第74話 甘味! 行き交う少女の甘いひと時 (Aパート)

「さあ、かなみ、紫織。今日のゲームはこれよ!」

「す、双六……?」

「し、しかも二百マスありますね」

 床の絨毯にシートのように敷かれた双六を見る。

「そ、たまにはいいでしょ」

 みあは楽しそうに言う。

「よし、絶対に一番にあがってみせるわ!」

 かなみは大いに張り切る。

「ま、負けません!」

 紫織も同じく拳を握って張り切る。

 そんなわけで、かなみは黄色、みあは赤色のピン、紫織は紫色のピンをそれぞれとる。

 ここは高級マンションで、みあとその父彼方の住宅である。

 明日は学校も仕事も無い休日ということで、かなみと紫織を招いてお泊り会となった。

 そこで、出てきたのがこの巨大双六なのだけど。

「ああ~また三マス戻る!?」

 と、かなみはピンを戻して騒ぐ。

「一回休みです……」

 と、紫織はピンを留めて落ち込む。

「はい、五マス進む。あたしの独走ね!」

 と、みあはピンを進めて得意顔になる。

「みあちゃん、このサイコロ細工してない?」

「細工?」

「みあちゃんだけ、いい目が出るように細工! いかさま!」

「んなわけないでしょ。純粋な運よ」

「みあさん、強運ですからね」

「特に金運あたりが」

 かなみは羨まし気に、みあへ睨む。

「そんなことないわよ。ほら、あんたの番よ」

「うん!」

 かなみはサイコロを手に取る。

「よおし! えい!」

 思いっきりサイコロを転がす。

「ああぁぁぁぁ、さぁぁぁぁぁん!?」

 かなみは頭を抱える。

「また三マスに戻る……」

「ぷぷぷ、三マス進んで三マス戻る、あははははは!!」

 みあは腹を抱えて笑う。

「なんで、なんで!?」

「かなみさん、お気の毒です……」

 そう言いながらも、紫織も笑いをこらえている。

「お~、盛り上がってるねえ」

「親父……」

 声がした方にみあの父・彼方が立っていた。

「お邪魔してます」

 かなみと紫織はそろって一礼する。

「今日は帰ってくる日だったの」

 みあは仏頂面で言う。

「まあね、たまにはそういう日もあるよ」

 彼方は陽気に答える。

「そういう日もって……」

「あんただって、日付変わる前に帰る日が少ないでしょ。同類じゃない」

「そ、それは同類って言わないわよ!」

「なんだ、かなみちゃんは僕と同類なのかな」

 彼方が興味を示す。

「ち、違います! ただ毎日の帰りが遅いってだけです!」

 かなみは精一杯否定する。

「ま、仕事が忙しいという意味では同類かな。それ以前に、私とかなみちゃんはライバルだからね」

「ら、ライバル……? 相変わらずそれってどういう意味なんですか?」

「ま、そんなことより、誰が一着で上がりそうなんだい?」

 さらりと彼方は話題を変える。

「おお、みあちゃんがダントツか。相変わらず運がいいね、親譲りかな」

「自分で言うかっての」

「それじゃ、僕も参加してみようかな」

 そう言って、彼方は黒色のピンをとる。

「ええ、お父さんも参加されるんですか?」

 紫織が驚く。

「みあちゃん、途中参加ってありなの?」

「別にいいんじゃないの。ただ双六って途中参加で勝てるもんじゃないでしょ」

 みあは投げやり気味に答える。

「フフ、見たところ、君達は半分も行ってない。ここからの逆転なら十分可能だよ」

 彼方は得意げに笑って言う。

「そんなわけあるかっての!」

「勝負だよ、みあちゃん」

「上等よ、やってろうじゃない!」

 みあは睨みつけて返す。

「……ふ、二人って、仲がいいのね」

「そうは見えませんが」

 これには、かなみと紫織は苦笑するしかなかった。




 彼方がサイコロを振る。

「よし、六だ!」

「あー!!」

 みあは驚きの声を上げる。

「フフ、これで僕のあがりだ。一番乗りだね♪」

 大人げないほど得意げに勝利宣言する彼方。

「ぐぐぐぐ!」

 みあは心底悔しそうに歯噛みする。

「まさか、あそこから逆転するなんて……!」

「みあちゃんも強運ですが、お父さんはそれ以上の強運ですね」

 二マス進むといった進行形のマスばかり止まって、かなみと紫織はあっさり抜かれ、残り二十マスになってから、みあと壮絶なデッドヒートの末、みあがあと一マスというところで、逆転された。

