第72話 徘徊! 少女と甲冑の真夜中の邂逅! (Cパート)

 時間は午前零時を回る。

「ふああああ」

 翠華は押し寄せる眠気に勝てず、あくびをしてしまう。

「眠いですか?」

「ううん、そんなことないわ!」

 翠華は精一杯強がって見せる。

「かなみさんは平気そうね?」

「はい、いつもなら帰る時間ですから。それに、さっきうたた寝してしまいましたから」

 食後のうたたねはそこまで気に病むことはないのにと翠華は思うのだけど、かなみとしては負い目であるようだ。

「あれは気にしなくていいわ」

「そういうわけにもいきませんよ。翠華さん、眠かったら遠慮せずに寝て大丈夫ですよ。私朝まで起きてますから!」

「かなみさんを一人にして寝るなんてできないわ」

「そう言わずに! 私なら一人で大丈夫ですよ!」

「そういうわけにはいかないわ! かなみさんこそ!」

「翠華さんこそ!」

「かなみさん!」

「翠華さん!」

 二人は激しく譲り合いで言い争う。

「ウシシシ、二人とも意地っ張りだな」

「そういうところは似ているよ」

 ウシィとマニィはそう言って、二人の言い争いを見物する。どちらが先に折れて譲るのか気になるところであった。

 かなみと翠華。一分近く言い争った挙句、翠華が埒があかないと思い、ある提案をする。

「こうなったら、ジャンケンしましょう」

「ジャンケン?」

「勝った方が先に寝る。四時間で交代でどうかしら?」

「いいですね、わかりました!」

(これで負けて、かなみさんに八時間眠ってもらうわ!)

(負けて、翠華さんに八時間寝てゆっくり休んでもらいます!)

「なんて二人とも考えてるだろうね」

「ウシシシ、二人ともわかりやすいぜ」

 マスコット達には二人の考えが筒抜けであった。

「それではいきます!」

「ええ!」

「最初はグー!」

「「ジャンケン、ポン!!」」

 かなみはチョキ、翠華はグー。

「「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」」

 二人揃って頭を抱える。

「まあ、二人とも負けようとしても一人しか負けられないよね」

「ウシシシ、二人が戦えば、敗者は一人、勝者は一人だぜ」

 そんなわけで勝ってしまった翠華はため息をつく。

「かなみさん、三回勝負にしない?」

「ダメです! 言い出したのは翠華でしょ?」

「うぅ……」

 ここまで言われると、翠華もベッドにつくしかない。

(こうなったら、かなみさんを一人起こしたままにさせないわ! 寝たふりで四時間乗り切ってみせるわ!!)

 翠華はそういう一大決心のもと、ベッドにつく。

(こ、このシーツ、気持ちいい! 枕も低反発で、うちのより気持ちがいい! ま、まずい! 気持ちよくなって眠りそう!!)

「翠華さん、すぐ寝たわね。よっぽど疲れたのかしら?」

 かなみはマニィに話しかける。マスコットは魔力が続く限り、不眠不休なのである。

(あ~、気持ちいい~、あったかくてやわらかくて~……って、まずい! 今意識が遠くなって! ああ、ダメよ、絶対に寝ちゃダメよ!! 起きて、起きるのよ翠華!!)

「翠華さん、気持ちよさそうに寝てるわね」

「そうだね……」

「このシーツとか高級でホテルみたいだものね……持って帰れないかしら?」

 かなみとマニィの暢気なやり取りが聞こえてくる。翠華の方はというと眠らないために気を張りつつも表面上は穏やかそうに眠るという、なんとも形容しがたい激しい戦いが繰り広げられていた。

「ところで、かなみ? この部屋にチェスやオセロがあったよ」

「あ、暇つぶしの道具ね。チェスは無理だからオセロね……」

「ウシシシ、それじゃ一勝負といこうか!」

 ウシィがオセロ盤を広げる。

「ウシィと勝負なんて新鮮ね! 負けないわよ!」

「ウシシシ、言っておくが俺の実力にお嬢は驚くぜ!」

 そんなわけでかなみとウシィはオセロで一勝負して盛り上がる。

(はあ、ウシィがかなみさんの注意をそらしてくれたおかげで助かったわ! でも、やっぱり気持ちいい……!)

