第76話 宿泊! 怪人だらけのホテルへ少女達は出向する (Bパート)

 ロビーの前にある案内板を確認する。

 そこにはさっき確認したとおりの内訳になっていた。

 ただ、かなみ達はどうしても気になるが箇所があった。

「地下ね」

「地下……」

 この場でその言葉を口にするだけで、緊張感が走る。

 あの高層ビルの広大な地下空間といい、中部地方の地下施設といい、とにかくネガサイドの施設は地下に何かしらとんでもない秘密を抱えているイメージがある。

 このホテルにも何かあるに違いないと直感が告げている。


 地下一階……アスレチック、トレーニングジム

 地下二階……地下リゾートプール


 そんな風に書かれている。

 ネガサイドの地下施設が二階で終わるはずがない。


――行くなら地下ね。


 かなみ達の見解は自然と一致した。

「まずは地下一階ね」

 みあがエレベーターのボタンを押す。

 そして、あっという間に地下一階に着く。

 そこにも怪人達がいたのだけど、それ以上に目を奪われたのは器具であった。

「な、何これ……」

 ランニングマシーン、サンドバッグ、ベンチプレス、リングまである。

「本当にトレーニングジムみたいね……」

 サンドバッグを叩いたり、ベンチプレスを持ち上げる怪人。なんだかとても人間っぽくてシュールであった。

「お前達も利用するのか!?」

 雄叫びのような張り上げた声で問いかけられる。

 声の主は三メートルほどあり、それ以上に筋肉が岩のように盛り上がっていて顔が見えない。

「あ、あんたは……?」

 かなみ達は思わず身構える。

「俺はこのジムのトレーナー・スージーニックだぁ!!」

 無駄に大きい声のせいで反射的に耳を塞ぐ。それでもジンジンと頭に響く。

「と、トレーナー?」

「いかにも!! 君達は初めてか!? ならばまずはスパーリングだ!!」

「はあ!? 何言ってんのあんた!?」

 みあは反論する。

「スパーリングって?」

「練習試合って意味よ」

 かなみは翠華に訊き、答える。

「普通こういう場合、初心者用の器具を進めたりするもんじゃないの!?」

「今って普通なんでしょうか?」

 紫織の呟きに、かなみと翠華は苦笑する。

「どれほどの実力か計測して、それに相応しいトレーニングメニューを組むのがここの習わしだあああ!!」

「冗談じゃないわよ! 私達、トレーニングに来たわけじゃないんだから!!」

 スピーカーのようなスージーニックの声に、みあも負けじと大声を張り上げて対抗する。

「なあああにいいいい!! ならば見学者か! よかろう、好きなだけ見て回るがよぉい!!」

 そう言って、スージーニックは百八十度回る。おそらく背中を向けたのだろうけど、後ろの方も岩のような筋肉でできていて区別がつかない。

「参加したければいつでも言っていいぞ!」

「誰が参加するか!」

 みあは威勢よく言い返す。

「みあちゃん、よく言い返せるわね」

「すごいです……」

「ふん」

 みあは鼻を鳴らす。

「ああいうのはね、見掛け倒しよ。そうに違いないわ」

 みあの言うことなのだからそれとなく説得力を感じるのだけど、一方で本当かなと半信半疑であった。

「おう、お前か!」

「げ?」

 声を掛けてきた怪人は顔見知りだった。

「おう、ゲイタだ!」

 威勢よく名乗りを上げる。

 そんなこと言われなくてもわかっているのに、と言いたくなるけどこらえる。

 ワニの怪人、ゲイタ。以前二度ほど顔を合わせている。最高役員十二席選考の二次試験と三次試験。さらにいうなれば兄のダインとも一次試験と顔を合わせている。

