第73話 激釣! 少女は糸目つけて釣り上げる! (Bパート)

 三十分後、かなみは一人ガチガチになってスクランブル交差点の前に立っていた。

「緊張しないで、自然体でいなさいよ」

 みあの助言が脳裏をよぎる。

「そ、そんなこと言ったって……!」

 思わず声に出して返事をしてしまう。

 そんな自分に気づいて、頬を赤らめる。

「なんで、私がエサなのよ……?」

 ポケットの中の財布をさすりながらぼやく。

 この財布の中には三十一万も入っている。

「あんたがエサになるのよ!!」

 みあは指をビシッと指して言ってくる。

「エサ!?」

「そう、この怪人は金目のものばかり狙ってくる。手口は素早くて捕らえづらい。だから、動きを読むしかない。要は誰をターゲットにするのかわかればいいのよ」

「それでエサっていうか、私が囮になるってことね」

「察しがいいじゃない。そうよ」

 みあはニコリと得意顔で答える。

 それゆえに冗談などではなく本気だと察せられた。

「む、無理よ! 私がエサになるわけないじゃない!!」

「まあ、あんたにはこの怪人をひきつけるような金目のものがないものね」

「うぅ……! そんなことないわよ、今日は財布に一万円入ってるもの!!」

 みあの煽るような物言いのあまり、つい言い返してしまう。

「ふうん、一万円ね」

「あ!」

 しまった、と、かなみは思った。

「確かに、一万じゃちょっと頼りないわね」

「そ、そそ、そうでしょそうでしょ! 一万円だったら他の人もちゃんと持ってるだろうし、宝石とかの方が価値があるでしょ!」

 かなみは猛烈に自分がエサにならないことをアピールする。しかし、みあは意見を曲げない。

「だったら、手は打つわよ」

「手……?」

 みあは携帯を操作して、発信する。

「あ、もしもし、あたしよ。

例の仕事の件なんだけど、解決するために用立てて欲しいものがあるのよ。

三十万よ。すぐに用意して欲しいの。そ、すぐに! すぐによ!!」

 そして、電話を切った。

「みあちゃん、誰と話してたの?」

「鯖戸よ」

「部長?」

「エサの準備をしてもらったの」

 みあがそう答えると、メールの着信が鳴る。

「さすが、仕事が早いわね」

「みあちゃん、エサって何?」

「三十万よ」

「さんじゅうまん?」

「ああ、金額多すぎて理解できないのね。一万円札が三十枚よ」

「そんなこと言われなくてもわかるわよ! っていうか、そんなお金をどうするのよ?」

「仕事用の口座から引き下ろすのよ」

「し、仕事用の口座?」

 そんな口座があるなんて初耳であった。

「んで、その三十万をあんたが持つのよ」

「さ、三十万を私が!? なんで!?」

「そりゃ、エサだからよ」

「……エサ、だから?」

 かなみは首を傾げて、考える。

「ええ!?」

 そして、ようやく理解が追いついた。




 そんなわけで、かなみはみあがおろした三十万を持たされて交差点を歩くことになったわけだ。

(……うぅ、緊張するな。財布に三十万って大金、私持ったことないのよね……)