 翠華は目を開けて、かなみとウシィのオセロ対決をみるぐらいの余裕はあった。しかし、時間とシーツの気持ちよさのせいですぐ眠気が襲いかかってきそうで油断ならない。

 一方のオセロ対決では、かなみが四つとも角をとって終始優勢のまま進める。

「これで終わりよ!!」

「ウシシシ、って笑ってる場合じゃねえ! やめろおおおおッ!!」

「ああ、これは九分九厘かなみの勝ちだね」

 ウシィは呆然と盤面を見つめる。

「そ、そんなバカな……!」

「君がこんなに弱いとは思わなかったよ」

「逆の意味で驚いたわ」

「ウシシシ、チクショウ、こうなったらもう一回勝負だ!!」

「何回やっても同じよ!」

 すっかり盛り上がっていた。


ゴツゴツ


 そんな雰囲気を打ち壊すように、あの金属の足音がする。

「ひいや!」

 かなみは驚きの悲鳴を上げる。

「な、なんで!? あいつは倒したはずじゃ!!」

「かなみさん!」

 翠華は飛び起きる。

「かなみさん、大丈夫!?」

「え、ええ、はい。足音がしただけで……」

 いきなり起きてきた翠華にかなみは驚く。

「でも、なんで足音? あの甲冑は翠華さんが倒したでしょ?」

「確かに倒したけど、あの甲冑にはまだ魔力が残っていたわ。でも動き出すほどの量が残ってるとは思えなかったし……」

「回復したんじゃないですか? 私達だって魔力が尽きても寝たら回復するじゃないですか」

「それは有り得るわね……そうなるとまた戦わないといけないことになるけど」

「うーん、できればもう二度と戦いたくないんですけど」

 かなみにとって幽霊のような甲冑は苦手であった。

「そうね、強敵ね……! だから、私に任せて!」

 翠華は廊下に出る。

「あ、翠華さん、待ってください!」

 かなみは追いかける。

 廊下を出ると、すぐさま甲冑と出くわす。


ゴツゴツ


 そして、厳かな足取りで歩み寄ってくる。

「「マジカルワークス!!」」

 再び変身して、黄色と青色の魔法少女になる。

「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」

「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」

 甲冑は剣を引き抜く。

 いきなり臨戦態勢で、闘志を感じる。

「あいつ、やる気ですよ!」

「望むところよ!」

 スイカは二刀のレイピアで突撃する。


キンキンキンキンキンキン!


 スイカが突き出したレイピアをことごとく弾いていく。

「スイカさんの攻撃が見切られてる!」

「さっきの戦い、スピードに慣らされたんだろうね。それに生半可な攻撃じゃ、あの甲冑は貫けない」

 マニィの発言を聞いて、神殺砲を使えないこの状況が歯がゆくなってきた。


パキィン!!


 スイカのレイピアが飛ばされて、床に突き刺さる。

「スイカさん、下がってください!」

 カナミの魔法弾の弾幕を撃って、スイカはその間に距離をとる。


パンパンパンパン!


 しかし、魔法弾は数を撃つつも甲冑に豆鉄砲に弾かれる。

「あー! やっぱり神殺砲で!!」

「だからダメだってば、洋館壊して借金倍増させたいの?」

 マニィが制止する。

「神殺砲が撃てないなんて……! スイカさんのレイピアが通じないし、魔法弾も駄目で……」

 そうこうしているうちに、甲冑が間合いにまで接近を許してしまう。


ブゥゥゥン!!


 カナミは慌てて逃げる。

「ノーブルスティンガー!!」

 カナミの注意がいった隙を突いて、スイカは渾身の突きを繰り出す。

 甲冑はその突きにさえちゃんと対応して、剣で払おうとする。


バァァァァァン!!


 レイピアと剣が激しくぶつかり合い、衝撃が巻き起こる。


パリーン!!