 ここまでくるともうただならぬ因縁さえ感じる。

「あんたらもトレーニングか? 精が出るな、ハハハ!」

 もっとも感じているのはかなみだけで、ゲイタの方は友達のような感じで接してくる。

「いえ、ただ見学にきただけよ。って、あんたはトレーニングなの?」

「当然だ! 次の選考試験がいつになるかわからねえからな、ここでトレーニングして備えるんだ!」

「そ、そうなの……?」

「正直言ってな、俺がここまで生き残れたのは運が良かったみたいだからな。こうしてトレーニングしなければいけねえんだよ。お前と違ってな」

「え、私? 私だって運よく生き残れただけなのに……?」

「そんなわけねえだろ。あのヘヴル様を倒したんだからよ」

「え、あ、あれは……」

 私一人じゃなくて、リュミィや他の魔法少女のみんな、それに三次試験の場にいた怪人達の協力があったおかげだ。一人だったら確実にやられていた。

 とはいっても、あの時ヘヴルを仕留めたのは間違いなく魔法少女カナミの神殺砲だった。

 そのため、ゲイタからそう評されるのも無理はない、と、翠華達ですら思う。

「謙遜するなんざそれだけ大物ってことだな! ハハハ、まあいいぜ! 次の選考試験、楽しみに待ってろよ!!」

 ゲイタはそう言って、ペンチプレスを持ち上げるトレーニングを始める。

「謙遜なんかじゃないのに……」

 かなみはぼやく。

「別にいいんじゃないの。過大評価ってわけでもないんだし」

「みあちゃん……面白がってる?」

 かなみは目を細めてみあへ問う。

「面白がってるに決まってるでしょ」

 みあは笑って、当然のように答える。

「ひょっとして、恋敵……」

 翠華はボソリと呟く。

「翠華さん、何か言いましたか?」

「う、ううん、なんでもないわ!」

 紫織の問いかけに、翠華は大慌てでごまかす。

「あ、スパー、やるみたいよ」

 みあに促されて、リングの方を見る。

 虎の頭をした怪人・コオと狼の頭をした怪人・ロオの二人が相対して二人に立っている。

「まるでプロレスね」

 みあは言う。

「そ、そういうものなの……?」

 よく知らないかなみは首を傾げる。


カァァァァァァン!


 どこからともなくゴングが鳴る。

「わあ、いきなりコブラツイスト! スクリュードライバー! キャメルクラッチ! っていうかもう完全にプロレスじゃない!」

「っていうか、みあちゃん、詳しすぎ……」

 かなみには何がなんだかよくわからなかった。




 スパーがコオの勝利に終わるところまで見届けてから地下一階を出た。

 そして、次に向かったのは地下二階。

「リゾートプールって書いてあったけど……」

「地下のプールね……どんなものかしらね……?」

 翠華が言うと、みんなは想像してみる。

「怪人のプールね……血の池地獄みたいなやつかもね」

 まずみあが言う。

「地獄は怪人にとって天国なのかもね、あはは」

 かなみは苦笑する。

「そうなると、マグマとかあったりするんじゃないでしょうか?」

 紫織が言ってみる。

「マグマのプールね……確かにあってもおかしくないわね」

「マグマなんてあったら……泳げないわね」

 かなみがぼやくと、視線はかなみへ集中する。

「あんた、泳ぐつもりだったの? 怪人のプールに?」

 みあが呆れつつも訊く。

「え、そ、そういうわけにもいかないでしょ、水着持ってきてないし!」

「そういう問題なの?」

 みあはさらに呆れる。

「ま、まあ、かなみさんもプールって聞いて泳ぎたくなったのよね」

 翠華がフォローを入れる。

「そ、そうなんですよ」

(かなみさんの水着……みてみたい……)