 思わず何度もポケットをさすって確認してしまう。

「いい、かなみ。エサらしく自然に振舞うのよ」

 脳裏にみあの忠告がよぎる。

「そんなこと言われても無理だよ、みあちゃん」

 泣き言まで言ってしまう始末であった。

「でも、君がちゃんとやらないとこの仕事は完遂出来ないよ。そうなったら」

「ボーナスが出ないっていうのね。

ええ、いいわよ! やってやるわよ!!」

 かなみは思いっきり声を張り上げて気合を入れる。




 一方、みあは近くのビルの屋上に陣取って、双眼鏡でかなみを観察していた。

「あ~あれじゃ、エサ失格ね」

 みあはぼやいていた。

「ハァハァ、慌てふためいてるかなみお嬢もいいもんだな」

 イノシシ型のマスコット・イシィが鼻息荒く言ってくる。

「どこが。あんなんで失敗したらかなみのせいよ」

「ハァハァ、失敗したら責任取らせるのか。せ・き・に・ん、ハァハァ」

「何興奮してんだか……」

 相変わらずの事だけど、こいつの物言いは呆れる他無い。

「ハァハァ、そんなことよりみあお嬢の準備はいいのか?」

「誰に言ってるわけ?」

 みあはヨーヨーを軽く回す。

「抜かりないわよ。かなみの財布に糸が届いた瞬間、ちゃんと引っ張り返すから」

 そう言って再び双眼鏡でかなみを見つめる。

「だから、あんたがしっかりやりなさいよ」




 そんなみあの想いを感知したのか、かなみは気を付けの姿勢をとる。姿勢はいいものの、明らかに不自然であった。

「そろそろ、青だよ」

「わかってるわよ」

 手の平に人の文字を三回書いて飲む。

 飲んだタイミングで、信号が青に変わる。

「さあ、行くわよ!!」

 スクランブル交差点を渡るには、あまりにも十分すぎる気合であった。

 その歩行は、また不自然極まりないぐらいガチガチで、知らない人から見ると何かの病気か初めて都会に来て緊張しているのかと思われていることだろう。




「……予想はしていたけど、最低ね」

「ハァハァ、ああいうところもかなみお嬢の持ち味ってやつだぜ」

「そんなコメントですむかっての! あれじゃ、

財布盗られるのを待ち構えてますって言ってるような……ものには見えないわね」

「ハァハァ、百歩譲って病気の人だな」

「こうなったら、怪人の感性次第ね。あれで大金もってますって感じになるのか、微妙なところね」

「ハァハァ、出たとこ勝負だぜ」




 かなみは交差点を渡り終わる。

 ポケットを確認する。まだ財布は無事であった。

 よかった、と安堵する。同時に、エサとして失格なのでは、と落胆する気持ちもあった。

「みあちゃん、怒ってないかな……エサ失格! とか」

 ちょっとだけ声真似して言ってみる。

 そうすると、クスリと笑えてくる。

「よし、次こそは!」

 それで気合を入れるかなみは、少しゲンキンな気がした。




「あ、今度はマシね」

 かなみの二度目の交差点横断の様子を見て評価する。

「ハァハァ、まるで劇の練習みたいだな」

「あと二、三回もすれば自然になるかしら? それまでに出て来て欲しいところだけど」

 双眼鏡でかなみをみながらぼやく。

「あ!」

 かなみが交差点を渡っているところで声を上げる。




「……ん?」

 みあが声を上げたすぐ後、かなみは違和感に気づく。

「もしかして、来たの!?」

 かなみはすぐさまポケットをさする。

 まだ財布はある。

「おお!?」

 しかし、財布が引っ張られるような感覚がして、ポケットから飛び出る。

「三十万!?」

 かなみは執念で財布をとられまいと掴む。

「三十万! 三十万! 三十万!」

 おまじないのように叫ぶかなみは、周囲の人間には奇異の眼で見られた。「何かの宗教かな」と呟く人も。

「って、わああああああああ!?」

 財布を引っ張る力は思ったより強く、万歳の姿勢になっている。

「みあちゃあああああん、なんとかしてえええええッ!!」

 恥も外聞も捨てて、みあに助けを求める。




「よし! いきなさい!」

 みあはヨーヨーを投げつける。

 ヨーヨーはかなみの財布に繋いでおいた糸を伝って、今引っ張られている財布まで飛んでいく。




「もう、げん、かい……!」

 財布を引っ張る力は強く、かなみの腕力に限界が来る。

 どうしても手放したくないのに、力がもたない。

「みあちゃん……」

 祈るような気持ちで、名前を呼ぶ。


シュシュゥゥゥゥ


 その祈りに答えるように、ヨーヨーが唸りを上げてやってくる。

 ヨーヨーは財布の上に乗っかり、再び空へ高く舞い上がる。みあの糸から怪人の糸へ移り、その糸をレールのように走っていったのだ。




 ヨーヨーは物凄い勢いで怪人の釣り糸を辿っていく。

 ここまで遠くにヨーヨーを投げ込んだのは初めて。遠くへ飛ばすほどヨーヨーの威力は弱まっていき、あまりに遠いと形は崩れて無へ返っていく。

(この程度の距離なら大丈夫! 絶対に一撃、食らわせてやる!!)