 その衝撃で廊下の窓ガラスが割れる。

「ああぁぁぁぁ、ガラスがぁぁぁぁぁッ!!」

「これで修繕費は支払わないといけなくなったね」

「そんな!? っていうか、どうせ修繕費を支払わないといけないんだったら、多少増えても問題ないわよね!?」

「神殺砲だったら多少どころじゃすまないでしょ」

「だったら、どうするのよ!?」

 カナミがマニィと問答しているうちにスイカが弾き飛ばされて、巻き込まれる。

「キャァッ!?」

「ス、スイカさん……!」

 カナミはスイカの下敷きになる。

「カナミさん、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 スイカは大慌てで起きる。

「カナミさん、大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫ですけど、スイカさん、どうしましょう?」

「私のレイピアが全然通じないわ……カナミさんの魔法弾も駄目だし……――こうなったら!」

「こうなったら?」

「もう一度外に出てみましょう!」

「はい!」

 カナミとスイカは一目散に外へ向かう。


ゴツゴツ


 相変わらず甲冑は厳かな足取りでゆっくりと追いかけてくる。

 入り口までやってきたカナミとスイカは扉を開けて立ち止まる。


ゴツゴツ


 そうして、甲冑がやってくる。一歩一歩ゆっくりと。

 カナミ達は甲冑が一歩ずつ近づくたびに、少しずつ後退り、とうとう洋館の外に半分ほど出る。

「………………」

 ちょうどその時、甲冑の動きが止まる。

――出て行くなら止めない。

 そういう意思さえ感じられる。

(だったら、そこから入るとどうなるの?)

 カナミはそこからもう一歩前に出て洋館の中に入る。


ゴツゴツ


 そうすると、甲冑は動き出す。

 フッと足を洋館に出す。

「………………」

 甲冑は動きを止める。

「おお」

 カナミは足を洋館から出す。


ゴツ


 足を洋館に入れる。


ゴツ


 足を洋館から出す。

「面白いぐらい忠実な反応するわね」

「でも、これではっきりしたわ。外を出た人には襲い掛からない。あくまで襲うのは中の人だけね」

「中の人って、私達だけですよね」

「ええ、やっぱり私達二人を侵入者として認識されてるのかしら?」

 スイカは憂い顔で呟く。

 仕事で招かれた客人だと思っていたのに、侵入者と認識されているのがにわかに信じがたいのだ。

「ウシシシ、電話がきてるぜ」

 ウシィが携帯電話を取り出して、スイカへ渡す。

「こんな時間に誰から……執事さん?」

「執事さんからって、今取り込み中ですよ!」

 スイカは携帯と一歩ずつゆっくり歩み寄ってくる甲冑を交互に見やる。

「カナミさん、ここは出ましょう」

「はい」

 カナミは迷わず二つ返事で応じる。

 そうして、二人は外に出る。甲冑は追ってこなかった。

 スイカは甲冑が洋館から出てこないことを確認してから電話をとる。

『もしもし、お取込み中でしたか?』

「いえ、甲冑についてわかったことがあります」

『こちらもです』

「本当ですか。あ、まずはこちらから言いますね。あの甲冑はやはり外にまで追いかけてきません。中にいる侵入者だけを排除しようとしているように感じます」

『ほほう、それでお二人を侵入者と認識されているということですね?』

「は、はい、そうなると思います」

 スイカは引き攣った顔で答える。

『そうですな。御主人様が招き入れたとはいえ、それは甲冑があずかり知らぬこと。お嬢様方を侵入者と認識されても無理からぬこと』

「そうですか……」

『それでこちらでわかったことなのですが、それをお話する前に確かめたいことがありまして』

「確かめたいこと?」

『お二方には洋館のある場所に向かっていただきたいのです』

「はあ、それは構いませんが」

 スイカがそう答えると、携帯に目的の部屋を示した洋館の地図の画像データが送られてくる。

「執事さん、手際良い……」

 スイカは感心してしまう。

 その経緯をカナミに説明する。

「あの、つまり、それって……」

 カナミは不安げに洋館の入り口の方へ顔を向ける。

「ええ、突破しなければならないわね」

 スイカは肯定する。

 入り口で待ち構えている甲冑を突破しなければ、執事の指定した部屋に辿り着けない。

「扉を開けたらもう一度私が最高の一撃を繰り出すわ。その隙に部屋に向かいましょ」

「それでいけるんでしょうか?」

 カナミは不安を口にする。

 それはスイカは二撃放って、一撃目は倒したけど復活して、二撃目にいたっては防がれてしまっている。これで三撃目ともなると、ついつい考えてしまう。

 スイカもそれに気づいていないわけではない。

「……大丈夫よ」

 そう答えて、レイピアを力強く握りしめる。

「わかりました」

 カナミはそう答えたスイカを信じる。

 入り口前でスイカはレイピアを構える。カナミが入り口の扉を開けると同時にスイカが一撃放って、その隙にカナミは奥へ入っていく。スイカもそれを追いかけて部屋に向かう手筈となった。

