんな感じがする。

(自意識過剰なのかしら……? ――まさか!?)

 嫌な考えが脳裏をよぎる。

 自分が魔法少女だということがクラスメイトにバレた。

 魔法少女の社員として秘密厳守。もし、秘密がバレたらきっつーいペナルティが課せられることになっている、らしい。

(あ、あわ、あわわわわわ!?)

 ペナルティを予想して大きく狼狽する。

(い、いやいやいやいや!? まだバレたと決まったわけじゃないわ! そうよ、そうそう絶対大丈夫なんだから!)

 そう念じるようにカバンに目をやる。

「あれ?」

 カバンの違和感に気づく。

――マニィがいない。

 いつもカバンにはりついていたネズミのマスコットが今日はついていない。

 家に置いてきてしまったのだろうか。勝手にカバンにはりついているから意識したことがない。

「……マニィ」

 いないならいないで少し寂しさがあった。


ガシャーン


 教室の扉が開く。

 担任の先生がやってくる。

「起立、礼、おはようございます」

「「「おはようございます!!」」」

 いつもの朝礼であった。

 しかし、胸の奥に押しやったはずの違和感が着席とともにやってくる。

「あなた、なんでその席に?」

 担任がかなみへ言ってくる。

「え? ここは私の席ですが」

「そこは優木さんの席です。今日は風邪で欠席ですが」

「ですから、私がその結城です」

 担任は首を傾げる。

「――あなたは優木さんではありませんよね?」

「……え?」

 かなみはキョトンとする。

「あなたは他所のクラスの生徒でしょ?」

「いいえ! そんなことないです! 私、このクラスの生徒の結城かなみです!!」

 かなみは必死に自己主張するも、担任にはわかってもらえない。

 いや、担任どころか生徒にまで自分が何を言っているのか伝わっていない。

 何しろ、誰も担任に反論せず、自分に同調しないのだから。

それどころかこの人、何を言っているのだろうか、と不審な視線すら投げかけているような気さえする。

「理英? 貴子?」

 救いを求めるように友達の名前を呼ぶ。

 しかし、返されたのは親愛の情ではなく疑念と警戒だった。

「あなた、どちら様?」

「誰だ、お前?」

 そして、投げ返される疑問。

「………………」

 かなみは絶句し、青ざめる。

「え、え? どういうこと……? だって、この席は私ので、私はこのクラスの生徒の結城かなみで……」

 うわ言のように言う。

「その席は優木かなさんのものですよ」

 先生に告げられた一言で、悪夢に突き落とされた感覚に陥った。




 かなみは教室を出た。

 一体何が起きているのか。教室を間違えた、なんて軽い勘違いなわけはない。

(私はいつも通り、自分の教室に入って、自分の席に座って……なのに、どうして?)

「その席は優木かなさんのものですよ」

 担任にそう言われた。

 優木かな。そんな名前のクラスメイトはいなかったはずだ。まるで自分と入れ替わるように。

「あなた、どちら様?」

「誰だ、お前?」

 信じられない一言を投げ返された。

「理英、貴子……どうして……?」

 眩暈を起こしそうになる。

 こっちは知っているのに、向こうは知らない。そんなはずはない、そんなはずはないのに。

 一体何が起きているのだろうか。

「柏原なら何か知ってるの?」

 こんなときに癪に障るけど、何か知ってそうな奴で真っ先に思い浮かんだのは教育実習生の柏原だった。

(仕方ない……)

 ため息をつき、憂鬱な気分になりつつ、理科室へ向かう。柏原というとそこにいるイメージが強かったからだ。

 しかし、理科室には空いてなかった。

 当てが外れたので、少し途方に暮れる。

 やっぱり職員室ね。少し考えてからそちらへ向かった。

「……教育実習生? 今はいないよ」

 職員室で探してみたら姿がないもので、見かねた先生が尋ねてみたら、そう返された。

「今はいない……?」

 そんなはずはないのだけど。かなみは困り果てた。

 柏原はいない。彼のことだからネガサイドの一員に戻ったのかもしれない。元々怪人が教育実習生でやってきていることが不自然な状況だったのだ。それが正常に戻っただけのことだからいいことなのかもしれない。

 それにしては急すぎて違和感がある。

(私に一言ぐらい言ってくると思うんだけど……)

