第76話 宿泊! 怪人だらけのホテルへ少女達は出向する (Cパート)

 そうして競技用のプールを見たことで、プールは一通り見回ったのでもう出ることにした。

「またのご利用をお待ちしております」

 別れ際にシャイドは丁寧に言う。

 最後まで紳士的な対応で、勝手にこちらが敵視してしまっていたことは悪かったんじゃないかと罪悪感さえ覚えてしまうほどだった。

「社長は何してたんですか?」

 かなみは訊く。

「ちょっと人と会ってたのよ」

「人と? このホテルで??」

 かなみは首を傾げているうちに、あるみは先に行ってしまう。

「誰と会ったのかしら?」

 みあは疑問を口にする。

 かなみや翠華もそれが気になったけど、それを問いただしたところで答えてくれそうにないので、これ以上追及できなかった。

 そして、あるみを加えた五人はエレベーターに乗る。

「次は地下三階ね」

 みあは意気込んで「B3」のボタンを押す。

「ジムにプールときて……次何かしらね?」

 かなみは首を傾げる。

「次辺りはテーマパークが来ても驚かないわよ」

「さすがにそれはないと思いますけど……」

 紫織は苦笑する。

 そして、やってきた地下三階。

 地下とは思えない高い天井に、太陽のような照明。そして、それに照らされて眩い輝きを放つメリーゴーランド、コーヒーカップ、ミニジェットコースター。

「って、本当にテーマパークじゃない!!」

 みあは盛大にツッコミを入れる。

「あははは、さすがに遊園地ほどじゃないけど」

 かなみはそう言ったものの遊びまわるには十分な広さだ。ただ、ここで遊ぶ気にはなれないけど。

「さてと……」

 あるみはそんなアトラクションを横切って進んでいく。

 どこへ向かっているのはわかるけど、見えるアトラクションのどこかに向かっている様子は無い。

「あるみだったらメリーゴーランドではしゃぎそうなんだけど」

「え、そうなの?」

 みあの意外そうな発言だった。

(メリーゴーランド……でも、社長って案外子供っぽいところあるから……)

 かなみは密かにそう思った。

 ただ、そのメリーゴーランドのオブジェクトというとメルヘン調の馬ではなく、血に飢えた顔つきをした狂犬やら骨だけの牛やらでホラー映画に出てきそうなものばかりで、ある種怪人達のテーマパークに相応しい様相であった。

「あれに乗りたいとは思わないわね」

 翠華は言う。

 とはいえ、あるみならあれはあれで嬉々として乗りそうで怖い。

「本当はあのジェットコースターに乗ってみたかったんだけど……」

 不意にあるみはそう言ったことで、かなみとみあはずっこける。

「「そっち……」」

 ジェットコースターは人魂のような形をして、まるであの世に案内するような趣を放っている。あれにも乗りたいとは思わない。

「社長らしいといえばらしいけど……」

 四人は苦笑する。

 そうして、あるみはアトラクションを横切りきってその先にある通路を歩く。

「どこに向かってるんですか?」

 紫織は訊く。

「なんか上の階にもこんなのがあったわね」

 みあは既視感を口にする。

 上の階……たしか地下二階のプールでもこんな通路があって通ったばかりだ。

「プールの遊泳用と競技用……」

 その二つを繋ぐ通路だった。

 そうなるとこの地下三階のこの通路もテーマパークと何かを繋ぐものに思えてならない。

「テーマパークが遊泳用プールだとしたら、この先には競技用プールの……競技用テーマパークみたいなものがあるのかしら?」

 みあは推測を口にする。

「競技用テーマパークって?」

 かなみは訊く。

「知らないわよ、言ってみただけ!」

「でも……」

 翠華は顎に手を当てて言う。

「怪人達が競い合うテーマパークみたいなものだったなら……ひょっとしたら……」

「な、なんでしょうか?」

 紫織は不安がる。


ジャンジャンバリバリ!!