「まだ入り口で待ち構えてるね」

 マニィが言う。

「ええ」

 カナミはドアノブに手をかける。すると、ドア越しからでも甲冑の強い魔力を感じる。間違いなく入り口前で待ち構えている。

「私達を入らせないつもりね」

「ウシシシ、腕がなるってもんだぜ」

「ウシィが腕をならしてもしょうがないでしょ」

 スイカがツッコミを入れる。

「ウシシシ、そいじゃ、お嬢が代わりにならしてくれよ」

「どうして私が?」

「ウシシシ、そいつはまあ言葉の綾ってやつで」

「いい加減ね」

「ウシシシ、固いこと言うなって、それ構えろよ」

「言われなくても!」

 スイカはレイピアを構える。

 足に力を入れ、いつでも最高の踏み込みで最高の突きを放てる体勢に移った。

「カナミさん、いつでもいいわよ!」

「はい!」

 カナミがすぐに応じる。

「それじゃ、せーの!」

 カナミの掛け声とともに、洋館の入り口の扉は勢いよく開けられる。

 扉を開けると、甲冑は黙して佇んでいた。

「ノーブルスティンガー!!」

 スイカは即座に最大の突きを撃ち放つ。


パキィィィィィィィン!!


 甲冑もこれまで見せたことのない俊敏な動作でレイピアを剣で受け切ってみせる。

「まだまだ!!」

 スイカはもう一刀のレイピアで二撃目を放つ。


パキィン!!


 しかし、これもあっさり甲冑は受け流し、あまつさえレイピアを弾き飛ばす。

「く……!」

「スイカさん!」

 カナミは心配になって声を上げる。

「カナミさん、構わず行って!」

「はい!」

 カナミはすぐに指示に従って洋館の奥へ走る。

「――!」

 甲冑は奥へ向かったカナミを向き、追いかけようとする。

「させない!」

 スイカはレイピアを突き出す。


キィン! キィン! キィン! キィン!


 スイカは必死にレイピアを繰り出して、甲冑を食い止める。

 一方のカナミはマニィの案内で目的の部屋へ向かっていた。実はカナミの携帯にも一斉送信で同じ画像を受け取っていたので、マニィが携帯電話を持って案内する。このあたりはいつものやり取りだ。

「でも、そっちに何があるの?」

 ただ、カナミはスイカと執事の電話のやり取りをよく聞けていなかったし、画像と一緒に送られた説明のメールも確認していない。

「行ってみればわかるよ」

 マニィはそれだけ答える。

 詳しく問いただしたいところだけど、今はスイカが必死に甲冑を食い止めてくれているところだ。一刻も早くその目的の部屋に辿り着かないといけない。

「そこを曲がって三つ目の扉だよ」

「ええ」

 しかし、この洋館は無駄に広い。まるで街中を走っている気分になってきた。


バタン!


 目的の部屋に即座に入る。

「こ、これは……!?」

 絢爛豪華な衣装が所せましと並べられている。

「そう、ここは衣裳部屋だよ」

「なんでここなの!?」

「執事さんからのメールによると、この衣装を着て欲しいとのことで」

「何の衣装よ、まったく……こんな時に……」

 カナミはそう言って、マニィが示す衣装を確認する。

「な、なんで、これなの!?」




 レイピアを突き出して、甲冑を必死に食い止めているスイカだったけど、徐々に押されていた。

 手数ではスイカが勝るものの、甲冑は全てを受け切った上で反撃してくる。


キィィィィン!!


 そのパワーはレイピアを弾き飛ばし、スイカの手を痺れさせた。

(この人……私より強い……!)

 そう実感せざるをえなかった。

 洋館を壊さないように、と注意していることを差し引いても、甲冑に対して決め手が無い。また甲冑は積極的にこちらに攻めてこない。

 あくまでスイカの攻撃を防ぐことを主体で、たまに反撃や隙を突いた攻撃で打ち込んでくる程度だ。これがもし攻撃側に回ったらと思うと寒気が走る。


キィン! キィン! キィン! キィン!