 みあは気合を入れ、ヨーヨーへ魔力を注入する。

(まだいける! まだ、まだ、まだ――いける!!)


ゴツン!


「お!」

 音こそ耳に届くことはなかったけど、感触は伝わってきた。ヨーヨーは確実に怪人を捕らえて、一撃入れた感触だ。

 そして、その怪人の位置もヨーヨーでわかった。

「かなみ!」

 即座にかなみに連絡を入れる。

『みあちゃん、ありがとう!』

「お礼はいいから! それより、敵の位置がわかったわ!

屋上に真っ赤な看板があるビル! あんたからも見えるでしょ!」

『真っ赤な看板……あ、あった! 見えてるよ、みあちゃん!!』

「だったら、急ぐわよ! 絶対に逃がさないんだから!」

『うん!』

 かなみの元気のいい返事を聞いて、みあは通話を切る。

「さあ、いくわよ! マジカルワーク!!」

「ハァハァ、今回は急いでるから変身シーンも口上もカットだぜ!!」

 コインを投げ入れ、一瞬で変身を済ませる。

 そして、赤い衣装をまとった魔法少女は、ビルからビルの屋上から飛び移って現場へ急行する。




「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

 カナミも人の目のつかない路地裏で変身してから真っ赤な看板が屋上にあるビルに入る。

 ビルは十五階だけど、魔法少女の身体能力なら階段を駆け上がれば一分とかからない。


バァン!


 屋上への扉を蹴り破って、踏み入る。

「とても魔法少女のやり方じゃないんだけどね」

「うるさい! それどころじゃないんだから!!」

 マニィの余計な一言に応じて、カナミは怪人と相対する。

「いててて、でっかいコブができちまったぜ! まさか、俺の……アンガスパイダの自慢の糸を辿って攻撃してくるなんて……!」

 屋上にいたのは竹竿のような足が八本もあるクモの怪人であった。

「コブだけじゃすまさないわよ!」

 一瞬先に来ていたミアが指差す。

「何!? 俺の居場所がバレただと!?」

「そうよ、あんたの悪行もこれまでよ! よくも私の財布を狙ったわね!!」

「カナミ、私怨が入ってるわよ」

「うるせい! 釣られるために交差点歩いてる奴が釣り人の俺に文句言ってんじゃねえ!!」

「勝手なことを、あんたにつられるために歩いてるわけじゃないのよ! 交差点を生け簀みたいに言わないで!!」

「あんなの生け簀だろが! 人がうようようじゃうじゃ歩きやがって!」

「ひ、人を魚みたいに! 許せないわ!!

ミアちゃん、やっちゃいましょう!!」

「ああ、ここであたしに振られるわけね。ま、生け簀って物言いが気に入らないのは同感だけど!」

 ミアはヨーヨーを投げ込む。

「フン!」

 竹竿のような足で打ち返してくる。

「さっきは油断して一撃もらったが、そんなへなちょこ玉くらうかよ!」

 プチ! と、怒りマークが出てきたような音がミアから聞こえる。

「こんの~~! へなちょこかどうか、やってやろうじゃない!!」

 ミアはヨーヨーを両手に持って、凄い勢いで投げ込む。

 曲線を描いて飛んでくるヨーヨーに、さすがにアンガスパイダも打ち返せず、手を交差させて防御する。


カン! カン! カン! カン!


 何故か空き缶が転がるような音がする。

「やっぱ、へなちょこじゃねえか!」

「こんの!!」

 ミアはヨーヨーへ魔力を注ぎ込んで、燃え上がらせる。

「バーニング・ウォーク!」

 火球となったヨーヨーが、アンガスパイダへ投げ込まれる。

「そいつをくらっちゃ、たまらんな!!」

 足を振るう。

「お!?」

 すると、ヨーヨーが宙で止まる。アンガスパイダが投げ入れた糸に掴まれたのだ。

「こんのおおおおッ!!」

 ミアはヨーヨーを引っ張り上げようとする。

「ぬぐうううううッ!!」

 アンガスパイダも必死に引っ張る。

「がんばって、ミアちゃん!!」

「って、見てないで手伝いなさいよ!!」

「あ、ご、ごめん」

 カナミはミアの後ろについて、一緒に引っ張り上げる。

「「せーの!!」」

 カナミが加わったことで、引っ張る力は倍増する。

「おお!?」

 アンガススパイダの足が引っ張られ、身体がこちらへ傾いてくる。

「くそ、負けてたまるかぁぁぁッ!!」

 咆えて、足に力を入れる。

「「くうううううッ!!」」

 カナミとミアは揃って引っ張られる。

 まるで魔法少女二人と怪人の綱引きのようだ。

 両者ともに負けるもんかと、糸を力いっぱい引っ張る。


バキ!!