「さ、最後に四さえ出ればゴールだったのに……」

「勝負は時の運って言うしね。僕には勝利の女神がついていたってことさ、ハハハ」

「――!」

 みあは立ち上がって、風呂へ行く。

「あ、あれ……怒っちゃった?」

「そりゃ怒るでしょうね」

 かなみは苦笑いして答える。

「みあちゃん、泣いてませんでしたか?」

「さすがにそれはないでしょう」

「よし、慰めにいってあげるか」

 彼方は張り切って立ち上がる。

「って、それはちょっとまずいですよ! あれ、悔し涙を腫らすための入浴コースですよ!!」

「ますます怒らせちゃいますよ!」

「そ、そうか、それはまずいな……しかし、そうなるとどうしたら……」

「ここは私が一肌脱ぎます!」

 かなみは張り切って立ち上がる。

「一肌って、自分が一緒に入りたいだけなのでは……?」

「そうかもしれませんね」

 彼方の問いかけに、紫織が答える。

「……かなみちゃんとみあちゃん、仲が良いんだね?」

「は、はい、とても……」

 紫織は遠慮気味に答える。

「君とみあちゃんは?」

「え?」

「君とみあちゃんは、仲が良いのかな?」

「さ、さあ、みあさんにはいつもよくしてもらっていますが……」

「そうかい、それじゃ、みあちゃんをよろしく頼むね」

「は、はい……」

 彼方は立ち上がる。そして、冷蔵庫を開けて物色する。

「おお、プリンか。ちょうど甘い物が欲しかったんだ」

「え、プリン……?」

 彼方の一言に、紫織は嫌な予感が走る。

(プリン……? それって、もしかして、みあさんの物では? みあさん、大事なものとっておくタイプじゃありませんし、あ、でもだからこそ、よっぽど大事なプリンという可能性も!? でしたら、止めるべきでは!! 止めた方がいいんじゃないでしょうか!?)

 紫織の焦りをまったく関せず彼方はプリンを一口食べる。

「あ……」

「どうしたの?」

 彼方は見つめる紫織に気づく。

「あ、いえ……! な、なんでもありません!」

「そうかい……欲しいのかと思ったけど」

「い、いえいえいえ!!」

 紫織は手を振って否定する。

(言わなくてよかったんでしょうか……!? みあさんがお風呂から出てきたら……)