 そうさせないように、スイカは必死に連続突きで防御に回らせる。甲冑に攻撃に回らせないように。

「ハァハァ、カナミさん、あそこに辿り着くまでは……!」

 息切れをしつつも、スイカは気を吐く。

「ウシシシ、どうやら辿り着いたみたいだぜ」

 ウシィが感知する。

「本当!? だったら、私も!」

 スイカはすぐに背中を向いて、カナミの行った部屋に向かう。

 幸いにも甲冑は走って追いかけてこない。

 甲冑と大きな差をつけて、件の部屋に辿り着く。

「カナミさん!」

 スイカは扉の前でカナミへ呼びかける。

「スイカさん、無事ですか?」

「ええ、私なら大丈夫よ。カナミさんは?」

「わ、私は……着替えました」

 カナミは躊躇いながらも答える。

「き、着替えたって、それじゃあ!?」

「あの……これで、本当に大丈夫なんでしょうか?」

「そ、それは私にもわからないわ……」

 スイカも不安げに答える。

「ものは試しってことだよ。成功したらボーナスだよ」

「うぅ……上手くいかなくても保険くらい出しなさいよ」

 文句をぼやきつつ、カナミは部屋から出てくる。

「――!」

 スイカは言葉にならない驚きの声を上げる。

 かなみが着込んだのは、女性用の使用人の服装――俗にいうメイド服だ。

 執事が言うにはこれで、甲冑はかなみのことを洋館の使用人と認識し襲い掛からないのでは、とのことらしい。

 そんなバカなと思うものの、ものは試しということでかなみは着替えてみて廊下に出てみた。

「かわいい……」

 そこでスイカは思わず感嘆を漏らす。

 そのメイド服はかなみのために仕立てられているかのように似合っていて、豪勢な洋館に相応しい装いであった。

(メイドというより、まるでお姫様……! カメラがあったら、あ、そうそう携帯があったわ!!)

 ついつい状況を忘れて携帯をとろうとする。


ゴツゴツ


 そんなところに、甲冑はやってくる。

「き、きた……」

「襲い掛かってくる素振りを見せたら、すぐに変身しなおしていいからね」

「当たり前でしょ! でも、……」

 できれば襲ってきてほしくない。

 でも、こんなメイド服を着たくらいで襲ってこなくなるなんて都合がいいことなんてないだろうとも思う。

「………………」

 甲冑はかなみを見つめたまま、歩みを止める。

「え……?」

 かなみは呆気にとられる。

 本当に使用人と認識して、襲ってこないのか。

 そう思った直後、甲冑はかなみから背中を向けて、去っていく。


ゴツゴツ


 足音はどんどん遠のいていく。

「………………」

 かなみは呆然と立ち尽くしたまま、甲冑が去っていくのを見守るだけであった。

「ほ、本当に襲わなくなっちゃった……」

「執事さんの言った通りになったね」

「……それにしても、メイド服を着ただけでそうなるなんて……」

 かなみにとってにわかに信じ難かった。

「かなみさん、大丈夫?」

 スイカが訊く。

「はい。スイカさんの方こそ大丈夫ですか?」

 甲冑を必死で食い止めていたスイカの心配をする。

「大丈夫よ」

 スイカは少々やせ我慢気味に答える。

 大きな負傷こそなかったものの、甲冑の剣戟を何回か受けて手はしびれており、また攻撃が全然通じなかった精神的ダメージが大きかった。

(……もし、退いてくれなかったら、私はかなみさんを守れたかしら……?)

 そんなことまで考えてしまう。

「大丈夫ならいいです。あ、そうそう、スイカさんも着替えてもらいますよ」

「え、着替えるって?」

「もちろん! メイド服ですよ!」

「え、ええ!? 私は遠慮させてもらうわ!」

「ダメですよ! また甲冑が襲ってくるかもしれないんですから!」

「そ、それはそうだけど……」

「それに私だけこんな服を着てるだなんて恥ずかしいです!」

「……そっちが本音かしら」

 スイカは苦笑する。

 しかし、かなみからのお願いを断るわけにもいかない。仕事の一環という建て前もあることだし。

「それにしても」

 翠華は変身を解いて、衣装部屋から自分のサイズに合ったメイド服を探す。

「よくかなみさんにあったサイズのメイド服があったわね」

 かなみは中学二年生だけど、小学六年生といわれても通じるくらいの小柄さであった。

 この洋館の使用人はさぞしっかりした大人を雇うイメージがあるので、小学生用の使用人の服を用意しているのは意外なことだと翠華は思った。

「なんでも御主人の趣味で、小学生のメイドを雇うことがあるらしいから特注しているらしいよ」

 マニィの返答を聞いて、かなみと翠華は驚き、硬直する。

「「しょ、小学生のメイド!?」」

「それ、どういうことなのマニィ!?」

「ここの御主人はゆく当てのない子供を引き取ったりして、メイドとして働かせているんだよ。もちろん学校に通わせながらね。子供の頃から教育しておけば優秀なメイドになるっていうのが持論らしいよ」