 そこではけたたましい玉の音が鳴り響く。さらにメダルが雪崩れ込む音も。

 スロットやルーレットに一喜一憂する怪人達の姿がある。その欲望や狂気がうずまく様は人間のカジノと何ら変わりなかった。

「カジノ……まさに、競技ね……」

 みあは感心したように言う。

「そ、そうなの……?」

 かなみは疑問符を浮かべる。

「うおおおお、なんでだぁぁぁぁッ!?」

「破産じゃああああッ!!」

「よっしゃ、777だああああああッ!」

「赤! 赤! 赤! 赤! あかぁぁぁぁぁッ!! 黒かぁぁぁぁッ!!?」

「ブラックジャックだ、しゃおらッ!!」

 明暗分かれる怪人達の雄たけびが聞こえてくる。

 それは戦いであり、競技といっていい。

「でも、怪人達がお金を賭けてギャンブルをするのは変な話ね」

 みあは言うと、かなみ達は「確かに」と心中呟く。

「賭けてるのはお金だけじゃないわ」

 あるみは言う。

「え、それじゃ他に何を賭けてるんですか?」

 かなみが訊くとあるみは真剣な面持ちで答える。、

「魔力……それに、生命よ」

「い、いのち!?」

「ほら、あそこ」

 あるみが指差した方を見る。

 そこではスロットの前でうなだれる怪人の姿があった。

「あ~、あれは全財産を失ったやつね」

 みあは言う。

「わかるの?」

「あんたと似たようなオーラ放ってるからね」

「私、あんなオーラ放ってるの!?」

 主に絶望に染まり、生気を失ったオーラである。

「そ、そうかもしれません……」

 紫織は控えめにみあへ同意する。

「紫織ちゃんまで!」

「いや、かなみのオーラの話はどうでもよくて」

「社長!!」

「よく見なさい」

「は、はい」

 あるみにそう言われて、怪人を注目する。

「こ、これで……俺は全魔力をカジノに寄与しなければ、ぎぃやぁぁぁぁぁぁッ!!」

 怪人は悲鳴を上げる。

 目を凝らしてみると、怪人の魔力が眼前のスロットへ流れていくのが見える。

「スロットが魔力を吸い込んでいる!?」

 しかも、尋常ではない量であった。

「そ、それ以上、吸ったら……!」

 紫織はそう言ったところで、スロットは吸収を止める。怪人の魔力が尽き果てたからだ。

 そして、怪人は煙のように蒸発して跡形もなく消える。

「………………」

 あまりの衝撃的な光景に言葉を失う。

「それとあっちに」

 あるみはそう言って、別方向を指差す。

 それはポーカーの台であった。

「ふふ、フラッシュだぜ! これで俺の勝ちだぜ、ハハハハ!!」

 怪人は自分の勝利を確信し、高笑いする。

 一方のディーラー――バニーガールの恰好をした怪人は、一切動じることなく文字通りのポーカーフェイスでショウダウンする。

「ストレートフラッシュです」

 これに勝つにはロイヤルストレートフラッシュかファイブカードくらいしかない強い手役。つまり怪人の敗北だ。

「な、なにぃぃぃぃぃ!?」

 怪人は悲鳴と共に顔を青ざめさせる。

「なぜだ!? どうしてだ!? そんな高い手役が……!」

「これであなたは破産ですね。魔力で返済できなければ、その生命で支払ってもらいます」

 ディーラーは丁寧な口調でそう告げると、後ろから鉄の身体をしたガードマンが怪人を取り押さえる。

「うぅ……」

「こちらへ」

 ガードマンはそう言って、奥へ連れていく。

「あいつ、どうなるんだ?」

「さあ……だが、ああやって連れていかれたら、その姿を見たやつはいないって話だ」

 怪人達は慄きながらそう言う。

「……あるみはあいつがどうなるのか、知ってんの?」

 みあはあるみに訊く。

「ええ、地下の闘技場よ」

「え……」

「そこで怪人は今度こそ生命を賭けて戦うのよ」

「それじゃ、私が戦った闘技場の怪人もここで……」

 かなみはかつてネガサイドの手先として言われるがまま、地下の闘技場で怪人達と見世物のように試合をしたことを思い出す。

 あれは相当嫌な想い出だった。

「かもしれないわね」

 あるみは曖昧に答える。