 柏原とのこれまでのやり取りでそんなことがあってもおかしくないはずなのに。きれいさっぱりいなくなるのが妙だった。

「どういうことなのかしらね、マニィ?」

 思わずカバンに声をかけてしまう。そして、今マニィがいないことに気づく。

 やっぱり側にマニィがいないことに違和感がある。

「こういうときは、社長に相談してみるのがいいのかしらね」

 携帯電話はいつもマニィが持っていたから、今は連絡手段が無い。

――今から行ってみましょうか

 まだ朝の一時間目が終わっていないのに帰るのはなんだか後ろ髪を引かれる想いだけど、早退みたいなものだと割り切ることにした。




 かなみは校舎を出て、校門を抜けて、まっすぐオフィスビルへ向かう。

 見慣れた通勤の道のはずなのに、どうにも違和感があった。

 あそこにあんな家が建っていたか。表札の名前が違っていたか。空き地に家が建っていたり、八百屋が潰れていたり、閉まっていたはずの本屋が開いていたり……前々からそうだったと言われればそう思えるし、そうじゃなかったと言われればそう思ってしまう。

 とにかく違和感があって、気持ち悪さがこみ上げている。

(私が変なの……? それとも、それとも、世界が変わったの……?)

 フラついて、電柱に手をかける。

「何情けない顔してんの?」

「萌実?」

 顔を上げると、そこに仏頂面の萌実が自分を見上げるように立っていた。

「あんたがそんなマヌケ面してるとイライラするのよね」

「萌実……私、私がわかるの?」


パチン!


 いきなり頬をビンタされた。

「な……なにすんの!?」

「あんたが叩きやすい顔してたから悪いのよ」

「な!? だからって叩く方が悪いに決まってるでしょ!」

「あと、寝言言ってたから目を覚まさせてやろうかと思って」

「寝言?」

「今のが寝言じゃなかったら何だっていうの。『私がわかるの?』、なんて」

 わざとらしくかなみに寄せた演技をしてみせる。

「むうう!」

「んで、目が覚めた?」

「もともと寝てないから!」

「あ、そ」

 悪びれた様子もなくあっさり答える。

 人を食ったような態度で生意気なことを言って、全然こちらに歩む寄ってこない。これは間違いなくいつもの百地萌実だ。

「っていうか、なんであんたがここにいるのよ?」

 いつもはオフィスの隅っこで昼寝ばかりしているくせに。

「気づいたらあんたの部屋にいた」

「私の部屋? なんで?」

「そんなのわかるわけないでしょ。とにかくオフィスに戻ろうかと思ってたところよ」

 それじゃ、私と一緒か。と、かなみは思った。

 いつもだったら嫌な顔の一つぐらい浮かべるところだけど、今は不思議とそうならない。むしろ心強ささえこみ上げてくる。

「私も今からオフィスに行くところよ」

「ふうん」

 かなみがそう答えると、興味なさげに応える。 

(いつもだったら、あからさまに嫌そうにするのに……)

 あるいは、自分と同じ想いを萌実は抱えているのかもしれないと思えた。

「じゃ、行きましょうか」

 かなみがそう言うと、萌実は何も言わずついてくる。

 やっぱりいつもと違った。




「……どうなってんのよ?」

 萌実は不思議そうに、不満そうにかなみへ問いかける。

「こっちが聞きたいわ……」

 かなみはため息をついて答える。

「……オフィスビルがないなんて……」

 かなみはもう一度そこへ目をやる。

 オフィスビルがあった、はずの空き地に。

「ここに……ここにあったはずなのに……」

 記憶を辿ってみる。

 道順は間違えたはずはない。何度も何度もやってきて目をつむっていても辿り着ける自信があるほどに来慣れた通勤の道だ。

 やっぱり、ここだ。ここなんだ、株式会社魔法少女のオフィスビルがあったのは。

「間違えるはずないのに……」

 マニィがいないこと。柏原がいないこと。学校の同級生は誰も自分のことを知らなかったこと。そして、オフィスビルが空き地になっていたこと。

 全部繋がっているような気がする。なんとなくそう感じる。

「こんなとき、翠華さんかみあちゃんに連絡をとれたら……」

 携帯電話が無いから連絡が取れないのがもどかしい。

「何か事情を知ってそうな人……」

「黒いやつとか」

「黒いやつ? 来葉さんのこと?」

「そうね、あの化け物女の次に厄介な奴だから」

「頼りになる人って言った方がいいわよ」

 来葉の事務所なら知っている。

 ここからちょっと距離はあるものの、他に頼るあても思い浮かばない。

「じゃあ、行きましょうか」

「ええ」

 かなみと萌実は来葉の事務所へ向かう。




「ええ!? あんた、私の部屋で寝てたの?」

「そうよ、なんでか知らないけど」

 萌実は迷惑そうに言う。

 迷惑を言いたいのはこっちの方だというのに。

「あんたが勝手に私を運んだんじゃないの?」

「私があんたを? なんでそんなことしなきゃいけないのよ?」

「そうとしか思えないのよ」

「そうとしかって……私は昨日ね……あれ?」

 そこまで言いかけて、かなみは違和感を抱く。

「昨日何してたっけ?」

「どうせ深夜まで仕事してくたくたになって帰って寝ただけでしょ」

「どうせって何よ? あんたなんか仕事もしないで寝てばっかじゃない!」

「寝てばっか……」

 その言葉に引っかかりを覚えたのか、萌実は顎に手を当てて考え始める。

 昨日、何をしていたのか。もっと言うなら、寝る前の出来事が思い出せない。

(私、寝る前は何してたのかしら……?)