「な、なるほどね……」

 翠華は理解しがたい部分はありつつも一応納得する。

「……もっともらしいんだけど、小学生をメイドにするって……」

 かなみの方は、いかがわしさが勝ってしまい、いまいち納得ができなかった。

「っていうか、なんであんたがそんなこと知ってるのよ?」

「執事さんがメールで教えてくれてね」

 そう言われて、翠華は自分の携帯を確認する。

「ああ、これね……」

 かなみの携帯に送られたメールなら翠華の携帯にもあるのは当たり前のことだった。それを読んで、翠華は頭を抱える。

「そういう世界もあるのね……」

「……私、そのメール読みたくない」

 かなみは思わずぼやく。

 ひとまず翠華はメイド服に着替える。かなみと違って翠華は女子高生なのでちょっと大きめのサイズがピッタリであった。

 かなみが思わず「似合ってますよ!」と言ったら赤面した。

「さて、これからどうしましょうか?」

「うーん、そうね。客室に戻って休みたいところなんだけど……」

「甲冑がどこに行ったのか気になりますね」

「それなら多分、洋館のあっちこっちを見回りしているところだと思うわ。執事さんのメールにそう書かれていたし」

「え、そうなんですか?」

「ひとまず、その話を詳しく執事さんから聞きましょう」

 二人は客室に戻って、執事に電話を掛けた。

『そうですか。上手くいきましたか、それは何よりです』

「正直上手くいきすぎて驚いています」

『そうですね』

「どうして、メイ、使用人の服を着たら襲わなくなると?」

『それはですね……御主人様から聞いたのですが、あの甲冑は海外から取り寄せたものでして、いわくつきのものだったそうです』

「いわくつきといいますと?」

『中世の時代をうちの洋館と同じような城にその甲冑の騎士は警護で務めていました』

「あれ、実際の騎士の甲冑だったんですか!?」

『そうですね、それだけに値がはったそうですが、洋館にはくをつけたかったので』

「そうなんですか……」

 そんな話を聞いていたかなみは、本物の甲冑っていくらぐらいするのかしらと密かに思っていた。

『ですが、その甲冑の騎士は殺されたんですよ』

「殺された!?」

『城に侵入された盗賊に、です。その騎士は甲冑をつけていない隙をつかれて一突きでやられました。そして、その盗賊はその城の主人も一族郎党、皆殺しでした』

「なんて、酷い……!」

『さぞ無念だったのでしょう。最後まで騎士は甲冑をつけて主人を守ろうとした。騎士は甲冑に手をかけて、こと切れたといわれています。甲冑には血痕も残っていたとも』

「うぅ……!」

 かなみは怪談のような話を聞いて、ブルブルと震える。

「無念……血痕……甲冑に魔力が宿るには十分な要素ですね」

 一方の翠華は真剣に推察する。

 無念は魔力となって、甲冑に溜められることが考えられる。

 血痕は血で、血には魔力がある。

「その血と無念が合わさって、甲冑を動かす原動力になったんですね?」

 かなみは言う。

「ええ……おそらくね、多分あの甲冑の行動理由は『洋館に侵入した盗賊を追い出す』だったんでしょうね」

「だから、外に出た私達を追いかけなかったんですね。でも、なんでメイド服を着たら襲ってこなかったんですか?」

 かなみが訊くと、執事は答える。

『我々、使用人を襲わなかったのは守るべき対象だったのでしょう』

「それはわかるんだけど……私達が侵入者か使用人かをメイド服かどうか判別するなんて……」

『お気持ちは察します』

「まあ、仕方ないですね」

『それがわかれば対処はできます』

「対処、と言いますと? 退治のやり方ですか?」

『いえ、退治は結構です』

「結構と言いますと、退治しなくていいんですか?」

 翠華は確認する。

『退治では甲冑を壊してしまいますでしょう?』

「そうですね、簡単にはいかないと思いますが」

『勢いあまって壊してしまうと取り返しがつきませんし』

 執事は率直に言う。

 今の話を聞くと、あれは本物の騎士の甲冑ということになるのだから、よほど高価なものだということは容易に想像がつく。

