第75話 凶兆? 少女の目前をよぎる黒猫は吉兆? (Bパート)
それから二日、ラックは基本的にソファーに横たわっていてたまにオフィスを歩き回る。特にかなみのデスクにはよくやってきた。
「何が楽しくてかなみの側に」
とマニィはぼやく。
「私は楽しいわよ。あぁ」
ラックはかなみの肩に乗る。マニィに比べるとちょっと重いけど不快感は無い。
「マニィ、やいてるの?」
「別に。ただ、ラックがいると落ち着かないだけだよ」
口では否定しているものの、自分の居場所をとられたような悔しさを滲ませている。
かなみにはそれが愉快に思えてならなかった。
「かなみ、黒猫苦手じゃなかったの?」
みあが訊く。
「別に苦手ってわけじゃないけど」
「黒猫を見ただけで、面白くおかしくうろたえていたじゃない」
「お、おもしろおかしく……?」
「傍から見ると滑稽よ。芸なんじゃないかと思ってたぐらい」
「芸でもなんでもなく切実なことなのに……」
かなみはぼやく。
「ニャン」
ラックはかなみの頭のてっぺんへ上る。
「あ、こら!」
「相当、居心地がいいみたいね」
みあは感心する。
「……ちょっと、うらやましい」
翠華は思わず言う。
「え、でも割と重くて大変ですよ」
「あ、そうじゃなくて、ラックの方が……!」
かなみの勘違いに、翠華は焦って訂正しようとする。
「かなみちゃん、ちょっといい?」
あるみがかなみを呼ぶ。
「あ、はい」
かなみは頭の上に乗ったラックを下ろそうとする。
「それとラックも」
「……え?」
かなみはキョトンとする。
かなみはあるみに呼ばれて社長室にやってくる。
「ラックを傷つけたやつのことだけど……」
「わかったんですか?」
「来葉にも調べてもらって、一応の見当はついたわ」
「ということは……怪人なんですか?」
かなみは神妙な面持ちで尋ねる。
「おそらくね。そうなると放置するわけにはいかないわ」
あるみはアタッシュケースを持つ。
「一緒に行くわよ」
「え、社長がですか?」
てっきり、かなみ一人で行くものだと思っていたけど、あるみが一緒に行こうと提案するのは珍しい。
「そうよ。どうにも厄介なことになるかもしれないからね」
あるみが厄介と口にする。
それだけで今回の一軒は不吉なことになるかもしれないと思えてならない。
「ニャン」
「ラックが案内してくれるわよ」
そうまで言われて行かないわけにはいかなかった。ラックはもう自分にとってただの野良猫ではないのだから。
外で放したラックの後を追う。
そうすると町内の商店街を通る。
「魚を狙ってると思ったけど」
ラックは魚屋を横切るとき、少しだけ足がゆったりとなった。
「そんなのダメですよ。泥棒猫だなんて」
「もし盗ったら、かなみちゃん弁償しなさい」
「ええ……」
あるみは冗談めいて言う。
ラックはその後、八百屋、魚屋、肉屋、酒屋と通り歩いたけど、食べ物には目もくれなかった。
「……あ?」
喫茶店の前で掃き掃除をしていた女性の店員がラックに気がつく。
「黒猫……あの子じゃないわね」
店員はぼやく。
「どうしたの? 別の猫と勘違いしたの?」
あるみが訊く。
「はい……よく来る猫がいるんですけど、一週間ぐらい見かけなくて……」
店員はさみし気に答える。
「一週間ね」
おもむろにそう言って、あるみはラックを追う。
「黒猫か……あの子も可愛いわね」
去り際に店員がそう言っていたことをかなみは確かに聞いた。
ラックはそのまま商店街を抜けて、路地裏に出る。
「私達をどこへ連れていくつもりなんでしょうか?」
「さあ」
あるみはとぼける。あるいは本当に知らないのかもしれない。
「最近、野良猫の目撃が減っているらしいのよ」
「減ってる?」
「代わりに集団で移動しているところを見かけることが多くなったみたいよ」
「それがラックと何の関係が?」
「ラックも野良猫よ」
そう言われると関係があるように思えてくる。
「野良猫が集団で移動している……渡り鳥みたいにどこかに移るんですか?」
「それも考えられるけど、多分違うわね」
「それじゃ何が起きたんですか?」
「ボスが現れたのよ。野良猫達をまとめ上げるやつね」
「ボス?」
そう言われてもかなみにはピンとこなかった。
「それがただのボスだったらいいんだけど」
「それって怪人なんですか?」
「多分ね」
「しかも、滅茶苦茶強いんですか?」
あるみが出張るほどだからよっぽどのことだと思えてならないからだ。
「それは行ってみないとわからないわ」
あるみのその返答で、かなみは不安になる。
(これって、私の手に負える案件じゃないかも……)
そんな不安を他所にラックはどんどん進んでいく。
やがて路地裏を抜けて広場のような場所に出る。あたかも、ビルの山々に囲まれた中でぽっかりと空いた盆地のようだ。
「戻ってきたか」
広場の中央から寒気が走るようなおぞましい声がする。
グドン、と、物々しい音を立ててそいつは姿を現わした。
(猫というよりカバ……!)