「あ! あそこ!」

 かなみはルーレットの席で見覚えのある人影を見つける。

「黒に百枚!」

 そう彼女は宣言する

「萌実!」

「あいつ、こんなところで遊んでたんだ」

 みあは言う。

「「「おお!」」」

 それと別に萌実のルーレットの一点賭けに怪人達はどよめく。

「萌実さん、そんなに賭けたんですか?」

 萌実が訊く。

「コインの相場がわからないわね……一体いくらなのか」

「あれはお金じゃないわね」

 あるみは顎に手を当てる。声色に少し真剣味を帯びている。

「お金の代わりに魔力を賭けてるわね。百枚だとかなりの量ね」

「具体的にどのくらい? 負けたらさっきの奴みたいに連れてかれるレベルなわけ?」

 みあが訊く。

「うーん……かなみちゃん一人分ね」

「は、なんつー量賭けてんのよ」

 みあは呆れる。

「私、一人分じゃ大した事無いと思うんだけど……」

「核弾頭が何言ってんのよ」

「か、核弾頭……? そんな言い方ってないですよね、翠華さん?」

 かなみは翠華に同意を求める。

「え、あ、ああ、そ、そうね……!」

 翠華は大慌てで同意するけど、何か言い繕っているように感じる。

「みあさん、言いすぎですよ……」

 紫織はみあをたしなめる。

「だったらどういえばいいのよ?」

「ど、どうって……えぇっと、せ、せめて……水爆並だとか?」

「あんまり変わってないわよ、紫織ちゃん……」

「まあ、かなみちゃんの魔力量が核弾頭か水爆かはどうでもいいけど……」

 かなみは「どうでもよくありません!」と言いたかった。

「あれで負けたら萌実も連れていかれるわね」

「え……?」

 かなみの脳裏に、さっきポーカーで負けて連れていかれた怪人の姿がよぎる。

「あいつの場合、元の鞘に収まるって感じじゃないの?」

 みあの問いかけにあるみは答えなかった。


ガラガラガラガラガラ


 ルーレットは回り、玉は転がっていく。

 そして、回転が収まってくると、玉は重力に従って穴に落ちる。

「黒!」

 落ちたのは、萌実が賭けた黒の方だ。

「あのガキ、また勝ちやがった!!」

「くそ、ついてるな! あれだけ魔力あったら出世できるぜ!!」

「ああ、支部長だって夢じゃねえ!!」

 怪人達は歓声を上げつつも、萌実に羨望や嫉妬などといった感情が入り混じったコメントをする。

「……勝ったわね」

「えぇ」

 みあに対して、かなみは生返事で答える。

 萌実が勝った。それに対して自分は喜んでいいのか、羨むべきなのかわからなかった。

「次は赤ににひゃく、」

 萌実が得たコインを再び賭けに出そうとした時、あるみがその手を止める。

「そこまでよ」

「何?」

 萌実は敵意を剥き出しにして、あるみを睨みつける。まるで親の仇へ向けるような。

「もう十分勝ったでしょ、そのくらいにしなさい」

「私に命令するな、――殺されたいの?」

「できるものならね」

 萌実は「チィ」と舌打ちし、コインを取り下げる。

「まだ足りない……これだけあっても……」

 萌実は悔し気に言う。

 そこにアタッシュケースを積んだ台車をガードマンが運んでくる。

「何あれ?」

「戦利品じゃないの」

 かなみが訊くと、みあが答える。

「戦利品って……魔力……?」

 あのアタッシュケースの中に魔力が詰め込まれているというのか。ケースを開けて確認したい。

「私の部屋まで運んどいて」

「かしこまりました」

 そんなやり取りをして、ガードマンは台車を押してカジノを出て行く。

「あれで何するつもり?」

「そんなの私の勝手でしょ!」

 萌実は手を振り払って席を立つ。

「あんたも私のターゲットだから!」

 去り際、かなみとすれ違ったところで萌実は言う。

 そのあまりの敵意にかなみは銃弾に撃たれたかのように強張る。

「萌実……」

 彼女の名前を口にして、その発言に対してどう反応していいのかわからなかった。

(同じ魔法少女……だけど、萌実はネガサイドで……でも、今だけはこっちの方にいて……)