 必死に思い出そうとする。

 昨日はいつも通り学校に行って、授業が終わったら、オフィスビルへ行って、深夜まで仕事して、クタクタになってアパートの部屋に帰って寝る。萌実に言われた通りの一日……そう過ごしたわけじゃない。

 何かが頭に引っかかる。


『言ったはずだ。君には素質がある、と。

魔法少女としての戦闘力は及ばないものの、妖精のチカラの担い手に選ばれ、仲間に恵まれ、――そして怪人をも惹きつけるだけの存在感がある。

私が求めてやまない混沌を生み出すチカラといっていい』


 脳裏にカリウスの言葉がよぎる。

 あれはホテルだっただろうか。怪人達が泊まる奇妙なホテルで、カリウスに呼び出されて、そう言われた、と思う。

 それはいつのことだっただろうか。本当にあったことだろうか。

「リュミィ……」

 ふと、肩に乗っている妖精に問いかける。

 一体いつからそこにいたのか。いや、最初からかなみの肩に乗っていたのかもしれない、とさえ思った。

 リュミィはかなみが気が付くまでずっと待っていたのかもしれない。それを確かめようと思ったけど、リュミィの言葉がわからない。

 あの時はちゃんと言葉がわかったのに。

 そこまで考えて、あの時とはいつだろうか。と、また疑問が浮かんできた。

 三次試験でヘヴルと戦った時。いや、もっと最近だった気がする。

「う、うぅ……!」

 視界が明滅する。

 頭がクラクラして、たまらず壁に手をかける。

「ちょっと?」

「……だい、じょうぶ……」

 かなみはそう答える。

 別に病気というわけじゃない。記憶が混濁しているだけだ。

 昨日……いや、朝起きる前。自分が寝る前に何があったのか。

 怪人達が泊まるホテル、グランサーとばったり会う、カリウスに呼び出される、判真と鉢合わせする、怪人に急に襲われる、萌実とまた戦う、リュミィのチカラを借りて……

 多くの出来事が急に洪水のように押し寄せてくる。

「ああぁぁぁ~~~!!」

 たまらず声を上げる。

「ちょっと大丈夫なの? ここで倒れられても置いてくけど」

「萌実!」

「な、何よ?」

「………………」

 かなみは無言で顔を上げて、絞り出すように言う。

「た、助けてくれて、あ、あ、ありがとう……」

 不意にそんなことを言われて萌実はキョトンとする。

「……はあ?」

「だから、ホテルで私を助けてくれたじゃない。後ろにいた怪人を撃って、私を助けてくれて」

「助ける? 私があんたを? そんなのあるわけ……」

 そこまで言って、萌実は何かを思い出したように声を止める。

「ホテル……?」

「そうよ、ホテルよ。あんた、判真に命令されて私と戦ったじゃない」

「あ~待ちなさい。混乱してきたわ、ちょっと整理するわ」

 萌実は気だるそうに頭を掻く。

 それは整理してるつもりなのだろうか、どちらかというと散らかしてるのでは、と、かなみは疑問に思った。

「あ~やっぱりあんたを助けた憶えないわね」

「そんなはずないでしょ、もっとちゃんと思い出して」

「ホテルであんたと戦ったところまでしか憶えてないわ。あ~なんかテキトーに撃った弾があんたの後ろにいた怪人に当たったような」

「それよ、それそれ! あんたが私を助けてくれたときのやつ!!」

「あれはあんたを助けたわけじゃないわよ。あんたごと私を攻撃してきそうだったから、自分の身を守るためにやっただけよ」

「またまた~みあちゃんみたいに素直じゃないんだから」

「うわ、こいつムカつく……銃弾撃ち込んでやろうか」

「ちょっと待て! こんなところで銃を取り出したら大騒ぎに!!」

「はなしなさい! 今日こそあんたの眉間に!!」

 ある意味、生死を賭けた魔法少女の戦いなのだけど、傍から見ると女の子二人がじゃれ合っているような微笑ましい光景に見えた。

「ともかくあんたとやりあったところまでは思い出したわ」

「そこからあんた、気絶したでしょ。あのあと大変だったんだからね」

「へえ、それであの戦いが終わった後にあんたは私を担ぎこんだの?」

「そんなことしてないわよ。第一、私もあの戦いの後……あれ?」

 かなみはそこまで言ってまた違和感がある。

 怪人と戦っていたところで、記憶が途切れている。

「リュミィ? リュミィは戦いのあとどうなったか知らない?」

 リュミィは首を振る。言葉がわからなくても言いたいことはわかる。