かなみは一目見てそう思った。
「てめえ、俺様をブタだと思っただろ?」
そいつはギラリと猫目石のような目で睨んでくる。
「そ、そんなことないわよ」
かなみは一瞬うろたえるけど、本当に思ってなかったので毅然と答える。
「人間の言うことなんざ信用できねえな」
「あなたがここのボスみたいね」
「そんなのみりゃわかるだろうがよ」
あるみの問いかけに強気に答える。
すると、周囲から野良猫がそいつに集まってくる。
「俺様が合図を出せば、ほれこのとおりよ」
「なるほどね」
あるみはあくまで落ち着いた面持ちで納得する。
「私はあるみ。あなた、名前は?」
「俺様はザンボス。俺様に何の用だ? 見たところ、お前らただの人間じゃなさそうだが!」
威嚇するように語気を強める。
「人間よ。私はもちろん、この娘も」
しかし、あるみはあくまで自然体で答える。
(ただ、どころじゃないと思うんだけど……)
かなみは内心そう思う。
威嚇こそしているけど、かなみにはそれほど怖いとは思えない。図体が大きいだけの見掛け倒しといった印象でしかない。
自分はともかくあるみならば天地がひっくり返っても負けるどころか傷一つつけられないだろう。
「あなたが何を企んでいるのか、それを聞きたいわ」
「企んでいる? んなの決まってるだろうがよ。――こいつらで世界征服だ!!」
ザンボスは高らかに宣言する。
「……はあ?」
かなみは素っ頓狂な声を上げる。
「かなみちゃん、そういうことは顔や声に出さない方がいいわよ」
あるみは忠告する。
結構出やすい自覚はある。
「世界征服とは大きく出たわね」
対するあるみは平然と答える。
「そりゃ、今がチャンスだからな! ここいらにはボスがいねえからな、猫達はみんな俺の手下になるのさ!!」
「ふうん、手下ね」
あるみはそう興味を示しつつ、ラックを見る。
そのラックは、身を強張らせじっとザンボスを見つめている。ザンボスはそれに気づいていない。いや、気づいていて意に介していないだけかもしれない。
「猫を使って征服できるほど世界は甘いものじゃないでしょ」
「さあて、そいつはどうかな。俺様の領域は今はまだこの街だけだが、そのうち首都圏を、関東を、どんどん広げていくだぜ!」
ザンボスは両手を広げて夢を語る。
「「「にゃんにゃんにゃにゃにゃん」」」
周囲を取り囲む猫達が、ザンボスの語りに同調するように鳴く。
「猫を操る魔法……範囲は少しずつ広げているみたいね」
あるみは興味を示す。
「そうだぜ、そうだぜ。お前らも猫だったら俺の部下にしてやったんだが、人間なら仕方ねえ!