 翠華は想像してそわそわしだす。

 そして、エレベーターは地下二階に着く。

 エレベーターを出て、長い廊下を歩いてからプールの全容が眼下に広がっていた。

「すごい……!」

 かなみは感嘆の声を漏らす。

 そのプールには、リゾートに相応しく清潔感のある遊泳用のプール、流れるプール、波が発生する

プール、ウォータースライダーまである。


『当ホテルのプールは年中常に水温25度に保たれています』


 そんな言葉が案内板に添えられている。

「つまり、私達が入っても大丈夫なわけね」

 みあは言う。

「はい」

 スーツを着込んだ鮫の頭をした怪人が紳士的な物腰でやってくる。

「このプールの管理責任者を任されているシャイドです」

 丁寧に一礼する。

「何の用?」

 みあは不愛想な顔をして訊く。

「人間のお客様は極めて珍しいことなのでご案内を、と思いまして」

「わ、罠でしょうか……?」

 紫織はボソリと訊く。

「そんな感じにみえないけど……」

 かなみや翠華はそう思った。

「いいじゃない。せっかく案内してくれるんだから案内してもらおうじゃないの」

「みあちゃん、大胆……」

 かなみはそう言いつつも、反対しない。

「そういうわけで、皆様の水着も準備してありますので更衣室はこちらです」

「水着? なんでそんなものが……?」

 四人は疑問符を浮かべつつも更衣室へ行ってくる。

「それではごゆっくり」

 シャイドは入り口手前で止まる。

 なんとなくだけど、顔つき、声色でオスだと思うし、それ以前に怪人が同じ場所にいられては落ち着いて着替えられない。鮫の顔をした怪人はそのあたりを弁えているように感じた。