 萌実を敵にみていいのか、味方にみていいのかわからない。

「あなたが決めなさい」

 あるみはかなみの心を読み取ったように言う。

「社長はどう思ってるんですか?」

「私はもう決まってるわ」

 あるみはただそう答えるだけだった。




 かなみ達はエレベーターまで戻る。

 みあは「ちょっとカジノで遊びたかったけど」とぼやいていたけど、魔力や命を賭けるわけにはいかないから、すっかりカジノに出る雰囲気だった。

「この下は何があるんですか?」

 かなみは「B4」を押してから、あるみに訊く。

「さあ。私も詳しくは知らないし」

「そんなんで大丈夫なの?」

 みあは訊く。

「まあ、大丈夫でしょ。ここはホテルで基本リゾート施設ばっかなんだから」

「き、基本ね……」

 果たしてそれを信じていいのか、かなみ達は大いに疑問符を浮かべる。

「地下四階ね……次あたり、本当に地獄かもしれないわね……」

 みあは息を呑むように言う。

「……地獄、ね」

 あるみは感慨深く呟く。

 エレベーターは止まる。

 降りると、一階のロビーのような場所でセミの頭をした二人のスタッフがいる。

「カプセルをご利用ですか?」

 そう訊いてくる。

「カプセル? それ、なんですか?」

「御存知ないのですね、それではご説明します」

「こちらは当ホテルの長期睡眠を目的とするお客様がご利用されるコールドスリープカプセルの施設です」

「コールドスリープ、ですって……?」

 みあがその単語に反応する。

「みあちゃん、コールドスリープって何?」

「あんた、知らないの? 冷凍睡眠よ」

「ああ! って、冷凍睡眠って何? 冷凍みかんなら知ってるけど」

「あほか!」

「あいた!?」

 みあは思わずかなみの頭を叩く。

「ちょっと見学していきたいんだけどいいかしら?」

 あるみはセミの怪人へ訊く。

「かまいませんよ。それでは私がご案内致します」

 セミの怪人がそう言って案内を申し出る。

 長い廊下を歩いて、「春」「夏」「秋」「冬」の矢印がある。

「当ホテルの四つの部屋の名前で分けられています」

「春夏秋冬ね」

「それで、コールドスリープって何?」

 かなみは訊く。

「簡単に言えば、身体を一定の温度にまで下げることで長い時間眠らせることができるというものです」

 セミの怪人は丁寧に説明する。このホテルのスタッフはみんな丁寧な応対ばかりで、敵対しているネガサイドの施設だということを薄れさせられる。

「長い時間ってどのくらい?」

「短くて一年、長い方ですと百年、千年の方もいます」

「せ、千年!?」

 その長さにかなみは驚愕する。

「そのコールドスリープで眠っている怪人達がこの施設にいるってわけね?」

「はい、その通りです」

 セミの怪人はそう言って、「冬」のルームの扉を開ける。

 そこは一面雪のような白い景色が広がっている。

 壁はロッカールームのように区分けされていて、そこにはタイマーがある。

「これはその部屋でお休みになられているお客様を起こすまでの時間です」

 セミの怪人がそう言うと、一つのタイムがゼロになる。


ピーピピピピ!!


 アラームが鳴り出す。

 そのアラームからブロックが引き出しのように飛び出てくる。

「あ~よく眠ったぜ!」

 そこに横たわっていた怪人は大きく伸びをして、起き上がる。

「五年振りのお目覚めですね」

「ああ、いい眠りだったぜ! そんじゃあな!」

 怪人はそう言って、ルームを出て行く。

「五年振りって言ってたけど」

「彼は五年前にここへきて、眠りにつきました。そして今日起きることになっていました」

「ご、五年……」

「気の長い話ね、他にも十年、百年もあるわね」

 みあはルームを見渡して言う。

「な、中にどんな怪人が眠ってるんでしょう……?」

 紫織は手が震える。

「私も知らないような怪人……ひょっとしたら、この国を滅ぼしてしまいかねない怪人だっているかもしれないわね」

 あるみは思わせぶりに言う。

「そんな……そんな怪人がいるかもしれないって……!」

 かなみは身構える。

「でも、今は静かに眠らせてあげるべきね」

 あるみはそう言う。




「あたし達って損な役回りね」

 地下から上がるエレベーターに乗って、みあはぼやく。

「どうしたの、みあちゃん?」

「あんな怪人がいっぱい眠ってるところなら、一網打尽にもできたのに」

 言われてみると確かに、かなみは思う。

 眠っているなら楽勝だと思うけど、自分達がそれをやるイメージが湧いてこない。何故なら……

「なんだかイメージ悪いわね」

 かなみは言う。

「イメージって……」

 みあはしかめる。

「寝込みを襲うなんて魔法少女のすることじゃないわ」

 あるみは言う。

「正面から正々堂々と戦う、それが正義の味方の戦い方よ」

「……そりゃ、わかってるけど」

 みあは納得がいかないようだけど、一応は同意する。

「かなみさんはどう思う?」

 翠華は訊く。

「そうですね……私はみあちゃんが言われるまで考えもしませんでした」

「正直言うと私は少しだけ考えてしまったわ」

「そっちの方が頭が良いと思います」

「いいえ、そういうことを考えないのは純粋だからよ」

「純粋……? そうなんでしょうか?」

 かなみは首を傾げる。

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