――生きて帰れると思うんじゃねえぞ!!」
ザンボスは咆え、猫達があるみとかなみへ一斉に襲い掛かる。
「わあ、わあ、わわわあああ!?」
かなみは成す術無く、よりかかってきた猫達の重みに耐えられなくなって倒れ込む。
「あいた! 爪がいたい! こら、やめなさい!!」
倒れこんだかなみに対して、猫達は好き勝手に爪を立てて文字通り引っ掻き回す。
ラックがゆっくり歩いているのが見える。
「ラック、たすけて! たすけて~!」
「あれはただ眺めてるだけだね」
マニィが言う。
「ええ、そんな!!」
「そこは私に助けを求めてもよかったんじゃないの」
あるみが猫達にまとわりつかれながらも平然とかなみへ歩み寄る。
「お、俺様の手下達の攻撃が通じないだと!?」
ザンボスは驚愕する。
「これが通じるとどうして思うわけ?」
あるみは呆れ笑いで答える。
「お、おのれ……! こうなったら、俺様自らの手で倒してやる!!」
ザンボスは二本の足で立ち上がる。身長は二メートルあってさすがに迫力を感じさせる。
「やっぱり、社長の方が大きく見える……」
猫達にたかられているのに、かなみは少しだけ呑気に言う。
「そう、私と戦うっていうのね」
「――!」
ザンボスはあるみの一言からただならぬ気配を感じる。
「に、人間のくせに、俺とやりあうつもりか!?」
「ええ、それであなたが言うことをきくのならね」
あるみはまとわりついている猫達を降ろす。
「お、俺の猫を……!」
「案外利口なのね、それだけにこ悪いことをさせようとしてるのがちょっと許せないのよね」
「ゆ、許せない!」
ザンボスが気圧される。
「マジカルワーク!」
白銀の魔法少女が姿を現わす。変身シーンはかなり短めだ。
「白銀の女神、魔法少女アルミ降臨!」
「魔法少女、ア、アルミ……!?」
ザンボスは一瞬警戒するも、
「どうせ、こけおどしだろうが!」
と咆えて、飛び掛かる。
「は、速い!?」
二メートルある巨体とは思えないほどの軽やかなスピードでアルミへ距離を詰めて、爪の生えた腕を振るう。
パキン!
「ま、こんなものね」
アルミは腕を出して、ザンボスの腕を難なく止める。
「な、なに!? 俺様の必殺猫パンチを!?」
「猫パンチ? 腰が入ってない気の抜けたパンチね」
「く、くそ! 猫蹴りならどうだ!!」
ザンボスは蹴りを入れる。
ドスン!
蹴りはアルミの横腹に直撃する。
「社長がまともに攻撃を受けた!?」
かなみはそこに驚いた。
「く、てめえ……!」
ザンボスは苦い顔をする。まるでダメージを受けたのは自分の方だと主張するかのように。
「電柱か何かお前は!?」
「魔法少女よ。ただその気になれば、鋼より硬くなることがあるわ」
アルミはそう言い切る。
かなみには確かにそうねと心の中で同意する。
「っていうか、かなみちゃん。いつまで猫とじゃれあってるのよ?」
「は、はい、すみません!?」
かなみは飛び上がりそうな勢いでコインを取り出す。
「マジカルワーク!」
猫を抱えたまま、光は包み込む。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「ニャニャニャニャニャニャ!」
カナミの名乗り口上と共にまとわりついてる猫も鳴く。
「な、何がなんだかさっぱりだね」
マニィもその様に呆れる。
「って、離れて! 危ないから!」
「ニャーン」
そんなカナミにラックが歩み寄ってくる。
「ラック、どうしたの?」
「ニャーン」
ラックが一鳴きすると、カナミにまとわりついていた猫達はラックへ集まりだす。
「てめえらー! 俺様よりその黒いのにつくのかああああ!!」
ザンボスは咆える。
「ラック、ありがとうね」
カナミはお礼を言って、ステッキを構える。
「チィ、こいつは分がわりいな! こうなったら、ニィィィィヤアアアアアアアァァァァッッ!!」
ザンボスは怪獣のような雄たけびを上げる。
「ん、なんなの?」
カナミは耳を抑える。
「招集号令っぽいわね。さしずめ、街一帯の猫を呼んだのかもしれないわね」
アルミは冷静に言う。
「わかるんですか?」
「うーん、雰囲気的になんとなくって感じね」
やがて、猫がどんどん集まってくる。
「ざっと、百匹以上いるね」
マニィはカナミに寄り添うように肩に捕まって言う。猫が怖いのだろう。
「ど、どうしましょう? 凄い数の猫ですよ」
「これは困ったわね、猫を傷つけるわけにはいかないし」
「へへへ、俺様の軍団で文字通り袋のネズミだぜ! 覚悟しろよ、魔法少女ども!」