 嫌な予感が止まらない。

「楽しかったわね、みあちゃん!」

「背中流しまでやらなくてもよかったのに」

「いつもお世話になってるから!」

「まったく、余計なお世話よ」

 そんな会話をしながら、お風呂上がりでパジャマに着替えた二人がリビングにやってくる。

「みあちゃん、また双六やる?」

「もう双六はいいわよ、ん?」

 みあはリビングの彼方へ視線を移す。

「親父、あんた何食ってんのよ?」

「何って、プリンだけど」

 彼方は何食わぬ顔で答える。

「それ、あたしのなんだけど……!」

 みあは怒りでブルブル震える声で言う。

「あ、ごめん……! つい、甘い物が食べたくてね!」

 彼方は悪びれ無く答える。

 その返答に、紫織はみあと違う意味でブルブルと震える。

「そう、甘い物ね……それで、あたしのプリンを食べたのね……!」

 普段のみあから考えらえない程、恐ろしく低い声で言う。すぐそばにいるかなみも怖くて逃げだしたくなってきた。

「ごめんごめん、あとで返すから」

「謝ってすむ問題かあああああッ!!」

 みあは怒声を張り上げる。

 かなみと紫織は耳を塞ぐ。

「勝手に人の物を……しかも、それはあとでじっくり味わうつもりだったお気に入りの限定プリンなのに!!」

「……あ、これ、お気に入りなんだ……」

「絶交よ、絶交!! 父娘(おやこ)の縁なんか切ってやる!!」

 みあは思う存分怒ってから自分の部屋へ入っていく。

「………………」

 一転してリビングは静まり返る。

 かなみと紫織、自然と彼方は視線に映す。

「か、勘当されちゃったよ、僕……」

 呆気に取られた彼方はそれだけ言って、黙り込む。彼なりに落ち込んでいるような気がする。




 結局お泊り会は中止になって、かなみと紫織はそのまま帰った。

 次の日、学校が終わってからオフィスでかなみと紫織は顔を合わせた。

「おはようございます」

「おはよう」

 いつもの挨拶を交わす。

「一昨日は災難だったわね」

「はい……みあさんとお父さん、仲直りできたんでしょうか?」

「う~ん、みあちゃん結構根に持つタイプだから、説得するのはかなり時間かかりそうだし、難しいんじゃない」

 早い話、まだ喧嘩は続いてると予想する。

「ということは、みあさんまだ怒ってるんですかね」

「そうかもね、気まずいな……」

 まだ、みあは出社していない。これから、不機嫌なみあがやってくるのかと思うと気が重くなる。


ガタン


 扉が開く音する。

 そのみあがやってきたと思ったけど、違った。

「みあちゃん、まだ来てないかい? ちょうどよかった」

 父親の彼方だった。

「彼方さん、どうして?」

「珍しい客ね」

 いつの間にかデスクに座っていたあるみが

「このオフィスに客自体珍しいけどね」

「ちょっと頼みがあってね。かなみちゃんと紫織ちゃんをちょっとお借りしたいんだけど」

「それはいいけど」

「それじゃ、社長の許可も出たことだし」

 彼方はかなみと紫織に視線を送る。

「一緒に来てくれないか?」




 そういわけで、いつものモダンな喫茶店にやってきた。

「頼みって何ですか?」

 とりあえず彼方がコーヒーを三つ頼んできて、すぐにきたところでかなみは話を切り出す。

「もしかして、みあさんの?」

「そう! そのとおりだよ!」

 彼方はテーブルへ身を乗り出す勢いで答える。

「まだ仲直りできてないんですか?」

 かなみが訊くと、彼方は頭を掻く。

「そうなんだよ。あの娘、結構根に持つタイプだから」

 二人は「やっぱり」と思った。

「もう口聞いてくれなくて、本当に弱ったよ、ハハハ」

 彼方はさみしげに笑う。

「そこでさ、二人にお願いがあるんだけど」

 コーヒーをすすりながら、話題を切り出す。「これ、苦いね」と苦笑する。

「お願いって、みあさんとの仲直り、ですか?」

 紫織が訊く。

「そうだよ。二人ともに頼みたいことはね」

「嫌な予感が……」

 かなみは思わずぼやく。

「はい」

 紫織も小声で同意する。

「ケンカの原因になったプリンを買ってきて欲しいんだよ」

「プリン、ですか?」

 彼方からかなみへメモ用紙を渡す。

「ここから隣町のスイーツブティック。いつも行列ができていて一、二時間は平気で並ぶと評判の店だよ」

「一、二時間……」

「あるみ社長にはちゃんと許可はとっておいたから何時間でも並べるよ」

「あ、あの差し出がましいようですが……」

 紫織は小wさく挙手する。

「なんだね?」

「みあさんと仲直りしたいのであれば、ご自分で並ぶべきではないでしょうか?」

「……んん?」

 彼方は苦い顔をする。

「あ、すみません。出しゃばったことを……」

「いや、まったくもってそのとおりだよ。僕だって出来れば何時間でも並んで買ってきてあげたい

のだけど。社長業があってね、この時間だってかなり無理をいって作ったものなんだよ」

 彼方は泣き言のようにとうとうと語る。

「だから、二人に頼むしかないんだよ!」

 テーブルの上に突っ伏して、土下座のような態勢で懇願する。

「お願いだ!」

「…………………」

 かなみと紫織は弱り果てる。

 大の大人、しかも大企業の社長がここまでして頼み込むなんてどう対応していいのか困惑しているのだ。

「かなみさん……」

「わかってるわよ、紫織ちゃん」

「それじゃ!」

 彼方は嬉々として顔を上げる。

「わかりました、お父さん」

 かなみはため息交じりに了承する。




「あれがスイーツブティックね」

 遠目からでも見える程の長蛇の列で目的の店はすぐわかった。

「あれ、一時間の列ですかね?」

「うーん、二時間だったら平気よ。私だけでもいいんだけど」

「いいえ、私も行きます!」

 紫織は妙に張り切っている

「そ、そう、ならいいんだけど」

 よっぽど、みあと彼方が仲直りして欲しいのかなと、かなみは思った。

 そして、列の最後尾にかなみと紫織は並ぶ。

 すると、みるみるうちに後ろに人が並んで、あっという間に後ろにも列が出来てしまった。

(もうちょっと遅れてたら、一時間余計に並んじゃうところだったかも)

