第75話 凶兆? 少女の目前をよぎる黒猫は吉兆? (Aパート)
黒猫が前を通ると不幸が訪れる。
今朝の通学路でそんな言葉がかなみの脳裏をよぎる。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「今、黒猫が通ったね」
「通ったわよ! なんか久しぶりに!!」
「いつ以来かな。あれはたしか……」
「思い出せなくていいから、あうう! このところ全然見かけなかったから油断してたわ!」
「そんなに気にするほどでもないんじゃない。あくまで迷信なんだし」
「甘いわね。これまでどんな酷い目に合ってきたのか忘れたの?」
かなみの脳裏に、これまで黒猫が前を通った後に起きたことを思い出す。
授業で当てられて恥をかく。掃除中にバケツをひっくり返して制服を濡らす。道端に落ちてたバナナの皮を踏んで転ぶ。飛んできた野球ボールが当たる。鯖戸からボーナスをピンハネされる。等々、挙げ出したらキリがない。
「……忘れた」
マニィはそっけなく答える。
「薄情者……」
キンカーンカンコーン
かなみが校門をくぐったところで、始業のチャイムを鳴る。
「遅刻~~!」
「あの時計、止まってたね」
通り道にあった時計台の針を確認したら、まだ時間に余裕があった。それでついついゆっくり歩いてしまったのだけど……。
「……ついてない。っていうか、気づいたら言いなさいよ」
「僕も今気づいたんだよ」
校舎についている時計を確認したみたいだ。
「やっぱり黒猫が通ると不幸になるわ……」
ショボショボと教室へ向かう。
そして、一時間目は数学であった。
「なんで、あんたが教卓に?」
教室に入ったら柏原が教卓についていた。まるで数学教師のように。
「先生が風邪なので今日は私が代わりに教えるんですよ」
「ええ……」
かなみは心底嫌そうな顔をしながら席に着く。
「それでは今日はこのプリントの問題を解いてください。わからないところがあったら遠慮なくどうぞ」
柏原はにこやかに胡散臭い笑顔でそう言って、プリントを配る。
そこからはもううんざりするほど、柏原に声を掛けられる。
――柏原はかなみに気があるんじゃないか
と、誤解されるんじゃないかと危惧されるほどに。
「……なんて、ついてない」
チャイムが終わるころには、かなみはそう言ってぐったり机に突っ伏す。
「かなみ、次は体育だぞ急げよ!」
貴子にそう言われて起き上がる。
「今日の体育はリレーだそうだ、頑張ろうぜ!」
「思いっきり走るやつ……」
やっぱりついてないと思った。
キンカーンカンコーン
昼休み開始のチャイムが鳴る。
「かなみ、ぐっすり寝てるな」
数学で柏原にあてられた気苦労、体育のリレーで思いっきり走った疲労により、午前の授業に眠気がやってきた。そんなわけで昼休みが始まっても爆睡しているというわけだ。
「かなみ、起きて。今日はかなみの大好きなコロッケよ」
「もう食べられないわよ……」
「うわ、定番の寝言かよ」
貴子は笑う。
しかし、今回ばかりはかなみの眠りは深かった。
「かなみ? かなみ?」
「……え、マニィ?」
唐突なマニィの声で目が覚める。
「遅い目覚めだね」
「マニィ、あんた喋ったら、」
「周りをみなよ」
マニィに促されて、教室を見る。かなみの他に誰もいなくて一人取り残されていた。
「昼休みももう半分過ぎてるからね」
「え、半分!?」
それはすなわち昼食を食べられる時間が半分も過ぎてしまったということだ。
「たしか今日はコロッケだったはずーーー!!」
絶対に食べておきたい、とかなみは大急ぎで食堂へ向かう。
「コロッケは大人気でもうないのよ」
食堂のおばさんは申し訳なさそうに言う。
「……やっぱり」
コロッケは数量限定でたくさんあるもののどんどん注文されてなくなっていく。余ったものさえおかわりする始末で二十分以上出遅れたらこうなる予感していた。
「他のランチ定食なら余ってるけど……」
「あ、はい、それで……」