ザンボスは得意満面である。自分のチカラでもないのだから憎らしく感じる。
「カナミちゃん、どうにかできない?」
「はい? 私ですか?」
こういうとき、なんとかするのはあるみの役目だと思っていたので意外だった。
「カナミちゃん、鳴き真似得意なんでしょ? なんとか猫を説得してみたらこの状況を切り抜けられるかもしれないわよ」
「そ、そんな……!」
社長がなんとかしてくださいよ! って、喉から出かかったけど、それを言うとなんて返しが来るのか怖くて抑えた。
「私はちょっと難しいわね」
しかし、カナミの心の声を察したようにアルミは答える。
「あんな風にやられちゃね」
「え……?」
カナミはアルミの指差した方を見る。
すると、猫達が山のように積み重なって、壁のようにザンボスの前へ立ちはだかっている。
「な、なんですか、あれ!?」
「猫達を盾にしてるのよ。迂闊に攻撃したらバラバラになっちゃうわ」
「ば、バラバラ……?」
アルミがそのフレーズを口にすると、地獄絵図的なものを想像してしまう。
「そういうわけで、攻撃はダメ。鳴き真似で猫達を説得するしかないのよ」
「ええ!? 鳴き真似と説得じゃ全然違いますよ!!」
「物は試しよ。ダメだったら私がフォローするから」
私がフォローする。そう言われるとやるしかなくなる。
「にゃ、ニャーン……?」
カナミは弱弱しく猫の鳴き真似をしてみる。
「声が小さいわね、あれじゃ猫達がビビらないわよ」
「ビビらせるつもりはありませんよ!」
泣き言のように返す。
「ニャーン」
ラックが元気づけるように鳴く。
「ラック……」
「ニャーン」
もう一度、ラックは鳴く。
「……うん、わかったわ!」
かなみはその鳴き声に元気づけられる。
「ニャーン! ニャニャニャニャニャニャ!!」
思いっきり猫の鳴き真似で叫んでみる。
「ニャーン」
それに呼応して、ラックも鳴く。
「貴様ら、何してやるんだ!?」
ザンボスは咆える。
「ええい、かかれかかれ! 一斉にかかって奴らを倒せぇぇぇぇッ!!」
「「「ニャニャニャニャ」」」
猫達が鳴く。
「にゃ!? にゃにぃぃぃぃぃッ!?」
ザンボスは歯ぎしりをする。
「あんたにはついていけない! 俺達はこの黒猫と魔法少女の側につく、だとぉぉッ!?」
「わ、私の鳴き真似が通じた……?」
「ええ、見事なものだったわ。
カナミちゃん、あなた猫語をマスターしてみない?」
アルミが提案する。
「え、猫語ってなんですか!? 無理ですよ、そんなのわかりませんし!」
「物は試しよ。猫と話せると案外便利よ、今みたいに説得できるし」
「それじゃ、説得できたんですか?」
「見てのとおりよ」
猫達がカナミの周囲を取り囲んでいる。
「え? ええ……?」
しかし、その猫達には敵意を感じない。
「「「ニャーンニャーン」」」
その鳴き声には友愛の意思すら感じられた。
「よっぽどうまく説得したのね」
あるみが珍しく感心する。
「はあ、なにがなんだかさっぱりわかりませんが……」
「ニャーン」
カナミは恐縮しつつも、ラックは満足げに鳴く。
「くそおおおお、俺様の手下をよくも懐柔しやがったな!!」
ザンボスは歯ぎしりして負け惜しみを咆える。
「か、懐柔って、あんたが無理矢理従わせてたんでしょ!」
「む、無理矢理だと!? 俺はただ逆らったら、この爪で引き裂いてやると言ってやっただけだ! あの黒猫のようにな!」
「黒猫って、ラックのこと!?」
「ラック? 黒猫?」
そう言って、カナミの足元にいるラックに目をやる。
「お前は、俺に逆らった黒猫!?」
「逆らったから、怪我を負わせたのね!?」
「ああ、そうだ! ただの猫のくせして、俺は誰にも従わない、とか生意気言いやがって! 見せしめに切ってやったのさ!」
ザンボスはキラリと光る爪を見せびらかす。
「ちょうどいい見せしめになったぜ! 反抗的な猫達も俺に従順になったしな! 感謝してるぜ、ハッハハハハハハハ!!」
ザンボスの高笑いは実に耳障りであった。
「……そう、わかったわ! だったら、私もあんたを見せしめにしてやるわ!!」
「にゃ、にゃんだとおおおおおッ!!」
ザンボスは怒りで燃え上がって、飛びかかる。
「神殺砲!」
ステッキを大砲へ変化させる。
「ボーナスキャノン!!」
砲弾は飛び掛かってきたザンボスを見事にとらえ、上空へ吹き飛ばす。
「ギャァァァァァァァァァッ!!?」
ザンボスは断末魔を上げて爆散する。