 アンガスパイダの足が折れた。ちょうど竹竿が割れるようにものの見事に。

「あがあああああああッ!!?」

 アンガスパイダは悲鳴を上げ、足を抱えて、転げまわる。

「キャア!?」

 アンガスパイダの引っ張る力を失って、カナミとミアは仰け反って倒れる。。

「ちくしょう、よくもやってくれたな! いてえ!」

 折れた足を別の足で抱えて、震えながら立ち上がってくる。

「そっちこそ! 随分もろい釣り竿ね!」

 ミアは挑発する。

「ぬかせ! 数で勝負するんだよ!!」

 アンガスパイダは二本の足をいっぺんに振るう。投げ込まれた糸はいっぺんにミアの両腕に巻き付かれる。

「しまった!?」

 これではヨーヨーが出せない。

「ミアちゃん!」

 カナミはミアを助けるべく、ステッキをアンガスパイダへ向ける。

「おっと、させるかよ!」

 アンガスパイダは残った足を振るい、ステッキを絡め捕る。

「ああッ!?」

 ステッキはカナミの手から離れ、宙を舞う。

「へへ、これでお前は無力だ」

「うぅ……ステッキがないと、戦えない……!」

「なんだ。お前、あれがないと戦えないのか! ハハハハハハ、だらしねえな!!」

 アンガスパイダは大笑いする。

「――って、そんなわけないでしょ!!」

 カナミは即座にステッキを生成して、魔法弾を撃つ。

「ぐわあ!?」

 文字通り面食らったアンガスパイダは、仰け反って倒れる。

「どうよ!? ステッキを取られたときの対策ぐらいしてるわよ」

 本当は、あるみや涼美から忠告されたので対策を練っておいたのだ。

「くそ、よくもやってくれたな! こんにゃろめが!!」

「ああ!?」

 再びステッキを取り上げる。

「ふん!」

 カナミはステッキを再生成する。

「あ、こいつめ!」

 ステッキを取り上げる。

「ああ!? ふん!」

 ステッキを再生成する。

「って、バカやってんじゃないわよ!!」

 しびれを切らしたミアが怒鳴る。

「あ、そうだった!」

「へへ、何も考えずにバカやってたわけじゃねえぜ」

 アンガスパイダは、足から財布をぶらぶら見せる。

「ああ、私の財布!? いつの間に!!」

「ステッキの生成に集中していたせいだね」

 マニィが言う。

「姑息な……返しなさい! それは私の大事なお金が入ってるんだから!!」

「いや、あんたのお金じゃないでしょ!」

 ミアがツッコミを入れる。

「一万は私のよ!」

「いや、なんだっていいからとっとと倒しなさいよ」

「そうだった! 覚悟しなさい、その財布すぐに返してもらうから!!」

「バカか、おめえは! 一度釣り上げたものを返すわけがねえだろ!!」

「そこはキャッチアンドリリースってやつだ!」

「お、そうか。だったら、こいつはリリースだな」

「な!?」

 財布を持った足を外へ向ける。

「そ、それをどうするつもりなの!?」

「ククク、こいつを捨てられたくなかったら大人しくしな!」

「くうう……卑怯な!!」

 カナミは歯噛みして、憎らし気に敵を見る。

「なにやってんの! 財布なんか気にせず倒しなさい!!」

「そ、そんなこと言ったって! あれには大金が入ってるのよ!!」

「そんな大事なもの、とられてんのよ! このドジ!!」

「ドジっていわないでよ! いきなり、とられたんだから!!」

「それをドジっていうのよ! あ~、もう腕が自由に動かせたら!!」

「お前らああああッ! 俺をおいてきぼりにして口喧嘩はじめてんじゃねえええ!!」

 アンガスパイダは怒声を上げる。

「よっぽどこの財布がどうでもいいみたいだな」

「はあ? 何言ってんのよ!? その財布には三十万入ってるのよ!!」

「ほお、そいつは大金だな」

 アンガスパイダはニンマリと笑う。

「あ、あれ、なんかまずいこと言っちゃった?」

「まずいわね」