「まあ、油断はできないけど……」

 みあはそう言って、更衣室を見回す。

 更衣室は少人数で使うためのもので、ロッカーもちょうど四人分ある。まるでかなみ達四人が扱うためにわざわざ用意したような気さえしてくる。

 そして、その肝心の水着はというと……

「うわあ……色々取り揃えてきたわね……」

 用心しつつもロッカーには水着が入っている。

 しかも、小学生用、中学生用、高校生用、はたまたフリル、ワンピース、ビキニ、それにスクール水着まで用意されている。

「水着屋でもやってるのかしら? なんでこんなに品揃えがいいのよ?」

 みあがぼやく。

「これ、どれを着てもいいんでしょうか?」

「あとで料金の請求がきたりとか?」

 不安がる紫織とかなみ。

「ま、大丈夫じゃないの? きたとしてもかなみがまとめて払うだろうし」

「なんで私が?」

「だ、大丈夫よ、かなみさん……! そうなったら私が払うから!!」

 翠華は震える声で食い気味に言う。

「す、翠華さん……? どうしたんですか?」

「な、なんでもないのよ……! さ、さあ、どの水着を着ましょうか!? こんなにいっぱいあると悩むわね~!!」

 そう言って、翠華は適当にとった水着を見る。

「おかしな翠華さん……」

「ところで、かなみ? あんたは何を着るの?」

 みあが訊く。

「え、私? 私は~えっと……えっと……これかな?」

 そう言って、黄色のフリルの水着をとってみせる。

「あ、無難なやつね」

「えぇ……そういうみあちゃんは? これとか?」

「なんで、スクール水着なのよ!?」

「え……?」

 みあが反論すると、紫織はビクつく。その手はスクール水着をとっていた。

「い、いけませんでしたか……?」

「そ、そういうわけじゃないのよ! かなみが言うからついつい……」

 みあは紫織の擁護をする。

 「なんで私が悪者みたいに……」とかなみは納得がいかなかった。




「少々時間がかかりましたね」

 プールの入り口で待っていたシャイドは言う。

 その一言は文句やぼやきなどではなく、誰かに報告するようなものだった。

 そして、四人の少女達は思い思いの水着を着てやってくる。

 かなみは黄色のフリルの水着、翠華は淡い水色のワンピースの水着、みあは赤いセパレートの水着、紫織はスクール水着、と個性が出ていた。

「ほほう」

 シャイドは感心したように声を上げる。

 かなみ達四人はそれで警戒する。

「襲い掛かってくるつもりなら、すぐに反撃するわよ」

 かなみはシャイドに言う。

「心得ております。ですが、私はあなた方に危害を加えるつもりはありません。それでは案内します」

 シャイドは丁寧にそう答えて、案内を始める。

「流れるプール……」

 そこには怪人達が楽しそうに泳いでいる。まるで人間みたいだ。

「……かなみ、泳いでみたいの?」

 みあが訊く。

「み、みあちゃんこそ!」

「あたしは嫌ね。怪人達が泳いでるプールなんて」

「それはまあ確かに……」

 しかし、プールで泳ぎたいという気持ちは別だ。

「……ここは我慢」

 かなみはそう言い聞かせる。

 それは波のプールも同様であった。

「なんか、普通に楽しんでいるわね……」

 みあはプールで遊んでいる怪人達を見て、忌々しそうに言う。

「次はウォータースライダーですが、一つ滑ってみますか?」

 シャイドは提案する。

「冗談のつもり?」

 翠華は警戒して訊く。

「まさか、そんなつもりはありませんよ。こちらです」

 そう言って、シャイドは歩いていく。

「翠華さん、罠でしょうか?」

 かなみは訊く。

「そんなつもりはないと思うけど……わからないわね、そういう素振りで油断させる作戦かもしれないし……って、かなみさん!?」

「どうしたんですか?」

 かなみは目を丸くする。

 急に距離を詰められて、翠華はドギマギしたのだ。

(かなみさん……! 水着で……! しかも可愛く! うーん!!)

 翠華は頭を振る。

「な、なんでもないわ……!」

 そして、冷静につとめる。しかし、額から思いっきり汗が流れている。

「あの……それでついていっていいんでしょうか?」

 紫織は訊く。

「行くだけ行ってみましょう」

 みあは、やれやれといった仕草で答える。

 ウォータースライダーへの階段を上がる。それなりに高さはあるものの、ものの数分で入り口に着く。

「滑ってみませんか?」

 シャイドは言う。

 その言葉には脅迫めいた感じは一切しない。あくまで紳士的な提案でしかない。

 やっぱり、罠とは思えない。しかし、このスライダーの入り口は地獄へ続いている穴にしか思えない。

「かなみ、行ってみる?」

「ええ、みあちゃんが行けばいいじゃない?」

「あんたのしぶとさだったら、たとえ地獄に続いても大丈夫でしょ」

「それって、褒めてるの?」

「評価してるのよ。速く滑りなさい」

「みあちゃん、こそ!」

「かなみ!」

「みあちゃん!」

 かなみとみあは睨み合う。

「こうなったら、ジャンケンで決めましょう」

「じゃ、ジャンケン……?」

「おじけづいた?」

「そんなわけないでしょ!」

「「ジャンケン、ポン!!」」

 かなみはグーで、みあはパーであった。

「はい、かなみ! 行きなさい!」

「うぅ……」

 かなみは躊躇いながらスライダーは

「ご安心ください。このスライダーは地獄には続いていません」

 シャイドは言う。

「当たり前でしょ!」

 かなみは強がって答える。

「ああ、もう! こうなったら、地獄にだっていってやるわよ!!」

 意を決して、スライダーへ飛び込む。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 どこか間の抜けた悲鳴を上げてながら、ウォータースライダーを滑っていく。

 スピード十分、迫力満点なのだけど、それ以上にこのスライダーにはどんな仕掛けがあるのかわからない恐怖が一番強かった。


バシャアアアアアン!!


 そんな恐怖を抱えたまま、かなみは下のプールへ水飛沫を上げて落ちる。

「な、何もなかった……」

 シャイドが言った通り、ウォータースライダーには罠も無ければそれらしい仕掛けすらなかった。

 ただの……ただの楽しいアトラクションだった。

「あははははははは!!」

 安心したと思ったら気が抜けて笑いがこみ上げる。

 心配や不安になっただけ損であり、それがおかしくて笑わずにはいられなかった。


バシャアアアアアン!!