気の抜けた返事で返す。
ちなみに他のランチ定食というのは、うどんであった。これはこれで悪くないのだけど、大好きなコロッケが食べたかったのでどうにも物足りなかった。
「……ついてない」
今日三度目の不幸であった。
それから学校が終わって、オフィスへ行く。
また何か不幸なことが起きないか、不安がりながらの徒歩のため、いつもより出社は遅れた。
今日の仕事は、書類整理だけ。外に出ないだけ不幸がやってこないから少し安心する。
深夜十二時に差し掛かった頃、かなみは仕事の締めにあるみへ書類を渡す。
「社長、今日の分です」
「ありがとう」
「あの、社長……」
「どうしたの?」
「社長にこんなこと訊くのもなんですけど……黒猫の不幸ってどう思いますか?」
「黒猫が前を通ると不幸が起こるっていう話のこと?」
「ええ……今朝、前を通られまして……」
「そんなのただの迷信よ。って言ったら安心する?」
「それじゃ」
「そう言いきれるものじゃないわ。特に私達魔法少女の世界じゃ迷信は存在することだってあるわ」
ほんの世間話程度のつもりだったのに。
あるみの返答が意外過ぎて、かなみは閉口する。
「不幸をもたらす黒猫。それは確かに存在するわ」
「本当なんですか、それ?」
「ええ。ただし、それはただの黒猫じゃないわ。怪人だったり、妖精だったりするわ。人の幸福を糧に生きるやつね」
「そんなのがいるなんて……」
かなみは今朝見かけた黒猫の姿を思い出してみる。
あれは本当にただの黒猫だったのだろうか。リュミィのような妖精だったり、あるいはネガサイドの怪人だったりするのか。
「それじゃ、今朝私が見たのも」
「ただの黒猫でしょうね」
神妙な顔をしていると、あるみはあっさりと答える。
「……え?」
「妖精や怪人だったら、何かしら情報が入ってると思うし、あなただってそんなものを目の当たりにして何も気づかないほど鈍感じゃないでしょ」
「でも、社長は今……」
「それとこれとは別よ。不幸を起こす黒猫はいるけど、かなみちゃんが今朝見た黒猫がそうとは思えない。それだけよ」
「はあ……」
「話はそれだけ? もう帰っていいわよ」
「……はい」
釈然としないまま、かなみはオフィスを出る。
「不幸を起こす黒猫が妖精、怪人ね……」
そんなことを考えたことが無かった。
「でも、そういうもののせいにしてしまえば楽なものだよね」
マニィが言う。
「どういうこと?」
「不幸が誰かの仕業だったら、その誰かを何とかすれば解決する。だけど、誰かの仕業じゃなかったら……」
「解決のしようがないってわけね、うーん」
難しい話になってきたと、かなみは思った。
帰りの夜道、無言では心細いけど、そう言う話は少し苦手だった。
「あ……」
ふと何かに見られている感じがする。今朝にもこんなことがあった。
黒猫の姿を見かけたときだ、と思い出した。その瞬間に、夜の闇から黒猫が抜け出してきた。
「――!」
思わず身震いする。
今日一日、この黒猫のせいで散々な目に遭ったようなものだからだ。
「……?」
しかし、なんだか様子がおかしい。
足取りがおぼつかなくて、よろよろしている。
「ああ!」
血がポタポタと流れている。
「怪我してるね」
「そんなのみりゃわかるわよ!」
かなみは黒猫を抱きかかえる。
特に抵抗はなく、妙に軽い。
「ああ、どうしたら!?」
しかし、ここからどうしたらいいのかわからない。
血は止まらない。息遣いは弱い。
自分に何ができるか。
傷は治せない。手当をするべきだとは思うけど、やり方がわからない。
「お医者さん!」
「こんな時間じゃやってないよ」
「それじゃ、手当てできる人! 治せる人!」
かなみは一目散に来た道を走った。
泥のように濃いコーヒーをすする。
「まあ、今日はこんなところかしらね」
あるみは書類作業に一区切りつける。
「それにしても、黒猫の妖精か……」
かなみにした話を思い出しながら微笑む。
「社長! 社長!!」
ドタン!!