 ミアは呆れ気味に言う。

「いいか、魔法少女! こいつを捨てられたくなかったら大人しくしな!」

「くううう!」

 カナミは言われるがまま、その場で立ち往生する。

「よおし、言う通りにしたな! 次はそのステッキを捨てろ!」

「ステッキ……」

 さすがに武器を捨てろと言われると素直に従うのに抵抗がある。

(ステッキ捨てたら、あいつ倒せない……でも、ステッキ捨てないと財布捨てられる……

ステッキ、財布、ステッキ、財布、ステッキ、財布、財布!!)

 葛藤の末、カナミは決断する。

「こんなもの、えい!!」

 思いっきり、ステッキを投げる。

「へへ、素直で馬鹿な魔法少女だぜ! 武器を無くしたら、あとはやられるがままだぜ!!」

 アンガスパイダは上機嫌になって、高笑いする。

「……それは、どうかしらね?」

 カナミはニヤリと笑う。

「何!?」

「こんなこともあろうかと、密かに練習をしておいたのよ!」

「練習? 何を!?」


ブンブンブンブン!!


 するとアンガスパイダの背後から風を切る音がする。

「ん?」

 アンガスパイダは気になって振り向く。

 それは今カナミが放り投げたステッキの回転音であった。

「それは――ブーメランよ!!」


バサリ!


 回転する仕込みステッキの刃が、アンガスパイダの足を切り裂く。

「があああああッ!!」

 アンガスパイダは悲鳴を上げる。


カランカラン


 そして、ステッキは転がっていく。

「あ……」

 ここでガシッ、とステッキをかっこよく掴む予定だったのだけど、そこは練習不足でコントロールが定まっていなかったようだ。

「まだコントロールが上手くないみたいだ」

 マニィが言う。

「うるさい!」

 カナミは慌ててステッキを拾う。

「いててて、よくもやってくれたな!」

 アンガスパイダは痛みをこらえながら、震えて立ち上がる。

「しかし、マヌケだったな! 財布をもった足じゃなくて、そこの赤い方を縛った足を斬るなんてよ!!」

「うぅ……」

 そう、本当は財布を持った足を狙っていたのだけど、そのあたりもノーコンだった。

「いいえ、助かったわよ」

 ヨーヨーが投げ込まれて、財布を持った足を砕く。

「なんだとおおおおおッ!?」

 アンガスパイダは悲鳴を上げ、財布は宙を舞う。

「私の財布!」

 カナミはステッキを持って、財布へ向かって飛ぶ。

「させるかあああッ!」

 アンガスパイダは残った足で糸を放り投げて、カナミの手へ巻き付け止める。

「く、邪魔……しないで!!」

「うるせえ、こうなったら意地だ! 意地でも、あの財布は取り戻させねえ!!」

「なんて、底意地の悪い怪人……!」

 そうこうしているうちに、宙を舞った財布はそのまま屋上から落ちる。

「ああぁぁぁぁぁッ! 私の財布があああああああッ!!」

「ハハハハハハハ、もう手遅れだな!」

「そんなわけないわッ! まだ間に合うはずよ!!

――神殺砲!!」

 カナミはステッキを砲台へ変化させる。

「なにぃ!?」

「ボーナスキャノン!!」

 すぐに充填し、発射する。


バァァァァァァァァァン!!


 砲弾は、怪人へ命中する。

 命中と同時に糸はほどける。

「動く!」

 カナミはアンガスパイダの断末魔を聞くのも惜しんで、財布の落ちた方へ飛び込む。

「私の財布ぅぅぅぅぅぅッ! おかねええええええええええッ!!!」

 巻き上がる風を魔力で相殺し、魔力で夜目を凝らす。

 暗闇に溶け込みそうな財布が見える。

「見えた!」

「見えたけど、どうするの?」

 マニィの声が聞こえてくる。

 妙に鮮明に、あの落ち着いた声が、この切羽詰まった状況でだ。おそらく魔法でちゃんと耳に伝わるようになっているのだろう。

(ちゃんと捕る! 空飛ぶ魔法はできないけど! 空中で方向転換ぐらいは!!)