 そんなことを考えてしまう。

「プリン、あるといいわね」

「はい……」

「でも、プリンで本当に仲直りできるのかしらね?」

「だ、大丈夫ですよ。みあさん、プリン大好きですから」

「そうなの? あ、でも、みあちゃん甘い物が凄い好きだよね。ケーキとかパイとか饅頭とか」

「そんなに食べてましたっけ?」

「食べてるわよ、見せびらかすようにね」

「……あははは」

 紫織は苦笑する。

「あの、かなみさん……」

 しばらく経って、紫織はしおらしくかなみを呼ぶ。

「どうしたの? 疲れちゃった?」

「いえいえ、もう何時間でも待てますよ。そうじゃなくてですね」

「そうじゃなかったら、何?」

「あの……彼方さんがプリン食べてしまったの……私のせいなんです……」

「ええ? 一体どういうことなの?」

 紫織は顔を伏せて、本当に申し訳なさそうに言う。

「みあさんとかなみさんがお風呂に入ってるときに……彼方さんが冷蔵庫からプリンを取り出した時に、ひょっとしたら食べちゃいけないものかと思ったんですが、彼方さんを止められなくて……それで、だから……」

「それは、紫織ちゃんのせいじゃないよ」

 たどたどしく申し開きをする紫織に対して、黙って聞いていたかなみはここで遮る。

「で、でも、あの……そういうみてみぬフリをするのも同罪といいますか」

「紫織ちゃんが気に病むことじゃないわ。それに、プリンを食べて怒るみあちゃんにも問題あると思うし」

「そうでしょうか?」

「そうよ! みあちゃんは悪くない! だから、罪滅ぼしだなんて考えないで」

「……はい」

 そうこうしているうちに、一時間経ってようやくかなみ達の番に並ぶ。

 ショーケースをみると、特製プリンの欄がある。

 しかし、そこに肝心の商品のプリンが並んでいない。嫌な予感がしつつ、かなみは店員に問う。

「特製プリンをください」

「すみません、本日の分は完売してしまいました」

 その返答に大きく落胆する。

 結局、一時間以上並んだが目的の物は手に入らず、かといって他に何を買っていいのかわからないので、かなみ達は店から離れた。

「ど、どうしましょう?」

 紫織は不安げに訊く。

「とりあえず、彼方さんに連絡ね。出てくれるといいんだけど……」

 向こうは多忙の身。

 そう簡単には出てくれないだろうと思いつつ、通話をかける。

『かなみちゃん、プリン買えたかい?』

 ワンコールで出るなり、問いかけてくる。

「……あ、いえ」

 かなみは驚きつつ、やんわりと答える。

『ああ、そうかい。売り切れだったんだね、行列だから完売するかもしれないとは思っていたよ』

「そうなんですか?」

『というわけで、他の店をリストアップしておいたからメールで送るよ。よろしく頼むね』

 通話が切れる。

「……さすが、社長というべきか」

 最低限の報告で察して、手短に用件だけ伝える。

 その姿勢に、かなみは感心する。

 そして、すぐにメールで店のリストが送られてくる。

「とりあえず、この店に行ってみましょう」

「はい」

 そう呼びかけると、紫織の顔は少しだけ明るくなる。

「マニィ、この店ってどこにあるの?」

「それはね、二つ先の駅だね」

「……ちょっと遠いわね」




 日が暮れ出した頃、かなみ達は目的の洋菓子店に辿り着く。

 時間的に閉店間際でギリギリ間に合ったといったところだ。そうなると品物がほとんど売れてしまっているのでは、二人は不安になる。

「プリン、売れ残ってるといいんですけど」

「紫織ちゃん、そういうこと店の前では言わないようにね」

 かなみは注意する。

 幸いなことに店番をしている店員さんには聞こえなかったようだ。

 それで肝心のプリンなんだけど、と、かなみはショーケースを確認する。

「またしても……」

 思わずぼやく。

 ショーケースの『一番人気! 厳選生クリームプリン』と書かれたプラカード。しかし、そこにプリンはない。

 この嫌なパターンはさっき経験済みだ。

「あの、この生クリームプリンを一つください」

 かなみは店員に注文する。

「すみません。つい先ほど売り切れてしまいました」

 ワンパターンな展開であった。




「ここも売り切れ……」

 三件目は夜でもやっている洋菓子店にやってきて、またしても売り切れであった。

 店員さんが申し訳なそうに「つい先程売り切れてしまいました」と言っていた。これもデジャビュのように感じた。

「ついてないですね」

 紫織の顔にも明らかに落胆の色が浮かぶ。

「みんな、よっぽどプリンが食べたいみたいね」

 そんなことをかなみはぼやく。


グウ~


 急に紫織の腹の虫が鳴り出す。

 もう夜中の二十時で、夕食時を過ぎているといっていい。かなみにとってはいつものことだけど、紫織にはきついところだろう。

「紫織ちゃん、何か食べましょう」

「え、でも……プリンが……」

「今やってるお店は無いわ。彼方さんに事情を説明して明日に……あ!」