かなみが物凄い勢いで扉を開けて入ってくる。
「忘れ物?」
「いいえ! この子を手当てしてください!」
「この子、ひどい怪我ね」
あるみは立ち上がって、かなみへ歩み寄る。
「とりあえず、ソファーに寝かせて」
「はい!」
「消毒液と包帯はあったわね」
あるみは端の棚から救急箱を取り出す。
消毒液をつけた包帯で巻き付ける。
「これでよし」
「大丈夫なんですか?」
「ええ、あとは栄養のあるものが必要ね」
「キャットフードですか?」
「それと牛乳ね。お金は出すわ」
「ありがとうございます」
「今回はやむにやまれぬ事情だからね」
かなみはコンビニへ牛乳とキャットフードを買ってくる。
買って戻ってきた時には、黒猫はぐったりと寝ていた。
「意識が回復したら食べさせましょう」
「……はい」
かなみはテーブルへ買ってきた牛乳とキャットフードを置く。
「ありがとうございます、社長」
「なんで、私のところに?」
「社長ならなんとかしてくれると思いまして……社長だったら治せそうだと思いましたし」
「いい判断だったわね」
あるみからそう言われて、素直に嬉しくなる。
「でも、あまりあれに頼るのは感心しないわ」
「どういうことですか?」
「前にも話したけど、私の魔法の本質は再構成であって治療じゃないわ」
「はあ……」
その違いははっきり言ってかなみにはよくわからなかった。
「それに出来ることなら魔法で何でも解決ってことはよくないことだと思うのよね」
「えぇ? どういうことですか?」
あるみの言葉は、かなみにとって意外に思えた。
「人が出来ることはなるべく人のチカラでやるべきよ。
人のチカラでどうしようもなくなったとき、そんなときが魔法の出番ってわけよ」
「人のチカラでどうしようもなくなったとき……」
それはいつのことなのだろうか、かなみにはわからなかった。
「さてもう大丈夫だから。今夜はもう帰りなさい」
「……はい」
かなみは素直に帰った。あるみが大丈夫というのだから大丈夫なのだろうと安心して。
翌日、学校が終わるとすぐにオフィスへ向かった。
「おはようございます」
元気よく入ると、ソファーの方を確認する。
「おはよう」
黒猫を見つめるあるみが返事する。
その黒猫はというと、皿に注がれた牛乳をペロペロなめている。
「元気になったんですか?」
「ええ、傷は二、三日もすれば治るはずよ」
「そんなに早く」
「出血のわりに傷口は浅かったのよ。問題は誰にやられたかだけど」
「誰にやられたんですか?」
「それはわからないわよ。調べておくわ」
そう言って、あるみは社長席へ移動する。
「ねえ、ねえ?」
かなみは黒猫に声を掛ける。
黒猫は牛乳をなめるのを止める。
「私、わかる?」
ニャン
黒猫は小さく鳴いて応じる。
「ニャン」
同じようにかなみも鳴いてみる。
黒猫と目が合う。なんだか気持ちが通じ合ったような気がする。
「ボクとしてはあまり近づきたくないんだけどね」
マニィが言う。
「あんた、ネズミだものね。食べてもらおうか?」
「食あたりおこすよ」
マニィなりに悪態をつき、かなみは笑みをこぼす。
黒猫はニャンと鳴き、マニィは震える。
「名前があった方がいいわね。かなみちゃん、名付けてみたら」
「え? 名前ですか?」
かなみは顎に手を当て考える。
「ラック、っていうのはどうでしょうか?」
「いいわね」
あるみは賛成する。
「ネズミみたいでよくないね」
「ラットとラックじゃ全然違うわよ」
「ニャン」
黒猫は喜んでいるように感じた。
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