 カナミはステッキで魔法弾を撃って、財布のある地点まで飛ぶ。

「キャァァァァッチィィィィィッ!!」

 執念で財布を掴み取る。

「や、やったあああああ!!」

「やったはいいけど、この後どうするの?」

 マニィが訊いてくる。カナミとは対照的に落ち着いた声で。

「このままだと地面まっさかさまだよ」

「大丈夫、その辺りはちゃんと考えてるから!」

 カナミは自信満々に答え、目の前に落ちてきたヨーヨーを掴む。それで落下は止まる。

「ね、ミアちゃん」

 カナミは屋上を見上げ、呆れ顔のミアへ呼びかける。

「まったく世話が焼けるわね」




 そういうわけで、ヨーヨーをロープのようにしてカナミは引っ張り上げられる。

「いっつも無茶して。フォローするこっちの身になりなさいよ」

「ごめん」

「あたしが助けなかったらあんた、水風船みたいに潰れてたわよ!」

「ありがとう、感謝してるわ。

でも、ミアちゃんが必ずフォローしてくれるって、信じてたから」

「…………ばか」

 ミアはそっぽ向く。

「あれ、みあちゃん……もしかして、照れてる?」

「照れてない!!」

 ミアは怒鳴ってから、走り出す。

「あ、ミアちゃん、待って!」

 カナミは追いかける。




 翌日、さっそく昨晩の怪人退治のボーナスを鯖戸に催促した。

「いや、その前に昨日貸した三十万を返してもらいたいのだけど」

「あぁ……わ、忘れてたわけじゃないのよ!」

 かなみは財布を取り出して、きっちり三十万出す。

「ほら、三十万!」

 鯖戸は指を折って、お札の数を数える。

「確かに。それで、利子の分だけど」

「利子!?」

「一晩だから三パーセント。九千円ってところだよ」

「きゅ、きゅきゅきゅ九千!?」

「さ、すぐに出してもらおうかな」

「だ、だだだ、出せるわけないでしょ!!

何、その暴利!? 一晩三パーって、トイチよりひどいじゃない!!」

「そうはいっても、数分で三十万を用立てないといけなかったからね」

「嘘でしょ!? あんたの手腕だったら無利子で三十万ぐらいポンと用意できるでしょ!」

「おだててもでるのは借用書だけだ」

「う、上手いこと言って……!」

 かなみは悔し気に財布に残ったなけなしの一万円札を見つめる。

「うえええん、みあちゃん、なんとかして!!」

 頼みの綱はみあだけであった。

「うわ、泣きついてくるな!!」

「お金借りたのは、みあちゃんなんだから! みあちゃんも責任とってよ!」

「うるさいわね! だったら、今回のボーナスでたてかえればいいんじゃない!」

「あ、そうだった……部長、今回のボーナスはおいくら万円なの!?」

「五万円」

「ええ!? もっとあってもいいんじゃない!? あの怪人、相当盗みこんでたから!」

「情報源は確証のないものだったからね。よくもまあ倒してきてくれたよ」

「それって、褒めてるの?」

「それじゃ、利子を抜いた四万一千だね」

 鯖戸からみあへ一万円札四枚と千円札一枚、手渡される。

「うぅ……大分、目減りした気がする」

「貰えるだけいいじゃない。で、これ全部借金返済に回すんでしょ」

「え、さすがにちょっとぐらいは貯金に!」

「じゃあ、かなみの分は借金返済ね」

 取りつくシマも無く、みあは鯖戸に半分の二万円を渡す。

「確かに受け取ったよ」

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 かなみは絶叫して項垂れる。

 鯖戸に渡したが最後そのボーナスは戻ってこない。

「み、みあちゃん、どうしてこいつに渡したのよ……!?」

「だって、借金返済があんたのライフワークでしょ」

「そ、そんなわけないでしょ! 私だってね、貯金ぐらいしたいのよ!!」

 かなみは大いに嘆く。

「貯金は当分無理みたいだね」

 マニィはやれやれといった風体で呟く。

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