 みあが続いてスライダーからプールへ落ちる。

「何よ、楽しいじゃないの!」

 みあは笑顔で言う。

「みあちゃんも滑ったんだ」

「あんたが滑って安全なのがわかったからね」

「ひどい、それ!」

 かなみはみあへ水をかける。

「やったわね!」

 かなみとみあは水をかけあう。




 そうして気が済むとかなみとみあはプールから上がる。

「お次は競技用プールでございます」

 シャイドはそう言う。

「競技用?」

「今まで案内したのは、遊泳用です」

「楽しく遊ぶためのアトラクション、呑気に遊びに来た怪人のためのものだった、ってわけね?」

 みあは自分なりの分析を言い、シャイドは問う。

「おっしゃる通りです」

 シャイドは丁寧にその問いを肯定する。

「それじゃ競技用っていうのはどんな怪人のためのものよ?」

「来ていただければわかります」

 シャイドはそう言って案内する。

 遊泳用といった数々のプールを横切って、筒のような通路を通る。

 その先にあったのが競技用プールで、さっきまでの遊泳用とは空気が変わって張り詰めたものになっていた。

 大会でみたことある五十メートルの競技プールが四つほどあり、奥には飛び込み用のプールとジャンプ台がある。

 水飛沫を上げて、怪人達はその五十メートルを泳いでいる。その姿はまさしく水泳選手のそれであった。

「魚が泳いでる……」

 みあはその様子を見て言う。

 その通り、中にはどうみてもマグロにしかみえない怪人が物凄い勢いで泳いでいる。オリンピックに出れば間違いなく金メダルをとれるスピードだ。

「うわ、ペンギンだ!」

 マグロの隣でペンギンが泳いでいる。どうやら競争しているようだ。

「ここって水族館なんでしょうか?」

 紫織は言う。

 確かにマグロとペンギンが泳いでいる様を見ているとそう言いたくなる。

「競技用プールですよ。彼らはトレーニングのために泳いでるんです」

「泳いでいる? 泳がないと生きていけないからじゃないの?」

 みあが訊く。

 マグロは泳ぎ続けないと生きていけないとよく言うから。

「それは怪人それぞれです」

 シャイドは否定も肯定もしない。そういえば、鮫にも似たようなフレーズをきいたことがある、とかなみは思った。

「あら?」

 その中で見おぼえるのある顔と目があった。

「て、テンホー?」

 かなみは自信無く確認するように言う。

 見慣れた顔なのに、自信が無かった理由はいつもの和服ではなくビキニの水着であった。

「……なんで、あんたがここに?」

「それはこっちの台詞よ」

 かなみの問いかけに、テンホーはフフッと笑って答える。

「怪人が怪人のホテルにいるのは当たり前のことよ。それよりも人間が怪人のホテルにいる方が不自然なのよ」

「そ、それはそうだけど……」

「まあ、あなたの場合、一時はこちら側にいたけどね」

「や、やめて! 思い出したくない!!」

 かなみは睨みつける。

「フフ、なんだったらもう一度こちら側に来る? いつでも歓迎するわよ」

「冗談じゃないわ!」

 かなみは即答で拒否する。

「それは残念ね。ねえ、ひと泳ぎしない?」

「ひとおよぎ?」

 唐突な提案に、かなみは首を傾げる。

「そう、五十メートルをどちらが速く泳げるかの勝負よ」

「なんでそんな勝負を?」

「私がしてみたいからよ。そうね、何か賭けでもしてみない?」

「賭け? 何を賭けるっていうのよ?」

「そうね……勝った方が負けた方を食事にご馳走するっていうのどうかしら?」

「ご、ご馳走……?」

 その提案にかなみは揺れ動いた。

「こいつ、かなみがちょろいってことよく知ってるわね」

 みあは感心する。

「かなみさん、勝負するの?」

 翠華は訊く。

「え、そ、それは……」

 かなみは迷っていた。

「お、泳ぎにそんなに自信ありませんし、勝てるとは思えません……」

 弱気というより、慎重といった方が正しい判断であった。とはいえ、半ば勝負を受ける前提で言っているため、慎重というには少々怪しい。

「それだったら、私が受けるというのはどうかしら?」

「――社長!?」

 あるみがやってくる。

 着ているのは競技用の水着で、さながら水泳選手のような雰囲気というかオーラを纏っていた。

「あなたが、勝負を?」

 テンホーは一瞬驚きの色を浮かべるものの、すぐに興味深そうに訊く。

「ええ、面白そうだからね」

「ええ、面白そうだわ」