「うーん、知らないか……」

「そんなことわかるの?」

「わかるの。リュミィは表情豊かだし」

「ふうん、薄ら笑い浮かべてるだけの妖精だと思ったけど」

「そういうこと言わないの! リュミィだってショック受けるんだから!」

 萌実はそう言われてリュミィは怪訝そうに見る。

「ショック……? わからないわね」

「だから、あんたは妖精に選ばれなかったんじゃない」

「なッ!?」

 珍しく萌実は憤慨する。

 気にしていたことなんだと、かなみは意外に思う。

「そんなこと言ってると撃つわよ!」

「だーかーら! 街中で銃を持ち出さない!!」

 かなみは必死に萌実の両手を抑える。やはり周囲には女の子がじゃれあっているようにしか見えなかった。

「それで、その来葉って女の事務所はまだなの?」

「もうすぐ……のはずなんだけど」

 今更になって自信が無くなってきた。

 魔法少女のオフィスビルが空き地になっていたみたいに。来葉の事務所も、なんてことがあるかもしれない。

「この角を曲がったその先よ」

 角を曲がってみる。

「あ~」

 やっぱりか、と肩を落とす。

 オフィスビルと同じように、来葉の事務所も空き地になっていた。

 ある程度予想はしていたけど、これからどうしたらいいのだろうか。

「あんた、道順間違えたんじゃないの?」

「そ、そんなことないわよ! 何度も来たことあるんだから!」

「本当!」

「本当よ! 本当に本当! ここで間違いないんだから!」

「ま、そこまで言うんだったら」

「……なにその態度、えらそーに……!」

 かなみは歯ぎしりする。

「んで、これからどうするの?」

「そ、それは……」

 他に頼るあてが思い浮かばない。

 オフィスビルも来葉の事務所も空き地になっていた。一体何があったらそういうことになるのだろうか。

 知っていそうな人といえば、あるみか来葉か涼美ぐらいなのだけど、連絡する手段が無い。

「どうしようもない、わけね?」

「あうう……」

 萌実に問いかけられて、悔しいけど認めざるを得なかった。

「仕方ない。あそこ行くか」

「あそこって?」

「もう一つ心当たりあるでしょ。こういうこと知ってそうな奴がいる場所」

「え……?」

 萌実にそう言われても、ピンとこなかった。

 そんな様子を見て、萌実はため息をついて答える。

「――ネガサイドでしょ」




 正直二度と行きたくない場所だった。しかし、他に事情を知っていそうな奴がいる場所なんて心当たりがない。

「出来ることなら、あそこも空き地になって欲しいわね」

 むしろあそこだけが空き地になっていれば世の中は平和なのよ、とかなみは心中でぼやく。

「なにブツブツ言ってんのよ」

「行きたくないからよ。あんたにとって古巣みたいなものだけど、私にとっては敵地よ。地下に落とされたり、罠にはめられたり、これまで散々な目に遭わされてきたんだから」

「じゃあ、行かないのね?」

「……行く」

 他に行く場所がないのだから、背に腹は変えられない。

 しかし、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。あのホテルの戦いの後、何があったんだろう。

 想像してみる。

 ホテルの戦いで、萌実と同じように気絶して、その間になんやかんやあってあるみがなんとかしてくれてアパートまで運んでくれた。それがかなみの中で想像できる範疇であった。

 ただ、それだとマニィがいなかったり、オフィスビルが空き地になっていたことが説明がつかない。

「うーん……前にもこんなことがあったような……」

「あんた、よくよくおかしな体験してるわね」

「うぅ……」

 そこは認めざるを得なかった。

「――あ」

「あ、って、どうしたの?」

「あっちに怪人いたわね」

「えぇ!?」

「あんた、鈍いわね。そこの路地裏に気配プンプンよ」

 嫌味言われても、事実なので返せない。

「ちょうどいいわ、気晴らしに撃ってやるわ」

「はあ、何言ってんの」

「いいでしょ、イライラしてきたところなんだから」

 萌実がさっさと路地裏に入ってしまう。

「しょうがないわね」

 まあ、怪人を放っておけないのだから退治するべきだとは思うけど。

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