 話しながら、かなみはある人物に気づいて声を上げる。

「うるさいわね、あんたは」

 みあが仏頂面で文句を言う。

「みあさん、どうして?」

「仕事帰りよ。鯖戸から調査の話が来てね」

「それで、何買ってきたの?」

 かなみはコンビニ袋を指して訊く。

「あ、これはあ!?」

 みあは慌てて隠す。

「え……?」

「何を隠したんですか?」

「な、なんでもないわ!!」

 みあがここまで狼狽するのも珍しい。そんな態度をされるとますます気になる。

「ハァハァ、プリンだよ」

 そこで、ウシ型マスコット・ウシィがあっさりばらしてしまう。

「あー! こらー!」

 みあはウシィをはたき落とす。

「いでんでんでんでん!?」

 奇妙な悲鳴を上げながら転がっていく。不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。

「プリン、買ってたんですか?」

「そ、そうよ! 悪い!?」

 紫織に聞かれて、みあは開き直って答える。

「わ、悪くはないけど……どうして?」

「どうしても何も食べたくなったからよ」

「プリン……みあちゃん、そんなに好きだったの」

 かなみは意外そうに言う。

「べ、別に、そんなに好きじゃないけど、この前親父のせいで食べそこなったし!」

 その親父の頼みで、プリンを探し回っている二人としては苦笑を禁じ得ない。

「あんた達も食べる?」

「え?」

 みあの唐突な提案に面を食らう。




 みあのコンビニで買ってきたのは、三個で一セットのカッププリン。

 安価でありふれて安心感のある、そんなプリン。みあの部屋でかなみと紫織はそれを食べる。

「おいしいですね」

「ええ」

 かなみは同意する。

 今日、特別なプリンを探し回って行列にまで並んだだけに余計においしく感じる。

「今日は二人で出かけたって言ってたけど、何してたの?」

 みあが冷蔵庫から天然水のペットボトルを持ってくる。

「ちょ、ちょっとね。調査よ」

 かなみは咄嗟にごまかす。

「ふうん、私もちょっとした調査なんだけどね。これがまたおかしくてね」

「おかしい?」

「最近プリンを買い占める怪人がいるかもしれない、っていうそうよ」

「「……え?」」

 二人は揃ってキョトンとする。

「プリン? なんだってそんなものを?」

「さあ、甘いもの好きな怪人なんじゃないの?」

「怪人が甘いもの好き……」

 ちょっと想像できない。何故だか怪人の好物といえばお肉、なんて考えが脳裏をよぎる。

「それでプリンを売ってるスイーツショップを試しに見て回ってきてどうだったの?」

「ぜんぜーん、怪人の影も形もなかったわ」

 みあはため息交じりに答える。

「骨折り損のくたびれ儲けって、あんたの専売特許なのにね」

「誰が何の専売特許よ!?」

 かなみは反論する。

「あたしは紫織に言ったのにね」

「そ、そうですか?」

 どうみてもかなみに向かって言ったように見えたけど、と紫織は思ったけど口にしなかった。

「あ~なるほど」

「何がなるほどよ?」

 みあは勝手に納得したような、かなみに訊く。

「プリンのことで歩き回っていたから、無性に食べたくなったんでしょ?」

「ハァハァ、そういうこった」

 イシィが代わって答える。

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 イシィが言ったことで、みあも認めずらくなったのかテーブルを叩いて否定する。

「でも、どうして三個なんですか?」

 紫織は不意にみあに訊く。

「え……そ、それは……」

「みあちゃん、もしかして三個も食べたかったの?」

 かなみのそんな一言にみあはムカッとする。

「んなわけあるか! 三個のやつしかなかったのよ!!」

 それはごまかしだということは、かなみも紫織もすぐにわかった。とはいえ、それ以上言及しようとは思わなかった。

 何よりも、プリンはおいしかった。




 その後、プリンを食べただけでかなみ達は彼方と会うことなく帰った。

 そして翌日、かなみは学校が終わって校門を出ると彼方からメールが送られてくる。

『今日もよろしく頼む。あるみちゃんには話をつけておいたから』

 確認するなり、すぐに携帯をしまう。

「まずは紫織ちゃんと合流ね」

「まだ学校にいるんじゃないかな」

 そういうわけで、マニィの案内で紫織の学校へ行く。

「私、紫織ちゃんのお姉さんに見えるかしら?」

「似てないからそうは見えないんじゃない」

「はは、そうよね」

 校門のすぐ近くで紫織の姿が見えた。

「今日も頑張ろうね」

「はい」

「それで一軒目はどこなの、マニィ?」

「ここから近いところにするよ」

 そう言って、マニィは評判のプリンが売っているスイーツショップを案内する。

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