「今日は大手柄だったわね、かなみちゃん」
社長室に戻るなり、あるみにそう言われて、かなみは戸惑う。
「そ、そんな、大した事はしてませんよ……」
「いいえ、今回の一件で、あなたには街一帯の猫が味方に付いたわ」
「あ、あれは……」
なんかよくわからないうちにザンボスの手下になるのをやめただけで、味方になったとは思えなかった。
「たまたまうまくいっただけですよ。味方だなんてそんな……」
「野良の世界では自分より強いものをボスと認めて、付き従う習性があるわ。
かなみちゃん、奴等のボスを倒したんだから十分ボスとしての資格は十分にあるって認識されてるんじゃないかしら?」
「そ、そんなことって……」
「まあいいじゃない。味方を増えるっていうのは何にも代えがたいボーナスよ」
「ボーナス……? そういえば、今回のボーナスがまだですよ!」
かなみはあるみへ食いつく。
生活がかかっているのだから、ここを有耶無耶にごまかされるわけにはいかない。
「ボーナス、ね……」
あるみにしては珍しく濁したような口調であった。
「どうしたんですか? 早くくださいよ!」
「あげたいのは山々なんだけどね……」
「山々なんだけど……なんですか?」
「依頼人に直接請求してみて」
「い、依頼人って直接請求!?」
初めてのケースであった。
「っていうか、依頼人って誰ですか?」
「――ラックよ」
「ああ、ラックですか……って、ええ、依頼人がラックってどういうことですか!?」
そこからあるみは事情を説明する。
さっき路地裏を歩いているところで説明していた。
このところ、野良猫の目撃が減っていたこと。その代わりに猫を集団で出歩いているのを見かけたこと。とはいえ、これだけでは野良猫をまとめあげるような怪人がいると確信が持てなかった。
そこで重傷を負ったラックが現れた。
あれほどの傷は怪人でもなければ、そうそうつけられいものだったから、あるみは聴取をとったそうだ。
「社長、猫語が話せたんですか? でも、それでしたら猫に囲まれたとき、自分でできましたよね?」
「いいえ、私は猫語を話せないわよ」
「え、それじゃ、どうやって聴取したんですか?」
「猫語を話せるマスコットに通訳してもらったのよ」
「あれ、猫のマスコットなんていませんでしたよね?」
「猫のマスコットじゃなくて猫語を話せるマスコットよ」
「俺のことだ、忘れてたんじゃねえだろうな?」
トミィが姿を現わす。
「わ、忘れてたんじゃないわよ。ただ出番がないからちょっと思い出せなくて……」
「それを忘れてたっていうんだ」
「あはははは、そうね」
かなみは苦笑してごまかそうとする。
「まったくしょうがないやつだぜ」
「そんなわけで、ラックと話すことが一応話すことが出来たのよ。それであの猫の怪人の存在がわかったの。その鳴き声で仲間が脅されてどんどん手下になっていたってね」
「そういうことだったんですね……でも、ラックは……」
ザンボスを倒した後、ラックは猫達と一緒に姿を消した。
もうこれっきり会えないような気がしている。
「現れるわよ」
「どうしてそう言えるんですか?」
かなみが訊くと、トミィが答える。
「話した感じ義理堅い猫だったぜ」
そうは言ったものの、ラックがどこへ行ったのかわからないし、仲間の野良猫達のところに戻ったのだから、もう姿を現わさないかと思う。
「別にボーナスが欲しいってわけじゃないんだけど……」
「ボクはもう会いたいくないけどね」
「そんなこと言わないの。別にラックはあんたをとってくおうとはしないわよ」
かなみがそう言っても、マニィの警戒は解けない。
「この通りで……」
かなみは足を止める。
この通りで、ラックに前を横切られた。
「まさかね」
ここに来ればラックにまた会えるような気がした。だけど、そう都合よくはいかないみたいだ。
「ニャーン」
ふと、ラックの鳴き声が聞こえる。
「ラック!」
通りにあの黒猫・ラックは立っていた。
「ニャニャ、ニャ」
小さくそう鳴いて、ラックはかなみの前を横切って去っていく。
「ありがとう、またねって」
マニィが言う。
でも、猫語がわからないかなみにもそれぐらいいていることはわかった。
「うん、また……」
寂しいけど、また会えるのならいいか。
――黒猫が前を通ると不幸が訪れる。
そういわれているけど、今日ぐらいは幸運が訪れたとそう思えた。
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