 あるみとテンホーは対峙して笑みを交わす。

「……なんで、二人が?」

 かなみ達は困惑するも、どちらが勝つか興味がそそられた。

 あるみとテンホーは二人がスタート台に立つ。

「それでは私の笛でスタートです。先に向こう側の壁へタッチした方が勝ちです」

 何故かシャイドが仕切りだす。それではテンホーの方が有利なんじゃないかと思ってしまう。

「ゴールはあたしが見るわよ」

 みあはそう言って、楽し気にゴールの方へ向かう。

「ど、どっちが勝つんでしょうか?」

 紫織はかなみと翠華に訊く。

「わからないわ。戦ったら十中八九、社長が勝つでしょうけど……」

「社長って水泳はどのくらいできるんですか?」

 かなみが翠華に訊くと首を振る。

「全然知らないわ。ただ海へ渡って太平洋を泳いだって聞いたことがあるけど」

「た、太平洋……?」

 あるみなら本当にありそうな話だった。

「魔法は?」

 テンホーはあるみへ確認するように使う。

「使わないわよ、そっちは」

「そっちが使わないならこっちも使わないわ。フェアプレーで行きましょ」

「そうね」

 それだけ言葉を交わして、スタートに備える。

「それでは、よーいスタート!」


ピー!!


 シャイドは笛を鳴らす。

 二人はほぼ同時にスタートを切り、クロールで競う。

「社長はや!?」

「テンホーも負けてません!」

 かなみと紫織は二人の泳ぐ速さに驚愕する。

「今のところ、同じくらいだけど……」

 翠華は息を呑んで勝負を見つめる。

 二十メートル、二人はほぼ同じスピードで泳ぎ切っている。

 三十メートル、二人のスピードはまったく落ちることなく泳ぎ続けている。

 四十メートル、このまま百メートルでも二百メートルでも泳いでしまう勢いであった。

 残り五メートルになっても、二人はほぼ同じであった。

「――勝負はタッチの差で決まるわね」

 みあは目を凝らす。勝負の判定を見誤らないように、というより勝負の決着を見逃さないために、だ。


タン!


 二人のゴールの壁へタッチする。

「どっちが勝ったの、みあちゃん!?」

 かなみはみあへ訊く。

「……ん~」

 みあは難しい顔をして唸った後、勝者の名前を告げる。

「あるみ」

「おお! さすが社長!!」

 かなみは思わず感嘆の声を上げる。

「部下にヒイキの判定をさせるなんてらしくないわね」

 テンホーはあるみに言う。

「そんなことをさせた覚えはないわ」

 あるみは堂々と答える。

「ちょっと! あたしがそんないい加減なこと言うわけないでしょ!」

 みあがテンホーへ食って掛かる。

「私の判定でも、あるみ女史の勝利ですよ」

 シャイドが冷静にテンホーへ言う。

 味方であるはずのシャイドからもそう言われてはテンホーも認めざるを得ないはずだ。

「そんなことわかってるわよ」

 テンホーはあっさりと敗北を認める。いや、最初から認めていたのだ。

「ちょっと言ってみただけよ」

「それじゃ、約束通りご馳走してもらおうかしら?」

「そうね。今夜は都合があって無理だろうから、しかるべき日に招待するわ。――彼女ともどもにね」

 そう言って、かなみに視線を送る。

「いい勝負だったわ。楽しかったわよ」

 そして、プールから出て行く。

「確かに、いい勝負だったわ」

 あるみの方も満足げに言う。

「っていうか、なんであんたがここにいるわけ?」

 みあが訊く。

「ちょっとした物見遊山よ」

「その水着は?」

「なんか用意してあった」

「………………」

 軽いノリにみあは呆れる。

「社長って水泳も凄いんですね!」

 かなみは目を輝かせて言う。

「ええ、まあ特訓の一環でね」

「翠華さんが言ってたんですけど、太平洋を泳いだっていうのは本当なんですか?」

「太平洋? ああ、船が沈んじゃってしょうがなく泳いだだけよ」

「しょ、しょうがなく……?」

「それって、どのくらいの距離なんですか?」

 紫織も興味本位に訊く。

「うーん、確か日本とアメリカの真ん中あたりで怪人に沈められて、そこから日本まで泳いで渡ったから……五千キロくらいかしらね?」

「「ご、ごせん……!?」」

 かなみと紫織はその数字に驚く。

「あるみのことだからそのぐらいはもう驚かないわよ」

 みあは当然のように言う。

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