「でも、あの甲冑がまた人を襲わないとも限りませんよ?」

 翠華は懸念を口にするけど、執事は「その件は御主人と検討します」と答えて、それで電話は切れた。




 その後、かなみと翠華はメイド服のまま一晩を過ごした。

 時折、甲冑が足音を立てて部屋の前までやってきた。ただ、甲冑はそのまま部屋を通り過ぎていき、戦うことは無かった。

 朝になって執事に一部始終を報告したら、「ご苦労様です」の一言とともにあっさりとこの仕事は終わった。

 それから数日が経った。

 オフィスで仕事をしていると、あるみからかなみと翠華は一緒に呼ばれる。

「なんですか?」

「これを見て」

 あるみはノートパソコンの画面を見せる。そこにはとあるニュースの記事が映っていた。

『洋館に空き巣が侵入するも何も盗まず自首』

 そんな記事のタイトルであった。

 記事の写真にあの洋館が映っている。

「深夜二時に警察署に出頭した無職の男性は「金に困って洋館に一人忍び込んだら甲冑のお化けに殺されそうになった。自首するから助けて欲しい」と供述」

 記事を翠華が読み上げ、かなみが青ざめる。

「こ、これって……」

「あの騎士の甲冑のことね。防犯ってこういうことだったのね」

 翠華は呆れる。

「でも、洋館に侵入した泥棒や空き巣を殺しかけちゃってますよ。いいんですか、これ?」

 かなみはあるみに訊く。

「本当に殺したら事だけどね。それほどの危険性はないと思うわよ」

「どうしてですか?」

 翠華が代わりに答える。

「あの甲冑の剣は刃こぼれしていて切れないようになっていたわ。それでも、鈍器として殴られたら痛そうだけどね」

「そういうことよ。まあ骨折ぐらいはすると思うけど防犯だったらそれぐらいがちょうどいいでしょ」

「ちょ、ちょうどいいのかしら?」

 かなみと翠華は顔を見合わせて疑問を口にする。

「あ、でも、それだと侵入者以外の人はどうするんですか? あの甲冑、見境無く襲うみたいですから」

「それは執事さんに聞いたんだけど、御主人の意向では客人にはメイド服を着せるようになったみたいよ」

「「なんでですか!?」」

「そうすると、甲冑は使用人と認識して襲わなくなるみたいだから」

「それはそうですけど……強引すぎませんか?」

「まあ、御主人が満足してるんだからいいんじゃない」

「どんな御主人なんですか!?」

 かなみと翠華は会うことは無かったものの、逆に会わなくてよかったのでは、と思ってしまう。




「ということがあったのよ」

 と、いつものファミレスで翠華はみあに今回の仕事を語って聞かせた。

「へえ~」

 みあは最初こそ関心を寄せて聞いていたのだけど、途中から退屈そうに頬杖をつくようになって生返事で返すようになっていた。

 きっかけはみあがどんな仕事だったのか興味本位で、翠華に訊いたのがはじまりだった。

「やっぱり、あたしが行った方がよかったわね」

 そうぼやく。

 みあとしては、甲冑の幽霊を怖がるかなみを見てからかって楽しみたかった。

「っていうか、あんた。かなみと仲良くなりたいって言ってたわよね?」

「うん」

「今回の仕事で、一晩一緒に過ごしたんじゃないの?」

「うん」

「じゃあ、もう十分仲良くなったんじゃないの?」

「私もそう思ったんだけど……かなみさん、私を置いて……」

 翠華は涙ぐんで、身を乗り出す。

「沙鳴さんと帰ってちゃったのよ! バイクで!!」

「は、ははあ……」

 みあは呆れた。

「バイクで送り迎えするのは、私の専売特許だと思ってたのに!」

「あ~、わかったわかったから、コーラ飲む?」

「ええ!」

 翠華はみあから差し出されたコーラを思いっきり飲み込む。

「シュワシュワ……」

 一気に飲んだせいで炭酸でシュワシュワする。

「バカね……そんなんだからせっかくのチャンスを逃がすのよ」

 みあはため息をつく。

 当分、翠華の相談と愚痴を聞くことになるのかと思うと憂鬱になってくる。

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